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会話したら、人刺さないと死ぬ病

(お、おれの桃源郷に、墨汁が……)


 えびまよは新住民――イチゴ系男子、広川ルイの登場に、困惑した。


(イチゴやない。もっとドリアンとか、ウニとか、トゲトゲしたなにかや)


 この男は美男のくせに可愛げがなかった。

 ひどく神経質で、毛筋ほどの無礼にも激しく反応するのに、自分は僧以外の人間をニートと見下していた。なぜかすでに社長気取りで、


「引っ越すんで、うちの荷物運んでくれる? なんか周り、草がすごいんだよね。そういうの毟っておくのが、礼儀じゃない?」


 製材所を見てまわっては、


「思ったよか、ショボかった。こんな廃材みたいな機械しかないって、もしかして本気じゃないのかな」


 さらには、


「なんかさ。お遊びなんだよね。発想がニート。無借金経営とかさ。一見いいようでいて、銀行の信用無いってことだろ。借金て信用でもあるからね。ちゃんと融資受けて、乾燥所作んなきゃ事業と言えないから。天然乾燥材とかナメてんの? 客選ばなきゃなんない商品作ってどうすんだよ」


 おれが社長になったら大々的に改革する、という。

 官九郎は、


「おれぁ、やだよ。あんなヘビイチゴパパの下で働くなら、おヒマいただくよ。三度笠かぶって、旅に出ちゃうよ。デンデン」


 すでに宣言している。

 いっしょにきたヘチマは見かねて、


「キミな。向上心あってエライと思うんやけど、もうちょっと可愛くモノ言わな、あかんのとちゃう? おっさま、ゼロから立ち上げて、一所懸命やってはるんやし」

「そう思うなら、そっちも早く働けば?」


 ルイは鼻であしらった。


「寄生しにきた無職のくせに、ひとに説教する資格あんの?」

「――」


 ヘチマもえびまよに言った。


「あいつイチゴやない。ドンパッチや。会話したら、人刺さな死ぬ病らしいわ。――おれちょっと、共演NGで」


 えびまよは頭が痛かった。


(せっかくストレスフリーでやってたのに)


 ヘチマのほうは、えびまよとウマが合う。

 この男はかっこいいSUVに乗っていた。車好き、ドライブ好きで、毎日釣りや山歩き、どこかに出かけてきては、田舎暮らしを楽しんでいる。


(こいつには、いてほしいなあ)


 えびまよは、こっそり頼んだことがあった。だが、ヘチマは複雑な顔をして、


「おれもそのつもりで来たんやて。けど、あのイチゴ系の人の下でやっていけるか、ちょっと。てか、あいつ社長で、ここ大丈夫なん?」


 えびまよも答えに窮してしまう。

 さらに心がざらつく場面を見てしまった。


 『麗しの工務店さん』夏千代が、製材所に女の部下を伴って、訪れたことがあった。その若い女の大工は、ルイを見て、


「うわ、くそカッコイイ子おるやん!」


 脳天から突き抜けるような声をあげた。

 夏千代の反応は見えなかったが、えびまよはうろたえきってしまった。


(毒や、あれは毒イチゴや!)


 連れてきたテツを恨んだ。


(なんで、よりによってアレを連れてきた? 全方面に害を撒き散らしとるやん!)


 新会社には、人間が必要ではある。山は広大で、治山のスピードをあげるには、若い元気な人手が欲しかった。だが、ルイはせっかくの人材を蹴散らしかねない。

 えびまよは悩んだ。


(かちおちゃんのことはともかく、社長は青空先生じゃないと、みんなが落ち着けない)


 しかし一方、青空もまた、問題を抱えていた。

 青空は六つ下の弟弟子に、もじもじと相談した。


「お市くん。あの、わたし、住職クビになるかもしれない」




 

 その日、青空は村へ下りていき、コケシに似た栄作老人の家を訪ね、頼んだ。


「午後のあいた時間でいいので、間伐の準備、お願いします」


 しかし、栄作は顔を真っ赤にして、机を叩いた。


「おまん、たーけか。自分がなにしゃべっとるかわかっとるんか!」


 たまりにたまった憤怒を浴びせた。


 『意地悪村作戦』は、とっくに頓挫していた。

 堅気の村人は、寺の敷地にゴミを撒くという罰当たりが出来なかった。ようやく廃品を持ってあがっても、先祖の墓に睨まれた気がした、と言って、すごすご帰ってきてしまう。


 そうこうするうちに、新顔の若者が出現していた。人間が増え、幼児までちょろちょろしていた。


(どんどん増えとる)


 村人は蒼ざめたが、手立てがない。

 青空を呼び出そうとすると、いつも誰かしら付いてきて話ができなかった。


 ついに、綿毛のような白髪のよしのが泣き出した。

 寺から貰ったといって、かつおをふるまいながら、


『去年の初ガツオは、青空さんに呼ばれて、お寺で皆で食べたに。わたしんた、もう墓へもよう参らん』


 老人たちは気丈なよしの姉ちゃんの涙を見て、逆上した。


「お、おまんは、村の人間やないんのんか」


 栄作はどもった。そもそも自分たちが青空の招待をボイコットしたことは忘れていた。


「おれんたは、おまんを村の一員として、うちの菩提寺の住職として、ねんごろに迎えたに、おまんはいったい何してくれとるんよ? ろくに村に下りて来んと、食い詰め者引き入れて。ガチャガチャ会社興して。おれんた排斥するつもりなんか。ここ乗っ取る気か」

「――」


 童顔の僧は困惑したように、


「栄作さん、会社は山の整備のためで、わたしはみなさんが安全に暮らせるように」

「そんなこと頼んどらんろ!」


 栄作は議論したいわけではない。ただここひと月ほどの怒りをぶちまけ、制止したかった。


「おまんはヘマなんよ。一個入ると、一個ぬけるんよ。山ばか見とって、肝心の村、与太者の巣窟にしてどうする気や。ここは、おれんた村の人間の土地やぞ」

「――」

「『村おこし』は必要ない。前、散々言うたがな!」


 前の居候が去った時、栄作はそう言った。はっきり厳しい言葉で言ったつもりだったが、なぜか青空は本気ととっていなかった。


「今まで何度もモノ盗まれたに、どして学ばんかな。素性もよう知らんのやろ? もし殺人犯みたいな悪いやつだったら、おまん、どうするんよ? 女衆はみんな不安で、夜もよう眠らんのやぞ」

「……」


 青空は目を落とした。言葉を返そうとはしなかった。

 栄作はまだ憤りがおさまらない。


「みんな、今回は本気で怒っとるでんな。おまんにも、住職辞めてもらお言う声もある――」

「!」


 青空が顔をあげた。

 傷ついた黒い目を見て、さすがに栄作も気後れしかけた。


 寄合いで、辞めさせろ、と息巻いたのは栄作自身だった。言ったが、途端、最高齢のおタカ婆が泣き出し、


『おりの引導は、誰が渡してくれるんや』


 うちの墓はあそこにあるんだ、よその寺なんかに頼めない、とわめき、一同をみじめな気持ちにさせた。

 栄作は若い僧を見やり、


「そりゃ、そうはしたくない。けど、あんまし勝手されたら、こっちかて黙っておれへんがな――」


 自分たちにはここを守る務めがある、駐在さんもすぐ来れない土地なのだから、自衛するしかない、と言った。


「そうですか」


 青空はしょんぼりと立ち上がった。

 栄作は少しあわてた。まだ、話があった。


(だから、もうゴロツキには帰ってもらって、また仲良くやろう)


 だが、青空は肩を下げたまま庭から出て行ってしまった。


(――)


 栄作は、強く鼻息をついた。釜を空焚きしたように、気分が荒れていた。

 青空のやっていることは許しがたいことだった。ひとの田んぼの畦を見慣れぬ男が通り過ぎるし、お寺に遊びに行きにくい。家族の命日が近いのに墓参りもしにくい。

 村人の通行権が脅かされている。


(たまにはおれやって、はっきり言うんや)


 栄作は荒鷲のような気分で狭い胸を張り、庭を睥睨した。

 しかし、この鼻息は続かなかった。

 お市が、来た。





「栄作さん。どういうご了見なのかハッキリ聞かせてくださいよ」


 お市と名乗る若い僧は、馬のように大きい目でグイとのぞきこんだ。


「あの寺は無畏大師が開山した千二百年の歴史を持つ、大切な霊跡。あなたがたのご先祖の墓もみなあそこにある。松井青空阿闍梨は毎月、ご供養なされている。大事な大事なお寺だと思うんですが、ちがいますかね」

「……」

「そのお寺の上に、せりだしてるお山の木、アレみんな、あなたがたが植えたもんですよ。あなたのお仲間が。戦後、木が必要だといってハゲ山にして、木を売った。ボロ儲けしたでしょう。その後、二匹目のどじょうをねらって植林したが、木が育つ前に値崩れして、売るに売れなくなった。もてあまして、安く売ったり、寄進したりしたのが、あの寺の山です。ご存知ですよね?」


 若い僧の大きな両の目が迫った。

 栄作は小さい手でひざをにぎり、懸命に視線に耐えている。


(広海、早う来いて。何やっとるんよ!)


 この日は天気がよかった。栄作は縁側で趣味の木工細工にいそしみ、つい夢中になって、侵入者に気づかなかった。

 庭先から、黒い法衣を着たふたりの若僧がぞろりと現れ、


「畑仕事は休みですか。大事な話があるので、中で話しましょうか」


 有無をいわさぬ態度で、栄作をうながした。

 栄作は一瞬、逃げようと思った。が、そちらを見ただけで、首の太い僧がいつのまにか前に立ちはだかり、白目で制していた。

 背の高いほうが、


「お茶でも淹れてくださいな。長い話になりますから」


 にこりともせず言った。


 栄作は台所で湯をわかしながら、携帯で仲間を呼び出した。

 だが、運悪く友は出ており、女房が出た。


 ――お父さん、水路さらっとるよ。

 ――すぐ呼べ。あいつらが来た。おれや手にゃわん。

 ――あいつらって。上の?

 ――あの新顔の坊主ふたりや。でーら怒っとるがな。広海に、はよ来い、言うとくれ。おまんでもええ。

 ――え、だしかん。お父さん呼んでくる。


 お市はけして声を荒げない。しかし、レーザーで穴をうがつように、ひとつひとつ厳然たる事実を置いた。


「あの山のひと畝はあなたの森ですよね、栄作さん。今でもあなたの所有になっている。しかし、どういうわけかここなん十年、ろくに手入れもせず、中はツタが這って真っ暗。ところどころ、痩せた木が倒れてる。――青空先生は言いましたね? 手入れしましょう、手伝いますよと。あなたは要らないと言った。そのうちやるよ、と。そのうちとはいつですか」

「……」


 栄作はそのやりとりを覚えていた。

 寺の山に、栄作の土地が四ヘクタールほどあり、そこに杉を植林したのも栄作だった。


(ほやけど、あれに手ぇつけたら、こっちも危ないて話になるがな)


 青空が問題にしているのは、寺の山だけではない。村をとりかこむ山すべてだった。

 だが、村の山には厄介な問題があった。栄作はその問題に触れられたくない。


「近年、雨が増えています」


 若い僧は陰気に言った。


「この前、青空先生がすべりおちた崖。あそこも雨で木が落ち、えぐれた崖です。あちこち崩れてる。待ったなしなんですよ。わかりませんか」

「――」


 栄作は妥協しようと思った。


(もうええ。寺の森はええて。そっちでやっていいです――)


 しかし、答えようとしたノドからは、へッというかすれた音しか出なかった。

 お市は聞こえないのか、


「わたしはね。あなたが外部の人間を嫌って、青空先生を追い出そうとする、その問題に口をはさむつもりはない。あの寺は檀家会の所有ではないので、あなたがたに法的権利があるとは思いませんが、住民の不安もわからないではない。そこは、勝手にやればいい」


 そう突き放した上で、厳しい声を出した。


「だが、寺の屋根に杉丸太が降ってくる事態は看過できません。あそこは宗祖さま、無畏大師さまのお山。わが一化宗にとって、行者が修行にめぐる大事なお寺です。あなたの杉が雪崩を起こして、寺を押し流したら、訴訟沙汰になると思ってください。こちらは再三、お願いしたのですからね」


 訴訟という言葉が、ハンマーのように栄作を打った。

 寺社の工費はケタ違いに高い。屋根だけで数千万はふつうだった。

 はらわたが浮き上がり、栄作はものが考えられなくなった。


 だが、それまでうしろに控えていた鉄舟僧のほうが、ひとこと、


「お市、訴訟の話はまだいい」

「――」


 お市はうなずいた。


「そうですね。要は、間伐をすればいいという話ですよ。栄作さん。いま、ちょうどわれわれがお山の整備を手伝っている。このお坊さんが、無償であなたの山も手伝う、と言っているんです。どうですか。いっしょに来てもらえませんかね」


 栄作は、承諾するほかなかった。

 ふたりの墨衣が部屋から去ると、どっと彼は尻をつき、あえいだ。


(……)


 這うようにして、玄関へ向かう。戸をあけると、友の広海が不安そうにちぢこまっていた。


「もう行った?」


 栄作はものも言わず、友の頭をぽかぽか殴った。





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