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15 待ち伏せ

気づいたらたくさんのブクマいただいておりました。

ありがとうございます!


 その日の放課後、栗橋翔は突然現れた。


「ねえ」

 帰り支度をしていたら斜め後ろからいきなり声をかけられたのだ。


「うわぁ、びっくりしたぁ!」

「は? 何言ってんの」

 俺は本気で驚いているのに、翔はどこか冷めた顔だ。相変わらず枕詞の『は?』が怖い。

 ていうか、いきなりその角度から現れるの、本当にやめてほしい。

 俺の経験上、死角から不意打ちで話しかける人は、大抵ろくでもない話を振ってくる。


「ちょっと聞きたい事あんだけど」

 翔はカーディガンの袖で隠れた手で手招きしている。

 でも、そんな可愛さアピールのモーションにも動じるものか。俺は黙りこくったまま、肯定も否定もしない反応で言葉の続きを待つ。


「海里くん、海里くん。もしかして白瀬紫莉さんと付き合ってるんでしょうか?」

「何故に敬語?」

 しかも単刀直入にド直球過ぎる。まるで〇フー知恵袋のタイトルだ。

 それを聞いていた周囲の連中の注目が集中するのを肌で感じ取った。

 ちらちらと周りを見ると、他のクラスメートは帰り支度をゆっくりさせながら事の次第が気になっているようだった。あからさまにスローモーション化していて、話を聞き遂げるための時間稼ぎに思える。


 やだこれ、すごく言いたくない……

 どよーんとした空気が俺の頭上に蔓延しているのを、翔も感じ取ったのだろう。


「分かった。じゃあとりあえず、一階の渡り廊下の自販機のとこ。来て」

 翔は一方的に場所だけ告げると、足早に自分の席へと戻っていく。

 それと同時に他の連中は一斉に私物を鞄へと詰め込み始めた。てきぱきとしていて俺達の会話を盗み聞きしていた時に比べて明らかに動作能率が上がっている。


「…………」

 カーテンが風で揺れ、ばしばしと半身を叩きつけてくる。

 俺は立ち尽くしたまま一人考える。


「何か勘違いされているようだ……」

 クラスの連中め。普段は俺の事など気にも留めないくせに、翔が話しかけてきた途端これだ。

 面倒な事になったな。

 俺は帰り支度を済ませると一路、昇降口とは逆方向の渡り廊下へと向かった。



 教室棟一階を出た先にある渡り廊下は、旧棟に入る手前に位置している。

 間を挟んで食堂と購買部に繋がる立地だ。

 旧棟には文芸部の部室や空き教室が多くあるが、大抵の生徒はこの屋外の渡り廊下に用事はない。昇降口と正反対の位置というのもあって放課後には殆ど誰も寄り付かない場所だ。

 昼休みだとスマホいじりに明け暮れるぼっちがいて、俺もここで時間を潰す事は多い。

 雨除けの屋根と自販機があり、陽の光が新校舎によって遮られるので涼しい。昼寝にも丁度いいロケーションだった。

 でも、放課後に来るのは初めてかもしれない。俺がベンチの並ぶ日陰に向かうと、そこには自販機とにらめっこしている翔がいた。

 短いスカートをふりふり揺らして落ち着きのない背中に近づく。


「何してんの」

 声を掛けると、翔は小動物みたいに跳ねて振り返った。


「うわっ、いきなり話しかけないでよ」

 まるでさっき教室で話しかけられた時の俺だな。そう思いつつ自販機に目を向ける。


「ハンバーガーにフライドポテトか」

 珍しい冷凍食品の自販機だった。購入すると数十秒でホットに仕上がったジャンクフードが出てくる。何を喰うか迷ってたんだろうか。


「こういう自販機良くない?」

 翔は目を輝かせながら俺に同意を求める。

 確かに、こういう食べ物系の自販機は珍しい。

 校内唯一、自販機を置いているのがこの渡り廊下だ。しかし、並んでいるのはパンにジュースの販売機ばかり。

 その中で少し離れた場所にぽつんと立っているのがこのファストフードの自販機だった。蛍光灯で鮮やかに照らされたハンバーガーやポテト、ホットドッグの写真は放課後で小腹が空いているせいか余計に食欲をそそらせる。


「俺も食べよっと」

 コインを入れて動いた指先が、迷うことなくチーズバーガーを選んだ。


「あ、あーしが選んでたのに」

「でも自販機前で悩んでるだけじゃん」

 そうこうしている内に加熱が終了した事を知らせるアラームが鳴る。

 俺は取り出し口から熱々のハンバーガーを取る。

 紙箱は触っているとやけどしそうな程に熱い。手のひらで躍らせつつベンチに向かう。


「あーしも買うからそこで待ってて」

 翔は俺に急かされたのもあってか、驚く程の速さでホットドッグをチョイスしたようだった。

 夕暮れ時の空は晴れ。見上げれば屋根の庇の先に心地よい茜色が広がっている。


 二人並んでベンチに座って少し早めの夕食を摂る。

 彼方からは運動部の掛け声が響いてくる。この場所はどこか遠いけど、放課後の音に満ち溢れていた。悪くない場所だと思った。


「で……さっき言ってた聞きたい事って?」

 大体質問の内容は分かっているけど、俺はすっとぼけてみる。

 すると、翔はあからさまに不満げな顔で、俺をじろりと見ながら、


「むうう……」

 はむっとホットドッグを頬張る。


「この前の見学の時も思ったけどさ。ちょっと仲良すぎじゃね?」

 そう言って口許のトマトソースを人差し指で拭ってみせる。その間ずっと俺から視線をそらさないのが怖い。


「白瀬さんの事なら違うし。別に、ただ部活が同じだってだけだよ」

「そうなん?」

 俺はそのまま答えるのだが、翔の視線は猜疑心に満ち満ちている。 


「そっか、部活一緒なんだ」

 ホットドッグ最後の一口を手早く食べ終えると包装紙ごと丸めて投じる。

 放物線を描いたそれは金網の屑籠に見事に飛び込んだ。ナイスコントロール。


「同じ部活なら海里でも接点あるってわけか」

 まるで自分自身を納得させるようだ。

 それっきり、翔は黙りこくってしまう。小石の粒をローファーでじゃりじゃりとこすり続けるギャル。


「なら、いいけどさ」

 ぽつりと呟き、いじけたように足を揺らす翔。ブランコで不貞腐れる子供みたいだ。

 夕陽に照らされたミルクティーブロンドは美しく輝いているが、翔の表情は沈んでいた。普段の天真爛漫さは見られない。

 だから、俺も言ってやる。


「いや、良くない」

「えっ」

 翔はびくっとしながら顔を上げた。


「翔。お前、白瀬さんの事どれだけ知ってる?」

 彼女の眼には不安と疑念が浮かんでいた。


「そもそも勘違いしないでほしい。別に俺は白瀬さんと付き合ってるわけじゃない」

 寧ろ、もっと別の関係だ。俺は白瀬さんの秘密を知ってしまった。

 故に、彼女の支配下にあって反抗できずにいる。

 それを言いたかった。彼女はとんでもなくおっかない女王様系隠れギャルで……


「つまり……」


 ――お願い……助けて! 


「何で涙目なってるの?」

 無言で翔の脳内へと訴えるけど、翔は『はあ?』と言いたげに怪訝そうな顔! 

 小首を傾げやがる。

 やっぱり本当の事を言わないと伝わらなそうだ。

 俺はちらちらと周囲を見渡して白瀬さんが監視してないかチェック。


「あのさ」

 周辺に気配はないけど、俺は翔に顔を近づけて声のトーンを下げた。


「な、なに? 顔近いんだけど⁉」

 翔の声がガラにもなく上擦る。おまけに頬も染まっている気がするが、多分夕陽のせいだ。

 こいつが俺如きにドキドキする訳がないし、多分本当にドキドキしているとしたら、単にそれは不整脈だ。身体の不調とかストレスから来てるんだろう。

 ストレス社会だし、いろんな不定愁訴はだいたいストレスが原因なのだ。関係ない。

 だから、俺は真剣な口調を崩す事なく続ける。


「白瀬さんとは小学校からの仲なんだよな?」

「え……そ、そうだけど。それがどうしたん?」

 人を完全に不審者扱いしてそうな険しい顔の翔。何を今更という感情が透けて見える。

 それでも俺は臆さない。目の前のギャルにどう思われようと疑問は解消しなければならない。


「白瀬さんってさ……」

 もう一度周囲を見渡し、翔に小声で尋ねる。


「ぶっちゃけギャルだよな? この質問の意味、お前なら分かるか?」

 俺が殊更ギャルの部分を強調して聞くと、翔はぽかんと口を開ける。


「はあ……? 意味わかんないんだけど」

 眉根がハの字を描き、翔は顔を引いて唸った。

 やっぱりかー。翔は知らないんだな。

 俺は独りで納得しかけたのだが、


「ふふ、知ってるよー」

 不意に目の前のギャルガチ勢がほくそ笑んだ。


「ははあ、そう言う事ね。わかった」

 悪戯心たっぷりで翔は俺の脇腹を小突いて来た。


「なになに。紫莉の素に引いた系?」

 さっきまでの落ち込みっぷりはそこには無く、いつも俺をからかうようなノリに戻っていた。

 こいつは口が軽そうだし、白瀬さんに何を言われるかたまったものじゃない。

 俺は無言でぶんぶん顔を横に振るだけ。

 何も知らないんです。信じてください!


「そっかそっかー。紫莉もアンタ相手だと素の自分を曝け出せるんだねぇ」

 翔はどこかホッとしたような溜息をついて座り直した。

 俺達はベンチに隣り合ったまま、それぞれが前方をぼんやりと見ていた。


「紫莉って割と自分勝手な所あるからさ……超強気な素の性格知ると皆ドン引きするんだよね」

 翔は指先をもじもじさせながら、今ここにいない親友について語り出した。


「小学校の頃はね。もっと自分の言いたい事言って、皆の前に立ってグイグイ引っ張ってくタイプだったんだよ」


「マジか。想像つかないな」

 教室内での白瀬さんはいつも誰かを陰ながらサポートするタイプ。ゲームで例えたらバフ持ちデバッファーの後衛支援タイプだ。ついでに言えば前衛アタッカーが翔とか涼介。天沼あたりは回復スキル持ちのオールマイティー型か。

 片や俺は完全空気のどっちつかず。

 多分そいつらが全滅すると馬車から飛び出して、その後大して活躍できずに俺も後を追って死ぬんだろう。そんな感じ。

 ちらりと隣を盗み見る。翔は、ふっと小さく鼻息混じりに笑った。


「紫莉は本当は素直だし、いい子なのに……ただ、感情の出し方がダイレクト過ぎるだけ」

 そう言って夕空を見上げる姿はどこか空虚だった。色々考えているんだろう、親友として。


「むしろ、あーしの方が素直に物言えないし。ダメだったし」

  再びこちらを見る翔だが、その顔は呆然とした表情をしている。


「翔が……?」

 俺は驚きの余り、放心状態でいる。

 いつも充実し過ぎている翔が、白瀬さんに負い目を抱いていたのが意外だった。

 カラスが遠くで鳴いているのが聞こえた。はっとして意識を目の前のギャルへと戻す。


「でもさ。俺からすれば翔だってはっきりと物言えるタイプに見えるよ」

「違うよ。人に合わせてばかりだし。それって海里が主張しなさすぎなだけじゃない?」

 反論できないのが辛い所だった。翔は被せるように続ける。


「その点、紫莉ははっきりと意見言えるし、芯があるっていうかー」

 不意に、翔がこちらの方を向く。そして、悪戯っぽく目を細めてちらりと舌を見せた。

 なに……何その企んだ顔。


「てかさ海里。あーしの事、名前で呼んでくれたね」

 はっとして言葉に詰まる俺。これまでの会話を思い返すと、確かに超自然な流れで彼女の名を呼んでいた気がする。


「言われてみれば……」 

「うんっ」

 もう一度顔を見合わせると、翔は嬉しそうに小さく頷く。

 ところがどっこい、俺は気が気では無い。あっという間に胸がバクバク言い始めた。


「呼んだかもしれないけど……けどさ! 昔もそう呼んでたし。その流れだよ多分」

 言っている間も翔は上目遣いでこちらを見ていた。その瞳は潤んでいて胸が締め付けられそうになる。俺は何をこんなに焦っているのだろう。


「でも、高校になってからは……再会してからは初めてかな? 確かにお前の言う通り」

 そう言って手持ち無沙汰になった右手で鼻を擦ってみせた。


「ありがとね。海里」

 満更でも無く嬉しそうに微笑む翔。


「昔呼んでた調子がふとしたタイミングでよみがえっただけだっての。きっとそうだ」

 そうに違いない。俺達が一緒に遊んでいたのは七、八年前。だから、その時の名残が急に呼び起こされるのは仕方がないことだ。多分、ほぼほぼ仕様です。

 それにしても最近のゲームは……ったく。バグだらけ未完成のまま出してユーザーにデバッグさせるの本当なんとかしてほしいし! 

 心中でそんな連想しつつ現実逃避していた。


「ふふ……それでも嬉しい」

 しかし、必死にキョドる俺を尻目に、翔は肩をすくめてニコニコ顔だ。

 そんなにされるとこっちまで心がぴょんぴょんしてくるから本気で止めて欲しい。

 いつも人の笑顔に誘われて自分も笑うと『馬鹿にしてんのかテメエ』とか言われるからな俺。それでバイトでも客からクレーム貰った事もあるし。


「じゃあさ……久々にあーしと一緒に遊びに出かけるのもいいよね?」

 しかし、翔はすっと身体を寄せてこちらに近づき、そして囁いた。


「は? 何でそうなるし……」

「昔のノリでさ。いいじゃん、たまには」

 言質を取った翔は、満面の笑みで俺にぐっと近づく。


「これから時間あるっしょ? いつも暇そうだし」

 喜ぶ姿を見ていると今更断る理由が見つからない。


「お、おう……」 

「やった! じゃあさ、一緒に来てほしいとこあんだけど」

 翔がはしゃぎ気味に行き先とか目的を言い始めた。しかし、俺はそれを上の空で聞いていた。


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