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34 まだ弱い

「友達登録してって言ってるんだけど」

「は、はあ?」

 殊更友達だと言う事、決して男女間の付き合いでのやり取りでは無い事を強調して白瀬さんは言った。

 一方の俺は、当然ながら困惑するしかない。一応このアプリは導入済みだ。しかし、家族や涼介との連絡用に付き合いではじめたもので、やり方は未だに良く分からない。

 アウアウ……とジャッジに迷う野球の塁審みたいな事をぼやいていたら、白瀬さんは手をこちらに寄越してくる。


「分からないなら貸して。私がするから」

 スマホを寄越せとおっしゃる黒髪ギャル。


「これじゃまるで……」

 薄暗いゲーセンの照明が余計に『カツアゲ』を連想させる。


「何か言った?」

「いや、何も」

 言葉を先に封殺された俺は、素直にスマホを差し出した。

 白瀬さんはふむふむと小さく頷きながら、俺のスマホ画面をスワイプしていく。


「はい。終わったわ」

 すぐに登録は終わったらしく、俺は返されたスマホの画面をチェック。

 そこには『紫莉』という名前のアカウントがリストの一番上に増えていた。


「それにしても、水梨君。いくらなんでもこれはないって……」

 俺がスマホを見ていたら、突然白瀬さんが口を開く。


「えっ」

 何事かと顔を上げれば、白瀬さんは割と本気で引いた顔をしていた。

 なに、何か気に障る事したっけ俺?

 自問自答していたら、


「私ですらクラスの何人かと交換してるのけど……水梨君の友達リストって砂原君とマヨネーズ会社の公式アカウントだけじゃない。あと家族? そもそも家族が友達っておかしくない?」

 変なとこに細かいなー、この人。

 あらゆる事を見透かされているようで、俺はたまらず顔を逸らす。


「だって付き合いで始めただけだし……それにマヨネーズ会社のアカウント甘く見ないでよ。可愛いスタンプとか料理のレシピを配信してくれるんだよ?」

「はぁ? 無駄に女子力高いんだね」

 白瀬さんは自分のスマホを懐にしまい込むと、もう一度俺を見る。


「ああそうだ……『美波』っていうのは貴方の妹?」

「何で分かったし……」

 確かに、俺の友達リストは父、母、涼介、〇ューピーマヨネーズの公式アカウント以外に美波というアカウントも登録している。

 しかし、このアカウント名は向こうが勝手に名乗っているだけで、水梨美波……妹の名前なのだった。


「何で分かったの……怖すぎるよ」

「リストの中で、唯一異性ぽい名前だったから一発で分かったわ。水梨君ってキャラ的に何か妹いそうだし」

 一瞬でそれが妹だと看破され戦慄する。

 流石、推理もの書くだけある。情報掌握力半端ないなと思いながら感心していた。


「妹いそうってキャラなの? 俺」

「いそうすぎるし。何か変なとこで人を待つ癖あるし。あといい人過ぎるし騙されやすそうだし……ってそんな事はどうでもいいわ」

 殆ど罵倒に近かったけど、何かしら褒められているワードも聞こえたような気がする。

 しかし、それをかき消すような勢いで彼女は言葉を重ねる。


「さて、これで連絡先も交換できたわけだし。こんな美少女と連絡とれるようになったんだから感謝してよね?」

「お、おう……」

 まくし立てる自分上げの嵐。やはりこの黒髪ギャルの本性半端ない。

 彼女の言っている事が正論過ぎてひたすら口と首で肯定していたのだが、白瀬さんは妙に調子悪そうに咳払いする。


「それじゃあ、これで小説の添削もできるわよね?」

「添削?」

 俺が訝しがると、白瀬さんはこくりと頷いた。


「その……実は私もラノベってやつ? 書こうかなって。だから色々聞きたいのよ」

 少しだけこちらを一瞥する白瀬さん。先程までの強気さは鳴りを潜め、窺うような仕草。


「私が見てあげるから、これからも小説書いてよ? その代わり、私の書く作品も読んで欲しいの」

「そう言う事ね。分かった」

 つまり、白瀬さんは新境地を開拓したいという事だ。

 いつも同じような小説ばかり書いていても知識の引き出しは増えない。ラノベを書く事で、新たなストーリー展開を研究したいと言う事なのだろう。

 それならば、俺もアドバイスできるだろう。


「任せてよ。ラノベなら俺の方が慣れてるし、何でも聞いてよ」

 俺が胸を叩いて答えると、白瀬さんはますます調子を崩したように視線を外しがちになる。


「何か変な事言った?」

 どうしたものかと、俺が首を傾げていると、


「そうだ」

 白瀬さんは思い出したように、スカートのポケットにしまっていたプリクラを取り出す。


「なにこれ。さっき撮ったやつ?」

 ちょっと女子に優しくされただけで一目惚れする俺。そんな俺ですらドン引きするレベルの横ピースの白瀬さん。そして、その横には強張った顔の不幸面が映り込んでいる。

 これじゃまるで心霊写真に投稿できそうなレベルだ。ムーにでも送ろうかな。


「ちょっと待ってて」

 白瀬さんは鞄からコスメセットを取り出すと、眉毛用のハサミを使ってプリクラを切り取っていく。

「はいこれ」

「え、これくれんの? ありがと」

 断る訳にもいかず、プリクラの片割れを受け取った。断ったら鉄拳飛んできそうだしな。


「うわー。我ながら不愛想な顔してんなあ」

 そんな事をぼやいていたら、


「水梨君」

 白瀬さんが突如視界から消えた。


「えっ……」

 その直後、ぽすんと柔らかい感触。

 思わず下を向くと、彼女の顔が俺の胸元に当たっていた。首筋に彼女の黒髪が触れ、柑橘系のシャンプーか香水のいい匂い鼻腔に入り込んでいる。何これ。


「私、多分水梨君の事好きかも」

「は? ……ええ⁉」

 素っ頓狂な声が人のいないフロアに馬鹿みたいに響く。

 顔を上げた白瀬さんの瞳は、少しだけ潤んでいた。


「こうでもはっきり言わないと信じてくれないじゃない。つまりそういう話がしたかったの」

「……」

 愉しい物でも見るかのような目の白瀬さん。一方の俺は何も言い返す事が出来ない。


「でも、こうなっちゃたし。水梨君はこんなだし。だから、まだいいんだ」

 そして、自分に言い聞かせるように何か呟いて、顔を上げる。

 どことなく寂しげな、そんな笑顔だった。


「それにフェアじゃないから」

「フェアじゃない?」

 俺が問い返すと、白瀬さんは黒い髪を揺らして小気味よく頷く。


「うん……いつか水梨君が堂々となれる時まで勝負はお預け」

 しかし、俺には彼女が何を言っているのか、まるで分からない。


「何の勝負だよっ? てか何で俺? 堂々としてるし」

 たまらず、そう言い返した。

 しかし、白瀬さんは寂しげな笑顔のまま。小さく首を左右に揺らす。


「まだ弱いよ、水梨君は。堂々ともしてないし、情けないし最低のダメ人間。男じゃない」

「酷いなぁ……」

 女子に面と向かって言われると、割と本気で傷つく。

 しかも、俺は白瀬さんに言われっぱなしだけど自覚できるので何も言い返せないのが余計に辛かった。

 落ち込む俺を見ていた白瀬さんは、


「でも……」

 それだけ言って、一歩下がる。

 手を後ろに回したまま、膝を伸ばして俺の方を窺う黒い瞳。


「まあ良いんじゃない? ここぞって時に動けるし。きっと強くなれるでしょ、知らないけど」

「割と適当だぁ……」

 開いた口が塞がらない。その口に彼女の伸ばした白い指先が、薄ピンクの爪が触れる。


「これでも評価してるんだけど? 弱いって事は強くなれるって事だし。要は考え様の問題」

 そう言って、ニッと微笑んだ。


 ――強くなれる。

 不意に、昔祖父に言われた事を思い出した。

 小さな頃の俺はいつも自分自身の本音を言えなくて、ヒトに合わせてばかりで、それで嫌な事言われても言い返せなくて、とても弱かった。

 祖父はそんな俺によく『強くなれ』と冗談交じりに言っていた物だ。

 まさか、また言われるなんて。しかも、白瀬さんに。

 俺は祖父が好きだったあの海の情景を彼女の背後に重ねて見ていた。


「分かった。まだ弱いなら、俺はもっと強くなれる」

「分かれば宜しい」

 白瀬さんはそう言って満足げに笑う。


「私がいなくても、強くなった水梨君が翔を助けてあげてね」

「えっ」

 突然、ぽつりと呟いた言葉の意味が分からない。

 俺は咄嗟に声を漏らすと、白瀬さんはくるりと背中を向けて俺を横目で見返す。


「あんなだけどさ。あの子、弱いから……だから、もしもの時は力になってあげて」

「わ、分かった」

 俺に出来る事なんてあんの? 

 あのミルクティーブロンドギャルでも弱みがある。そう言われてもいまいちピンとこない。

 でも、白瀬さんの頼みならば聞くより他無い。俺は力強く頷き返した。


「任せてよ。翔が弱気になった時は、白瀬さんの代わりに助ける」

「うん。安心した」

 白瀬さんはほっこりと笑みをこぼす。今日一番、表情が解れた瞬間だった。

 それはあの海を彼女が見ていた時の無邪気な面影にも似ていて、俺はかっと胸が熱くなるのを覚えた。


「じゃね。今日は付き合ってくれてありがと。てか、いつも付き合ってくれてありがと」

 そうやって小さく手を振ると、白瀬さんは俺を置いて勢いよく駆け出す。

 スカートが揺れ、白い脚があっという間に階段に消える。後に残るのは段々小さくなる足音と、彼女がいた場所に漂う甘い香りだけ。

 俺は一人、誰もいないフロアに立ち尽くしていた。




 それから帰宅して、アプリに新たな友達登録が完了したとの通知が来た。

 白瀬さんのアカウント『紫莉』の上に増えたのは翔のアカウント名だった。

 白瀬さん経由で、俺は翔とも連絡先を交換することになったのだった。

 それが喜ぶべきか、薄々分かっていたけれど。俺は翔にメッセージを飛ばす事無くスマホの電源を落として眠った。


 ――そして、数日の間を置いて彼女は新潟へと転校していったのだ。

 白瀬さんが引っ越す最後の日まで、俺は殆ど会話らしい会話をしないままだった。

 結局ゲーセンで交わしたやり取りが彼女と深く関わった最後の一時だった。

 そして、俺は彼女が言った言葉の意味を今でも考え続けていた。


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