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平安時代の冒険と現代の冒険、はじまる

  飛騨の古老が語る昔話。『無畏大師さまとイチイの木』その2


 さてさて。

 イチイの乙女のせいで、村のタネはぐっしゃり。台無しになってまった。


「おのれ、妖怪め」


 ご眷属、神犬手津丸さまは低く唸って、牙を剥かっしゃった。さすがに許せるイタズラではないでな。


「おっと。お犬さまよ。われに近づくな」


 乙女は飛び下がり、あざけって、


「われのからだは、毒の葉がひらく。噛み付けばタダではすまぬぞ」

「ならば、この爪で玉切りにしてやるまで」


 手津丸さまはぶるんと白い毛を震わせた。とたんにそのからだは蔵よりも大きゅうなった。前脚の爪は鎌のよう。


「禍神!」


 前肢をふりあげた時、乙女は一歩、前に出て、


「うるさい犬コロめ」


 細腕で、手津丸さまの鼻に何かを押しつけた。


「!」


 そのとたん、手津丸さまはギャッと悲鳴をあげ、飛びのいた。前肢で必死に鼻を掻き、ついには、げえげえ吐き出した。

 あたりにはなんともいえぬイヤなにおい。

 乙女はキャッキャと笑い、


「ばかめ。ヘクサムシを潰してやったわ。おお、くさやくさや」


 ヘクサムシ言うのは、カメムシのこっちゃ。これを犬の鼻で嗅いだから、もうたまらん。さらに神様やで、その苦しみはナン十倍や。


 手津丸さまは、ひゅんとちいさくなって、寛円上人の仏具のなかに逃げ戻ってしまわれたんやと。

 イチイの乙女は大笑い。


「村のタネは千年に一度か。千年後、また壊してやるわいな」


 そう言って、すっと消えてまった。


 寛円上人が、がっくりして無人の村に戻ってくると、こちらでも神さんがワアワア泣いてござった。あたりには木のカスが散るばかり。


「松丸が」


 松丸とは、あの松の木偶のことや。

 いましがた、大きなトンブシ(イナゴ)が現れ、松丸をかじり、飛び去ったというんや。


 もう害が出ておった。

 村のタネはつぶれ、妖怪はくる。寛円上人は悔やみ、これはなんとかせねばならぬ、と神さんに言わさった。


「拙僧が、あの物の怪を調伏いたしまする」


 寛円上人はトンブシの妖怪を引導しようと村の辻で待ったんやと。


 その夜さりのこと。

 イチイの悪乙女はこっそり村へやってきてな。物陰から上人の様子をのぞいておった。


 見ていると、どたーん、どたーん、と大きい音がしよる。地響きがして、真っ黒い山が飛んでくるんやと。

 それは山やのうて、トンブシ(いなご)の化けもんやった。緑の四角い口を開いて、上人に喰いかかろうとしてな。

 すると上人は、


「もののけよ。鎮まれ。われは唐にて仏法を学びし僧、寛円と申す者。そなたに有難い教えを――」


 ところが、トンブシはまたびよーんとどっかに飛んでってまった。

 寛円上人は、目をぱちくり。


(アホじゃ)


 乙女は袖のなかでクスクス笑ってな。

 またしばらくすると、トンブシが口を開いて、襲いかかって来る。


「戻ったか。聞け。われは唐にて、――えええ?」


 またびよーんと飛んで行く。


 というのもそのトンブシ、どえらな臆病でな。足弱の年寄りや、『おそがい、おそがい(こわい、こわい)』言うて、逃げ隠れする者は喰えるが、上人のような怖いもの知らずは、よう喰わんのやと。

 そんなこととは知らんもんで、上人はとまどわれた。


「なんとせわしない。これはよほど、早口で言わねばならぬな!」


 アホじゃあ、と乙女はヒイヒイ笑っておった。

 すると、急にまぶしい光が差した。見ると、上人の前に一尊の仏様がおいでんさってな。


『寛円よ。イチイの乙女に会え』


 さらに、手津丸さまにも何ごとか耳打ちせられた。

 乙女はそれを見て、あざわらい、


(おうとも。われは知っておるわいな。じゃが、教えてなぞやるものか)


 そう言って、黒岩崖の自分の縄張りへ、先に戻ったんやと。


 黒岩崖には立派なイチイの木があってな。乙女はその太枝に座り、足をぶらぶらさせて、上人をどう嬲ってやろうかと楽しみに待っておった。

 果たして上人は現れ、


「トンブシのもののけに困っておる。調伏の法を教えてくりゃれ」


 と、たのましゃった。


「どうれ。それでは――」


 乙女が無理難題を言おうとした時、ぶわっと一陣の風が吹いてな。手津丸さまが息を切らし、上人の後ろに現れた。

 乙女は心地よげに、


「犬コロ神よ。ヘクサムシの味はどうじゃな」

「これを見てから笑うがよい」


 背中に乗せていたものをずるっと下ろした。

 それは一ふりの斧を持った小男でな。

 小男を見た乙女は、


「ヒッ」


 悲鳴をあげ、腕木からころげ落ちそうになった。


「飛騨の匠!」


 小男は名高い飛騨の匠やったんや。匠は、イチイの大木を見ると、


「なんと見事なイチイの木じゃ。板によし。柱によし。さぞかし、木目も美しかろう。あの腕木だけでも殿ばらの笏が十はとれるわ」


 うれしゅうてどもならんというように見上げ、


「しかし、一番よいのは彫りものじゃな。硬からず、柔らかからず。仁王像などの材によい」

「触れるでない!」


 乙女はイチイの木を抱え、


「その頭のおかしい男を近づけてはならぬ。寄ってはならぬ」


 なぜじゃ、と手津丸さまがあざわらった。


「わしは面白い。そなたも面白いものが好きであろう」

「――」


 乙女はついに観念したんやと。


「寛円よ。許してくりゃれ。わしはまだ若い。一万年生きて世を見たいのじゃ。ここで伐られとうはない」

「許そうとも許そうとも」


 寛円上人は許そうとなされたが、手津丸さまは牙を剥かれ、


「トンブシの怪をどのように退けるのじゃ」

「その前にひとつ頼みがある」


 手津丸さまはギロリとこわい目。


「命を助けるというのに、もうひとつ頼みとは虫がよい。飛騨の匠よ――」

「待て」


 乙女は必死に言った。


「飛騨の匠にこの場所を教えて、わしが以後無事であると思うか。この者は必ずあとで伐りにくる。この者が伐らずとも、その子が伐りにくる。もはや終わりじゃ」


 上人と手津丸さまは、飛騨の匠を見た。匠は舌なめずりするように、斧を研いでおった。


「……どうしろというのじゃ」

「神不知(かみしらず)の山に、鬼が棲む。その鬼が石の花瓶けびょうを持つという。その花瓶の水をかければ、木は石のように堅くなり、どんな斧も刃こぼれして伐れぬようになるという。わしはその石の花瓶がほしい。それを持ってきたら、トンブシの退治法を教えよう」

「石の花瓶」


 寛円上人はうなずいた。


「道理じゃ。とってこよう。神不知じゃな」

「そうじゃ。早う立ち去れ。この男も連れていけ」


 しかし、手津丸さまは火を吐くように牙を剥かれ、


「おまえも来るのじゃ」


 乙女を咥え、ひょいと背に乗せられた。

 寛円上人はイチイの乙女と飛騨の匠をつれ、石の花瓶をとりに神不知の山へ向かわれたんやと。


                        〔つづく〕





 青空は、黒い眸に星をたくさん浮かせて話した。


「まず、山に作業道を入れたい! 村を囲む山、すべてに。それで重くなっている森をきれいに梳いて、日差しをいれてやりたいんだ。まだ生長の止まってない森もあるからね。どんどん太くして、いい木を育てたい!」


 さらに言った。


「わたしね。ここの村、百人ぐらいに増やせないかなと思うんだ。若い夫婦もいて、子どももワイワイいて。老も幼もまじって、次世代につながっていける。インフラも整ってるし、空気も水もきれいだし、絶対いけると思う!」


 また言った。


「あとね。家出人の駆け込み寺。これもやりたいんだー。女のひとの駆け込み寺はもうあるけど、男のはあまりないでしょ。でも、男女問わずぶきっちょな人間はいるんだからさ。いっしょにご飯食べて、休ませて、元気になったら送り出す。そんな仕事もしたいんだよ」

「……」


 青空の話はあちこちへ広がった。

 お市は笑みを張りつかせ、辛抱強く聞いている。


 テツは心配だった。

 昨夜、寺へ帰る道すがら、施無畏寺の問題についてはあらかた話しておいた。青空の希望を話すと、お市は笑い、『あばよ。いい夢みろよ』と早足に過ぎて行った。


 今も温容で聞いているが、十分あきれていることは見てとれる。

 テツは押さえるように睨んだ。


(やるんですよ。お市。これは菩薩イケメンの務めですよ)


 お市は横顔で、知るかボケ、と答えている。お市は夢見る住職に聞いた。


「――それで、そのリソースは?」

「やま」


 青空は明るく言った。


「それと、わたしのマンパワー!」

「……」


 お市は気の毒そうに微笑み、コメントしなかった。

 青空は黒い眸を輝かせ、


「テツくんにも話したけど、わたし、このヒノキで勝負しようと思って、三年前から準備してんの。山のため池で、水中乾燥してね。知ってる? 水につけると木は早く乾燥できるんだよ。でも、二年も乾かしてるのに、まだ原木の値段が騰がってなくってね。――お市なら、そういうの自由に釣りあげられるんだよね?」


 お市はホホと笑い、


「どんな仕手筋ですか。わたしは」


 ふりむき、般若顔でテツを見た。

 テツは目をそらし、小声で言った。


「にいさん、……わたしたちは祖跡拝登の行の途中なので、お手伝いは限定的になります。なので、一番やりたいことを」


 そうだよね! と青空は思い出し、顔を赤くした。


「ごめんごめん。いい気なこと言って。なんてこった。そうでした」


 青空はあわてて湯飲みをつかみ、


「ごめんよ。身内が来たもんだから、つい浮かれて。わたしずっとひとりで、いろいろ考えてて」


 茶を飲もうとしたが、勢いよすぎて茶はほぼ鼻にかぶってしまった。

 テツが手ぬぐいを差し出す。青空はせわしなく拭きながら、


「はは。いやだな。――ここね。とても可愛い里なんだよ。村のひともみんな仲よしで、ほがらかで、働き者で。お米もすごくおいしい。……でも、あと三十年もしないうちに、みんな草に埋もれちゃうんだなあって。いつも思ってて」

「――」

「みんな、村で死にたいって言ってるんだけど、からだがきかなくなった時、助ける人がいないから」

「――」


 青空は、申し訳なさそうに見上げ、


「じゃあ、寺の山の道作りをお願いしていいかな。けっこうな距離だけど、少しでも手伝ってくれると、秋に間伐する時にすごく助かるんだ」


 テツは、


「わかりました」


 と頭を下げた。

 何も言わない相棒を見て、ビームを撃つように睨む。


 お市は腕を組み、あごをあげ、あさってを見ている。しばらく黙っていたが、


「いきなり百人とか、無理」


 と言った。


「……」

「でも、その基盤となる産業なら、作れるかもしれない」


 青空を見て、


「ここに材木会社をつくりましょう」


 と、言った。






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