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11 自由行動

 わらいぶくろ同士のモンスター闘技場並みに二人して笑い続ける、そんな時間が続いた。


「そうだ。あっちのお店見た?」

 ふと、思い出したように白瀬さんが指を伸ばした先、そこには熱帯魚という看板が掲げられたショップ。

 モール内に並ぶ他のお店と同じように、軒先に商品を展開している。

 ただ少し、他と違うのはそれらが水槽だと言う事だ。


「アクアリウムショップか」

 俺はベンチから腰を上げて歩き出す。

 アクリル製の小綺麗な水槽は半分ほど水が張られており、中には白い身体をしならせてゆっくりと泳ぐ四本足の生き物がいた。


「ウーパールーパー!」

 水槽と同じ高さに身をかがめ、ぐっと顔を近づける白瀬さん。

 いつもの清楚な感じと打って変わって積極的だ。やっぱりこっちが彼女本来の姿なんだろうか、はしゃいでいる姿は翔と何ら変わらない。

 水槽に手をつけて中の可愛い生物――うぱ。

 そいつは可愛らしい顔を左右にくねらせながら遊泳していた。

 水槽内を泳ぎ回る度に赤いエラがひらひらしていて、白瀬さんは食い入るようにそれを観察していた。


「こういう生き物好きなの?」

「カワイイし、見てて癒されるからね」

 相当気に入ったのだろう。俺が問いかけると、白瀬さんはこちらを見る事も無く答えた。その横顔は今まで見た事も無い程に無邪気だ。はしゃいでいる姿からはあのゲーセンのナイフっぽさが微塵も感じられない。


「でも、こいつ肉食性だよ。メダカとか生餌いきえ入れるとすごい勢いで喰うから」

「へぇ……詳しいんだね」

「昔飼ってた事あるから」

 すると、白瀬さんは思わせぶりにこちらを見上げた。

 他にも何か情報は無いのか?

 白瀬さんは視線だけで俺にそう語り掛けてくる。


「それこそハンターみたいに。待ち構えてから一気に襲い掛かってさ。凄い勢いで丸呑みするんだ」

「ふーん。そういう生き方もいいかもね……あっ」

 言いかけた所で白瀬さんが思わせぶりにニヤリとする。


「水梨君、今私みたいだって思ってたでしょ?」

「いや、別に……」

 声のトーンがものすごく低くなった。

 一瞬垣間見せた射殺すような視線が本気で怖い。


「勘繰り過ぎだよ」

「ならいいや。ていうか水梨君、動物とか詳しいんだね」

 そう言ってニコリと笑う。褒めてくれてる筈なのに目が笑ってないのが怖い。


「まあ好きと言えば好きだけど……小さな頃はシートン動物記を読んで育ったし」

 あと、意味も無く〇〇の飼い方という本を買っては無駄な飼育知識をつけていった。


「詳しいんだね」

「引いてるでしょ?」

 やっぱドン引きしてるよな。

 初対面の女子に『ファーブル昆虫記とか好きそう』とか言われたらショックだ。電車好きそうとかカードゲーム好きそうとかボンボン好きそう並みにショックだ。

 でもボンボンは面白い。これは断言できる。ちなみにボンボン派は突っ込まれると大抵こういう弁護しかしないのもまた断言できる。


「いいよ。大丈夫」

 気まずくなった俺を余所に、白瀬さんは黒い髪を揺らして首を振る。


「まあウパだって食事の時は必死になるって事でしょ? 生きる為だもの」

 そう言って天使のように笑うのだが、絶対心の内ではうぱの生き方に共感を覚えていそうだ。

 何故ならば、白瀬紫莉は生粋のハンターだから。しかもゲーセンで男性プレイヤーをあらゆる技を以て屠る、正真正銘ゲーセン荒らしなのだ。


「それが自然界の摂理なら仕方のないことよ」

 だから、口にしたセリフが生き物番組のナレーション風でも納得がいく。

 脳内でライオンに首根っこに食いつかれたシマウマの迫真の表情がちらついてしょうがない。たまに内臓を散らしながらリカオンとかが貪り喰う姿は、当時小学生の俺にはショッキング過ぎた。

 今でこそペット動物をひたすら『カワイイ』する動物番組ばっかだけど、小さな頃はそういうグロくてエグい自然界のドキュメンタリーもよく見た物だ。

 今ではCSくらいでしか見れない貴重な番組である。


「水梨君もそう思うでしょ? イヌ科だし」

「は? 犬じゃないし……」

「ごめん。食肉目って括りにしとくべきだった?」

「何気にしつこく食いついてくるんだね……」

 霊長類だしヒトだしホモサピエンスですと言い返したい。

 でも怖い……だって彼女は飢えた狼なのだ。ちょっとカッコよく表現すると餓狼。

 ちなみに彼女がプレイしている格ゲータイトルはSN〇系ではなくコンボ主体の別メーカーのやつだ。


「白瀬さんは狼だよね?」

「は?」

 ギラついた眼光で俺を威嚇する。やっぱり狼系女子じゃないか! 

 心の声はそう叫びたがっているけど、野生の牙を持つ白瀬さんは慎重に扱わなければならない。それこそ危険物並みに。


「あれ、お楽しみ中だった?」

 不意に浴びせられた声。振り返るとそこには赤髪ショートを揺らして小首を傾げる天沼の姿。


「お二人さん何してんの?」

 遅れてきた翔が前に出る。どことなく怪訝な目。まあ、俺と白瀬さんが会話なんてレアな光景だからな。少し後ろには涼介もいた。

 班メンバー全員にこのやり取りを見られていたのかな。そう思うとカッと顔が火照り出す。


「もう終わったの?」

 言い返せずにいた俺の代わりに白瀬さんが答えた。 

 『うぱ』にはしゃぎ、さっきまで自然界の淘汰に感銘を受けていた面影はまるで無い。

 いつもの静かな振る舞いに戻っている。


「うんうん。紫莉たち楽しそうだったし、邪魔しちゃ悪いかなと思ってさ」

 白瀬さんの肩をぽんと叩く翔。

 しかしこのギャル、ノリノリのニヤケ顔である。


「嘘つけ。絶対、遠目から見て面白がってた癖に」

 言い返しても翔はにぱーっとした顔で俺達を眺めている。


「照れなくてもいいのに~、これだからシャイボーイは」

「そういうのじゃないから」

 俺はムッとしながら否定する。

 ちらりと隣の白瀬さんを窺うと、彼女は全く何の動揺も無い、そんな顔だった。どこかとろんとした優し気な目で皆を見ている。逆に怖い。


「翔はもういいの? ちゃんと見て回れた?」

「うんっ」

 白瀬さんには素直に答える翔。こうやって見ると二人はまるで姉妹みたいだ。

 どちらも俺を執拗にいじる癖に妙に落ち着いて百合百合している。なんなのこれ。


「本当に二人とも昔っからの仲なんだな。タイプは全然違うのに」

 ハハッワロスという感じで涼介が爽やかに笑った。

 黙れイケメン。お前は白瀬さんの正体に気づいていない。

 彼女は本質的に翔と同タイプ……寧ろ、翔よりもヤバイのに。


「ん?」

 そこまで考えてふと思った。


 ――翔は、白瀬さんの本質をどこまで知っているのだろうか。



「じゃあさぁ、今度は水族館に行こっか。王子も行きたがってたし」

 脳裏によぎったそんな疑問。しかし、翔は断ちきるように俺に話を振ってくる。

 何故か互いの肩を抱きながら、じっとこちらを見つめる二人の女子生徒。


「ね?」

 翔は白瀬さんともアイコンタクトしつつ、もう一度俺を窺った。

 まだ怒ってないか確認しながらの発言なのだろう。その辺は流石のクラス屈指のリア充女子だ。


「何か子供に合わせてる親みたいでイヤだな……」

「不満なのー? うぱ見てたんだからジンベーザメとかシロナガスクジラでもいいじゃん」

「水族館にシロナガスクジラいないよ」

 現存する世界最大級の生物なんだぞ。飼育できる水族館あったらとっくに行ってる。例え海外でもな! 水族館マニア舐めんな。

 言い返そうとした所でハッとする。

 釣られるがまま、またも動物ネタで熱く語り始める所だった。


「まあまあ」

 そんな俺達の間に割って入ったのは涼介だった。

 涼介は抱き合う白瀬・栗橋ペアと俺や天沼を見回しながら諭す。


「水梨もさ、いいじゃん。元々行く予定無かったんだし。栗橋に感謝しなって」

 翔は得意げな顔でこちらを見ていた。

 何か企んでるそんな顔。


「実は私も気になってたんだよねえ」

 便乗するように天沼橙子が赤髪ショートを弾ませて声を上げる。

 上手く丸め込まれた俺は、皆の後をついて水族館へと歩き出す。

 ショッピングモールを出ると、西洋風に舗装された歩道が伸びていた。


「そういえば」

 女子達の背中を見送りながら、涼介が思い出したように空を仰いだ。


「他の班も水族館まわるって言ってたな」

 まあ、そうだよな。水族館は人気スポットだしな……あれ? 

 ちょっと待てよ。


「それってさ。皆行くって事だよね? 余計に混んでるんじゃ……」

 どうして今まで気づかなかったのだろう。混雑と人間が大嫌いなのに、俺はわざわざ死地に踏み入れようとしていたらしい。

 途端に足が鉛のように重くなり、集団から落伍していく。


「あはは。行こ、紫莉!」

「ちょっと翔……」

 翔が白瀬さんの腕を取って走り去る。

 アクセサリーでごちゃついた手が白瀬さんの腕をはっきりと掴んでいた。

 はしゃぎ声と共に揺れるミルクティーブロンド、青みがかった美しい黒髪。

 もうすぐ正午に達しようとしていたせいか、激しい陽光が二人の髪を鮮やかに照らしていた。

 眼を細めないと直視できない程の眩しさだ。


「おい、待っ」

 俺は手を伸ばし、はっとそれを引っ込める。

 遠くなる翔の背中を無意識に追いかけていた――そんな過去の自分と今の俺が重なったのだ。


 ――翔は昔と何も変わらない、ずっとガキみたいなヤツだ。

 白瀬さんに聞かれた時、俺はそう答えた。

「結局俺だって、何も変わっていないんだな」

 思ってもいなかった事実に気づいた瞬間だった。

 どこか諦めと満足感が妙に混じった不思議な笑いがこみ上げてくる。

 でも悪い気はしないな。俺はゆっくりと皆の後を追った。





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