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人間にもどるための扉

 えぼし村の老人たちは、パニックを起こしかけていた。


「材木会社? こんな山ん中で?」


 その日、村の老人たちは一同に会し、青空を呼びつけ、待ち受けていた。


 ――新しい『拾いっ子』ふたりを追い出せ。


 と迫るつもりでいた。

 が、青空は、当のふたりを連れ、さらに弟弟子だといって、ふたりの僧を連れてきた。

 それぞれ可愛くてたまらぬというように紹介した後、


『もひとつ、みなさんに聞いてもらいたい、すごいニュースがあるんです』 


 木を売る会社を創る、と話した。

 お市という背の高い口達者な僧が前に出て、


『原木のまま売ろうとするから、アホみたいな値に泣くハメになるんです。こちらで切って、板にしたてて売るなら、まともな値段で売れる。利益が出る。そのための小さい製材所を作ります』


 さらに、


『この製材所で、みなさんの山の木も製材して、売りましょう。山を手入れでき、かつ小金が入ります。――ということで、まず間伐の準備として、残す木を選んでいただきたい』


 青空が、いっしょにやりましょう、と目を輝かせた。

 男たちはすくんで、ろくにものが言えない。

 綿毛のような白髪の老女だけが、か細い声で、


『……わたしたち、年寄りですから……』


 抵抗する気配を示したが、若い僧は、


『またまたー。いつもボルトみたいにつっ走ってるって聞いてますよ。声かけようとすると音速で走り去ってくって』


 ケラケラ笑った。


『まあいいや。どのみち山は手入れなさいますでしょ。皆さんの山、このまま放っておいていいわけないですからねえ』


 明日から作業するから、そちらも農作業の合間にやってくれ、と言い、おひらきとなった。

 その晩、大急ぎで村衆の寄り合いがもたれた。


「こーんな山ん中に工場作って、どうするんよ!」

「原木市場通さんのんか。誰が買うんや」

「会社作るのは簡単やがな。利益出すのがむずかしいんや。それでみんな潰れとるに、何をたーけ(たわけ)たこと」


 たーけ、たーけ、と村人たちは、若者の無謀を謗り、わめきあった。

 新顔の僧は、今までにない脅威だった。もうひとりのいかつい僧は、無愛想なだけで、村のなかには入ってこなかった。

 今度ははっきりと、


 ――おまえらの山も手入れするぞ。


 と、切り込んできたのである。


「青空さんも、やらしいんないか」


 鼻の尖った、痩せぎすの老人がすねるように言った。

 老人たちは、これまで再三、


 ――うちの山のことは放っておいてくれ。いろいろあるんや。


 と断ってきた。

 青空はそのたびに神妙に聞いたが、あきらめてはいなかったのである。


「あんにぎょうさん仲間連れてきよって。おれんた、ヨソもんとよう話さんに、わかっててああいうことやるんかな」

「騙されとるんよ。あのノッポの坊主に。ありゃあ、真人間のしゃべり方やない。なんかこう――オレオレ詐欺とかや」

「なんの詐欺や」

「そりゃあ――、わからん。木を盗むんないか」


 興奮のままにしゃべりあったが、だからといって、


 ――じゃ、おれが断ってくる。


 と言う者はいない。

 悪口を言いつつ待っているが、相手も待っているのだった。

 ついに、白髪の老女が、


「どうするんよ。栄作」


 しびれを切らした。

 コケシに似た細目の老人は、重々しく言った。


「無視や」

「……」


 少し上背のある、馬面の老人がボソッと低く言った。


「おれんた、いつも無視か、様子見やんな」

「……」


 栄作老人は、


「戦略的無視や」


 と言いなおした。

 老女が大喝した。


「たーけか! 戦わんでどうするんよ!」


 老女はふがいない男たちをねめまわし、


「あの子ら、会社創る言うとるんよ? わからんか? 働き口や。この後、続々新しい人間が来るいうこっちゃ! あの子のやることやで、来るのは堅気やないろ。みんなホームレスやがな。あやしいの、ぎょうさんかき集めてくるんやで。いつまでも黙って、ぶっと(放って)いてどうするんよ!」


 老人たちはたじろぎ、目を見交わした。

 村一番の『若い衆』である小太りの老人が笑い、


「そうそう上手く行かんですよ。素人商いなんて、すぐぽしゃって」

「ほやから止めなあかん言うとるんや。人かき集めた後、ぽしゃったらどうなる? そのまま居座られたら! 青空さんが追い出すわけないろ。そういうこと、おまんた、なんも思いつかんのんか」

「……」


 コケシ似の栄作老人がむっつりと聞いた。


「よしのちゃん、なんか策あるんか」


 ある、と老女は見返した。


「イイ人、やめる」

「?」


 ためらいつつ、言った。


「お寺の畑にゴミほかったり、モノ壊したり悪いことして、ココは意地悪村や、と示すんや」


 村人たちはショックを受け、老女を見つめた。

 鼻の尖った老人が、それはちょっと、と首をひねり、


「村の評判悪なるんないか」

「評判、どっから聞こえるんよ。わたしんた、ほとんどどっこも行かんがな」

「……」


 よしのは言った。


「あのな。ここらでハッキリせんとあかんのですよ。いつまでもええ顔しとったら、よそから変な人、どんどん入ってくる。青空さん、それがええことと思いこんどるんやに。わたしんた、そうやない、ただ安全に暮らしたい、いうところを意思表示せな、掛け違って、とんでもないことになりますよ?」


 老人たちも苦しげにうなった。

 ほうやな、とコケシ似の栄作老人が言った。


「この村に会社なんかいらんわ。新しい人間もいらん。ここは心を鬼にして、慈善はやめてもらわな。――ではひとつ、意地悪村作戦、やらまいか。広海、おまんとこ、壊れたレンジあったな」


 村人は暗い額を寄せ、作戦を練った。





 そんな思惑を知らないお市は、すでに走り出している。

 この男は動くとなると、火花を散らすように働く。


 真っ先に取り組んだのは、板よりも先に、顧客づくりだった。西へ東へと青空を連れまわし、工務店に飛び込んで行く。


 工務店側は墨衣の坊主ふたりが現れ、なんの説法かとおどろいた。

 内容がセールスと知ると、当然、追い返そうとしたが、


「社長。柿崎重雄さんのお宅。それと石田光男さん宅の仏間のリフォーム。拝見いたしました。柿崎家の玄関の出節丸太のカッコよさ、框の色使い、これを見て、これは昔気質の大工の仕事だ、ちょっとこれは棟梁とお会いしてみたいと、やってきたのですよ」


 自分の仕事を調べてから来ていると知ると、


(おや、殊勝な)


 社長も悪い気はしない。

 しかも、この背の高い僧は、若い坊主のクセにどういうわけか、木使いに詳しく、大工の工夫をよく見ている。

 施主でも気づかないような苦労をほめられて、ついイイ気分にさせられてしまい、


「ああいう天井なんか、今はみんなプリントだろ。家がそれなりの格式でもプリントなんだからね。見る人が見たら恥ずかしいよ」


 ノせられて、いつのまにか批評のような自慢話を開陳している。

 いつしか昔の施工した別の家の写真まで取り出して、話し込んでいた。


 話しつつ、社長は舌を巻いた。若い坊主はおそろしく博識で、元プロの大工ではないかと思えるほど古今の建築に詳しい。

 そのくせ、


「わたしたち、ド素人が材木屋をはじめるので、棟梁、これから面倒見てくださいよ。うち、無垢材(切断しただけの材木、合板でない)しか出せないから、無垢材扱えるちゃんとした大工さんとしかおつきあいできないんですよ」


 などと甘えてくるので、ついつい、


「うちも忙しいんだよ」


 といいつつ、山を見に行く約束をしてしまう。

 こんな調子で三十軒の顧客を作りあげた。

 青空はその隣でニコニコ座っているだけだったが、内心、驚嘆しきっていた。


「はえええ。手品みたい」

「事前に十分、振るい落と(スクリーニング)して、こっちの条件に合う客だけ声かけすれば、百発百中も夢ではないのです」


 お市は、どや、と威張ってみせた。


「兄さんがワンオペになっても対応できるよう、簡単なシステムにしますからね」


 客は紹介制にして、新規開拓しなくて済むように会員として囲ってしまう。また受注処理、会計、税務などをパソコンで一元管理できるシステムを作りあげた。


「名前は――森の翼材木店!」


 僧たちがはしゃぎながら、新会社を立ち上げている様を、そわそわと見守っている男がいた。





 寺に拾われた青年、えびまよは迷っていた。


(新しい会社。これは、スターティング・メンバーになるチャンス!)


 お市というにぎやかな青年僧が現れ、転がるように物事が決まっていた。

 テツは毎日山に入り、木を伐り、作業道を作っている。青空とお市は手続きを進め、軽トラに乗り、どこかへ売り込みに出ていた。


「お市ちゃん、ひどいんだよ。今日、工務店さんでね――」


 食卓の話題も自然と新会社の話になる。青空は笑いながら、


「銘木屋さん紹介してもらったんだけど、その人と名刺交換する時、『明智さんですか。明智だけに、みごとなキンカ頭ですねえ』って。わたし、二度見。『は? いま聞こえたのは何?』」


 青空はふたりの居候にもへだてなく、その日あったバカ話を打ち明ける。


「その後も、ちゃっかり『キンカ』呼ばわり。『ちがうんですよ、キンカさん』って。名前がキンカ。相手の人も笑っちゃって」


 お市は悪びれない。


「ハゲてる奴らはだいたい友だち、ウエーイ」

「ホントに、友だち扱いだもん。『銘木? ないよ。むしろ、どっか天然乾燥の無垢材買いそうなとこ紹介してくれ』っておねだりするし。――もう一回言うけど、今日会ったばっかの人だからね!」


 客じゃないんですよ、とお市は箸で分厚いハムを取り、


「ありゃ山師でしょ。乗ってる車見ました? マセラティですよ。あれに札束詰め込んで、木におかしな値段つけて売り買いしてんですよ。なにが銘木だ。人民の敵め。こっちは五十年生の人工造林だっての」


 えびまよがこっそりと、銘木って、と聞くと、ダンディが、


「クロガキ(黒柿)とかねえ。お茶室なんかに使う高い木があるんだよね」

「うちの山にはない!」


 お市が声を高くした。


「うちの山にあるのは、おすぎです! そしてヒノキです」


 この男が来てから、食卓がにぎやかだった。無口なテツさえ時々、話に入った。


「おすぎ。こっちも軽トラ使いたいんだけど。木下ろすのに」

「はあ? 甘ったれんじゃないよ。かつぎなさい。彼岸島じゃ丸太はかつぐものだよ。それより、てっちゃん、第二貯木場の田んぼ、掘って。材木乾燥させるとこの草刈って、縄打って。あと県道も埋まってるとこ広くして。4トン通れるように」

「てっちゃんはひとりしかいませんよ」


 えびまよは笑顔を浮かべながら、じりじりと焦っている。

 僧たちはフレンドリーで、居候ふたりにも仲間のようにいろいろ打ち明けたが、共に働け、とは言わなかった。青空が弟弟子たちに勧誘を禁じていた。

 だが、この生まれたての製材所はあきらかに人手不足である。


(いま手を挙げたら、絶対就職できる。夢の正社員。それに青空先生に恩を返せる)


 えびまよの目は、就職口、という黄金の扉に釘付けになっていた。

 明日をもしれぬ根無し草の生活を終らせることができる。人生を取り戻せる。

 一方、


(まだ働きたくない)


 とも、半身がちぎれるように思っていた。


(や、まだ遊びたいやん。せっかくの公認ニートライフやん。三度三度、飯食わしてもろて、いま最高やないか)


 金のことを考えたくないという悲しみに似た気持ちがあった。金のことを考えず、養われ、無垢な子どものように生きていたい。

 そう思いつつ、不安でもあった。


(おれ、本格的ダメ人間に成長しつつあるんやないか)


 思い余って、ダンディに相談してみた。


「遊んでればあ?」


 ダンディはなんの屈託もなく言った。


「林業って危険なのよー。おまわりさんより、事故死亡率高いんだから。ちょっと噛みぐらいの気持ちなら、手出ししないほうがいいよー」

「でも、製材のほうなら。おれ機械系、わりと得意やし」

「だって、アオゾラ先生とキミしかいないのに、だれが木を切って運んでくれるのさ。あのふたりの坊さん、また旅に出ちゃうんだよ」

「……」


 ダンディは当然、手を出す気はないらしい。彼はのんびりと、


「おれの信条はね。ノージョブ、ノーペインだよ」

「……」

「触らぬ仕事に労災ナシ。やめときなさい」


 えびまよは、もう言わなかった。自分で考えるべきだ、と思った。

 しかし、結論が出ぬうちに、ひとりの人物に出くわした。その出会いはえびまよに大きな衝撃を与えた。





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