32.『キミ』と"ぼく"で大切な【想ひ出】を
とうとう冬休み。
六花はセンターのための補修で、
冬休みが勉強で埋まってしまう。
それを見かねた梨桜の提案から、
クリスマス会をかねた、呪い解放パーティーを
行うことに……
なんだか、異様にドキドキする。
家が近づくたびに鳴る鼓動を抑えるように、グッと胸を掴む。
飲み込むツバの回数が、多くなるのは緊張しているからなのだろうか。
緊張するようなことではないって、心ではそう分かっていても、鼓動早くなるばかり。
長谷部という表札、青色の屋根……ここだということは、もうすでにわかっている。
家のチャイムを押すだけ、なのに……何やってるんだろう、私……
「え〜そんなに時間かかるはずないと思うけど……ってあれ? 六花ちんいるじゃん? 何してんの?」
チャイムを押す手前、見慣れた人物の登場にあっ、と声が漏れる。
私の姿を確認した途端、彼女ー梨桜はにこやかに笑った。
「もぉ〜待ちくたびれたよ〜なかなかこないから、探しに行けって二人がうるさかったんよ〜?」
「ご、ごめん……色々時間かかって……」
「まっ、いいや! ささ、入って入って! クリスマス用に部屋をデコるの、めっちゃ頑張ったんだから!!」
そういいながら、スキップしつつ部屋に戻ってゆく。
靴を脱ぎ、誰もいないか確認しながらもあまり音を立てずに私は中に入った。
今日は冬休みが始まってまだ2日目。
たまたま補修もなく、みんなの予定があったということもあり、梨桜の計らいで少し早いクリスマス会を行うことになった。
そこで、誰の家でやるかを話し合ったところ、決まったのはまさかの梨桜の家だった。
バスで30分弱、割と都会に近いところに住んでいる彼女の家に来るのは初めてで、示された地図があっても辿り着くのにはやっとだった。
それもこれも、梨桜が適当すぎる地図を送ってきたからなんだけど。
初めて友達と過ごすクリスマス、ってだけあって昨日からやけに緊張しちゃって……
「おっ、六花! 無事に来れたんだな。迷子になってるんじゃないかって心配してたんだぞ?」
大きなクリスマスツリーに、赤と青で彩られたオーナメントが散りばめられた部屋にはすでに二人の姿もあった。
黒のパーカーに白のジーンズをはいた蛍がここ来いよ、と隣を開けていて、その向かいには白のニットワンピースを着た楓は紅茶をすすっている。
相変わらずこの二人はおしゃれそのものだなぁ……
「お疲れ、六花。梨桜の書いた地図、すごくわかりづらくて、大変だったんじゃない?」
「あはは……まあ、解読にちょっと時間かかったかな」
「ほんと、梨桜らしい地図だよなぁこれ! あたしも楓いなかったら危なかったよ」
「ちょっと〜そこまで言うのひどくな〜い? これでも頑張った方なんだからさ〜」
どこで買ってきたのか、彼女はよく見たら赤いサンタ帽に白のボタンがついた赤いワンピースというサンタ衣装を着ていて、どう? とニヤリと笑う。
さすが梨桜は大胆だな、なんて思いながらも似合ってるよと返してみる。
彼女が頑張った、というだけあってツリーの装飾も壁紙も、クリスマスにふさわしいものになっていた。
「と、六花ちんが来たところでお待ちかね〜メインディッシュの登場だよ〜ん」
そう言ってテーブルに置かれていくのはローストチキンはもちろん、ビーフシチューやクリスマスツリー風にあしらわれたポテトサラダだった。
まるでレストランにでも来たような錯覚に陥るくらい、クオリティの高い料理ばかりで……
「え、すご……これ梨桜が作ったの?」
「なわけないじゃあん。そこにいるほたるんのお手製だよ」
「へぇ、そう……って蛍が作ったの!?」
「昔から家でもよく作ってるからな。ケーキだってちゃんと用意したぞ!」
これだから私の付き合ってる人たちはすごい、とつくづく思ってしまう。
立ち並ぶ料理に、つがれていくジュース。何もかもが新鮮で、緊張していたものが嘘のようにとんでいく。
それぞれグラスを持ったかと思うと、四人で目を合わせ……
「それじゃっ、呪いの解放とクリスマスを祝して!!! かんぱぁぁぁぁぁぁぁぁいっ!」
かんっ、とグラス同士が重なる。
喉に入るジュースは、いつもと味が違うように感じてとてもおいしかった。
そうか……これが……友達と過ごすクリスマス会なんだ……
「ぷっはぁ〜! やっぱみんなで囲むと、一味違うな!!」
「蛍ってば、浮かれすぎ」
「楓だって普段はジュースなんて飲まないのに、飲んでるだろ〜? それと一緒だよ」
「ねね、早く食べよーよ! うち、ほたるんが作ってる時から食べたくて仕方なかったんだよね〜」
そう言いながら、取り皿をみんな分渡してくれる。
聞くところ、早めに来た蛍が梨桜の家のキッチンを借りて作ったらしい。
何個かは家から持ってきたらしいけど、私がくる前にそんなことをしていたんだって思うとなんだか尊敬する、っていうか……
実際、蛍の作った料理はどれもおいしくて……
「……さてと、そろそろいい……かな。六花ちん、はいこれ」
料理に手が進む中、ふいに梨桜が袋を私に差し出す。
赤くクリスマス仕様にラッピングされたものープレゼントだと秒で理解した。
何も準備していなかった私は予想外のことに、受け取るのを躊躇ってしまう。
「えっ、これって……クリスマスプレゼント的なやつ?」
「ちっちっちぃ〜。ちょぉぉっとちがうんだなぁ、これが」
「はい。これは、私から」
「えっ!?」
「遠慮せずに受け取ってくれよ、六花」
次々に差し出される色違いの包みに、動揺を隠せない。
クリスマスといえばプレゼント、なんて簡単なこと忘れていた。
友達と過ごすこと自体にうかれていて、何を準備していいのかリサーチするのをすっかり忘れていて……
「み、みんなプレゼント持ってくるならくるって言ってよ。もらえるわけないじゃん。私、手ぶらなのに……」
「これはクリスマスじゃなくて、六花あてのプレゼントなんだよ」
「私、あて……?」
「六花、誕生日なんでしょ? センター試験の日」
いわれて、はっと思い出す。
私の誕生日ー1月15日はこともあろうほかセンター試験当日だ。
重なってしまったことは少し嫌だったけど、誰にも知らないからさほど気にもしていなかった。
気を遣わせてしまうから、自分からも言わないようにしていたのに……
「本当は来月のどこかでもいいかなって思ってたんだけどさ、六花それどころじゃないだろ? ちょうど今日であうし、いい頃合いかと思ってさ」
「なんで………私の誕生日………」
「梨桜が教えてくれたの。今回のクリスマス会の時に準備してきてって」
楓の言葉に、思わず彼女を見る。
すると梨桜は、へへっといつもの笑顔を浮かべていた。
私の誕生日を忘れるわけないでしょ? と言わんばかりに。
「そーゆーわけだから、ちゃんと受け取ってもらわないと困るんよ〜それにこれは、呪いをといてくれたお礼も兼ねてなんだから!」
「いや、だから私何もしてない……」
「大丈夫だよ、六花。呪いがなくなっても、冬休み会えなくても、うちらはずっとそばにいるから」
その笑顔がさくらちゃんとしてなのか、梨桜としてなのか。
彼女の真意は誰にもわからないけど、その言葉はどこまでも優しくて、胸に沁みて。
ああ。これが幸せってこと、なのかな……
「受験が終わったら目一杯遊ぼうぜ! あたし、旅行とかこのメンバーで行ってみたいんだよなぁ」
「えっ、めっちゃええやんそれ! 計画立てよう! 今から!」
「さすがに気が早いでしょ……まだ時間はたくさんあるんだから。ね、六花」
楓、蛍、梨桜が相変わらずの調子で会話を続ける。
この光景がいつも心地よくて、いつまでもここにいたいって思えるくらい暖かくてー……
「ありがとう、3人とも」
今日が一番楽しい1日に、なるんだろうな。
そんなことを思いながらもその日、私達は暗くなるまでずっと、3人でクリスマス会を楽しんだー……
Ж
雪が、振っている。
ゆっくりと空を舞う白い球は、落ちていくたびにそっと消える。
手を伸ばしても冷たい感覚しか残らず、何もなかったかのように溶けてなくなってしまう。
『どうだい? 御影。彼女達、楽しそうだろ?』
声が、聞こえる。
その日、彼は外で一人、雪の空の下に佇んでいた。
家の窓から見えるのは楽しそうにはしゃいでいる六花ら四人の姿だ。
呪われていたことなんて忘れているかのように、幸せそうに笑っている。
その姿がやけに、彼の心を揺さぶり続ける。
「…………この笑顔のためなら呪いをも惜しまない……そう言いたいのですか」
『困難を乗り越えた彼女達は君の予想以上に大きく、強くなったはずだ。生きてさえいれば、彼女達のようにかけがえないものが見つかるって証拠だよ』
「……かけがえのない、もの……
『御影。本当は君もそっち側に行きたいんじゃないのかい?』
彼の心にささるように、言葉が刺激する。
この痛みがなんなのか、どうしてこんなにも揺さぶられるのかは分からない。
そんな違和感さえも知らないというように、彼は首を横に振り続け……
「ご冗談も、ほどほどにしてください。僕はあなたの思惑通りに動きません。今まで通り、この一年が終わったらそこに戻ります。ここにいる資格が、僕にはないのですから」
冷たい風が吹き付ける。
その夜、彼の拳は静かにぐっと握られたままだったー……
余談ですが、六花の誕生日の日付は
本当に今年度のセンター試験と同じ日にしています。
調べてみたら、設定当初と違っていたので
確認してあげ直しております。
間違い無いとは思うのですが違ったらごめんなさい…
と言うか今は共通テスト、って名前なんでしたね。
こう言うところで時代を感じます……
さて次回から、私十八番の時間ぶっ飛ばし……
がおきそうな予感がします。
20日更新する次なる物語とは……




