表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/30

SOSに答えたのは


 ネットの掲示板に、せっぱつまったスレッドがたった。


『あと八時間で、名実ともにホームレスになる件』


 ――だれか助けて。

 ――ホームレスはホープレス。

 ――かあちゃんにあやまれ。ハロワ行くと誓え。

 ――いま、ネカフェ。残金七十七円。ここ出たら、行くとこない。

 ――なんでネカフェ入っちゃったかな。

 ――外で寝るの寒いし、こわい。

 ――女か。

 ――男。でもこわい。マジ腹減ってつらい。となり、ヤキソバ喰ってて、においで死ぬ。

 ――ジュース飲め。

 ――メロンソーダばっか飲んでるよ。この二日ずっとメロンソーダ。すぐおなかすく。

 ――糖尿なりそう。

 ――あああああ。えびまよおにぎり食べたいよう。マジでおれのダイイングメッセージ、えびまよおにぎり、食べたい……。

 ――誰か友だちいないのか。

 ――今まで何してたんだよ。

 ――自動車整備やってたけど、営業に配属されて、きつくて辞めた。いま日雇い派遣で工場作業。けど、コンスタントに募集ない。現場少なすぎ。ひと多すぎ。

 ――どっか住み込み探せ。

 ――探してるけど、遠いとこのばっかなんだよ。ホントに明日からどこ行ったらいいかわからない。

 ――公園のトイレ。

 ――ホームレスにも縄張り争いあるらしいから。ヘタなとこ住み着くとボコられるぞ。

 ――どこ行きゃいいんだよ。

 ――そこどこ。

 ――岐阜市。

 ――岐阜ってどこ。

 ――日本の真ん中だ。

 ――長野か。

 ――おれは岐阜だといっている。

 ――琵琶湖のあるとこだっけ。

 ――それ滋賀。そのとなり。

 ――樹海のあるとこか。

 ――静岡。やめろおまえら。おれホントに腹減ってんだよ。

 ――うちも岐阜県。うち来る? なんもないけど、おふとんとごはんはあるよ。

 ――お。

 ――あら。

 ――待て。はやまるな。ワナだ。

 ――監禁され、生保とりあげられるパターン。

 ――うち、お寺。開いてる部屋はいっぱいある。ただ、ド田舎だから、まわりなんもないけど。

 ――お坊様でしたか。

 ――行きたい。でも、宗教入りたくない。

 ――入らなくていいよ。じゃ、迎えに行くね。


 七時間後、掲示板にレスがついた。


 ――えびまよの人、まだいる?

 ――イエス。えびまよ。

 ――ID替わったけど、131です。ごめん。迎え、ちょっと遅れる。いま事故った。

 ――?

 ――山道から車がずり落ちて、転落したみたい。ドアが開かない。閉じ込められた。

 ――は?

 ――今現場?

 ――おぼーさーん!

 ――おま、何やってんだよ! 救急車電話しろよ。えびまよどころじゃねえだろ!

 ――電話します。ちょっと寝てたみたい。

 ――それ気絶。

 ――重傷じゃねえかよ!

 ――大丈夫。ここ出られたら、すぐ迎えに行くから。遅れるけど、待ってて。

 ――このスレはただいまより、131の無事救出を祈るスレになりました。



 シートにもたれたまま、僧青空(せいくう)はぽかんと口をあいていた。

 フロントガラスから、のどかな朝の空と白いちぎれ雲が見えた。車体が何かに乗り上げているらしく、空の下の黒いヒノキ林、その下にせり出した赤土の斜面がよく見えた。


(マジか)


 青空はぼう然と崖を眺めた。

 彼の僧衣には、土がかぶっていた。助手席の足元に、シクラメンのポットが倒れている。

 花農家からの預かりものだった。『えびまよ』の迎えついでに道の駅に配達してくる予定だった。うしろでケースごとひっくり返っているに違いない。


(うーん。ドジっ子)


 コツンと頭を叩いてみるが、


(……おちょけてる場合じゃないんだよ。よしのさんの現金収入を台無しにしたんだよ)


 老婦人に、ひっくり返さないよう口うるさく注意され、慎重にシクラメンを車に乗せた。


 慎重に尖った木切れや落石を避けた。避けすぎた。

 カーブを回った時、


(え)


 尾てい骨が浮き上がった。

 次の瞬間、車体は狂ったように跳ねながら、滑落していた。青空は首が抜けそうなほど揺さぶられ、振り回された。


(ぎゃあああああ! 南無無畏大師(むいたいし)―ッ! 平先生―ッ!)


 気づいた時は赤剥けの坂を見ていた。からだは痛むが動く。車が動かない。


(生きてた。ご加護だ)


 青空は守護尊に深く感謝した後、掲示板に書き込んだ。

 つぎは、救急車なり、警察なりに電話しなければならぬ。しかし、そこで、ふいにぼんやりしてしまった。


(……)


 フロントガラスが血に汚れている。問題はその向こうだった。

 不毛の坂が、首がのけぞるほど高くそびえていた。アリ地獄の底にいるようだった。


(ここ、前はこんなえぐれてなかったよなあ)


 三年前は、カーブの外側も細い杉林が覆っていた。

 いつのまにか裸の崖に変わっている。大雨で根ごと流れ落ちたのだろう。


 村のあちこちでこのような現象が起きていた。

 木が、山にあふれている。手入れされない森は痩せ、大雨や雪に耐えられない。台風のたびに折れ崩れ、時には土砂を巻き込んですべり落ちる。


 青空はこの三年、まめに山に出て整備していたが、いかんせん一人ではどうにもならぬ広さだった。

 人を頼もうにも金はなく、人自体少ない。毎年、塩のようにもろもろと崩れ行く山の前で、青空はさすがに心細かった。


(ご本尊さま)


 青空はつい願った。


(そろそろ本気出しましょう。こんな危険な山では、村の人が都会のお子さんたちに引き取られていってしまいます。でも、あの人たちはここでしか暮らせないのです。どうか、山を安全に保つ人手をください。じゃなかったら、『村のタネ』をください)


 そう思った時、目の前の坂にぼとり、と蛇の塊のようなものが落ちてきた。

 ロープが一本つながっていた。


 青空は見上げ、口をあいた。

 崖の上、ロープの先に、白黒の僧衣の尻が見える。その尻は、両足をぽんぽんと軽快に蹴って、クモがすべるようにラペリングして下りてきた。





 飛騨の古老が語る昔話『無畏大師(むいたいし)さまとイチイの木』


 むかーし。

 無畏大師、寛円上人(むいたいし・かんえんしょうにん)が、東国巡錫(とうごくじゅんしゃく)へ行かっしゃった時のこと。

 ま、平安時代やな?


 寛円上人は、飛騨にむかう途中、奇妙な村に通りかかった。

 だーれもおらん。田んぼも家もあったが、人がおらん。家もからっぽなんやと。


「ふしぎな村よな」


 よっく見ると、ひとりだけ男がおったんやと。

 寛円上人は頼ましゃった。


「もし、旅の者じゃが、今宵ひと晩宿を頼みたい」


 ところが、男はちーと止まったまんま。


「もおしッ!」


 その時、上人の足元から真っ白な大犬、ご眷属の神犬、手津丸(てつまる)さまが鼻づらをあげて、


「あのな。師よ。これは木偶じゃぞ」


 寛円上人はおどろき、


「まことか」

「松のにおいがするわいな」


 触ってみると、たしかに木の手触り。

 上人はつくづく感心しんさって、


「さすが匠の国よな。たいした腕じゃ」


 いとをかし、と妙な歌まで詠ましゃった。


「――たずぬれば これ松の殿 なにゆえに 姫御つくらじ逢坂(おうさか)の関」


 すると、急にガタガタと音がしてな。子どもの笑い声がする。

 見ると、小さな社があった。その扉が開いて、子どもの神様がおいでてな。


 子どもの神様ははじめ、腹を抱えて笑ってござった。そのうち涙を流し、ワアワア泣かさったんやと。

 上人はあわてて、


「神よ。なにゆえ、泣きたもう」


 わけを聞くと、


「さびしゅうてならぬ」


 この神様は、この地の土地神さまやった。ここに村を作ろうと、水を引き、土地を均して、ひとが住むのを待っておったんやと。

 ところが、百年待ってもたれも来ぬ。家、田までこしらえて待っておったが、ひとが住み着かず、来てもすぐ去んでしまうんやと。


「さびしゅうて、飛騨の匠に木偶を作ってもらったのじゃ。木偶では歌ひとつ詠んでくれぬ」


 寛円上人は哀れに思わさってな。天眼をひらいて真相を見るに、


「ああ、これは来ませぬわ」


 合点がいった。


 というのも、ここは精霊の道で、あやかしの通る往来なんじゃ。人には見えぬものの、住むと落ち着けず、すぐどこかへ移りたくなってしまうんやと。


 小さい土地神さまは、そりゃあ落胆されてよ。

 土地の神さまやで、具合のええとこへ引っ越すってわけにいかん。


「――」


 寛円上人も、なにか手はないか、と真言を唱えらしゃった。

 すると、光り輝く一尊の御仏がおいでてな。


『村のタネを播くがよい』

「村のタネとは?」

『村のタネはひとを呼ぶ。播けば、荒れ地、離れ小島であろうと、渦を巻くようにひとが集まるぞ。村を作るには、村のタネ。町を作るには町のタネ。都を作るには、都のタネを播く。村のタネを播けば、そこは道ではなく、村。精霊は近づくまい』


 寛円上人と土地神さまは大よろこび。


「それはいずこにありましょうか」

『飛騨高山の鎮守神のところへ行け。いま、ひとつ生ったところじゃ』


 寛円上人は、土地神のため、飛騨高山へタネを取りに行かっしゃった。

 さて、山をひとつ越えた時、道の真ん中に大きな岩があった。


「もし」


 またメソメソ泣く声が聞こえてくる。今度は女よ。

 見ると、道をふさぐ大岩のそばに女が伏せておって、


「わが髪が石に敷かれてしまいました。お助けくださりませ」


 たしかに女の夜の黒髪が、大岩の下につぶれておった。

 手津丸さまが言わさった。


「これなる女人はひとにあらず」


 寛円上人も天眼でごらんになると、なるほどこれは、


「すだまじゃな」


 木の精霊やった。

 人でなかろうと、哀れと思しめして、上人は手津丸さまに助けるよう言わさった。手津丸さまは爪のひと掻き。大岩はあっさり割り砕かれた。


 起き上がってみるとすだまは、歳の頃、十五六。玉をあざむくような美しい乙女でな。


「われはイチイの精。お助けいただいたご恩返しに、高山までの近道を案内いたしまする」


 寛円上人も坊さんになる前は、都一の美男で、いろいろ浮名を流したおひとやったでなあ。


「これは景色がよい」


 乙女の供をゆるし、歌まで詠んだんやと。


「――ふしぎかな 大岩もぐる 夜の髪 たれを待つや 逢坂の関」


 髪が勝手に岩に挟まれたりするか。おれを待ってたんやないか、というからかいの歌やな。

 イチイの乙女は、はにかんで、


「――逢坂の 関は知らじな 御仏の 縁もとめし 飛騨のイチイ」


 色男ではなく、仏縁を求めていたからでございますよ、と慎ましく返したんや。


 一行は妖精だけが知る近道を行ったもんで、すぐにたどり着いた。

 飛騨の鎮守神も話が早い。


「待っておった。千年に一度生る村のタネが、ちょうど今出来たところじゃ」


 この村のタネは、天の宝。神様の世界にある洞窟の滴が一滴一滴つもって出来たもんで、千年に一個しか生らん。

 それがちょうど出来たんやと。ま、ご縁やな。


「ありがたく拝領いたしまする」

「うむ。ゆめおろそかにするでないぞ」


 寛円上人は村のタネをいなだいた。それは水晶に似た玉で、きらきらと虹色に輝いておったそうや。

 脇から、イチイの乙女が、


「なにか書いてありまするぞ」

「?」


 ほら、と乙女はタネをひょいと取り、岩の上にのせた。そして、隣の大きな石を持ち上げ、いきなりタネの上に振り下ろした。


 グシャリ。


 タネはあっさり潰れ、砕けた。


「!」


 鎮守も寛円上人もあまりのことに目の玉が飛び出た。上人はふりむき、


「もう一個」

「もうない!」


 当然、もうない。千年に一度しか生らんもんやでな。

 乙女は愉快そうに笑い、


「千年に一度しかできぬとあれば、幸甚。あの村は千年は枯れはてるということじゃな!」


 鎮守の神はどえらに怒りんさって、


「これは黒岩崖のイチイか」

「わしじゃ」


 イチイの乙女はニタリと笑った。

 これは、飛騨一帯に聞こえた不良娘でな。ひとのいやがることばかりやる意地の悪い妖精やったんじゃ。

 家畜を死なせたり、妖怪に毒を食わせたり、手当たり次第、悪さするので、神にも魔にも嫌われておったんやと。

 寛円上人はおどろいて、


「なんぞ恨みでもあるのか」

「恨みはない。ただ、面白いだけじゃ」

「――」

「礼を言うぞ。寛円」


 乙女は袖のなかでクスクス笑い、


「あの大岩。じつは妖怪の道をふさいでおった呪い(まじない)岩じゃ。聖のおまえたちが割ってくれたおかげで、今宵から人食い虫のバケモノが村へ通うことができるわ」


「ええ……」


 寛円上人はぼう然。村のタネをうしなったばかりか、災いまで呼び込んでまったちゅうこっちゃ。

 

                         〔つづく〕


この作品は感想書かなくて大丈夫。楽しんでいって。(゜∀゜)


※岐阜人の読者様で、ネイティブとして許せぬ方言の間違いがありましたら、ぜひ教示くださいませ。(あえて標準語にしてる部分はあります)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ