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17 目撃

 

 外に出たらすっかり日は暮れていた。

 小一時間ほど模型コーナーで時間を潰していたから、しょうがないのかもしれない。


「さっきはありがとね。お腹空かない? ハンバーガーでも奢るよ?」

 翔はネオンの灯ったハンバーガーショップの看板を指さして言った。


「またハンバーガーか……学校の自販機でも喰ったのに」

 そんな小言を漏らすと、横の翔と目が合う。

 まあ、この時間だ。俺は自分のお腹と相談して考え直す。


「確かに何か食べたいかも」

「じゃ、いこっか!」

 俺の言葉を待ち構えたように翔が先導を始める。

 雑踏に紛れ込むようにして進むと、遠くにあったハンバーガーショップの看板が徐々に近くなってきた。


「あれ……」 

 不意に翔が呟き、俺も自然と彼女の目線の先を追う。


「向こうにいるのって紫莉じゃん」

 翔が嬉しそうに声を弾ませた。


「ああ。確かに」

 大通りを挟んだ向かい側の歩道も人でごった返している。しかし、その中で見知った顔は割と自然に分かるものだ。

 白瀬紫莉は、あのゲーセンで出会った時と同じ放課後ギャルモード。優等生に擬態している学校の時とは打って変わり、短い丈のスカートを揺らして歩いている。どことなく顔つきも険しくて怖い。まさに切れたナイフ。ナンパされても返り討ちにしちゃいそうなレベル。

 見ると、白瀬さんも対面上で待ちぼうけを喰らっている。このまま青になって交差点を渡れば合流できそうだった。

 もっとも、彼女があのキャラのまま俺達に同行するかは微妙なところだけど。


「そうだ。紫莉も誘って回転寿司でも行こうよ」

 そして、信号が青に変わり、翔は一歩先に横断歩道の白線に踏み出す。

 そして、声を掛けようと腕を上げかけた矢先、


「やめとけ」

 俺は伸ばしかけられた翔の手を咄嗟に引く。


 急いで腕を掴んだので、翔はびっくりしたように俺の方を振り向いた。

「海里っ⁉ 何で止めるし」

 翔のブレザーに包まれた二の腕は細く、柔らかい。

 傍から見れば俺の行動は不可解だろう。


「あ」

 しかし、向かい側から歩いてくる白瀬さんを見た途端、全てを理解したようだった。


「うん。分かった……」

 静かにそれだけ呟く、俯いたまま歩く。


 行き交う二つの人混みが交差点の中程でごちゃまぜになる。

 それはまるで巨大な海流のようだった。

 何事も無かったかのように俺達の周りをすり抜けていく反対側の歩行者達。

 顔なんて覚えきれない程の人だかり。反対側から来る白瀬さんを視認する暇など無い。

 どこかで多分すれ違っただろう。しかし、俺達は決して遭遇する事なく、すれ違った。


 ほっと胸を撫でおろしながら石畳が張られた歩道に上がる。そこで初めて顔を上げると、ハンバーガーショップはすぐ目の前にあった。

 ガラス越しに見える店内はそれなりに行列が出来ていた。


「あれ紫莉だったよね?」

「ああ」

 俺達は行列の最後尾に並びながら、そんな会話だけ交わして黙りこくった。

 先にハンバーガーを受け取り、席へと向かっていく親子を眼で追う。


 ――俺が何故、白瀬さんを呼ぼうとする翔を止めたのか。


 後ろを振り返ると、外の景色は一望できた。

 交差点の歩行者信号は赤。信号待ちの群衆はまた溜まりつつある。大通りを挟んださっき来た道。遥か彼方の雑踏を見ても彼女の背中などとっくに消えてしまっている。

 でも、さっきの青信号で俺達は確かに見てしまったのだ。


「誰なんだろ……さっき紫莉の隣にいた人」

 翔がおもむろに口にすると、先程の情景が俺の脳裏に浮かぶ。

 車のヘッドライトに照らされても尚、映える黒髪と白い脚。そんな彼女の横にぴったりとついて、親しげに話している()()()姿()()()()()()

 俺は自然その男に釘付けになり、声をかけようとした翔を全力で止めていたのだった。


「知らない大人の人だったよね……」

 翔がぽつりと口にする。


「ああ、そうだったな」

 今でも鮮明に思い出せる、白瀬紫莉と一緒にいた男の姿。

 初老と思しき背の高いそいつは、高そうな黒のスーツに身を包み、白瀬さんをエスコートでもしているかのような素振りで連れ添っていた。

 自由奔放な格好で夜の街を往く白瀬さん。そしてそんな彼女と行動を共にする大人の男。

 その構図が、俺達に否が応にも一番したくない想像をさせる。


「何やってんだよ。紫莉」

 翔は巻き髪を揺らし、爪を噛みながら呟いた。

 彼女が爪を噛むのは小さな頃からの癖だ。

 特に、どうにもならなくイライラした時によくしていたものだ。

 俺はそんな事をこの期に及んで思い出していた。


「次のお客様どうぞ!」

 思考に割り込む声。

 行列が捌け、スマイル満開の店員が俺達に声を掛けたのだった。


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