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12 二人の絆

 水族館を巡る間も、翔と天沼は騒ぎっぱなしだった。涼介は相変わらず二人のギャルの世話――介護に精を出している。

 でも傍から見ればそれはリア充にありがちな男女混在グループの戯れだ。

 水族館とかショッピングモールで頻繁に見かける組み合わせ。男二人と女一人だったり、男一人に女二人の構図もあるけど、俺はたまに思う事がある。

 あの男女異なる人数の組み合わせってどういう関係なんだろうか?

 そういう経験が無い俺には彼らの関係性が分からない。一夫多妻とか弱み握られてるとかもっと複雑な事情があるのかとか勘繰ってしまう。

 でも、当の本人たちは素直に人生楽しめてますって顔なんだよなあ。

 現に、目の前にいる翔達もそんな顔をしている。

 周囲を見回してもそれは同じ。参宮高校の生徒ばかり目についてうるさいったらない。


 だが、そんな喧騒の中でも白瀬さんは別格のオーラを放っていた。

 足を止めて前のめりで水槽を覗きこむと、彼女のサイドにかかった黒髪が垂れ込むのだ。

 白瀬さんは頬にかかった髪を手で直すのだが、水槽の青白い光はそんな一動作すらも神秘的な美しさで演出してくれる。

 俺は海の生命を慈しむ白瀬さんを観察していた。


「ああ……くそっ」

 ふるふると首を振る。

 殆ど、これじゃストーカーだよ。

 勢いで見上げた先、回廊の上にはアーチ状の水槽が設営されていて、ウミガメや群れを成した無数の小魚が所せましと遊泳していた。


「あ、エイだ」

 ぽつりと前を歩く翔が指を差していた。

 エイは、にやけ顔を浮かべてひらひらと泳いでいく。まるで、どこぞの誰かがからかう時みたいな表情に見える。

 でもあれって、実は鼻と口なんだよな。

 そんな事を一人で思いながら、俺も回廊を進む。


「ねえ。翔の事どう思う?」

 ふと、隣を行く白瀬さんが俺に聞いてくる。


「え、どうって?」

 白瀬さんは立ち止まり、回廊上天、水槽の遥か上から差し込む光を見上げていた。


「翔ってさ。明るいし、はっきりものも言えるし。翔みたいなキャラだと、きっと皆に好かれるんだろうなって」

「程度って物があると思うけど。それに白瀬さんだって同じ感じじゃない?……ほら、ゲーセンで」

「は? 聞こえなーい」

 間延びした声で白瀬さんが軽く流す。

 げ、思い出した。海は美しいけど常に危険と隣り合わせなのだ。


「今何つった?」

 眉根を寄せる白瀬さん。優しい声音だけど口調が怖い。


「な、何でもないです……」

 そうしていたら隣をサメが悠然と泳いでいく。 

 猫みたいなサメの目玉が俺達をねめつけながら通り過ぎる。


「……っ」

 その鋭い眼光に白瀬さんは一瞬息を呑んだように顔を引かせる。

 でもね……ゲーセンの貴女もこんな眼差ししてますよ、と俺は言いたくなった。

 しかし、勿論言える訳が無い。だって俺だよ?


「そもそも、翔みたいなのは空気が読めないって言うんだと思うよ」

 気を取り直し、水槽を見ながら俺は呟く。


「そうかしら? 私は学校じゃそういう風に振る舞えないし」

 白瀬さんは小さく息を吐くと、すぐに何時もの柔和な表情と口調を取り戻した。危険レベルが下がった瞬間だ。

 俺はほっと胸を撫でおろす。


「白瀬さんそれで充分じゃない? 学校でも上手くやっていけてるじゃん」

「でも、私は羨ましいんだ」

「……?」

 何も言えず俺は彼女の言葉の続きを待つ。

 銀色の腹を見せながら、小魚の群れが俺達の真上を通り過ぎていく。


「翔はいつも本音で人と接するし、皆もそんな翔を認めてるんだもん」

 そう呟いた白瀬さんの目に嘘偽りはない。心底翔に憧れている一人の少女の姿がそこにはあった。


「まあ、確かにね。あいつはリア充だからな」

 しかも真正のリア充である。

 栗橋翔はグループに固執しないし誰とでも打ち解ける。

 他の連中にありがちな上辺だけとか建前とかそういう壁をぶち壊して話を進めてくるのだ。

 だから、多分話しかけられたヤツは普通の人間を相手にするよりずっと早く心を開いてしまう。

 一見、それは性格がきついようにも思える。

 が、翔の言葉の端々には悪意が見られない。だから、よっぽどこじれたやつや、妬んでいる相手でなければ互いに打ち解けられるのだ。

 目の前の白瀬さんと同じように、俺もそういう生き方は確かに憧れている。


「私も翔みたいになれたら変に鬱憤溜めたりしないのかな」

 心底うんざりしたように溜息を吐く白瀬さん。


「ゲーセンの時みたいなキャラは封印してるの?」

 俺が問うと白瀬さんはこくんと頷く。


「まあ……教室の雰囲気を考えるとあまり素は出したくないよね」

「水梨君も?」

 俺は彼女の問いかけに苦笑いしながら頷いた。

 学校というものは閉鎖的で常に右に倣えを強制される。その空気に馴染めない人間には地獄だ。

 白瀬さんはゲーセンと学校でスイッチの切り替えをしているものの、学校という場が醸し出す空気に馴染めずにいる。


 学校以外の場だと素になれる白瀬さん。

 俺だって似たようなものだ。

 いつも話す度に相手の顔を窺い、その表情の裏を取ろうとする。

 今、あいつは心の底で何を考えているんだろう。そういう猜疑心みたいなのばっかがコミュニケーションの邪魔をする。

 そんなの思い過ごしだと分かっている筈なのに、それでも人を信じる前に諦めてしまうのだ。

 結果的に当たり障りのない面の皮を演じてしまう。

 人と深く関わり合わず、それは多分、魅力が無い人間に映っているだろう。


「でも、俺とか白瀬さんみたいなのがいる方が上手くいくと思うんだ」

「え⁉」

 驚く白瀬さんの顔が青白く照らされていた。


「だって、全員が翔みたいなタイプだったら多分、違う意味で疲れちゃうよ。少なくとも俺は無理だし」

「そりゃそうかもしれない……けど」

「白瀬さんみたいな感じの方が俺はほっとするし……その学校の時の方のね」

 本音を絶対に言わないからな。本音を言わずに傷つけない言葉を選びあえる、そういう関係が俺には居心地が良い。

 でも、それは暫定的な関係しかもたらさないし、多分相手も同じように思ってしまう。

 互いに一歩引いた関係じゃ何も始まらない。

 翔みたいな人間からしたら、そういう関係ってのは酷く居心地が悪いんだろう。


「私と仲良くしてる人達ってさ、皆離れていっちゃうんだ。」

 白瀬さんは俯いたまま水槽を見つめていた。

 俺も立ち止まっていると、その脇を他の人達が通り過ぎていく。そうやって立ち尽くしていたのは結構な時間に感じたけど、あっという間の出来事だったと思う。


「きっと人間って長く付き合う内にその人の本性が分かるんだろうなって」

 そう言って顔を上げた彼女の目は少し寂しげだった。


「まあ、実際放課後モードの白瀬さんはキツいし怖いからね」

「は?」

 急に顔つきが変わる。しかし、俺は彼女を怒らせたくて言ったわけじゃない。

 臆さず言い続ける。


「俺も出来るなら知りたくなかった事実だけどさ……でも、いくら隠そうとしても素って分かっちゃうじゃん」

 そうだ。そうやって本音をポロッと漏らしたり、包み隠さない本心と言える物を一瞬でも目撃されると離れていくやつもいる。

 今までの白瀬さんの生き方が何となくわかるような気がした。


「でも、そういう所を知られても離れないのが、本当の友達だって俺は思うから」

 白瀬さんは間違っていない。そう彼女に伝えたかった。

 でも、俺が発した一言はまるで俺自身に言い聞かせているようだった。


「だから……」

「水梨君が言っているのは間違ってないよ」

 自分でも恥ずかしくなって口ごもる。その最後を補填するかのように白瀬さんは笑顔で頷き返した。


「それに翔はいつも私の味方だし。だから、私はそれだけでいい」

 相変わらずの優しい表情を浮かべて彼女は言った。色々な人間と上辺だけの会話ばかり経験してきた俺だけど、直感でその言葉が彼女の真意だと確信した。


「紫莉っ」

 不意に声が掛けられる。

 白瀬さんが振り返った先、回廊の終わりに翔が立っていた。

 背後の巨大水槽にウミガメを遊泳させながら、青白く照らされて緑がかったブロンドが弾むように揺れる。


「イルカショーはじまるって」

 翔は段になっていた回廊を降りると、駆け寄って白瀬さんの手を引いた。


「水梨君」

 翔と白瀬さんは手を握り合ったまま、立ち尽くしていた俺の返事を待っていた。

 しかし、俺はぎゅっと握り合う二人の手から目が離せない。


「ああ、すぐ行くよ」

 二人の間に存在する目に見えない確固たる絆を感じた。

 栗橋翔がいるから、白瀬紫莉は仮面をかぶり続けられる。本音を押し殺す学校生活をしていても辛くないのだと――そう思った。

 俺はそんな二人の背中を微笑ましく眺めながら、歩を進めた。


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