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イケメン禁止って書いたのに

 確かに人手はいくらでも欲しい。

 青空は、


「ウェルカム! お迎えして、いっしょにごはんを食べましょう!」


 そうはりきったが、テツの思惑は違う。テツは軽トラで迎えに行きつつ、思っていた。


(客ではなく、山仕事できる人間が欲しいんじゃ)


 お市は金を集めてくるが、力仕事には無用の男であったし、頼みのえびまよは官九郎の特訓を受けている。

 青空にいたっては、やることが多すぎて、くるくる回っているだけで、ほぼ役に立っていなかった。先日は、道作りの作業に来て、木の根につまずき、十メートルほど転げ落ちていった。


(治山のための製材所なのに、まともに道作ってるのおれだけじゃねえか)


 村の住民もいっこうに山に入っている気配がない。テツが話し合いすべきだというと、お市がまだだ、と止めた。なにか考えがあるらしい。

 テツは岐阜駅前のロータリーに向かい、祈った。


(どうか、動ける人間でありますように)


 果たして、黄金の信長像の下で手を振っている若い男は、たしかに頑丈そうだった。

 百八十ほどあり、肩幅も広い。軽い身ごなしから、健康な若い筋肉が感じられた。

 短い髪を立て、河原の石コロのようなひらべったい顔に、小さいとがった目が貼りついている。


「どうもー」


 笑うと歯並びが白かった。声は明るい。


「服部大輔(はっとりだいすけ)と申します。よろしくお願いします」


 勉強ぎらいの小学生がそのまま伸びたような青年で、テツは気に入った。


「『えびまよ』の代理で参りました――」


 合掌せぬうちに、脇からバタバタと足音が駆け寄ってきた。

 ベタリと転んだ音とともに、ちぎれるような泣き声があがる。


 テツがふりむくと、若い父親があわてて、幼児ふたりを助けおこしていた。

 ぎゃあぎゃあ泣く子どもの背中をつかんで立たせながら、


「あの――」


 若い父親はテツを見上げ、


「ぼくもつれてってください! ぼくもスレ見てました。ぼくもお寺に行きたいです! おねがいします」


 テツは面喰らい、服部青年を見た。

 彼も小さい目をしばたき、父親を見つめている。この瞬間まで、まったく知らなかったらしい。





 えびまよは、若い父親を見て、一瞬詰まった。


(ちょっ、コラまて! イケメン禁止って書いたやろ?)


 若い父親は俳優のような美男だった。男らしく鼻筋が通り、しかし、双眸は少女のように睫毛が濃い。中背で骨組みが細く、着ているものも垢抜けている。


(なにこのひと。CG? CGなん?)


 連れているふたりの男児もおしゃれなジャケットを着て、色をあわせた小さな靴を履いていた。

 優形の父親は、


「広川類(るい)と申します。こっちが千里、こっちが万里。ふたごです」


 男児たちはおずおずと頭をさげた。


「ひろかわせんりです」

「ひろかわばんりです。三歳です」


 えびまよは、笑顔をつくって自己紹介をしながら、


(ルイって何? フランス人? ルイ山田五十三世? この顔でルイって、どこの二次元王子や。三次元入ってきたらあかんやろ)


 麗しの工務店さんに会わせてはならぬ、と即座に思った。

 ダンディがにゅっと顔を出し、


「へえ。千里、万里。おれネムリ」

「――」

「名を狂四郎。こたびは遠路はるばる足労であった。ゆるりとしていかれるがよい。おれんちじゃないけど」


 その晩はささやかな歓迎会となった。

 石コロ顔の服部青年は、食卓にのった大皿と海苔を見て、目を輝かせ、


「うわあ、手巻きのお寿司やー。何年ぶりやー」


 お市が大皿を運び、


「ハマチだ。ハマチだーい。こんな贅沢、次の新歓までできないぜ。服部くん! 箸をもて。海苔をもて! ごはんをのせろ! そして、卵焼きでも包んで食べなさい」

「いややー、ハマチー!」


 服部青年は人見知りしない男だった。うまいうまいと手巻き寿司にかぶりつきつつ、まわりにも、


「どうぞよろしく」


 とビールを注ぐ。

 ネットのえびまよのスレのことなどを話題に出し、


「あれ、最初から見てたんですよ。おれと同じようなやつがおるげーて。131さんが事故ったとこ、リアルで見てましたよ」


 あれねえ、と青空も苦笑する。


「フオンッて飛んだんだよ。でもボンドカーじゃなかったから、落ちちゃったんだよね。ビックリした」

「こっちがビックリですから。えびまよさんの沈黙がまた、なんとも言えなくて」


 えびまよもいつのまにか、いっしょになって笑っていた。


(ええひとや。よかった。――)


 しかし、笑っていない一角が気になった。

 美男のルイは、手巻き寿司を皿に置いたまま、ほとんど手をつけていない。コップを手に話者を見て、じっと自分の出番を待っている。

 唐突に、


「ここ空気がきれいでいいですよね」


 と話に入った。


「千里がぜんそくなもので、空気がいいと助かります」


 一瞬、人々はとまどったが、お市が、


「ぜんそくか。空気、たっぷり吸うがいいよ。遠慮はいらない」


 服部青年も、


「おれも来てすぐ、空気ええなあって。肺が、肺胞から洗われる感じですよね」


 ハイホー、ハイホーとダンディが小声で歌う。

 人々が噴き出し、笑いくずれてしまった。

 ルイはやりにくそうに笑みを作っていたが、急に服部にまっすぐ向いた。


「きみ、仕事なに?」

「おれ? 運び屋。ピザの」

「ぼくはサトウマートで、東京多摩地区のSVやってた。新卒じゃなかったんだけど、テキトーやってたら、売り場での販売実績を認められてさ。もともと経営の経験はあるからね。卒業してすぐ、起業したんだ。そこでも業界じゃ上位だったんだけど、子育てでプチ・リタイアしたんだよ。そしたら、早稲田時代の先輩が、サトウマート来てくれよって誘ってきてさ」


 聞かれもしないのに、とうとうと自慢話をはじめた。

 服部青年は小さい目をぱちつかせながら聞いている。官九郎は無作法に気づかぬふりをして、


「おいダンデー。おれにマグロとってくれ」

「あいよ。サンデーダンデー」


 えびまよも飯にイカをのせつつ、


(これは残念な子かな)


 新人のクセをひとつ見抜き、評価を改めた。

 ルイはいつのまにか青空に向かい、


「えびまよさんのスレで見たのですが、こちらで、材木事業をはじめるそうですね。わたしは学生時代に、置き薬の拡張会社を起こしたこともあり、経営には自信があります。わたしに社長をやらせてください!」


 一同が一瞬、手をとめた。

 お市が、なるほど、とハマチを取りながら、


「じゃ、その話はまた今度するとして、やっぱり友達にはルイって呼ばれてたの?」

「……ルイとか、イチゴとかです」

「なんでイチゴ」

「前、女性雑誌に載った時、イチゴ系男子って見出しだったんです」


 あらま、とお市は笑い、


「どこを切っても、飛び出す勝ち組エピソード。しょうがねえ。おれも今後イチゴって呼ぶわ。イチゴくんと、こっちはヘチマくん」


 コラ、と服部が笑う。


「差がありすぎやろ。おれももっとかわいいのにしろや」

「女子に人気だよ。ヘチマ系男子」


 えびまよも冗談で空気を直そうとした時、ルイはまた、


「わたしにこの会社のマネジメントをやらせてください。三年で会社を上場させてみせます」

「……」


 えびまよはつい目を伏せてしまった。


(なんか、えらいやつ来た……)


 官九郎が面倒くさそうに、


「仕事の話はまだいいじゃないか。子ども見てやんなよ。ずっとてっちゃんが、巻いてやってんだぞ」


 両脇で、ふたごが指を飯粒だらけにして、海苔巻きを頬張っている。若い父親は子どもの肩をおざなり引き寄せたが、ふたたび、


「わたしは銀行に知り合いもいるので」


 お市がしかたなく言った。


「えー、いまのところ経営のほうはいらないかな」


 なぜ、とルイが顔色を変えた。


「失礼ですけれども、まず事業の要はそれが売れるかどうかですよね。営業の人員は足りているんですか。ぼくならまず」

「落ち着け。いろいろと急ぎすぎだ。会ったばかりで社長にしろ、とか。あわてん坊にもほどがある」


 失礼、とお市は言いなおし、


「イチゴくんね。あなたがどんな有能な人かはわからない。お言葉通り、ホリエモンみたいな商才の塊かもしれない。でも、まず勘違いがある。うちは上場させるような大会社は目指してないんだ。第一の目的は治山。製材所が大きくなったら、恒常的に木を切ることになって、山が荒れてしまう。うちは小規模でいいんだよ」


 ルイは目を瞠いたまま、おかしそうに笑顔を作っていた。しかし、すぐには言葉が出て来ない。

 お市は言った。


「あなたの希望が、上場なら、うちの製材所では働かないほうがいい。もちろん、ただ住むのはかまわない。ここに住んで、どこかほかの就職先を見つけるというのもいい。青空先生はもとからそのつもりで」

「ぼくはニートじゃない! そういうゴミといっしょにしないでくださいよ!」


 ぴしっと氷が割れるように、場の空気にヒビが入った。

 その瞬間、青空以外、――ふたりの幼児たちですら、身動きを止めた。

 えびまよは飯のかたまりを苦労して飲み込んだ。


(あ、あかんやつやった)


 全員の頭の上に、赤ランプが点灯しているように見えた。青空だけがのんきな顔をして、海苔に飯を均している。


「ぼくはちがうんですよ」


 ルイは白い顔を引き攣らせて言った。


「ここは限界集落でしょ。人口が欲しいんでしょ。人間を集めるには、大きな産業が必要ですよね。ぼくは働きにきたんです。家も借りて、住民票も移して、ここで子ども育てる気で来たんです。ちゃんとした収入が必要なんです」

「……」


 お市が向き直り、頬をひきしめた時、


「あの」


 と青空が口をはさんだ。


「会社引っ張ってってくれるというのなら、わたしとしてもありがたいです」


 一同がぎょっとして住職を見た。青空は酢飯にハマチをのせ、


「わたしは僧なので実業は苦手です。誰かやりたい方が、社長をやってくださるなら是非おまかせしたい」

「――」

「ただ、ルイさんが本当にやりたいか、ご自身もまだわからないと思うんですよ。山の仕事、やったことないでしょ」

「――」

「作業道作りの人手がいま不足しているんです。最初、そちらをやってみる気はないですか」


 青空は言った。


「道路1メートルにつき千円、歩合で支払います。それと、お寺の貸し家なら、一年間家賃はいらないし、食事風呂も寺で提供します。ひとまず、そんな形でどうですか」

「……いずれ経営を任せていただけるんですね」

「はい。ただ、ほかにやりたい方がいれば、その時は相談ですね」


 青空は微笑んだ。

 ルイはしぶしぶ、それでいいです、と言った。さらに、


「それで、社会保険はどうなってますか」


 と聞いた。



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