クロリンダの効果
薄暗い部屋の中には、テーブルを囲むように座ったブリジッダとハンナがいた。
テーブルの上にはケーキが置かれ、そこには5つのローソクが灯されていた。
「さあ、エレノア。ロウソクを消して」
ブリジッダが優しい声で促す。
私は、どうしていいのかわからない。
「お嬢様、ロウソクの火を吹き消すんですよ。願い事をしながら、ふうって」
「願い事?」
私は、意味が分からずに聞き返す。
「そうですよ。お誕生日というのは、そういうものなのです」
そうなんだ・・・と私は思う。
誕生日を祝ってもらったことなど無かった。
誕生日にケーキを囲むなんてことも知らなかった。
それでも、何故かロウソクに照らし出されたブリジッダとハンナの顔は優しかった。
ああ、これが幸せっていうものなのかもしれない。
私には、滅多に感じることが無い気持ち。
二人の顔を交互に見て、二人がにっこりと微笑む。
「さあ、願い事を」
ブリジッダの声に、私は目を閉じて心の中で思う。
この瞬間が、いつまでも続きますように・・・。
目が覚めると、外はまだ暗かった。
時計が無いから、時間はわからない。
ただ、幸せな気持ちだけが心に残っていた。
夢、なのか?
いや、たぶん、エレノアの記憶なのだろう。
まるで夢を見ていたような気分だ。
クロリンダの効果なんだろう。
レオ爺さんは、夢の中で記憶が呼び覚まされると言っていた。
「いやしかし・・・」
ワンシーンだけかよ・・・。
たぶん、エレノアにとって大切な記憶だったんだろう。
目が覚めても、俺の中にエレノアの気持ちさえも残っている。まるで自分が体験したように、そうしてエレノアだった自分が感じたように、その感覚が残っていた。
ハンナ・・・。
俺は見たことも無い人物だが、エレノアにとっては母親の代わりのような女性だったのだろう。
ハンナは侍女だが、エレノアが生まれた時から一緒だった。ハンナは、エレノアの母の侍女で、母親が殺害された時、エレノアを抱いて逃げたのも彼女だったという。
ブリジッダに最初に会った時に聞いた話だ。
ふうっとため息をつく。
ついたため息は、かわいらしい声だ。
そうだよな。
7歳半、だっけ?
いやしかしなあ・・・。
クロリンダが有効なのはわかったが、一回、ワンシーンってのはなあ・・・。
俺は、もう一度横になる。
まだ夜は深い。
眠ろうと目を閉じるが、目が冴えていた。
枕もとをまさぐると、クロリンダの包みに指が触れた。
「一回分、とは言ったが、一晩に一回とは言ってなかったよな」
いや、屁理屈だってのはわかってるけどな。
気分はいいし、意識もしっかりしている。
たぶん、不死効果が薬の効きに影響しているんだろう。
薬の効果が現れると、それが毒と判断されて浄化される、とか、そんな感じで。
だから、普通なら一晩ぐっすり眠れる薬なんじゃないかな。それでいくつかのエピソードを思い出す、とか。
けれど、薬の影響は短時間で収束してしまったから、真夜中に目が覚めてしまった、みたいな?
俺はクロリンダを掴むと、体を起こした。
もう一包。
薬を飲んで横になる。
すうっと闇が下りてくる。
もとより暗闇にいたはずだったが、さらに深い闇が下りてきた。
これは・・・。
私は、知らない男の子達と石投げをしている。
見回してもハンナはいない。
私は、この日が嫌いだ。
月に一度、街の子供達と一緒に河原で石拾いをさせられた。
半透明の黒い石。
それは魔力石と呼ばれるもので、魔道具を動かす核となる。
大人が言うには、魔道具を動かす核となるものは、本来、魔石というものだそうだ。
しかし、それは純度が高く、かつ高価であり、また、魔物が棲む地域でしか産出しないため、相応の危険も伴う。
しかし、河原には稀に、半透明の黒い石が落ちていることがあり、これは魔力を含んでいる。魔石ほどの純度は無いが、加工することで魔石の代わりとして使うことが出来る。
河原で石を拾うだけの仕事。
魔力石は、探せば一日で数個は見つけられるほどありふれた存在だった。
「この川の上流には魔物が棲む地域があるからな。魔力石は水に浮く。このあたりの河原は緩やかにカーブしているからな。上流から流れてきた魔力石は、このあたりに漂着するのだ」
魔力石を拾い集めるのは子供の仕事だ。
魔力石は商人が買い取ってくれるらしい。さっきの大人が商人なのかも。
朝、連れ立って歩いて河原へ向かう。
子供たちは、みんなそれぞれだ。石拾いに意欲的な子供。友達と遊ぶのが楽しみなだけの子供。
けれど、一つ分かっていることは、子供たちは私のことを仲間だと思っていないことだ。
私は、この石拾いに、領主の娘として参加している。
領地の子供達と一緒に石拾いをすることで、領地経営にとってプラスの印象を与えるためだ、と誰かが言っていた。
どうでもいいことだ。
けれど、私の義務だから。
女の子達は、最初から私のそばには近寄ってこない。
ひそひそと、こちらを指差している。
男の子たちの一部は、私の側に来たけれど、熱心に石拾いをする様子もない。
私も、魔力石を探そうとは、していない。
私は、この場所にいることが大事。
男の子たちは、石を探すのに飽きて、川に向かって石を投げ始める。
私は、それを見ながら立っている。
心は空虚だったけれど、私は、自分が微笑んでいるのを知っていた。
それが私の役目だったから。
けれど、男の子の一人が振り向いて言った一言で、私はその役目さえ忘れそうになったのだ。
「なあ、お前、10歳まで生きられないんだってな」
私は、殺されるために生きている。
みんな知っている。
私も、知っている。
はっとして目が覚めた。
めちゃくちゃ寝汗をかいていた。
心の奥に、鉛のように重い黒いものが沈んでいるような感覚だ。
殺されるために生きている・・・。
そう。
エレノアは、殺されるのが役目。
この世界、子供の生存率は低い。領主一族だけが例外、というのは世間が許さない。エレノアは、そんな民衆のスケープゴートとして死なねばならない。
いや、意味わからん!
我に返って、俺は憤りすら感じてきた。
なんでそう・・・簡単に殺されてたまるか。