3 リア充イケメンはメイン盾
「え?」
「再会した印象とかあんじゃん? 水梨があーしを見つけた時の感想を知りたいんだけど。答えろし」
何で尋問口調なんだろう。
でも、口を真一文字にして真剣に知りたそうな翔の表情を見ていると胸がどきんと跳ねる。
「いきなり話しかけてぶつけるような質問じゃないだろ……」
「いいのいいの。簡単に答えてくれれば。街角インタビューだと思って」
身構える俺にリラックスを促す為か、翔が笑いを浮かべて小首を傾げた。飴と鞭、脅迫と牛丼コンボ時と同等のシナジー効果だ。
でも、俺は答える気は毛頭ないんだなこれが。
「そもそも、街角でカメラ向けられたら俺逃げるんだけど」
そう……それこそ、はぐれメ〇ル並みに逃げる。常にヒトに関わらないように立ち回りしてるのが俺である。
「は?」
「テレビに映りたくないし」
は? の一言だけで意味を答えよと解釈できた。段々このギャルとの会話が出来てきているのが怖いぜ。
まあ、実際映りたくないのは事実だ。
特に、渋谷とかアキバの駅前なんてひどい。得体のしれないカメラ持った人がうろうろしてるのを遠目に見たら速攻で逆方向に逃げる。
わざわざカメラに向かって夏の羽虫みたいに吸い寄せられていく連中の気が知れない。
「俺は栗橋さんみたいな目立ちたがり屋女子とは違うんだよ?」
「うっさい。質問に答えろし」
そう言って翔は俺の反論をシャットダウンする。
その有無を言わさぬ言動に、こいつの女王気質を垣間見た気がする。
「そもそも、それ知ってどうすんの……」
まさか、男子一人一人に聞いているのだろうか。
何せクラス中から好かれていないと気が済まない。栗橋翔とはそういう性格なのだから。
「……第一印象って意味だよね?」
適当にこの場をあしらうため、俺は確認の意味を込めて念を押す。
「うん。水梨からどんな風に見えるか、それが知りたいっていうか?」
そう言って胸を反らし、後ろ手で机にもたれる翔。なんで他人の席でこんなに偉そうに出来るんだろうか。
俺は気を取り直して問い直す。
「要は見た感じのイメージとかオーラとか……気とか……そういうイメージって事だよね? 好きとか嫌いじゃなくて」
「うんうん! てかイメージって言い過ぎ。どこの泉のスピリチュアルおじさんなの。胡散臭い」
念を押しまくる俺を胡散臭そうだと言ってのける。
胡散臭い質問ぶつけといてよく言うぜ。
何この詐欺師同士の探り合いみたいなシチュエーション。オレオレ詐欺と闇金の電話バトルみたいだ。
「第一、水梨が好きとかタイプとか言った所であーし付き合わないし。だから安心しな」
いきなり芽を潰しに来やがった。
「そうか、そういうことか」
俺が一人で納得していると翔は不思議そうな顔で見てくる。
まあ、幼馴染ってこういうものなんだよね……多分。
やはり彼女は自分の可愛さが分かっている。分かってて聞いてるんだ。
多分、俺の反応を見て愉しみたいだけなのだろう。一瞬ドキっとしたのが馬鹿みたいだ。
「じゃあ言うけどさ」
俺は彼女の茶色い瞳をじっと見返し、言った。
「……ギャルだよね? 栗橋さんって」
ギャルという言葉をことさら強調して、見た感じそのまんまを述べる。
「んっ?」
一方の栗橋さん、もとい翔は石化したように硬直している。
狐につままれた顔って多分こういうのを言うんだろう。
周囲の生徒達の喧騒の中、俺達だけが浮いているみたいな空気が流れる。
そして……
「はぁ? あーしギャルじゃないんだけど!」
この教室であまりに異質なミルクティーブロンドを振り乱しながら否定する翔。
悪いモンスターじゃないよ! って情報教えてくれるスライムみたいに可愛らしい。
でもこれは事実だ。
――栗橋翔、お前はギャルだ。男を惑わし混乱するスキル持ちのギャルなのだ。
「でも……」
俺がそう言おうとした刹那、
「随分と打ち解けてるね」
不意に、爽やかな風のような声が掛けられる。
「あ、涼介か」
振り返った先には砂原涼介の姿があった。
整った鼻梁に割と長めの髪は栗色でサラサラしている。
涼介は中学時代からの俺の親友で、どこか中性的なのに頼もしい長身イケメンだ。クラスでも率先して意見を発表していくので皆に好かれている。
そして、こいつは空気キャラである俺にも手を差し伸べる非の打ちどころのない『良い奴』なのだ。
「何だよこの状況。水梨と栗橋が話してるなんて珍しいな」
涼介は見学資料を挟んだファイルをひらひらさせて冗談を叩く。
「おー砂原じゃん。おかえり~!」
空いていた席に涼介が座ると、栗橋はするりと机から降りて俺から離れていく。
「ねえねえ、自由行動は何か予定組んだの? あーしショッピングとか行きたいんだよねえ」
大きくズレていた椅子を戻して着席する翔。ちゃっかりイケメン砂原の隣をキープしている。
この辺、女として周到だな。好き好きオーラ全開だ。
さっきまで空気男子にして冴えない幼馴染の俺をいじっていた時とは偉い違いに内心引いた。
改めて男の優劣という当たり前の現実を突き付けられた気分だった。
「はぁ……」
涼介と翔が近い距離で何か話し合っている。俺は極力二人を邪魔しないように空気に徹する。
空気には空気の意地がある。役目を果たせ俺。
観葉植物の気分で二人の会話に聞き入る。
「じゃあここと……こことこことここね。あとここ」
「分かった。てかここ多すぎ」
はにかむように笑って涼介がシャーペンをトントンと叩く。翔の我儘にも涼しい笑いで答えて上手く扱っている。
「なあ、行きたいとこある?」
「へ?」
すると、涼介は俺の方を見てにこりと笑いかけてきた。
思わず気の抜けた返事をしてしまう。
「お前に聞いてたんだよ。何、寝てたのか?」
涼介は流暢な動作で芯先を滑らせ、見学箇所を記したA4紙を俺に見せる。
翔もきょとんとした顔で俺の方を見ていた。
「お、おう。ごめん……見てなかった」
マジか。気にしてくれてたの?
流石、イケメン。
俺は心の中で感服する。
その横で、楽しそうな顔で翔が見ている。
俺は一瞬、彼女と眼を合わせるのだが、すぐに逸らして資料をめくり始めるのだった。