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ヤラレルマエニヤレ

「エレノアよ。最後の情けだ。背中にあるのは剣だろう?」

返事は出来なかった。

大きく息を吸う。ほんの少し、わずかに少し、頭が冴えたような気がした。

「無抵抗の子供を殺したのでは仲間に笑われる。せっかく持っているのだ、その剣を抜け」


 手が震えていた。


 だが、これは恐怖ではない。


 これは・・・怒り。ヤラレルマエニヤレ。



-------------------------------------------------------------------------

(警察隊の騎士、エドワールの視点)


 そこにいた少女は、俺の姿を見た瞬間、震え出した。

 どうやら、殺されることは理解しているらしい。


 ならば、何故こんな人気のない場所へ出歩いているのか。


 肩に担いだ剣は、ゴーチェの裏仕事用だった物だ。

 こんな華奢な少女に、剣など振れるはずもない。見せかけだけの護身用。


 だが、そんなものでも構えているのなら戦うという意思表示だ。


 剣を抜け、と言った俺の言葉に、エレノアは巻いてあった布を解いて剣を構えた。


 相変わらず震えている。

 だが、目の中には殺気がある。


 ふん、ならば良し。


 俺は、自分の剣を構えた。せめて苦しまずに切り捨ててやろう。


「うわぁああ!」

 エレノアは叫びながら剣を下段に構えて走り出した。


 ああ、まったく、剣を引き摺っているようにしか見えねえぞ・・・。


 と、思った次の瞬間、そいつは飛んだ!

「おっ!」

 反射的に剣を受ける。


 ガキン!

 ひどく重い剣だった。


「なにっ?」

 こいつ、途中から急加速しやがった!まるで急に弾け飛んだみたいに。


 冷や汗が出た。


 実際、危なかった。


 反射的にエレノアの剣を弾いたのは、日頃の訓練のお陰だ。


・・・そう、ゴーチェは攻めの剣だった。打ち込みが速く、剣は重い。訓練用の藁人形を真っ二つにするところを何度も見た。

ゴーチェを相手に、剣の訓練をした。だから、俺は反射的に剣を受け流し、カウンター

を取れる。

いや、カウンターを取る余裕は無かった。


あまりにも不意を突かれた。


エレノアは、打ち込みを弾かれた瞬間、距離を取っていた。


もう、あいつは震えてなどいない。


「お前、何者だ?貴族の令嬢が、そんな打ち込みが出来るはずがない!さては・・・影武者か?」


 そうだ。エレノアは貴族の娘。事前情報にも戦闘能力の事は全く書かれていなかった。剣の訓練を受けたことも無いはずだった。


 だがしかし・・・ 

目の前の少女が化け物のように見えてくる。


 こいつは・・・エレノアの偽物か?


 そうだ。

 馬車を襲った時、確かにエレノアは死んでいた。


 あの時、最初に馬車を発見したのは、街で雇ったゴロツキどもだった。

 本来であれば、ゴロツキどもの役割は馬車の発見と足止めだった。それ以上の役割など期待していなかった。

 だが、ゴロツキどもは護衛と戦闘し、あまつさえ勝利した。


 なぜならば、その馬車にはたった一人の護衛しか乗っていなかったからだ。


 どのみち、エレノアは死ぬ運命だったということだ。


 ゴロツキは、護衛を殺した興奮のまま、馬車の中から侍女を引き摺り出し、凌辱しようとした。そして、エレノアも引き摺り出され、ドレスを引き裂かれた。


 どうやらエレノアは、目の前で凌辱され殺された侍女を見て、そして次に何が起きるかを知って自ら命を絶ったらしい。

 口から血を流して地面に倒れたのだという。


 ゴーチェと俺が駆け付けた時にはエレノアはドレスを引き裂かれ、口から血を吐いて倒れていた。

 ゴロツキどもはエレノアが勝手に死んだ、と言ったが、死んだ後なのか前なのかエレノアにも凌辱された跡があった。

 俺は吐き気が込み上げるのを我慢して脈を確認したのだ。


 エレノアは、死んでいた。


 そう、死んでいたはずなのだ。


 なのに、現場の後片付けをしている間にエレノアの姿は消えた。

 そして、エレノアを追っていたはずのゴーチェは無残な死体で発見された。


 まさか・・・。


 ゴーチェはこの少女に殺されたというのか?


 いや、いくらなんでも有り得ない。

 ゴーチェは・・・警察隊の騎士の中でもトップクラスの騎士だったのだ。

 

 それが年端も行かぬ娘に殺されるなど・・・


 いや、この娘、魔術士か!


 ゴーチェの死体はどうだった?あいつは黒焦げだったのだ。


火系魔術か!


 エレノアに魔法の能力があったという情報は無いが、油断したゴーチェが火系魔術で不意を突かれたというのなら話は別・・・かもしれん。

 

 

 距離を取ったままエレノアは、こちらをじっと見つめるばかりで微動だにしない。


 俺もエレノアを見つめたままだった。


「お前、何者だ・・・?」

 そいつは返事をしなかった。

 その代わり、剣から左手を離し、その手の上に魔法の炎を生み出した。


「ファイヤーボール!」

「くそ!」

 俺は回避のダッシュをした。


 ファイヤーボールとは、火球を高速で撃ち出す魔法の事だ。

 実際にファイヤーボールを使う魔術師と戦ったことは無いが、知識としては知っていた。

 近距離では、撃ち出されてからの回避は不可能!

 故に狙いを外させるために、まずは横へ飛び、続けて距離を詰めてカウンター攻撃を行うのが最善手だ。


 知っていたのだが・・・。


「くそぉ!」


 これは!ファイヤーボールじゃない!イグニッションだ!バ、バッカ野郎!


----------------------------------------------------------------------

(第三者的視点)


 警察隊の若き騎士、エドワールは危うく炎に包まれる直前に急停止した。


 本来、ファイヤーボールとは、エドワールが言う通り、そして、エレノアが想像していた通り、高速で飛翔する火球であり、それは成形炸薬弾のような効果を発揮する。つまり、対象に向かって高速で飛び、当たれば噴き出す炎によって盾だろうが剣だろうが焼き尽くして対象に致命的なダメージを与える。


 だが、ゴーチェを焼き尽くした魔法がそうであったように、エレノアが「ファイヤーボール」と唱えて撃ち出す魔法は、まるで子供が投げたゴムボールのようにノロく、そして対象にぶつかった瞬間に燃え広がるという、まさにファイヤースターター的な効果の魔法だった。


 エドワールは優秀な騎士だった。

 それはつまり、戦闘訓練では常に優秀な成績を収めていた、という意味だ。

 未体験であるファイヤーボールへの対処を、理論と訓練の成果から、咄嗟に実行できる能力。


 それが裏目に出たのである。


 優秀であるが故の失敗。


 彼らは、自分が優秀であるために、他人も優秀であると錯覚してしまうのだ。


 目の前の悪魔の少女が「ファイヤーボール」と叫べば、それは、この世界の上級魔法であるファイヤーボールを撃ち出すのだと、そう、思ってしまったのだ。


 だが、エレノアに、そんな能力は無い。


 エレノアが使える魔法は、初級魔法「イグニッション」だけである。

 そしてイグニッションは、油断さえしなければ、訓練した騎士には「当たらない」のだ。


 ノロ過ぎるからな。


 だが、エドワールは回避の直後、一気に距離を詰めてしまった。

 ファイヤーボールであれば、狙いを外されて当たらない可能性が高い。だが、イグニッションでは、フヨフヨと飛ぶ炎に向かって踏み込んでいくことになり、却って危険が増すのだ。

 故にエドワールは急停止し、間一髪で燃え上がる炎を避けたのだった。


 そして、そこにエレノアは魔法のソードスキルで切り込んだ。



 結果は、エドワールの敗北だった。


 エレノアバスターは、先日、エレノアを殺害した時のように、袈裟懸けにエドワールを切り裂いた。


 もちろん、その一発でエドワールは絶命したわけでは無かった。

 エレノアの剣は、ほとんど魔法力によるスキルのお陰とはいえ、足りない身長や腕力の無さを完全にカバーするほどではない。

 ジャンプ力や剣先のスピードは魔法で行えても、物理的な剣の重さや、切れ味の悪い出来損ないの剣が魔剣に化けるわけでもない。


 エドワールは、確かに大怪我を負った。

 だが、動けなくなったわけではなかった。日夜の訓練が、彼に反撃をさせた。


 咄嗟に身を引いて、ダメージを軽減するとともに、切り上げるように剣を振り抜く。


 しかし、エレノアのソードスキルは、相手のカウンター攻撃に対する防御までもがセットだった。


 振り上げられたエドワールの剣を、エレノアは、まるで投げ捨てられた操り人形のような動きで回避した。

 もはや、そこに物理常識は無かった。

 エドワールは、確実な手ごたえを期待したカウンター攻撃を避けた少女に目を見開いた。


 そしてエドワールは倒れた。


 戦闘の続行は不可能だと悟った。


 騎士同士の戦いであれば、勝負が決まった段階で戦いは終結し、止めは刺さないのが常識だった。

 だが・・・。

「悪魔め・・・」


 エドワールが最後に見たものは、気が狂っているとしか思えない青い目の、操り人形のような動きで剣を突き立てようとしている、恐ろしく整った顔をした美少女の姿だった。

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