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16 プレゼント選び

 夕方の新宿。特に駅前は人で恐ろしい程にごった返していた。

 早めに仕事を終えたサラリーマン、これから遊びに行く大学生やら高校生。子供連れ。

 とにかく一面の人だ。人だらけ。ヌーやイナゴの大群の人間版がここに広がっている。見てるだけで息苦しいったらない。ていうか、何でこんなとこにいるんだ俺。

 一メートル進むのすらやっとだった。俺はこの混雑がものすごく嫌だ。

 だから、新宿には滅多な事が無ければ行かない。

 それなのに……


「まさか海里と一緒にこんなとこまで来るなんてねー」

 隣を歩く翔は暮れなずむ夕空を仰ぎ、満面の笑顔を浮かべていた。

 パワプ〇だったらピンク色ニコニコ顔の絶好調だろう。片や俺は不調の青どころかそれ以下の紫みたいな顔をしている。


「連れてきたのはそっちなのに……」

「またまたー。あーしが誘ったらノリノリだったじゃん」

 その瞬間、袖口がそっと触れ合った。


「……っ⁉」

 びくっとして彼女を見返すのだが、翔はどこ吹く風。口角を上げたままこちらを見ている。

 俺達が隣り合っているのはこの人混みのせいだ。離れ離れになったら面倒なことになる。

 俺は翔の携帯番号を知らない。迷子になってそのままバックレるのも気が引ける。

 だから、つかず離れずのギリギリを保っている。それなのに翔は俺との距離感をガン無視しているのだ。  


「海里何キョドってんの? こういうとこ来ないん? 休みの日とかどこ出かけんの?」

 そう言って人懐っこく顔を近づけて笑うと白い歯がちらりと覗く。俺の腕をぐっと掴んでくるのはやめて欲しい。


「まあ、俺は近場しか行かないよ。本屋とかゲーセンとか……あとスーパー」

「ス、スーパーいくんだ」

 我ながら酷い行先だなと頭の中でツッコミすら入れていると、翔が引きつった笑いを浮かべた。


「どこのスーパー?」

「いな〇やだけど」

「あのぴよぴよ鳴くやつね! ……ははは」

 そこは何買うの、とかそんな事聞いてほしかった。

 流石の翔もどう反応していいか分からない顔をしている。

 コミュ力お化けの彼女の会話返しを封じた。十八番を奪った気分で一瞬勝ったなとか思うけど、冷静に考えてドン引きされているだけだ。あと距離近い。


「まあ……休みの日は大抵引きこもってるんだけどね」

 そう言って一旦会話を切り上げた。

 そもそも休みの日に出かけるって前提がおかしい。一週間は七日あるけど、その内の五日間も学校に出る事を強いられているのだ。アホみたいな早朝に起きて、殺伐とした満員電車に詰め込まれて学校で一日費やす。そんな生活を平日五日連続で続ける生活。

 だからこそ、休みの日は家に居させてほしいものだ。


「ていうか、インドア派もここまで来ると病気だね」

 横目で一瞥しながら、翔はそんな毒をさらっと吐く。俺の発言全否定だった。

 どことなく不満げ。多分、一緒に出歩いているのに消極的な俺に苛ついてるんだろう。

 ああ……涼介みたいなイケメンならこういう時に上手く返せるんだろうけど! 

 俺には無理だ。このつまらなさは仕様です。KOTYクソゲーオブジイヤーみたいな俺に期待しないでほしい。


「昔は公園の砂場の蟻の巣壊滅させたり、公園でポ〇モン対戦する活発な少年だったのに……だからそんなに色白なるんだよ?」

 アンタはどこぞのカーチャンですか。何でそこまでと言いたくなるような世話焼きっぷり。

 しかも、何で俺が公園の蟻を全滅させたのまだ覚えてるの……

 まあ、翌年から公園の砂場で蟻を見かけなくなったのは俺の仕業だろうけどさ。

 子供ってそういう事に対して無邪気に残酷だ。人間を虫けら以下だと思って殺戮繰り返す異星人とかそんな感じなんだろうな。


「悪かったな」

 申し訳ない気持ちになって翔の方を見ると、彼女は『ううん』と言って首を振る。


「気にしないで。ならせっかくだし、今日は新宿たっぷり連れまわしたげるね」

 むしろ、何故か乗り気になっていた。俺の袖先をつまんで引っ張る。


「新宿だけは勘弁してくれ! 本音言うとこんな人混みに来たくなかった! てか距離近い」

「もう来てるし」

 俺は袖を掴まれるまま、割と本心が混じった愚痴を漏らす。

 しかし翔は、聞く耳持たずに俺をぐいぐい引っ張ってくる。

 不機嫌そうな顔のサラリーマンの集団がすれ違いざまに道を空ける。身体を横向きにしてその隙間をすり抜けた。


「そもそも俺をここまで引っ張り回してさ。どこに行く気なの?」

 俺は周りに会話を聞かれないよう、声のトーンを下げる。

 リア充全開のギャルJKの翔だ。きっと頭の弱そうなアパレルショップとかブランドものの店とか連れ回されるんだろうな。

 そういった店には似たような客層が訪れる。ギャルだらけ、陽キャラ女子特有の騒々しさを考えただけで心がゲンナリしてくる。

 しかし、翔はそんな俺の不安もなんのその。得意げに笑っている。


「ふふん……新宿と言えば!」

 しかも、変なタメまで作らなくていいのに……

「ヨドバ〇カメラに決まってんじゃん。超当たり前なんだけど」

「はい?」

 そして、予想の斜め上過ぎる家電量販店の名を挙げる。おまけに当たり前らしい。

 いくらなんでも、その発想は無いよね。俺は隣でルンルン気分のギャルを見て、そう思った。




 夕時の家電量販店は大きな買い物をしにきた客がちらほらいるだけで、そこまで混雑していなかった。聞き慣れた店舗ソングが流れる店内を翔に続いて歩いていく。


「あ、そうだ。これ見てよ」

 翔は懐からスマホを取り出すと、その画面を俺に向けてきた。

 ごちゃついたアクセサリーをぶら下げたスマートフォンに吸い寄せられるように顔を向ける。


「写真? でもこれは……」 

 画面に映り込んでいるのは、率直に言って宇宙人だった。

 ちなみに、世間一般の宇宙人のイメージ像――眼が大きく頬が痩せこけたタイプはグレイ型とも言う。

 彼女のスマホに映っているのも例に漏れずグレイタイプのようだ。しかも不思議なことに、その宇宙人はどこかで見たような面影を残していて、おまけに制服まで着ているではないか。


「何このエイリアン、ウィッグまで被って現代日本のJKに擬態してんの?」

 一瞬、普通の女子高生かと思っちゃったじゃないか。何て擬態力の高い宇宙人だろうか。

 これなら金星から来て日本の住民票持って生活してる宇宙人もいるわけだぜ。よく年末でやってたのを本気で信じてた俺はやっぱり何も間違っていなかった。

 でも、そんな現実あるわけないだろ。馬鹿か俺。

 一人脳内ノリツッコミという陰キャ全開の妄想をした後で、画像をもう一度見る。

 JKの隣に映っているのは小さな男の子……これまたグレイ型エイリアンだった。

 やっぱり、何なのこれ。


「宇宙人の画像見せてどうすんの? 俺に見せるよりも月刊ムーとかに送れよ」

「人間だっての。あーしと親戚の子」

 ツッコミすらせずに翔は事実を述べた。


「あっ……」

 まあ翔っぽい髪の色してたし、まさかとは思ってたけどね。

 もう一度画面を食い入るように見ると、エイリアンのように目が大きくなった翔は、波紋使いみたいに周囲にキラキラしたものを撒き散らしている。おまけに、一昔前のコントに出てくる酔っぱらいみたいに頬が紅く染まっている。


「これ翔だよね? でも加工しすぎじゃない? 眼がでかすぎて原型が分からないんだけど」

「はあ? めっちゃ可愛く加工してんじゃん」

 ムスッとしながら翔は横目で睨みつけてくる。その威圧感に俺はそれ以上言えなくなる。


 ――でもさ。女の子がこんなに加工しちゃうのって可愛いとは思えないよね? やっぱり違和感しかないよね?

 大体、見慣れてる筈なのにこれでは別人じゃないか。

 でも男子の一般的な価値観を女子にぶつけた所で反発されるのは分かりきっている。家の妹しかり。多分、翔もしかり。白瀬さんに価値観ぶつけたらカウンターで殺されると思う。

 だから、俺は言いかけた言葉を喉元までで抑え込み、飲み下した。


「もう……そういう時は褒めるもんだっての」

 翔は釘を刺すように言う。


「ごめん。でも、ほんと俺こういう加工苦手なんだよ。他で普通に撮ったのは無いの?」

「まあ、あるけど……」

 翔が操作すると、他の画像がサムネでずらりと現れる。

 その中の一つをピンクに塗られたネイルがタップする。

 大きくなった画像は花見の時に写したのだろうか。ブルーシートにご馳走を広げて舌鼓を打っている翔の写真だった。

 他の大人に混じって先程の小さな男の子も弁当を食べている。翔の親戚だろうか。

 大人っぽい女性や、翔より年下に見える女子中学生くらいの人もいる。しかし、大体若い女性はギャル系なので怖い。


「もしかして翔ん家ってギャルの家系なの? まともな見た目なのっておっさん一人と男の子だけじゃん」

 すると、翔は白けたような顔で俺を見て『は?』と威圧する。


「あーしの従姉と妹の事? こんなのギャルの内にも入んないし」

 成程、従姉と妹ね。ていうか翔に妹がいるなんて初耳だった。だってこれジンジャーエールみたいに金髪に近い茶髪だぜ。

 しかし、翔は俺の驚きなど知る由もなく続ける。


「ていうか。髪染めてるだけでギャルなら、白髪染めのお婆ちゃんも皆ギャルになるんだけど」

 暴論をぶちまけながらスマホ内の画像アルバムを指でスライドしていく。

 出てきたのは、どっかの家の中だった。さっきの可愛い男の子と二人で自撮りしてる写真。翔の方だけやけにノリノリだ。


「翔って意外と面倒見良いんだな。それにこの坊ちゃんも凄い利口そうだし」

「でしょ? すっごい良い子なんだよ。それにあーし、子供好きだし」

 ニカっと笑顔を見せる翔。

 親戚の子自慢のついでに、自分の好感度も上げていくスタイル、流石です、さすギャル!


「そうなんか……」

 適当に相槌しつつ、ふと考えた。

 確かに翔は子供好きのお姉さん(ギャル)って感じで好印象を受ける。

 しかし、これが一転。男が同じ事を言うと途端に犯罪臭がしてくる。

 例えば、俺に歳の離れた親戚の女の子がいたとして、


『でしょう? すっごい可愛い子なんだよ。それに俺、子供好きだし』


 とかいうと絶対通報される。そう考えると言葉の力って不思議だよなあ。

 頭を振りつつ、俺はもう一度画面を見て、翔に意見する。


「こうやって見るとやっぱ思うわ。加工してない方が絶対かわいいって」

「ちょ……はあ⁉ 何いってるし」

 あからさまに狼狽しながら翔がスマホを隠すように胸元に寄せる。


「何でわざわざ着飾っちゃうのかなってさ。思い出作りの写真ならナチュラルにしてりゃいいんだよ」

「は、はあ……? マジか……海里はそっちのがタイプなんだ」

 翔は何かゴニョゴニョ唱えているが良く聞こえない。

 それどころか、俺を見る顔がリアル加工風に紅潮していて笑いそうになる。

 ぷっ、何その変な顔ー! 

 反面、白瀬さんの怖い顔はヤバイよな。俺のすばやさががくんと下がっちゃうし。


「俺の親戚にも同じくらい子供いるけどゲームとかしてても本当に正直だよね。子供ってさ!」

 しかし、ここで人の顔を笑うのも無礼だよな。俺はバレないように声音に気をつけて話す。


「なんだ……そっちの方か」

 翔は落胆したように肩を落としていた。


「何か言った?」

「なんでもない……はあ」

 よく聞こえない小声だったので聞き返したのだが、翔は何故か怒ったようにジト目を向けてくる。

 玩具売り場の前で、俺達は立ち止まっていた。


「この子、いとこの兄ちゃんの子供なんだ」

 ほっとしたような溜息をついて、翔は再び胸元のスマホをじっと見た。


「今度七歳の誕生日になるからプレゼントあげたくって」

「ああ、だからこんな玩具売り場に連れてきたのか」

「そ。男の子ならどういうのが好きか分かるかな思ってさ」

 俺と翔は玩具売り場を見渡した。平日夕方のせいか売り場は比較的空いている。

 俺は入口近くの小さな展示用スペースに目を向けた。ホイッスルや太鼓を鳴らして騒いでいるクマの電動ぬいぐるみ。プラスチックの青いレールの上を走る電車、そんな場所だ。


「で、何を買ってやんの?」

 先に進んでいく翔を追いかけながら問いかける。

 しかし、翔は答える事無く、ずんずん奥へと進んでいく。やがて入口の喧騒が遠くなっていき、俺達は落ち着いた区画に辿り着いた。


「プラモでも買ってあげてって頼まれてさー」

 そう言って振り返った翔の背後には大きな箱がいくつも積まれている。プラモデルコーナーだった。


「話は分かった。で、どのガ〇ダム?」

 俺は分かりやすい場所に積まれたガンプラを手に取ってみる。

 ユニコーンかマークツーか、なんならゼロカスタムでもいいかもしれない。


「七歳か……若いな」

 多分、それくらいの歳なら作品へのこだわりよりもモビ〇スーツのカッコ良さを重視する筈だ。ちなみに俺はガ〇プラマイスターを自称している程にガン〇ラが大好きだ。インドア派なめんな。

 更に補足すると俺はジオ〇派で、ケン〇ファーとかドラ〇センが好きだ。

 けど、ガチ勢にそれを言うとニワカ扱いされて一蹴される。だから、あまり声を大にして言えないのが辛いところではある。この辺が俺がオタクグループにも属せない理由なのだ。


「早く。どれにすんの? ファースト? ウイング? F91?」

「いやー、それがね……はは」

 両手に巨大なMGの箱を抱えながら急かすと、翔はゆるふわカールした髪をいじりながら気まずげに笑っているだけ。

 なに、主役機じゃダメなの? もしかして量産機がカッコいいとかいう渋いキッズなの?


(ちが)くて……」

 俺が親身になってチョイスしようというのに、翔は何とも所在なさげに立ち尽くすだけ。


「実は……どんなプラモ買うかは、ある程度頼まれてるんだ」

「何……だと?」

 翔は後ろをぐるりと見回し、


「ああいうのを買ってやりたいんだって」

 そう言って、艦船コーナーと書かれて天井からぶら下がるプレートを指さす。

 まさかのウォーターライ〇シリーズである。


「七歳の子供向けとして考えたら渋すぎる……」

「だよねぇ」

 それ絶対、父親が作りたいだけだと俺は確信した。

 しかしながら頼まれ事である事には変わらない。

 俺達が天井の案内プレートを頼りに棚へと向かうと、客は少ないながらもいた。

 ミリオタっぽいおじさんが一人、興味深そうに棚の箱を手に取って眺めている。

 俺と翔は狭い通路をすみませんと言いながら奥へと進んでいく。


「で、何にすんの? 空母? 戦艦?」

「知らないし……」

 ヒトに頼んどいてその返しは酷くない?

 翔は棚に並ぶキットの箱から適当なのを選んでにらめっこを始める。


「これさ。どれも同じじゃね? 何が違うん?」

 翔が持っているのは戦艦金剛と比叡のキットだった。

 確かに見た目は殆ど変わらない。翔みたいなギャルじゃ区別が付かないだろう。


「商品名が違う」

「そういうんじゃなくてさ。見た目同じだし」

 翔は納得いかなそうに口を膨らませつつ箱を棚に戻す。

 再び引き抜いたのは戦艦長門の箱。


「男の人ってこういうの買って何が面白いんだろ……」

 確かに、女子からすれば皆同じに見えるのだろう。

 でも、俺からしたら女子のファッションだって皆同じに思えてしまうのだ。


「とりあえず何でもいいから一つ選ぼうぜ」

 段々面倒になってきた俺は手近なところにあった空母のプラモを手に取った。


「よし、これでいいんじゃない?」

 俺が手に取ったのは日本海軍航空母艦『翔鶴』だった。


「『翔』って、名前の漢字一字ついてるし、いいんじゃね?」

「どれどれー?」

 翔は箱絵を見る。しかし、その箱絵を見た途端、


「あ……これ平べったいやつじゃん」

 あからさまに萎えたような顔に変わる。


「空母だからね。でもちゃんと艦船プラモだし、多分喜ぶと思うよ。ほら」

 しかし、翔は箱の絵を苦虫を噛み潰したような顔で見つめ、


「嫌だぁこれ。大砲無いし弱そうだし」

 すごいめんどくさそうにその箱を俺につき返してくる。


「戦艦? とかがいいかなーって」

 そう言って、背後の棚に手を伸ばす翔。一応、戦艦って漢字は読めるみたいで安心した。


「しょっと……」

 高い位置の為か、翔は爪先立ちになっていた。ふわりと金髪が揺れ、おぼつかないつま先で必死に身体を支えている。

 俺はその後ろ姿に視線を奪われかけるも、すぐに振り向いた彼女の持った箱に目が移った。


「ね。これとかは?」

 翔が楽しそうにキットの箱を手に取ってこちらに向き直る。


「やっぱさー、船ってでかい大砲だと思うのよ。大鵬巨人主義だっけ?」

「大艦巨砲主義な」

 そもそも何でギャルのお前が高度経済成長期の流行語知ってんだよ、おかしいだろ。

 俺はうんざりしながら翔の手に持つ箱を受け取った。

 その表紙には歪にごちゃついた艦橋を備えた戦艦が描かれていた。

 キット名は『戦艦 扶桑』――大和武蔵ならともかくチョイスが渋すぎだ。


「それにさー。この角? みたいなのがデコられててよくない?」

 間延びした声で翔は箱の絵柄を指さす。 


 ――扶桑と言えば特徴的な艦橋が有名だ。

 無秩序に増築を繰り返したビルのようなデザインは、アンバランスで前衛芸術めいている。

 デコレーションケーキとか、〇郎系ラーメンの全部乗せとか、そんな感じ。

 でかくて豪華で派手な物を好むのが翔だ。扶桑の艦橋はピンズドでギャルJKのツボを突いたらしい。


「この角、絶対やばい!」

「角じゃなくて艦橋っていうんだよ。ていうか目の付け所がそこなんて……」

 俺はツッコミを入れるも翔は無反応だ。


「それに強そう。ヤバイ絶対強いっしょコレ」

「いや、ダメだろ」

 しかし、俺は退かない。空母翔鶴のキット箱をぐっと突き出して反論する。


「空母のが総合的に強い。空母にするべき。小さい飛行機もいっぱいついてくるし」

「うわぁ、めんどくさ……」

 俺が空母の有用性を説明したらなんか嫌な顔をされた。

 戦艦はもう終わってるのに。このギャルは時代遅れの軍人みたいな考え方なのだろうか。見た目よりも機能性だってのに……


「わかった、わかったから。違うのにすればいいんでしょ? じゃあこれは?」

 続いて翔が手に取ったのはまたも空母では無いキットだった。重巡洋艦プリンツ・オイゲンと箱には記されている。


「さっきの平べったい船はないわー。やっぱ強そうな船じゃないとね」

 そう言って俺が持つ翔鶴の箱を元の棚に戻す。その動作は恐ろしく自然に行われたので反論する暇も無かった。


「分かったよ」

 あくまでも空母を買う気はないらしい。俺は早々に心を折る事にした。

 ていうか、もう面倒くさくなっていた。


「それにしなよ。でもその前に、選んだ決め手を教えてよ」

「この模様。何かかっこよくない?」

 俺が問いかけると、翔は得意げに箱絵を指さす。

 プリンツ・オイゲンの船体には黒と白、ツートンカラーの特徴的な模様が配色されていた。

 そのカラーリングが単純に気に入ったらしい。まあ、お洒落な感じはするけど。


「あー、でもこれ塗装しなきゃダメだよ。最初から塗られてるわけじゃない」

「え?」

「だから。買って組み立てるやつはこんな綺麗に塗られてないんだって。箱開けても灰色一色だよ。多分」

 俺は説明してやるのだが、翔は納得いかないらしい。ぐぬぬと口許を真一文字に引き絞る。


「……それって詐欺じゃん」

「プラモってそういうものだし。ガンプラみたいに色分けされてるのが恵まれ過ぎなの……」

「はあ……」

 どうでもいいと言いたげの適当な返事。この調子だと他にも必要な工具があるとか全然知らないんだろうな。


「そうだ。プラモ作るなら接着剤もないと……」

 俺は気を利かせたつもりで、すぐ傍の棚から接着剤も持ってきて手渡す。


「プラモってめんどくさいんだねえ」

 翔は小さく『ありがと』と付け加え、その小瓶を受け取る。


「七歳の子供じゃ艦船模型はきついよ。父親が一緒に作ってやれば威厳見せつけられるし。親戚の兄ちゃんにもそうアドバイスしておきなよ」

「よくわかんないけど分かった。とりあえず親子で作るカンジ?」

 翔は少し考えた後で、すっごい頭悪そうに笑う。


「そうそう。夏休みの自由研究みたいなもの。それでいい」

 最低限、キットさえ出来上がれば子供は喜ぶだろう。

 俺も小さな頃はよくプラモを買ってもらったけど、完成させるのはいつも父親だった。

 戦車にガ〇ダムにミ〇四駆……父はおもちゃ屋に連れていくと俺と一緒に購入し、勝手に作ってくれた。

 父は俺に無駄にディティールアップして完成した戦車を見せていろいろ語ったり、俺を連れてミ〇四駆コースのある大きな模型屋に連れてってくれた。

 でも俺、機械モノに興味なかったんだよなあ。


 ――ぶっちゃけ動物の方がいい。可愛いし。

 だから、本当に今更になって口を開く。


「なあ……やっぱ、ぬいぐるみの方がいいんじゃない?」

 しかし、ミルクティーブロンドのギャルJKは既に売り場から消えている。

 視線を巡らせば、遠くのレジで会計している翔の背中が見えた。


「はあ……手遅れだったか」

 また一人、親父の趣味に付き合わされる無垢な子供が生まれてしまった。




「ありがと。これでプレゼントできるよ~」

 ほくほく顔で買い物袋を持って歩み寄ってくる翔。


「いや、選んだの翔だし。お礼言わなくても」

「確かに。でもよかったよ。あーしプラモとか全然知らないし」

 翔はそう言って袋を俺に渡す。男に荷物持たせるのが当然といった動作だった。

 さっき、俺が持っていた翔鶴の箱を棚に戻させたように、いちいち自然過ぎる。

 自分の主張を抵抗なくまかり通らせるスキルでも持ってんのだろうか。


「これなら文句言われないでしょ」

 俺は翔から袋を受け取ると、中の箱をちらりと見て言ってやる。


「うんうん。絶対喜ぶよね」

 ニコニコ顔で翔は俺に肩を寄せてくる。

 パーソナルスペースが狭い俺は少しどぎまぎしつつも、翔の顔を横目で窺った。

「まあ、喜ぶだろうな。金かからず欲しいプラモ手に入れられたらそりゃあね」


 ――でも、プレゼントで喜ぶのは親戚の子じゃなくて、その親父なんだよな。


「それにしても、プリンツ・オイゲンか……」

 多分、その後は戦艦ビスマルクとか自費で買っちゃうんだろうな。親父が。

 一個あるとプラモって他も揃えたくなるし。


「じゃ、いこっかー」

 翔はそう言って地上階――出入り口のある階段へと向かうのだった。

 指先に荷物袋をひっかけつつ、俺もそれに続いた。


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