レオナール爺さん
出まかせ・・・
爺さんの言葉に俺はうなだれた。
「また騙された・・・」
「ほう?また、と言ったか。そうじゃな、嬢ちゃんは騙しやすかろうて。何も警戒心が無いからのう。他人を信じ過ぎなんじゃろう」
「他人を信じ過ぎ・・・」
「そうじゃ。お前さん、トマトを貰ったからといって、こんな見ず知らずの爺いを信用して家にまで着いてきおった。いや、儂は嬢ちゃんを騙すつもりなど無いがの。警戒心の無い嬢ちゃんじゃの、と思ったのよ」
「う・・・。言われてみればその通りで・・・。すみません」
「いや、謝ることは無いよ。まあ、年相応で良いことじゃ。ま、その割に言葉遣いは大人のようじゃがの。時に嬢ちゃん、名は何という?」
「あ、はい。エレノアです。エレノア・ディ・モンペリアと申します」
名を聞かれたらフルネームで答える。それが礼儀か、と思ったのだが、爺さんは複雑そうな顔を一瞬だけ浮かべると「ふぉっふぉふぉ」と笑い出した。
「失礼した。言ったそばから警戒心の無いことじゃ。いや、良いがの?儂はレオナール。親しいものはレオ爺、とか言いよる」
「レオ爺・・・さん」
「うむ。そうじゃ。エレノア、お前さんは記憶喪失じゃと言ったが、どの辺りまで記憶がないのかの?」
どう説明したらいいのだろうか、と戸惑ってしまった。この爺さんは親切だ。だがレオ爺さんが言う通り、簡単に人を信じるのはどうだろうか。俺の場合・・・事情が特殊だ。それに立場ってものもある。
「えっと・・・」
「エレノア・ディ・モンペリア。つまり、モンペリア伯爵の娘じゃの。じゃが、そんな伯爵令嬢が、たった一人で城外へ散歩に出かけてきた、と。おかしな話じゃの?しかも、聞くところによれば、昨晩、同じ名前の伯爵令嬢は盗賊に襲われた、との噂じゃ。じゃが、目の前のお前さんは、怪我一つない。不思議な話じゃの?」
「あの、それは・・・。俺・・・いや、私だけが生き残って逃げ出せたからで・・・」
「ふぉっふぉ。いや、何も言わずとも良い。お前さんが本物の伯爵令嬢だろうが、名を語る偽物じゃろうと別にどっちでも良い」
「え?」
「儂は、腹を空かせた嬢ちゃんに出会っただけの、暇な老人じゃよ。こうして話を聞くのも余生の暇つぶしに過ぎん。まあ、話してみんしゃい」
「ですが、その・・・突拍子もない話でして・・・」
「ふぉっふぉ。突拍子もない、か。良いではないか。そのほうが面白い。普通の話など聞き飽きたわい」
信じて・・・いいんだろうか。そう思うと同時に、さっき出会ったばかりの老人に、どんな話をしようと関係ないのでは、とも思えてくる。
この人は、モンペリア家の利害関係の外にいる人だ。
ならば、どんな話をしても関係ないのではないだろうか・・・。
「わかりました。ではお話し申し上げます」
「ほう。楽しみじゃ」
俺は、昨日からの事、それから、エレノアは死んで、俺は別の人格であること。エレノアの記憶は無いが、言葉や文字などの最低限の知識はあるということを話した。
「ふうむ。興味深い。じゃが聖女のことは知っておる。異世界からやってくるということもな。まあ、これはちょっと事情を知っておるものなら誰でも知っておることじゃ。なにせ世界には聖女がもたらした物がたくさんあるからの。今では生活に欠かせないようになったものも歴史をさかのぼれば聖女が知識を伝えたものだというものは数え切れぬほどにある。じゃから、おぬしがエレノアの体で生き返ったという話をしても、あながち嘘だとは言えぬな」
「そうなのですか?」
「ふむ。そうじゃ。聖女召喚の儀は、10年に一度、行われておる」
「10年に一度?多過ぎないですか?この世界って、そんなに聖女が必要なくらい魔に覆われているとか、そういうのですか?」
いや、俺の常識がこっちの世界の常識とは限らないが。
「魔に覆われる?いや、何を言っておるかわからんが、聖女は異世界の知識をもたらす神からの恵みなのじゃ。召喚儀式は毎年行われておったのじゃがな?どうやら10年くらい経たないと召喚出来ぬようじゃ、とわかってきてな。まあ、それからは10年に一度ということになったのじゃ」
「神・・・」
「昔はの、聖女は魔物を払うために戦いに出た。その無限ともいえる魔法の力で、の。彼女らは魔法少女とも呼ばれておった」
「魔法少女って・・・」
「じゃが、同時に異世界の文化や知識ももたらしたのじゃ。それは生活を豊かにするもの。身の回りの物・・・石鹸、紙、インクに始まり、馬車の改良、魔法を応用する機関の開発、空を飛ぶ乗り物・・・それらは世界を豊かにした。あまりに画期的な発明であったからじゃ。ま、あとは言わんでもわかるな?」
つまり・・・聖女って・・・経済的発展のために召喚されてるわけ?
俺の目線で何かを感じ取ったらしいレオ爺さんが首を竦めた。
「まあ、そういうことじゃな」
「じゃあ、私も前世の記憶を生かして・・・」
「それも良いがの?じゃが、聖女がどんな暮らしをしておるか知っておるか?彼女らは他国に誘拐されることを恐れて、滅多に出かけられることも無いのじゃよ。それでもの、彼女ら本来の魔力があるからの。本気になれば国一つ、滅ぼすことも出来る力じゃ。それなりに優遇されておる。じゃが、お前さんの力はどうじゃ?とどのつまり誰かの利用されて幽閉される人生になるじゃろうて」
「う・・・」
「悪いことは言わん。黙っておることじゃ。そんな知識があることは、な」
レオ爺さんは、一人暮らしだといった。
若い頃は旅の行商人をしていたが、家族を持ちたくなって街に小さな店を持ったのだという。
けれど、何か出来事があって街を出て野菜を作って生活するようになったのだそうだ。
「街の暮らしが嫌になったら来るといい。ただでいいとは言わんが、畑の仕事でも手伝ってくれればええ。お前さんの話が本当なら、いずれ殺されることになるじゃろう?そうなる前に逃げ出せばええ」
喉が詰まった。目と目の間が熱い。
「なんじゃ?泣いておるのか?」
「い、いいえ、泣いてませんよ。こ、これは汗です。ちょっと暑くなっただけです」
「そうかの?ほぉほぉっ」
レオ爺さんは笑う。
それにしても、この爺さんは良く笑う。おかしなところが無くても笑う。
「まあ、土産に一つ。この薬を渡しておこう」
「これは?」
「記憶を呼び覚ます薬じゃよ」
「!」
「まあ、驚くことは無い。クローバーには、そんな薬効は無いがの。この薬はイチョウ、ニセウメモドキといくつかの植物から抽出した薬効成分と、微量の麻薬から出来ておる。効果は間違いない。が、飲み過ぎたら命に関わる。嬢ちゃんの体格からして、一回の量はこのぐらいじゃの・・・」
そう言いながら木べらの先ほどを紙に包む。
「3日分を渡しておく。寝る前に飲むがいい。夢の中で記憶が呼び戻されるはずじゃ。良いか?必ず一回の量は守るのじゃぞ?」