乙女ゲームのヒロインから身代わりを頼まれたので、渡されたメモの通りに攻略対象たちに会いに行ってきました。どんな結果になろうとも頼んだあなたが悪いと思います。
私は今、ある人から渡されたメモを片手に学園内を歩いています。
その人のことは知っていたけれど、話すのは初めてでした。
正直、関わりたくない人だったのに、頼みを受けざるを得なかったのは、上級生に逆らってはいけないという、暗黙のルールがあったためです。
ぼちぼち目的の場所が見えてきたので、一度立ち止まり、メモの内容を確認しておきます。
「『噴水で二時にAと待ち合わせて、後ろの花壇に行き、つまずいたふりをして抱きつく。』本気でこれを私に実行しろというのでしょうか?」
こんなことをすれば、身代わりがバレてしまうのでは?しかも、その後どうすればいいのか書いてないのですが。
ピンクの髪の彼女は、私にかつらをかぶせながら、あとは流れに身を任せればいいからと、恐ろしいことを言っていましたが。
自分はテストの点数が悪すぎて急遽補習が入っていけなくなったからと、顔がよく似ているという理由だけで、私を突然物陰に連れ込み、脅して変装させると、メモを渡して慌ただしく去っていった彼女は、最近校内で噂の人物でした。
身分が高くて、顔がいい男ばかりを侍らせて得意げにしている、庶民出の男爵令嬢。
かく言う私もその様子をよく見かけて気分の悪い思いをさせられていたのですが。
まさか、その本人に成り代わって彼らと会わねばならないとは。今日はなんてついていない日なのですかね。
とりあえず、噴水でAを待っていると、本当に来ました。
こちらが何か言う前に、腰に手を回され、花壇の方に誘導されます。
そしてそのままキスをしようとしてきたではないですか。
何ということか。宰相の跡取りであるAには優しい婚約者がいたと思うのですが、この男爵令嬢とこのような仲になっているとは。
怒りのメーターが振り切れた私は、つまずいたふりをして、Aを投げ飛ばすと仰向けに倒れた彼の襟首を掴んで引き寄せ、男爵令嬢に似せた声で告げました。
「あなたとはもうお別れよ。簡単になびく男に用はないの。婚約者の元へおかえりなさい。このフラフラ男。」
そしてそのまま呆然と転がる男を放り出してその場を立ち去ります。
花壇でつまずいて抱きつくというメモの内容は完遂した、はずです。
「次は、『二時半に馬小屋でBと会い、仲良く馬の世話をし、餌をやる。』ですか。これは私もよくしてることですから問題なくクリアできそうですね。」
ほっとしつつ馬小屋に向かうと、時間前だと言うのに既にBが来ていました。
「お待たせしました。」
ニコッと笑ってみせると、騎士団長の次男のBは赤くなって横を向くと、ぼそぼそと、俺も今来たところだ、とかなんとか言っていますが、聞こえませんよ。
とりあえず、この男から迫られるようなことはなさそうだと胸をなでおろし、男爵令嬢のフリをしながら馬の世話をしました。
「なんだか、今日は手慣れているような?」
隣からの声に私はギクッとしますが、そこは身代わりですから、誤魔化すために笑顔を振りまき黙らせます。
あー疲れますね、これ。
最後に馬に人参をやっていたところで、肩に手を置かれました。
嫌な予感しかしなくてBの方を向くと、間近に顔があって飛び上がってしまいました。
「お前のことが好きなんだ。どうか、俺を選んでほしい。」
何ということでしょうか、身代わりで男性から告白されるという、多分一生に一度の体験をしてしまいました。
しかし、Bには私と同じクラスのそれはかわいらしい婚約者がいたはずです。
「婚約者はどうされるのですか?」
思わず素に戻りそうになって、それを取り繕いつつ尋ねると、彼は頭をかきつつ破棄するつもりだと言いました。
Aといい、Bといい、この男爵令嬢のどこがいいのでしょうかね?
Bの婚約者を思い浮かべつつ、心の中で盛大に嘆いた私は、このまま婚約破棄したほうが婚約者のためになるのではないかと一瞬考えました。が、まあ、家と家の関係もありますし、Bにやり直す機会をあげることにしました。
「私と付き合いたいとお考えなら、先に破棄しててきて下さい。でも、私はAとキスする仲なんですのよ?それでもよろしくて?」
嘘は言っていないですよ。先程、私が投げ飛ばさなければしていましたし、あの様子からして今までに何度もしてますね、あの二人。
私の告白に、その場で固まったBを放置して、次へ向かいます。
メモを確認すると、次は教師Cでした。え、教師?そんなとこにまで手を出していたとは思いませんでした。
ここまで来ると逆に感心しますね。
「先生、失礼します。ええっ?!」
時間通りに教師Cの部屋を訪ねた私は、そのままソファに押し倒されました。
最大のピンチです。
これはなりふりかまっていられないと、緊急避難としてCの股間を全力で蹴り上げ、床に転がった教師に、地声で吐き捨てました。
「C先生、あなたを見損ないましたよ。女生徒とこんなことをなさっていたとは。この件は学園長に報告させていただきますから。」
未だ動けず床にうずくまったままのCを軽蔑の目で見下ろして、私はずれたかつらを直し、静かに部屋を立ち去りました。
「最後は『本命の第一王子Dと夕焼けを眺めていい雰囲気になる。』なるほど?それであとはどうするのでしょうかね?そろそろ補習も終わる頃でしょうから、途中で代わるつもりかもしれませんが、そうはいきませんよ。ここまで来たら、私にも考えがあります。」
三人を成敗して勢いがついた私は、第一王子が待つ丘へ足早に向かいました。
丘ではやはり既に第一王子Dが、美しい笑みを浮かべて待っていました。
「やあ、待っていたよ。今日もかわいいね。」
夕焼けには少し早いですが、もういい雰囲気です。私は聞きたいことを聞くことにしました。
「殿下、私を愛してくれていますか?」
「もちろん。」
Dは何を今更という顔をして私の頬に触れます。ものすごく不愉快ですが、ここは我慢します。
「では、公爵令嬢E様との婚約は破棄してくださるのですね。」
「ああ、今すぐにでも。」
「ありがとうございます。それを聞いて大変嬉しいですよ、殿下。言質は取りましたから、すぐに実行してくださいね。」
小型録音機を示し、地声に戻った私に驚きすぎた王子は、その場に尻もちをつきました。
みっともない姿ですね。
私は王子を冷ややかな目で見下ろすと、口元だけ弧を描き、告げました。
「これでやっと愛する義姉上を私のものにすることができます。公爵家に養子に入って十年、ずっと義姉上だけを見つめてきたのです。ご協力感謝いたしますよ。」
趣味の悪いピンクのかつらを剥ぎ取り、王子に向かって投げつけました。
「お前は、Eの義弟か。なんでこんなことを。」
「今日、偶然、男爵令嬢に似ていると言われて、身代わりを頼まれましたので。ちょうどいい機会かなと思いまして。まあ、あの女に似ているなんてたまらなく不愉快でしたが、あなたと義姉上の婚約を潰せたのだから良しとします。」
乱れた金髪を整えながら言う私に、王子は真っ青になって口をパクパクさせています。
「ああ、この件で我が公爵家は第二王子派へ回りますので、あなたの廃嫡は決まったようなものですね。ご愁傷さまです。もちろん、義姉上は私が幸せにしますので、二度と近づかないでくださいね。」
さようなら、と口の中だけで挨拶をすると、私は浮き立つ気持ちを抑えて、王子に背を向けました。
「ああ、義姉上に結婚を申し込む前に、着替えないといけませんね。」
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
何でもいいので感想、評価などいただけるとものすごく嬉しいです。
よろしくお願いいたします。
12/12 誤字脱字報告をしていただき、ありがとうございました。せっかく報告していただいたのですが、直さなかったところは、そのままということでお願い致します。