33 再びのゲーセン
数日が経過した。
結果から言えば、白瀬さんの問題は解決された。
彼女を悩ませていた家庭環境の話。新宿で一緒にいた男性は白瀬さんの父親だと言う事。
それを目撃した俺と翔が証人として説明したことで、教師間との問題も解消された。
しかし、実際は多分、彼女自身の力によるものが一番大きいのかなとは思っている。
白瀬さんは今では全く問題なく登校していて、クラスを覆っていた空気すらも払拭された。
というか、彼女は今もギャルモードで登校しているので、周囲の雑音を黙らせていると言った方がいいのかもしれない。
流石に校則ギリギリのファッションは指導の対象になり得る。ピアスは完全に校則違反なのであの日以来つけていないが、白瀬さんがよく校門前で止められているのを見る機会が増えた。
彼女が教室にいない時、担任の体育教師がこう嘆いていた。
栗橋・天沼に終わらず、まさかの白瀬までギャルになってしまった、と。
自分のクラスの自慢の優等生の正体がギャルだったのだ、無理も無い。
風紀担当でもある担任が頭を抱えるレベルのギャル、白瀬紫莉。
ていうか、あんなガタイのいい体育教師でも怖がるってどんだけだよ。
俺と翔、そして白瀬さん。三人かけて挑んだサボリという行動は、結果論ではあるが、このように思いもよらない解決をもたらしたのだった。
――だが、俺の心にはモヤモヤが残っていた。
それでいて、俺はその正体が何なのか一向に掴めずにいる。
「遅かったじゃない」
校門を出た所で呼び止められた。
振り返ると、隅に隠れるように白瀬さんが立っていた。
黒髪がかき上げられた左耳にはピアスが銀に輝いて主張している。恐らくは学校の敷地を出るや否や、急いで取り付けたのだろう。どんだけ放課後待ちきれなかったのか窺い知れる。
「あれ。風紀指導は? 翔や天沼みたいに呼ばれなかったの?」
「バックレてきたわ。残るわけないじゃん」
俺が聞くと、当たり前のようにそう答えて見せる白瀬さん。だけど、要は出頭命令が出た生活指導を拒否してきたのだ。
「ええ……」
思わず怖気が背筋を通り抜ける。俺にはとてもじゃないが真似できない。
しかし、白瀬さんは全く気にしていない様子。それどころか、スカートから伸びる脚を片方だけ重心をかけてイライラアピールしている。
「それより水梨君遅くない? もうちょっと早く出れたでしょ?」
「涼介と少しだけ話してたんだよ。数少ない友達との会話くらい優先させてよ」
周りを歩いている生徒は数える程度だ。結構早めに出てきたと思ったのに、白瀬さんはこれでも遅いのだという。
もう早退して出待ちでもしていないと彼女の御眼鏡にかなえられそうにない。
「そもそも、白瀬さんさ。一緒に帰ろうって言ってたっけ?」
「翔じゃあるまいし、そんなの律儀に誘うわけないじゃない。いいから来なさい」
言うが早いか俺の腕を鷲掴みにしてくる。
「え、ちょ……どこに拉致る気だよ」
他の生徒達の目もあるので、腕を掴まれるのは恥ずかしい。
それなのに、白瀬さんはぐいぐい引っ張って進んでいく。
「早く歩く」
「分かった。ついていきますから……許して」
俺はたたらを踏みながら彼女についていった。
で、何故か俺達はゲーセンの前にいた。
しかも、初めてギャルモードの白瀬さんと出会った時と同じ、俺の最寄駅のゲーセンだ。
「何するつもり?」
「格ゲーに決まってんじゃん」
入口付近にはクレーンゲームとか最新機種といったゲーム機が目移りするように並んでいるのだが、白瀬さんは迷わない。奥のアーケードゲームのブースに直行していく。
二回目の入店の筈なのに、何でこんなに迷いなく進めるのこのギャル……
俺は彼女に転校の事を聞きたいのだが、とてもじゃないが俺の方からその話題を口には出来る雰囲気では無い。
とりあえず、腕を引く白瀬さんとの流れに身を任せる事にした。
「俺、格ゲー下手だよ?」
「いいの。今日は気晴らしにボコボコにしたい気分だから。適当に相手するだけでいい」
椅子に鞄を放り込んで荒っぽく席を取る白瀬さん。
顎先を向け、俺に反対側の筐体に行くように急かしてくる。
「分かった。分かったって……」
渋々対面席に座ると、コインを投じた。
程なくしてデモ画面が暗転し、やかましいBGMと共にキャラクター選択に切り替わる。
白瀬さんが選んだのは上級者向けの女性暗殺者。対する俺はとりあえず見た目が強そうな剣使いだ。
「水梨くーん! このゲームできるの⁉」
対面の白瀬さんが、ゲーセン内の爆音に負けないような大声を張り上げる。
「何となく選んだだけだよ!」
「そうなんだ! でもそのキャラ中級者向けだよっ」
叫び声で答えると白瀬さんも大声で返してくる。
その会話のやり取りはまるで戦争映画のワンシーンだった。
ギャルと二人でゲーセンなんて恥ずかしいな。
まだ放課後の早い時間帯の為か、ギャラリーがいないのが救いだった。
「さあ来なさい。ボッコボコにしてあげる」
喜悦高まった白瀬さんが反対側で張りきっている。
俺は溜息しながら、この格ゲーギャルの相手を始めるのだった。
対戦は白瀬さんが飽きるまで続けられた。結果は俺の全戦全敗。あまりに下手プレイ過ぎたせいか、僅かばかりのギャラリーもすぐに他に移っていった。
「水梨君。弱い」
椅子に項垂れ燃え尽きた俺に、白瀬さんが吐き捨てるように言った。
顔を上げると、その手には缶ジュース。
「くれるの?」
「付き合ってくれたお礼」
俺はオレンジジュースを受け取ると、彼女に続いてゲーセン内を歩く。
「てか翔から聞いたでしょ? 転校の話」
「……え、ああ。びっくりした。急すぎだよ」
いきなりこの話題である。驚く俺を尻目に、白瀬さんはふん、と鼻を鳴らす。
カーペットの上を鈍い二つの靴音が刻む。
やはりこのゲーセンは過疎っている。このまま客足が減るといずれはマジで潰れそうだな。
そんな事を考えつつ、白瀬さんの後を追っていたら、
「ところで、水梨君って翔と付き合ってんの?」
思わず口にしていたオレンジジュースが盛大に噴き上がる。
「な、な、何だって……⁉」
「変な事聞いた? つか汚い」
白瀬さんは立ち止まり振り返ると、怪訝な顔。
その手にはいつのまにかポケットティッシュが握られている。
「あ、ありがとう……」
俺は礼を言いつつ、汚れを拭き取る。
「でもさ。突然すぎるでしょ! 転校の話してるのに、急に何だよっ。つか、大体何で俺が翔と付き合ってるって発想になるの⁉」
そして、ある程度落ち着いた所で、俺は悲痛な覚悟で言い返す。
まくし立てる俺を、白瀬さんは腕組しながら聞いていた。
「じゃあ何。友達か何か? 幼馴染同士って聞いてるけど。じゃあさ、そういう恋仲でも友情でも無いなら何?」
眉をひそめて見上げる白瀬さん。完全にヤンキーのメンチ切るって感じの睨み方だ。怖い。
ふと、視線を逃がし、俺は頬を掻いた。ゲーセン内はガンガンに冷房が効いている筈なのに、変な汗がワイシャツにじっとりと染みついていた。
次いで出てきた言葉は自分でも意外な物だった。
「わかんないんだよなあ、それが……」
俺は彼女の目を窺うように見上げると、残り少ない缶ジュースを飲み干した。
「そっか、そっかそっか……」
何故か白瀬さんは納得したようで、小さく頷くのを繰り返していた。
先程までの強気が鳴りを潜めていて逆に気味が悪い。
もう何なのこのギャル。あのミルクティーブロンドのギャルといい……俺は彼女達に何か弱みでも握られてるのだろうか。
少し記憶を巡らせるが――しかし、そのような弱みになるような事は何一つ見つからない。
「何で納得するんだよ……」
俺が小言をぼやく中、白瀬さんはカツカツ靴音を鳴らして歩いていくのだった。
白瀬さんに続いて階段を上る。その先に広がっていたのは、いつか見たプリクラコーナー。
フロアを見渡しても、やはり人っ子一人いない。
「じゃあプリクラ撮るから」
「どうぞ、ご自由に」
俺は手近なところにあるベンチに腰掛けるのだが、
「…………」
白瀬さんは黙ったまま、こちらを睨みつけるように立ち止まる。
その目線が俺の脳内にメッセージを飛ばす。それは最早、脅迫に近い内容だった。
「もしかして……俺も?」
「当たり前じゃん」
やっぱりな。
俺は先導する彼女に続いて、プリクラコーナーの暖簾をかき分けた。
並び立つプリクラ機械の一つに白瀬さんが入っていき、俺も続く。
明るいライトに照らされた大きな画面が出迎え、覗き込むと俺達が映り込んでいた。
「うわぁ、嫌だなあ俺の顔」
今すぐこの場から出たい衝動に駆られる。しかし、白瀬さんが俺の腕を掴んで離さない。
「手っ取り早く一枚とるから」
タッチパネルをいじる手つきは随分と慣れている。
しかし、俺はプリクラなんて生まれてこの方、撮った試しが無いのだ。
「水梨君。こっち」
白瀬さんがムスとしながら俺を見ていた。そこで初めて設定が終わったのだと気づく。
「フレームからはみ出ちゃうじゃん。もっと寄ってよ」
ぐいっと腕を引っ張られ、俺は白瀬さんのすぐ近くに並ぶ形となる。
彼女の黒い髪が俺の頬に触れる。妙にこそばゆい感触で顔が熱くなるのを覚えた。
すると、ぷっと笑いながら白瀬さんがカメラに映る画面越しに俺の眼をみてくる。
「加工してないのに水梨君の顔、超赤いんだけど」
マジか……どうしよう。
どう考えてもすぐ近くにいる美少女のせいなんだけど。俺は必死で言い訳を探す。
「ああ、きっと……ここが暑いせいだよ。クーラー壊れてんじゃないの」
「そうなんだ」
白瀬さんは悪戯っぽく笑いながら、俺の苦し紛れの言い訳を聞き流す。
そのままボタンを小突くとシャッター音が走り、フラッシュが焚かれた。
出た画面には強張った顔の俺と、横ピースで決め顔の白瀬さん。可愛すぎる。
「さっきまでムスっとした顔でボタン操作していたのに……」
ゼロフレーム単位の動きで決めポーズ取る手際に戦慄を覚えた。
しかも、不機嫌だった彼女の顔は、俺でも引くぐらいの営業スマイルに変貌しているのだ。
ほんと女子って何でこんなに表情作るのが上手いんだろう。
「よし、じゃあもう一枚撮ろっかー」
白瀬さんは受け取り口からプリントされた写真を取り出すと、もう一度コインを投入した。
「まだやんの……」
俺は辟易しながらも彼女の真横から逃れられない。
何故ならば、白瀬さんがクレーンアームみたいな手で俺の腕を掴み続けているからだ。
「ていうか、水梨君の表情やる気なさすぎなんだけど」
少し目を細めて俺を糾弾する構え。
「いきなり呼びつけられて相手してるんだから大目に見てよ……」
こういうの慣れてないんだよ。ごめんなさいね。
そんな事を思っていたらますます不幸そうな顔になっていたらしい。
「笑ってたらいいのよ」
白瀬さんは俺のほっぺたをぐにぐにと回し、無理矢理死にきった表情筋を呼び覚ます。
「めちゃくちゃだぁ、このひと」
そうこうしている内に機械音声がカウントダウンを始める。
急いで白瀬さんの横に顔を並べると、
「引っ越しの話ってさ。翔から聞いたんでしょ?」
「えっ」
瞬間、フラッシュが瞬く。
画面には目を見開き気味の俺と、その横でウインクする白瀬さんがいた。
「何驚いてんの? 言ったまんまなんだけど」
白瀬さんは決めポーズを崩さぬまま、画面越しに話しかけてくる。
「当たり前じゃん! その話いきなり今言う⁉」
それに対して泡を喰って言い返す俺。
しかし、白瀬さんは何も驚かない。ゆっくりポーズを解くと、出来上がりの画面にタッチペンで何か書き込んでいく。
「両親がヨリを戻すんだ。だから父親の実家の新潟に戻るの」
画面上に映し出された俺と白瀬さんのツーショットには『ゆかり☆かいり』とピンクの字で記されていた。
何だよこの女子力全開な文字列。この文字列のバックに映っているのが俺本人なので、俺は自分自身にドン引きしていた。
「学校はどうするの?」
その恥ずかしすぎる画面を直視できずに、たまらず隣の白瀬さんへと向き直る。
「向こうの編入試験受けるし。私の実力なら多分余裕っしょ」
「随分と自信たっぷりなんだね……」
胸を張りドヤ顔の黒髪ギャル。まあ、でも今通ってる参宮高校だって進学校だ。この高校でトップクラスの白瀬さんならば、他の高校でもやっていけるんだろう。
俺が呆れ半分、放心状態半分で突っ立っている内に、写真は出来上がった。
「そうだ。水梨君、スマホ出して」
「は?」
白瀬さんに言われるがまま、俺は懐のスマホを取り出す。
「何のため?」
目的が見えない俺は、スマホを頑なに握り締めたまま。
しかし、白瀬さんは自身のスマホも取り出して、こちらに向けてくる。
「なに、何なの?」
「アプリやってない?」
そう言って俺に見せた画面。緑色のアイコンは見慣れたSNSアプリだった。




