表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/30

ハムスター・レジスタンスの危機

 六月に入り、テツは言った。


「集中して、貯木池までの道を仕上げてしまいたい。八月には杉が伐れる。それまでに寺に第二貯木池を掘って、杉を放り込んだら、おれとお市は退散する」


 お市は工務店からのツテで、壊れたバックホーを手に入れてきた。えびまよに修理させ、これでチームをふたつ作った。

 ヘチマが提案した。


「ルイチームはこのまま進んで、えびチームが貯木池から道を伸ばしてくるのはどうやろ。合流したらゴール。トンネル開通みたいで胸熱やん」


 二ヶ所から、道の開削工事が進んだ。

 すでに蒸しはじめていた。えびまよとヘチマは交代で水をガブガブ飲み、熱い重機と格闘し、道を削った。


 まず進路にある木を切り、根を掘り起こさねばならない。

 バックホーで斜面の土を垂直に切り落とし、軽トラが一台通れるほどの道幅を削り出す。その上をバックホーで何度も往復し、道を押し固めるのである。


 きれいに均しても路肩は崩れやすい。そのため、切り株を挟んだり、表土を埋め込む。表土には種が混じり、いつか植生が自然の土留めとなる。


 夕方、えびまよとヘチマはあ然とした。


「一日働いて五メートルいかんのか」


 しかも、やはり路肩の積み上げが甘く、あとでやり直さねばならなかった。

 ヘチマはぼんやりつぶやいた。


「道路工事のおっさんて、あれ偉いもんやったんやな」

「そうやな。道って勝手に水平にはならんのやな」


 昼は四人で弁当を喰った。冷茶をガブ飲みし、梅や塩昆布、シソをまぶしたにぎり飯にかぶりつく。疲労のため、みな無口だったが、食事の空気はおだやかだった。


 時々、青空が差し入れを手に登って来る。

 青空は長くのびた林道を見て驚嘆した。


「ふおおおお! 山が生き返った! 空気が流れてる」


 道が通り、森に隙間が開いて、涼風と陽が入っている。周囲の木々が呼吸していた。動脈に血が通うように、山が生気を帯びていた。


 ふたりの老人も陰からこれを見ていた。

 栄作と広海は、あとで仲間内で報告するために、しばしば現場をチェックに来ていた。


 不器用ではあったが、道は日々、数メートルずつ伸びている。重機の扱いも手慣れて、無駄な動きが減り、効率があがっていた。

 なにより若者たちの顔色が変わった。活気があり、笑い声があった。

 広海はつい、言った。


「あの細い子も前より塩梅ようなってきたんないか。――おまん、なにしとるんよ」


 栄作は後ろを向き、若者たちを見なかった。なぜか、ひどく不機嫌になり、早く戻ろうとうながした。


 ある時、若者の伐った木が、立ち木にひっかかったことがあった。枝葉のついた木は重く、人力ではどうにもならない。


(やーい、あんぽんたん)


 老人たちが陰で哂っていると、テツが背後から聞いた。


「ああいう場合は、どうやって倒すんですか」


 ふたりの老人は飛び上がり、逃げるに逃げられずあわてた。

 テツの細目に迫られ、広海が、


「『投げ倒し』でいけるんないですか」


 小声で言った。

 倒れて引っかかった木の上に、別の木を倒し、ずり落とさせるという方法である。


 果たして、それはうまくいった。二本の木は見事に倒れ、ヘチマとえびまよは感嘆した。


「ありがとうございます」

「さっすが山のプロフェッショナルや。また、ご指導お願いします」


 腰を深く折って、頭を下げた。

 広海はあいまいにお辞儀し、そそくさと退散した。


「かかり木ぐらい処理できなくてどうするんよ。ほやから素人はだしかんのや」


 広海は自分の森に戻ってから、いつにも増して多弁だった。


「まったく。装備ばか丁寧にこしらえても、なんも知らんのやもなあ。ままごとや。あぶなっかしいったらないわ」


 栄作は、


(こいつ、よろこんどる) 


 と敏感に察した。

 よくない傾向だった。





 栄作は事態をあやぶんでいる。

 よそ者たちは味をしめ、あれからちょくちょく村人に知恵を借りに来る。道具の研ぎ方や、主伐まで残す木の見方、作業道の場所についても意見を求めてきた。


 村人たちは、遠慮がちにだが、まじめに考えて教えてやる。

 仲間内では、さんざん若い連中をバカにしながら、また呼ばれるのをうずうずと待っているのだった。


 栄作は若者たちがニコニコして、


「おかげで助かりました」


 などと礼を言ってくると、ぞっとした。


(今まできた連中も、愛想はよかった。でも泥棒に変わったんだ)


 栄作は、白い綿毛のような頭をした、よしの姉さんに相談した。

 ところが、よしのの答えも頓珍漢だった。


「まあ、タダでやっておくれる言うんやろ? 間伐だけはしてもろたらええんないか?」

「はあ?」


 話が違う。よしのはこともなげに、


「間伐してもろて、どんな人間か見ておくんよ。なじめそうやなあ思たら、受け入れたらええがな。あかんかったら、そん時は出てってもろて。お見合い期間や」

「そんに都合よく行くかい!」


 栄作は言って、見慣れぬものに気づいた。

  茶だんすの上に、小さい麦わら帽子がふたつあった。よしのが手で編んだものだが、あきらかに子ども用だった。


「――孫のや、ないな」


 よしのはあわてて帽子を仕舞い、


「ま、わたしはあれよ。悪い子やったら、入れん。ええ子やったらかまわん。一貫してそういう意見やがな」

「いやいやいやいや。一貫しとらんで。そういう話やなかったで」

「いいえ。そうです」


 よしのはすまして言った。


「もともと、この村の安全から発した話や。犯罪するような変な人やない、真人間で仲良うやれる子なら、ウェルカムや。空き家も田もたんとあるんやし。若い子いたら、おまんたも心丈夫やろが」


 栄作はあ然となった。


「どしてそんに変わってまったんよ!」


 よしのの家には、千里と万里が出入りしていた。

 ダンディが幼児ふたりを連れて散歩しているのに出くわし、桃の頬をした愛らしい生きものに、つい見とれてしまった。

 ダンディはぬけめなく、


「すみません。トイレお借りしてもいいですか」


 子どもを連れ、よしのの家に入り込んだ。にぎやかにしゃべり、茶菓子を出させ、ふたごにかわいいお辞儀をさせて去った。


 それから、たびたびやってくる。子どもは青空からの届け物を抱えていたり、野辺で花を摘んできて、よちよち差し出した。

 最高齢おタカ婆も、子どもに釣られてお茶にくるようになっていた。


(女衆はだしかん)


 栄作はがっかりして、よしのの家を出た。

 この村の人間は、善人だった。ひとを恨むのが苦手で、忘れっぽい。小ずるい都会人には立ち向かえないのだ。


 家に戻ると、郵便屋が回ってきていた。


「赤石さんはコレ」


 見慣れない大きな封筒が渡された。家で開封し、栄作は、


(これで反攻できる)


 と、思った。

 





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ