少女の裸と魔力の事
(第三者視点が続きます。現在、エレノアはまともな思考が出来ない状態です)
魔法スキルを使用したまま、エレノアはエドワールの胸に剣を突き刺した。
それは致命傷となり、血が失われていくにしたがってエドワールの意識も失われていった。
エレノアは、エドワールが死んだことを確認すると、服を脱ぎ始めた。
明確な思考があったわけではない。
ただ、アビリティードレーンを行うためには、血塗れの死体に跨らなくてはならない事実があっただけだ。
多少の返り血を浴びたとはいえ、ぱっと見、服はそれほど汚れていない。
これから街へ帰るのなら、服を血で汚すわけにはいかなかったのだ。
そして、すぐそばには小川が流れており、体を洗うことは出来そうだと思ったのだ。
誰かの命を奪ったという事実は、殺そうと襲って来たという事実の向こうに薄くぼんやりと浮かんでいたが、とにかく、そこに魔力が横たわっているのなら、回収すべきだと考えたのだ。
実はこの時、戦いの様子を遠くから見つめる視線があった。
その視線の持ち主は、エレノアを助けようとはしなかったし、エドワールの助力をしようともしていなかった。ただ、事の行く末を眺めていただけであった。
だが、エレノアが戦いに勝利した時、初めて「ほお」と驚きとも感心とも取れる声を上げ、続けて服を脱ぎだしたエレノアの姿を見て、困惑の表情を浮かべた。
さらには、素っ裸で血まみれの死体に跨る7歳の少女が、官能的な声を上げて悶えるのを見るに至っては理解に苦しみ、思わず目を逸らそうとしてしまった。
でも、目を逸らすことは無かった。
それは、何かとてつもなく妖しげで、しかし、何故か美しい光景だった、と後に彼は言った、とか、言わなかったとか。
彼の名誉のために、蛇足だとは思うが・・・一応、言っておく。
決してロリコンではない。
美少女というには幼過ぎる裸体を見て、彼は決して欲情してはいなかった、と。
彼の名誉のため、あえてもう一度、言おう。
決してロリコンではない。
白い裸体の少女が、倒した獲物を喰らい尽くしているように見えたのだ。それは、肉食獣が獲物に喰らい付く瞬間のように、その一瞬だけを捉えれば、目を見開くような光景で、倫理を越えた美しさがあったのだ。
しばらく悶えていた少女は、ぐったりした様子で死体から降りると、小川へ向かい、体についた血を洗い流した。
長い金髪が濡れ、日の光を反射して輝いていた。
その娘は、女としての特徴は、兆しすらも無かった。
なのに、何故か妖しげで、目を離すことが出来なかった。
彼は決してロリコンでは無かった。
けれども、その瞬間、彼の心には、ロリィな魅力を見出してしまいそうになる何かが巣食い始めていた。
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(エレノア視点に戻ります)
夕暮れ時だった。
ひどく腹が減っていた。
昼間、また、命を狙われた。
そして、今日も一人、殺してしまった。そして、アビリティードレーンで魔力を吸った。
俺は・・・。
サキュバスか何かか?
異世界転生してサキュバスになりました的な何かか?
戦っている最中は無我夢中で、たぶんアドレナリン過剰分泌か何かで、興奮状態だったし、その後も異常な精神状態だったというのは確かだ。
日が傾き始めた頃、ようやく冷静になってきたが、いや、やばくねえか、俺。
あの警察隊の騎士とかいうやつ、あいつが襲ってきたのが悪い。
それは間違いない。
だけど、返り討ちにした挙句、素っ裸で跨っていたわけだよな。
思い出しても吐き気がする。
いや、そうしなきゃアビリティードレーンが出来ないのはわかってる。
ドナのせいでな。
でも、だからといって・・・。
はあ。
考えるの、やめよう。
今さら、考えても遅い。
やってしまったことだ。
死体は・・・、燃やしてきた。
アビリティードレーンで増えた魔力量で、数発のファイヤーボールを撃ち込み、
黒焦げに燃やした。
本当なら、何処かへ埋めるとか、死体の隠匿を図るべきだと思ったが、この小さな体で大人を運ぶのは不可能だった。
仕方がないので、魔法で燃やせるところまで燃やして、周りの岩で埋めた。
元々、人の多い場所でもない。
こうしておけば、探されでもしなければ見つからないだろう。
うん、まあ、かなり期待値高めの楽観的推測だけれども。
城門に辿り着く。
城外に出る時に渡された赤い札を渡す時、わずかに緊張した。
俺は、さっき、人を殺してきたばかりだ。
だが、何事も無く城門を通ることが出来た。名前を聞かれたが、名簿と照らし合わせただけで興味を持たれた様子も無かった。
いいのか、領主の娘だぞ?
と、少し思ったが、まあ、今は興味を持たれない方が、ずっといい。
実際、城門を通る住人はたくさんいた。何も城門の中だけが人の住む場所というわけではない。
城外には牧場もあるし、農場を中心とした集落もある。見た範囲だけでもそうだったのだ。人の出入りが多いのも頷ける。新鮮な肉、野菜、ミルクなどを手に入れるには城外へ出る必要があるし、それは毎日必要なことなのだ。
ああ、この世界にも人の営みがあるのだな、と妙な納得をする。
ブリジッダの商店の前までやってきた。
店は閉店の準備中だった。
ふと見れば、店の前を掃き掃除している男は、昨晩、俺を殺そうとしたやつだった。
いや、もちろん確証はない。
ハタチになるかならないか、そのくらいの年齢だと思う。丸い眼鏡をかけ、少しうつむき加減で人の顔色を伺うように上目遣いをする。
確か、名前はアンドリュー。
エレノアの食事を用意したのが、彼だった。今思えば、食事の盆を置くと目も合わせずに逃げるように立ち去って行った。
その時は、領主の娘であり、貴族令嬢でもあり、そして美少女のエレノアに照れているのかと思ったのだが、どうやら違っていたらしい。
アンドリューは、こちらに気付くと、一瞬、ぎくっと驚いた様子を見せたが、すぐに目を逸らした。
まあ、いいんだが。
俺は死ななかったし、今夜は用意された食事を取るつもりはない。
店の中に入ると、帳簿をつけていたブリジッダと目が合った。
「まあ、エレノア。何処へ行っていたの?心配したわ」
そう言いながら手招きをする。
俺は、躊躇いながらブリジッダの方へ行く。
「顔色が良くないわ。話は聞いたわ。朝、食べたものを戻してしまったそうね」
そう言いながら、右手を差し出してきた。
ブリジッダが頬を撫でるのに抵抗はしなかった。
ただ、ブリジッダの手が、予想よりも固く、そして手荒れしていることに気付く。
この人も、苦労をしているのだろうか。
「気が付かなくてごめんなさいね、エレノア。加護の色が無くなっているのに、体の傷が無くて健康そうだったから、つい、油断してしまったの。あなたは大切な使用人を失ったのよね。使用人などと言っては失礼だわ。あなたにとっては家族同然の人達だったんですものね」
「いえ・・・」
「いいのよ、エレノア。さあ、一緒にいらっしゃい。温かいミルクでも用意させましょう」
「いえ、大丈夫です。あの・・・ミルクは・・・あまり好きじゃないので」
毒入りじゃない保証は無いからな。
「でも、あなた、やつれているわ。加護の色も何やら黒く汚れているみたいだし・・・なにかしら、まるで誰かの魔力が混ざっているみたい・・・」
頬を撫でていたブリジッダの手を払いのけた。
「あ、ごめんなさい」
「・・・いいのよ」
ブリジッダの言葉にも表情にも、エレノアを心配している様子しか見て取れなかった。
けれど・・・。
まだ信用するわけにはいかない。