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7 放課後会議

 夕暮れ時、放課後の教室。俺はいつもの窓際最後方に座っている。

 少し違うのは周囲を涼介と女子三人が囲んでいると言う事だ。前席に翔、その隣に同じ班員の赤髪ギャル、俺の隣には涼介。そのすぐ近くには椅子だけ持ってきて白瀬さんが座っている。

 俺は角の隅っこに追い詰められた形だ。

 確か、将棋でこんな守り方があった気がする。アナグマだか土蜘蛛だかそんなフォーメーション。ずらりと並ぶ空席と木目のフローリングも余計に将棋盤を連想させた。


「やっと全員揃ったな」

「確かに。皆虚弱体質過ぎてなかなか揃わなかったよね」

 涼介が指揮を執り、それに呼応するように赤髪ギャルが補足する。


「それは橙子(とうこ)がサボってたからっしょ?」

「別にウチは……」

 翔に小突かれる赤髪ギャル。そのショートカットは陽に照らされ金色に輝いている。先ほど俺達の会話にも乱入してきた翔の親友。彼女の名前は天沼(あまぬま)燈子(とうこ)という。

 担任がカーディガンはブレザーの下の着用じゃなきゃダメだっつってんのに、この女子はいつもキャメルのカーディガンだけ羽織った姿だ。


「てか白瀬さんはもう大丈夫なん? 最近ずっと風邪で休んでたみたいだけど」

 天沼は椅子に座ったまま後ろを振り向き、白瀬さんに会話を振る。


「私はもう大丈夫。寝てたら治ったわ」

 体調を心配された白瀬さんは少し遠慮気味だった。可愛らしく手を振ってそれに答える。

 活発で小うるさいギャル二人とは対照的だ。


「紫莉は昔っから身体弱いもんね」

 翔はそんな白瀬さんとも慣れた感じでやり取りしている。


「ん? 昔っから?」

 ふと疑問が沸き起こり、A4紙に記した予定表とにらめっこしていた涼介を呼ぶ。


「なあ。彼女達三人って知り合いなのか?」

「そうだけど。でなきゃ女子三人で組まんでしょ」

 涼介はHAHAHA何言ってんだこいつ、みたいに笑う。


「でもさ、ギャルと優等生だろ? どんな接点だよ」

「ああ。翔と紫莉は同中なんよ」

 涼介の代わりに答えたのは天沼橙子だった。頬にかかった癖っ毛をはらりと揺らしてニカっと笑う。


「あ、そうなんだ。ふーん」

 俺はそんな感じで天沼に相槌を打っていたら、


「おい。海里……」

 涼介が俺の肩をペン先でつつき始める。


「天沼だって俺らと同じ中学だぞ。まあクラスは違ったけど……」

「え、マジか」

「そうだよ。酷いねー王子は」

 わざとらしく天沼が拗ねる。何故か俺が責められるスタイルになる。


「全く知らんかった……」

 てっきり翔と同じ中学とばかり思っていた。いつもツルんでるし。


「どうしたん?」

 そのやり取りを見ていた翔が嬉しそうに会話に入ってくる。四方を囲まれ、肩身が狭い思いの俺はますますその身体をきゅっと縮こませるしかない。


「あーしと橙子は一年で同じクラスだったの。んで、お互いこのキャラじゃん? 馬があったってわけ」

「ああ、確かにな。姉妹の契りとか結びそうなキャラしてるよね。君達二人」

「酷いわ……水梨くんっ」

 俺の指摘に、今度は天沼があからさまにウソ泣きをし始めた。声色まで変えて嘆く演技派だ。


「ひどいね。チッ、本当この無神経王子は」

 カーディガンの袖で顔を拭い、『よよよ』と泣く天沼を慰める翔。


「なにこの茶番……」

 思わず閉口。やはり、テンションの高いギャルの相手は困るぜ。


「ふふ。水梨君って結構気さくなんだね」

 白瀬さんはそんな俺達のやり取りを見て笑っていた。


「気さく?」

「ううん。翔に気に入られてるなあって」

「どこが……いじられてるだけだって」

 寧ろ、いじめられているかもしれない。いじりといじめの違いが俺にはよくわからない。


「ううん。すごく仲良しだと思う」

 しかし、白瀬さんは本音そのままと言わんばかりの真剣な眼差しだった。

 そして、その眼がふいと横に向けられる。


「砂原君の方はどう? まとまった?」

「何とかね」

 涼介はドヤ顔でA4紙を見せつける。俺らがくだらないやり取りしてる間に本当にご苦労な事だった。びっしり書き込まれたスケジュールを確認する俺だったが……


「あれ?」

 しかし、そのルートにはギガフロート定番のある施設が含まれていなかった。


「どうしたの? 水梨」

 首を傾げる俺に翔が反応。さっきまで天沼とべったりだった癖に……

 俺が発言するのがそんなに珍しいのだろうか。


「いや、せっかくギガフロート行くんだし、水族館にも行くと思ってたんだけど……」

 俺は先日配られた観光ガイドを鞄から取り出して皆に見せる。数ページ開いた先にあったのは『東京ギガフロート水族館』の特集だ。世界最大規模と銘打たれたその記事には、ジンベエザメやシャチといった海の生き物の写真が所狭しと並んでいる。


「水梨って水族館とか好きなん? 意外じゃね」

「そんなに意外かな」

 パンフを掠め取り、翔が眼を大きくさせ、俺はこれまたムスッとしながらそれを取り返す。


「実家の近くにはデカい水族館あったし、こういうとこ好きなんだよ。中学の頃はよく一人でイルカ見に行ってたし」

「へー。 ん?」

 感心したように翔が声を上げるが、すぐに俯いて親指を顎にやる。何か腑に落ちない顔だ。

「ってか、おかしくない? 一人……一人……⁉ 一人水族館⁉ 一人で水族館って何すんの?」


 ――まいったな、そこか。


「だから言ったじゃん。イルカ見たりすんだよ。あと魚見たりウミガメ見たり……飯食べたり」

 俺はなるべく毅然と言い返すのだが、翔の怪訝そうな眼差しは変わらない。

「それ全部、一人で見るの?」

「そうだけど……ああ。水族館限定のグッズとかは必ず買うかな」

 ぐっと身を乗り出して翔が俺を覗き込む。


「一人で?」

「うん。一人で」

「もしかしてもしかして水梨」

 翔は興奮気味に早口になる。声量もいちいちデカいせいで白瀬さんも注目している。そろそろ嫌になってきた。


「水梨って映画館とかデートも……もしかして一人ですんの?」

「映画は一人で見るけど、デートって何、一人でするもんなの?」

 翔と天沼がずっこける。一人デートとかあるわけない。俺は人を馬鹿にする翔に皮肉で返したつもりなんだけど、本気で言ったと思われたらしい。


「デート一人って、彼女いないん?」

「うるせえな。いなくて悪いかよ」

 そこまで言い返した所で、ギャル二人が顔を見合わせているのに気づいた。


「ふーん。そうなんだぁ」

 再びこちらを見た翔はどこか満足気な顔だ。どこか含み笑いに見える二人を見て、ようやく合点がいく。


「成程、そうやって人の身辺調査?」

「あ、バレた?」

 悪戯っぽく舌を出す翔。

 何で、俺に彼女がいないか気になるんだよ。そういうカマは涼介にかければいいのに。

 ちらりと視線を向けた先で、涼介はにへらーっと笑っていた。

 俺達のアホみたいなやり取りに打ち合わせを邪魔されても怒っていない。それどころか、困ってしまったようなそんな笑い顔。優しい奴め。


「私は別に良いと思うよ」

 意外な一言を投じたのは白瀬さんだった。彼女は大天使ミカエルみたいな慈愛溢れる顔で続ける。


「まだ高校生でしょ? 恋愛は早いと思う人もいると思うの」

「そうだよ。ほらほら!」

 俺はここぞとばかり白瀬さんに便乗する。そうだそうだ。健全なる精神は健全な肉体に宿るってやつだ。健全少女白瀬さんが言うんだから間違いない。

 しかし、翔と天沼はじとりとした視線を俺だけに浴びせ続けている。

 俺がギャル二人からの刺すような目線に耐え続けていたら、 


「じゃあ、水族館も付け加えるから。それでいいよな?」

 涼介からの再びの助け船。こいついっつもいいタイミングで船出してんな。提督とかやれよもう。


「砂原君が言うなら……ね? 翔?」

 天沼が翔の袖を摘まみながら言った。


「わかったし」

 呆気なくギャルコンビが快諾。こうして、見学ルートが正式に決定した。

 こうして、一同は解散。俺はさっさと帰宅の準備を進めて教室を後にする。

 他の連中と一緒に帰って気まずい状態に陥るのを回避した訳だ。だって嫌でしょ? 涼介と別れた後も女子三人と同じ帰り道だったら地蔵になっちゃうよ!

 廊下を曲がった所でアクセルターンして階段を駆け下りて一気に昇降口に肉薄する。アイツらが廊下を曲がった所で既に俺の姿は消えていると言う訳だ。

 流石俺。流石帰宅部ガチ勢。我ながら素晴らしい手際だ。


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