35.逆境ヲ乗リ越エテイキル。
一月中旬。
御影に受け取ってもらえなかった
阿部さんを気にしていた六花。
そんなところに、梨桜らがやってくる。
彼のことを気にしていた中、
阿部さんから御影がいなくなったと聞いて……
どこに向かえばいいんだろう。
地図に出る場所を見ながら、何度も場所を確認した。
こんな風に何かを探して走るのは、梨桜を探していた時以来だろうか。
あの時はひがん保育園というわずかながらも手がかりがあったから、なんとか彼女と出会うことができた。
でも、今回は違う。
なんせ相手は、謎が多い御影さんだ。
彼が行きそうな場所なんて、私には到底分からない。
なのに飛び出してしまったことを少し後悔しつつも、足を止めるわけにはいかないと前へ進んでゆく。
どうして私は、こんなに行動しているのだろう。
阿部さんのため? 梨桜達に褒められたいため?
……どれもしっくりこない気がする。
きっと、彼のあの表情の意味を知りたいんだ。
そして私だけに聞こえるように言った、あの言葉の意味も……
「……どっち行ったんだろ……人通りが少ないところ選びそうだけど……」
まだそう遠くには行っていない、そう思って出てきたけど……誤算だった。
この辺じゃなきゃ、彼はどこにいるんだろう。
考えてみればあの人がどこで何をしてるか知らない。
こうなったら、とにかく色々行くしかないか。
そう思い、走り出そうとすると……
「ねぇこれみて! これってアフリカンマリーゴールドじゃない!?」
「あ、マジじゃん! ってこの時期じゃないのに、こんなことってあんのかな〜」
川沿いの土手でたむろっている女子が二人いる。
あの制服……前に梨桜達と帰っている時に、何度かみたことがある。
近くにある専門学校の人が、植物散策しているところだと楓が教えてくれたっけ。
予想通り、写真を撮っている彼女達の前には黄色い花が小さく咲いていた。
その女子がいなくなるのを待ったあと、その花を近くでじぃっと見つめてみる。
当然、花の知識なんて低レベルな私には、この花がなんなのかピンとすらこなかったけど。
確か……マリーゴールドって呼んでたな、あと時期じゃないとかも……
あれ? そういえば梨桜が、マリーゴールドを阿部さんが育ててるとかなんとか言ってたな。
一応、同じ花なのかを調べてみて……
「………あれ、あっちにも咲いてる……」
時期ではない、そう話していたのにも関わらず黄色い花が一定の距離を保って咲いている。
坂になった道に、左右ぽつぽつと。
気がつくと私はその花を辿るように坂を進んでいた。
進んでいる根拠なんて、特にない。
ただ、誰かに導かれているような、そんなきがしてー……
「………こんな場所、あったっけ……」
緩やかな坂をゆっくり上がると、静かな木立の中に、大きな岩が並んでいた。
二つ対になるように並んでいる岩の向こうには道が続いていて、その先に神社にある社がある。
学校の近くにこんな神秘的な場所があったんだ。一年近く通ってるのに、なんで気づかなかったんだろう……
「それ以上進むな。そこから先に行けば、もう戻ることはできないぞ」
声が聞こえる。
パッと後ろを向くと、そこには木の幹にもたれかかっていた御影さんがいた。
いつから、そこにいたのだろう。
彼ははあっとため息をついたかと思うと、私に
「なぜここが分かった、今泉六花」
と怒気が含まれた声をかけた。
「わかった、といいますか……探してたんです、あなたを。そしたら花が咲いていて、それを辿って……」
「あの神め……余計なことを……ここは貴様のような者が来れるような場所ではない、早急に立ち去れ」
「か、帰るわけにはいきません。まだ授業終わってないんですよ? 帰りますよ、学校に」
「あの場所にいる必要はもう僕にはない。だからここにきたのだ。……ここはあの世とこの世をつなぐ場所だからな」
ぎょっとして、思わず後ずさる。
どこからどうみても、普通の森の中にある神秘スポットって感じなのに。
そんな場所に彼がいた、ということは……
「やっぱり役目が終わったから……なんですか。私達の呪いがとけたから帰るんですか」
「僕がどうしようと、貴様には関係ない」
「じゃあ! どうしてそんなに辛そうな顔をしてるんですか! どうして呪いがとけてすぐに、帰らなかったんですか!」
私の言葉に、彼は怪訝に顔を顰める。
わずかではあったが、その拳に力が込められたのが私には分かった。
「せめてお別れを言ってから帰ってください!! 二渡君や藤木君、それに阿部さんにも!! 確かに、あなたと私は違う世界の人間かもしれない。でも! ここで暮らしていた、同じ仲間じゃないですか。ちゃんと友達になったんですから、さよならの一つくらい……!」
「……言ったはずだ、僕にはその資格がないと。 まだわからないのか。貴様らに呪いをかけるように命令したのはあの神だが、呪いをかけたのはこの僕なのだぞ」
思わぬ彼の言葉に、何も言い返せなくなる。
言われてみれば、あのネックレスをつけたときに声が聞こえたのは男の人のものだった。
初めて彼に会った時も、どこかで聞いたような気がしたけど……それが原因だったのかな。
天界の人なのに、そんなこともできるんだ……
「……呆れた奴だな。普通は恐怖する場面で、なぜ感心している?」
「べ、別に感心してませんし! なんでわかったんですか!?」
「貴様に何を言われようが、ここに残るつもりはない。僕にはここにいる資格も……」
「御影君……どこか行っちゃうの………?」
そんな時、だった。声が、聞こえたのは。
振り返ると、そこにはいつからいたのか阿部さんがいた。
額や頬に汗を輝かせながら、肩で息をしている。
思わぬ彼女の登場に、私だけでなく御影さんをも驚いていて……
「………何故ここにきた……」
「声が、聞こえたの。御影君を止めて、って……」
「………あの神め、どこまでも余計なことを……」
怒ったような彼の声は、阿部さんには届かないくらい小さい。
御影さんのことだからなのか、あの神様が関わっているのだろうか。
あの世とこの世を繋ぐ場所という特別な場所にこれた、私のように……
「御影君、私ね……前から御影君のこと、少し気になってたんだ。普段から物静かでミステリアスで。どこか近寄り難いのに、すごく優しくて」
「……僕は、貴様が思うような人物では……」
「そんなことない。あの時助けてくれたこと、本当に嬉しかったの。御影君は、十分優しい人だよ」
そういうと、彼女はそっと何かを彼に差し出す。
それは、ここにくる道中に咲いていたあの花を冠状にしたものだった。
確か、名前はー……
「この花、アフリカンマリーゴールドっていうんだ。花言葉がね、どんな気候でも強く立派に育つ丈夫な姿から逆境を乗り越えて生きる、ってつけられたんだって。……御影君、この花だけでも受け取ってくれないかな? 悩みとかがあるなら、一人で抱え込まないでほしい。だって、同じクラスメイトなんだから」
そう言って彼女は、冠を彼の頭に置いてみせる。
振り払うんじゃないかと思った彼の右手は、そっとその花冠にそえられて……
「明日、また学校でね」
そういうと、阿部さんは身を翻して行ってしまった。
その背中がなんともかっこよくて、頼もしくて。
知りたいはずなのに、あえて彼の事情を聞き出さないなんて。
やっぱり乙女は恋すると強いっていうの、本当なんだなぁ……
「……ここの世界は訳の分からない奴ばかりだ……あいつも、お前も……」
阿部さんが行ってしまったあとも、御影さんはその道を見つめていた。
はぁっとため息をついた彼に、私は思い切って、
「私も、阿部さんと同じ気持ちですから。花の道のおかげで私達がここに来れたのって、神様の仕業ですよね? 神様に帰るのを邪魔されるくらいなら、ここにいて、事情を話すないんじゃないですか?」
と嫌味っぽく言ってみせた。
私だって本当は、彼の表情の意味を知りたい。
けど話せない何かがあるのだとしたら、むやみに聞くのもダメなんだと彼女の背中から知った。
事情を知れば梨桜達だって協力してくれる。
こんな私でも、何か力になれることがあるのだとしたらー……
「………気が向いたら、な」
そういう彼の顔は見ることはできなかった。
私がいうのを待たずして、ゆっくり坂を降りはじめる。
慌てて彼の後を追ったが、すでに彼の姿は見えなくなっていた。
そんな彼に呆れながら、ゆっくり後ろを振り向く。
私達がいたはずの坂や辿った花道は、跡形もなく無くなっていたのだったー……
(ツヅク・・・)
ちなみに分かった方もいるかもしれませんが、
阿部さんの名前は、アフリカンマリーゴールドから
名前をとっています。
こんなにも御影さんの話が長引くとは思ってなかったので
正直大丈夫かと結構ヒヤヒヤしています……すみません
余談ですが、作中にかかせてもらった
あの世とこの世を繋ぐ場所は、松江市揖にある
「黄泉比良坂」という場所をモチーフにかいてたりします。
黄泉の国とこの世の境とされる場所で、
日本神話にも登場することで知られているみたいです。
実際に取材に行ってみたいものです……
次回は9日に更新予定。
あの季節がついにやってきます。




