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14 彼女の作品

 見学から数日。

 そろそろ春も終わる頃合いか。はっきりと『暑い』と思える程の激しい陽ざし。

 それをモロに浴びる窓際の俺は机に突っ伏していた。

 しかし、教室は今日も変わらない風景が広がっている。

 廊下側の席では翔が天沼や数人の友達を従えて騒いでいてうるさいったらない。

 どうやら、いつものソシャゲ好きの男子二人組を捕まえて、攻略の指南をしてもらっているらしい。

 きっと彼らは翔が自分達に気があるんじゃないか? 

 そんな事を思っているだろう。

 だけど、翔はいっつも思わせぶりなだけで、とどのつまり。誰にでも分け隔てなく優しいだけなのだ。

 幼い頃、嫌という程似たような経験をした俺が言うんだから間違いない。


「はぁ……」

 白い雲の一団が窓枠を通り過ぎると同時に、小さな息が漏れた。

 昼休み開始のチャイムと同時に速攻でコンビニパンを喰った。それだけで俺のランチは終了している。

 だから、ここから先は自由時間なのだが……


「何もする事がない」

 時計を見上げても昼休みは半ばに差し掛かるちょっと前。まだまだ暇な時間が続く。

 このまま灼熱の窓辺に寝ている気にもなれず、俺はのっそりと起き上がった。

 教室を出る手前で、騒ぎに興じていた翔が一瞬俺の方を見たが、それっきり。グループ内で話に夢中で、俺にちょっかいを出す暇もないようだ。


「どっか行くの?」

 代わりに声を掛けてきたのは涼介だった。

 食堂帰りだったのだろうか。パックジュース片手の涼介は学ランを脱ぎ捨てた白いワイシャツ姿で超絶的に爽やかだった。


「まあまあ……ぼちぼち……」

 一方の俺はぱっとしない。

 昼寝から起きたばかりで脳内CPUがなかなか立ち上がっていないのだ。

 我ながら適当過ぎる返し。

 しかし、向こうも俺の性格を分かっているから気が楽だ。


「校内徘徊にでも行くのか? 午後の授業に遅れんなよ~」

 涼介は白い歯を見せて笑うと、俺の肩を軽くぽんと叩いて見送る。

 俺は軽く会釈を交わすと一路、第二図書準備室へと向かった。






「失礼しまーす」

 恐る恐る扉を引くと、コーヒーの香しさが鼻腔をついた。

 図書準備室もとい文芸部の部室には桐生先生一人。

 まあ、いつもの事なんだけど桐生先生はいつも昼休みはここにいるのだ。


「あら、水梨君じゃない? どうしたの?」

 真昼の太陽を背中に浴び、こちらから表情は窺い知れない。

 しかし、滅多に訪れない俺が来たからか、はたまた部員来てくれたのが意外なのか、喜びを隠しきれない感じの声。

 室内を見回しても特に変化はない。俺は開口一番に先生に問う。


「白瀬さんって来てますか?」

「おやおや~? 気になってるの?」

 桐生先生は悪戯っぽく目を細める。心なしか声のトーンまで上がっている。


「な、ななんでそう思うんですか? んな訳ねーですし」

「ド直球過ぎるのよ。バレバレ」

 俺は否定するのだが、桐生先生は面白がってからかうのを止めてくれない。


「だから違いますって。単に教室にいなかったからここかな~? とかそんな安易な考えで来たんです」

 俺はもっともらしい事を言うのだが、それでは先生を納得させるにはまだ足りないらしい。

 足を組み替えてこちらを覗き込む悪戯心に満ち溢れた瞳。それは最早、分別をもった教師の顔では無い。


「安易でこの部室が結びつくなんてすごい理論ね。食堂とか購買部とか今日は天気がいいし外庭とか……色々想像つくでしょうに」

 そう言って小さく鼻息を飛ばす先生。まっすぐに立ち昇っていたコーヒーの湯気が揺らぐ。


「そんなの簡単っすよ」

 俺は窓辺に置かれたコーヒーサーバー(先生が勝手に持ち込んだ私物だ)で紙コップにコーヒーを注ぐ。

 まだ熱い紙コップを用心して持ちつつ、先生の対面に座る。


「まず白瀬さんはいつも弁当持参です。食堂なんか行かないし、外庭だって窓から見えますけど彼女がくつろいでるのは見た事がありません」

 どうだ。凄まじい冴えた推理だろ? ふふんと鼻息を飛ばしてコーヒーが並々と注がれた紙コップに口をつける。

 桐生先生は感心したように俺を見つめていた。

 長い睫毛を瞬かせ、


「凄いわね。……ストーカー?」

「んぐ……変な方向に勘違いされてる!?」

 俺はその瞬間むせかけた。

 いや、先生の言い分は良く分かるけど。

 自分で言っててやばいやつだなこれとか思っちゃったし。

 でも、ここまで言ったので俺も引き下がれなかった。


「違いますって! 廊下から外庭がよく見えるんですよ。ほんとそれだけ」

 げほげほと気道に入りかけたコーヒーを必死に押し戻す。


「趣味人間観察って他人に言ったら引かれるわよ? 良かったわね」

 何故かドヤ顔の先生。

 返す言葉も無いまま、俺はぐぬぬと奥歯を噛み締める。


「まあいいわ」

 これまでの怒涛の追及は鳴りを潜め、先生は気を取り直すようにマグカップを持ち上げた。


「残念だったわね。行き違いよ」

「え……ああ。白瀬さんですか」

 先生がいきなり言い始めたのでぽかんとしていたが、どうやら入室時の質問に対しての回答のつもりらしい。


「彼女、さっきまで来てたの。んで、原稿も置いてったわ」

 肩までのショートカットを揺らし、先生が眼を向けた先。

 そこでようやく、応接テーブル脇にある机にクリップ閉じされた原稿用紙の束がある事に気づいた。

 肘掛を支えに『んっしょ』と立ち上がった先生は原稿用紙を手に取る。何枚かめくって中身を確認しているようだ。


「それは白瀬さんの原稿……? 」

「読みたい?」

 ページをめくる指を止めて、視線だけをこちらに向ける桐生先生。何故か殺伐とした妙な緊張感が流れる。


「はい」

 それでも迷うことなく、俺はこくりと頷いた。

 あの二面性をもつ白瀬さんが書く小説。果たしてどんなものなのか、非常に興味深い。


「というか、白瀬さんってどんな作品書くんですか? 俺みたいなラノベじゃないってのは分かるんですけど……純文学とか?」

「彼女は……推理小説。まあミステリってやつかしら」


「ああ、分かる気がします」

 彼女の性格的に熱い話よりも論理的なトリッキーなのを作るのが上手そうだ。

 片や、俺が書くのはご都合主義、俺TUEEE展開にハーレム要素だもんね。ネットに晒されるとよく叩かれて一週間は何も手に着かなくなる。


「どうしたの? あ、読みたいんだ?」

 そんな事を考えていたら、先生は俺に原稿を手渡してきた。

 手に軽く感じられる書物の重み。枚数は少ないが、めくると一枚目からびっしりと埋め尽くされた文字列。

 完全に完成している作品であることはまず間違いないようだ。


「許可なしに人の原稿を他の部員に見せるんですか?」

 こちらの手に完全に渡ったその原稿。

 いくら文芸部とは言え、他の部員の作品を勝手に回し読みしていいものだろうか。

 俺は一応確認するのだが、


「見たくないならいいのよ?」

 先生は原稿を掴んだまま、そのまま引っ張ろうとする素振りを見せる。


「待って」

「お?」

 反射的に強い口調が出た俺に、先生は興味を持ったように眉根を上げた。


「待って……ください。読みます。読ませてください」

 ここまで懇願した事はないってくらいの勢いで、俺は頭を下げる。

 それで満足したのか、桐生先生はふわりとショートカットを揺らして頷いた。


「宜しい。でも熟読はダメよ? もう昼の時間も少ししかないし」

 そこで初めて壁掛け時計を見ると、昼休みは残り十五分を切っていた。

 教室の棟に戻る時間を考えると、読める時間は十分にも満たない。

 でも、冒頭100ページをさらっと読み流す程度なら出来ない事もないだろう。

 それで大体小説の雰囲気は掴める。いい小説は最初の100ページが肝心とか、ネットの名無しさんが教えてくれたから多分。


「ありがとうございます」

 俺は桐生先生から原稿を受け取りクリップを外す。

 端正な筆ペンでしたためられた手書きタイトルは『某高校の殺人事件』

 何これ、警察の事件調書か何か?

 次のページからは印刷された文字列で本編が綴られている。どうやらタイトルは手書きで決めるのが彼女のモットーらしい。


「つかいきなり高校が舞台っすか」

 率直な感想を述べる間も、桐生先生はこちらを頬杖しながら見ていた。

 どこか面白半分と言った顔で、その視線がどうにも鬱陶しくて俺は反対側を向いて読み始める。


 まず出だしは殺人事件のシーンから始まり、ある程度時間が経過してから場面は移る。主人公の私立探偵が現場に踏み込むシーンだ。


「ん? 一応、時代は昭和なんだな」

 尚もパラパラとめくっていく。

 彼女の文体は丁寧で、情景がまざまざと脳内で再生できる。

 その質感は昔見たアガサクリスティーの洋画を彷彿とさせる。舞台は日本だけどね。

 しかし、ある程度読み進めた上で俺は違和感に気づく。


「あるぇ?」

「どうしたのかしら?」

 興味を持った顔で桐生先生が声を掛けてくる。


「いや、何でもないです……」

 俺は平静を装いつつ原稿に視点を戻した。

 序盤から登場人物の殺害は続いていく。閉鎖された学校という空間で短時間の内に幾人もの生徒教師が退場していくのだ。

 しかし……


「やっぱりこれって」

 俺は小さく呟きを漏らした。

 彼女の書くミステリ小説は実に多くの人物が登場するのだが、その見た目や性格が妙にリアルで生々しい。

 しかし、その理由は彼女の文才だけではないと、俺は確信していた。

 彼女が書いている小説には、明らかに実在する人物が登場しているのだ。


「分かっちゃった?」

 桐生先生は今更のように俺の様子を窺っていた。


「これって時代は違うけど……ウチの学校が舞台っすよね?」

「ご名答~。良く分かったわね」

 先生はクイズ番組の司会者並みのテンションだ。その白々しい笑みをじっと見返す。


「だってそうでしょ。 ※この作品内に登場する人物・団体はフィクションではないですなんて書いてないし」

「むしろノンフィクションですってレベルじゃないですかコレ。皆、どこかで見た人ばかりでしたよ!」

 俺は原稿を先生の方に見せつけながら声をひっくり返しながら主張。


「しかも殺されてるのって、体育の桑原先生とか生徒指導の先生とかじゃないですか。実名だし分かりますよ!」

「勘のいいガキね」

 桐生先生はにんまりしながらコーヒーを一口。


「要は、白瀬さんはムカつく相手を小説で殺してるのよ。多分、殺されてる先生は彼女が嫌ってるのでしょうね。それに殺される生徒も……多分実在するんでしょう」

「しれっと言っちゃったよこの人」

 頭を抱えながら俺は原稿を桐生先生に返す。

 先生は自分でも原稿をぱらぱら確認しつつ俺の方に顔を上げる。


「生徒役のモデルとかで水梨君の知ってる人はいたの?」

「あんま考えないようにしてます」

 桐生先生はさも面白そうに聞いてくるのだが、俺は敢えて知らないフリを決め込んだ。

 劇中で殺される生徒達は大体が屑で他人に迷惑をかけてばかりの、まあ死んで当然な役柄なのが多かった。

 うろ覚えで心当たりがある名字の人物もいたが、これ以上深く考察しないように思考に蓋をした。


「ていうか、この対応は文芸部の顧問としてどうなんですか?」

「いいじゃん。面白いし。それに私も読んで楽しめたわ」

 ……サイコパスかな? 絶対問題なるぞこれ。せめてブレーキかけさせろよ。

 もしかしたら殺された教師役の中に桐生先生が嫌いな……あ、だめだ。これ以上の詮索はやめよう。

 俺の脳が勝手にシステムシャットダウンを始めた。


「ストレス発散が小説という創作の中で済むのなら私はこれ以上糾弾しないわ」

 桐生先生はそう言うと原稿を机の引き出しにしまいこむ。 


「皆が白瀬さんみたいな手法を取れば世界平和は達成できるわね」

 しかも、丁寧に鍵までかけている。

 やっぱりこれ、他の人に見られたらヤバいやつだ……俺は確信する。


「根っこでは解決してないと思うんですが。それにあの人……」

「え? 白瀬さんがどうかしたの?」

「いえ……何でも無いです」

 不意にこちらに注目する先生に俺は何も言えなかった。

 ――格ゲーでも大暴れしてんだぞ、あの人。絶対リアルのストレス発散だろう。

 俺は白瀬さんの本性を危うくカミングアウトしかけるが、すんでで堪えたのだった。


「彼女、闇深いでしょう?」

 ふふと忍び笑いを混ぜつつ桐生先生がこちらを見ている。


「アビスですね……」

 しかも先生、アンタも十分闇深いよ。

 そう言いたいが俺には生憎そんな度胸は無い。ついでに言えば時間も無かった。

 俺は壁掛け時計をちらりと見た。もうそろそろ戻らないと午後の授業に間に合わない。


「じゃ、戻るんで。あと俺の方はしばらく原稿出来上がらないと思うんで……」

 扉に手をかけつつ、なかなか部活に顔を出せないという事だけはちゃっかり伝える。


「分かったわ。じゃあ白瀬さんの力になってあげてね」

「はい……え?」

 ひらひらと手を振る桐生先生を横目で見ながら扉を閉じる。

 何か言っている気がしたが気のせいだろう。

 俺は教室のある中央棟へと足を速めた。



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