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10 校外見学

 東京湾上に作られた巨大な浮島、ギガフロート。

 ショッピングモールからレジャー施設、研究用の施設まで、その上には様々な施設がひしめいている。

 俺達はギガフロート入口付近の広場で点呼を取っていた。

 これから昼前まで班ごとに自由見学、午後は海洋施設を見学し、最後は海浜公園でレクリエーションと聞かされている。

 学年全体の長ったるい説明が終わり、班ごとの解散が言い渡される。


「早く行こ」

 開口一番、翔と天沼が我先にとショッピングモールへと入っていく。まるで戦の一番槍でも競う勢いだ。

 残された俺は涼介、白瀬さんと共に後をついていく。


 俺は隣を歩く物静かな女子生徒をちらりと横目で一瞥した。

 その佇まいは清楚さと気品に溢れ、日本の高校生の見本のような落ち着きっぷりだ。優等生とは何たるかを身を以て体現する、そんな存在。

 しかし……彼女はゲーセン荒らしでピアスまで付けてる隠れギャルなのだ。放課後ティータイムどころかギャルサー通ってそうな気がする。


「どうしたの? 水梨君」

 しかし、白瀬さんは本性を感じさせない優等生キャラで微笑みかけてきた。

 ちらちら見てたの、もしかしてバレてたんだろうか。


「いや、何でもないかな」

 前を向き平静を装って歩き続ける。

 すると、白瀬さんは可愛らしく寄ってくると手を添えて囁いた。


「余計な事、考えない方がいいよ?」

「ヒェッ」

 思わず変な声が飛び出る。

 すぐ隣を往く白瀬さんはニコリと笑っているものの、瞳の奥には氷のような冷たさが広がっている。

 ここで変な気を起こさない方がいい。肝に命じて唾を飲み込む。


「海里、どうかしたのか?」

 そんな俺達のやり取り、駆け引きなど知る由もなく、涼介は振り返り様に爽やかスマイルを向けてくる。

 この天然イケメンは物事を疑わない馬鹿正直者でもあるのだ。白瀬さんの本性など全く気付く気配が無い。

 いつもこの調子で裏表が無いから皆に好かれているのも頷ける。


「付き合わせて悪いな。水族館はこの後でいいよな?」

 涼介は前を走るギャル二人を見送りつつ、もう一度白い歯を見せて笑いかけてきた。

 俺が水族館行きたいのまで気配りしているとは……この爽やかイケメンめ。


「まあ、何なら俺一人で行ってもいいんだけど……」

「そういう事言うなよ。軽く落ち込むだろうが」

 一人水族館に慣れてる俺は冗談半分本気半分で返す。

 だが、涼介は眉根を下げて本気で寂しがっていた。


「仲良いのね」

 そんな俺達を見て白瀬さんはいつもの天使スマイルを浮かべていた。

 彼女の黒髪はすぐ近くから吹きつける海風に揺れている。

 すごく絵になるようなシチュエーション。ぬるぬる作画ってくらいに一本一本が綺麗に靡く髪。

 白瀬さんはそれを抑えつつ、遠くに目をやる。


「翔も天沼さんもはしゃぎ過ぎね」

「本当にさ。まるで小学生だよ。みっともない」

 俺が腕組みしながら溜息を飛ばすと、白瀬さんが可笑しそうに声を零す。


「どうかした?」

「羨ましいなあって思ったの。いつもあんな風に振る舞えるなんて私には出来ないよ」

 聞き返すと、白瀬さんは遠い目を海へと向けていた。それはきっと彼女が心から思っている羨望なのだと思った。

 翔はいつも誰とでも打ち解け、誰とでも本音で話す。俺や白瀬さんみたいに本音を隠し通す連中からしたら、確かに憧れる気持ちも分かる。

 気が付けば、俺はうんうんと頷き返していた。


「そうだな。それが栗橋さんのいいとこなんだろうけどさ」

 本当に。子供の頃からちっとも翔は変わっていない。

 いつも興味ある事に真っ先に突っ込んでいく。

 今だって目当てのお店に向かって猪突猛進ガールだ。

 そんな彼女の背中を俺はいつもぼんやりと見て、そこからハッとして追いかけるんだ。そうでないと置き去りにされるから……でも今は違う。

 多分、今の俺は色々諦めてる。

 だから彼女の背中は眩しすぎて、後を追ったりもしないのだ。


「私も翔みたいになれたらなあ……」

 そんな事を言っている白瀬さんと眼が合った瞬間、


「かわいい~!」

 俺達の静寂を突き破る様に、遠くで翔が声を上げる。


「橙子似合い過ぎじゃね!?」

「そうかな~?」

 翔と天沼はオサレなブティックの前で互いに服を選びあっていた。

 しかも大声で互いを褒め合っている。


「それにしてもデカい声だな」

 思わず小言が漏れた。

 大体、十メートル以上も離れてるのに会話の内容がはっきり聞こえるとか絶対おかしい。

 俺なんて近距離で会話しているのに『え? 何だって?』と聞き返される事が多いってのに。

 まあ、声がよく通るのも無理はないのかもしれない。平日午前の時間帯のせいか、モール内はそこまで混んでいない。

 どこを見回しても学生服姿――同じ参宮高校の生徒ばかりが目に付く。


「砂原君もこっち来なよ。面白い雑貨あるよっ」

 翔が俺達の方に向かって手を振っているのが見えた。

 ブティック隣にある雑貨店。その軒先には謎の部族が使ってそうな首飾りやら海外製の得体のしれないグッズが並んでいた。


「何だアイツ。勉強が嫌い過ぎて呪術にでも目覚めたのかな」

 翔はどっちかっていうと体育会系のノリなのに、そういう変わった物が昔から好きなのだ。

 皆が食わないような物をチョイスしたがる。ポテチなら湖〇屋、カップ麺ならホッ〇ヌードル、コミックならボ〇ボン……そこは少女漫画じゃないのかっていうツッコミはしてはいけない。


「早くっ!」

「分かった。分かったってば」

 急かすように再度呼びつける翔。答えずにいる俺達の代わりに涼介が呼びつけられた。

 すっかり我儘な彼女を補佐するイケメン彼氏の構図だった。

 二人ともルックスが同年代でずば抜けているからとても絵になる。

 でもかなしいかな、彼らがいる店は小綺麗な雑貨店ではなく、異世界の町にありそうな怪しげな魔法屋みたいな店なのだ。


「おお~っ。このボゼ超可愛くない!?」

「ボ↓ゼ↑ ?」

 当たり前のように言ってのける翔に、流石の砂原も戸惑っている。


「そうそう、ボゼ。悪石島の精霊だよっ」

 そう説明する翔だが、砂原は置いてきぼりだ。

 というか、まるで今のJKならボゼは知ってて当たり前みたいなノリだ。


 翔が顔に装着している奇怪な仮面はボゼ――鹿児島の沖合、トカラ列島の悪石島に伝わる精霊だった。

 南国テイスト全開のヤシの葉で縁取られた木彫りの面は、クリーチャーみたいに目玉だけが異様に大きい。


「これ買おうよ」

 涼介は反応に悩みながらボゼに扮してふしぎな踊りをしてみせる翔の相手をしていた。

 見てるこっちまでMPが減らされそうだった。


「止めといたほうがいいって、翔……」

 涼介の代わりに諫めたのは天沼だった。仮面を取り去ると、翔は正気に戻ったようにきょとんとしていた。

 そもそも、買った所でどうするんだろう。あの奇怪な仮面片手に歩き回るのは勘弁してほしい。


「はあ……」

 彼らリア充三人組のノリに取り残された俺。

 手近な所にあったベンチに腰掛けた。

 隣には白瀬さんも座った。


「高校でこういう機会ってなかなか無いよね。はしゃぐのも無理ないかも」

「まあ、はしゃいでるのは約一名だけっぽいけど」

 苦笑しながら遠くを見る。ミルクティーブロンドのギャルはまだ何かおかしい事でもあるのかテンション高めに声を上げていた。

 白瀬さんも俺と同じようにその様子を見ていた。


「そうだ……」

 ふと疑問が湧き、俺は意を決して白瀬さんに尋ねた。


「そう言えば、白瀬さんって栗橋と昔からの友達だって聞いたんだけど……マジ?」

 そもそも学校での白瀬さんと翔は正反対の立ち位置だ。天沼は二人が親友同士だと言っていたが、俺はそれが不思議で仕方が無かったのだ。


「ああ、その話かぁ」

 白瀬さんは口元を一瞬引き締め、少しタメを作り、


「うん。マジよ」

 真っすぐの瞳でそう答えた。

 あまりにはっきりいう物だから、暫くの間俺も固まってしまう。


「あら水梨君。信じられないって顔してるわね」

 そんな俺を見て、白瀬さんはあのゲーセンで見せた時みたいな悪戯っぽい笑みで肩をすくめる。


「私ね、小学校の頃に新潟から転校してきたの」

「新潟かあ。上杉謙信とか、トキが有名だよね」

 トキと言っても『病んでさえいなければ……』の方じゃない。天然記念物の鳥の方だ。


「へえ。朱鷺トキとか……よく知ってるんだね水梨君」

 白瀬さんは感心したように目を丸くする。

 あまりに純真な表情だった。

 俺は鼓動が高鳴るのを覚え、慌てて言葉を重ねる。


「あと雪っ。冬とかめっちゃ降るでしょ絶対」

 それは実際、俺が抱いている新潟の風景だった。

 雪が降りしきる町を冬の格好で歩く白瀬さん。そんな情景が自然と浮かび上がる。

 物静かで理知的でどこか憂いを帯びていて――ああ、それから鬼神の如き本性。

 成程、毘沙門天だ。


「確かに、雪かきとかマジでだるいわね」

 ポロッと出たその片鱗を表すギャル口調に、思わず笑みがこぼれる。


「俺も雪国に住んでた事があるから分かるよ……東京の連中は一ミリで騒ぎ過ぎなんだよな」

 ちら、と白瀬さんが何か言いたげにこちらを注視していた。


「水梨君も雪国出身なんだ?」

「まあね。東京住んでるとさ、雪降ると言われんじゃん。『雪国出身だから東京の寒さなんて平気でしょ』ってさ」

 瞬間、黙って聞いていた白瀬さんの相好が崩れた。


「分かる! 関東は雪無いから冬でも平気って謎理論でしょ? 空気が乾燥してて風とか普通に寒すぎなのにね」

「向こうは石油ストーブが当たり前だけど、東京の暖房はエアコンくらいだからね。逆にこっちの冬のが辛いよ」

 俺が言い返すと白瀬さんも声のトーンを上げて続けた。


「あんなみみっちい風で身体が温まる訳ないよねっ」

「みみっちい……そうだね!」

 とりあえず同意だ。何か機嫌いいし。何故か意気投合している俺達。すごく浮いてる。


「まあ……私の場合はそんな感じ? 新潟から東京に来てからずっと……」

「う、うん」

 目が合っていることに気づいて慌てて視線を逸らし合う。

 ぽりぽり頬を掻きながら白瀬さんにそっと視線を戻すと、彼女は下ろした両手を握りしめてもじもじさせている。


「でさ……東京で初めて出来た友達が翔なの」

 黒目がちな瞳で白瀬さんが俺を見上げていた。


「それって何年生の時?」

「確か小五だったかしら……」

「そっか。じゃあ俺が引っ越してからだね」

 不思議そうな顔の白瀬さん。


「俺が栗橋さんと知り合いだって知ってた?」

 打ち明けると白瀬さんはふるふると首を横に振る。


「そっか」

 俺と白瀬さんは直接会った事はない。丁度、時期がずれているのだ。

 翔は新しく来た転校生にいちいち俺の話なんてしないだろう。無理も無いなと苦笑いがこみ上げる。


「白瀬さんが転校してくる前まで栗橋さんと同じ小学校にいたんだよ」

「マジ? 丁度入れ替わりって事かしら?」

 言葉の端に、彼女も知らない内に素のギャルモードが出ている。あぶないあぶないここでは隠してね。

 俺は動揺を喉奥に押し込めながら続ける。


「東京に戻ってきたって言っても前とは違う区に住んでるんだ。まさか高校で再会するとなんて、すごい偶然だよ」

「偶然……そんな言葉で片づけていいものかしら?」

 納得しないように首を傾げる黒髪の美少女は俺へとぐっと顔を近づける。


「ねえ」

 白瀬さんがぐっと近づき俺を見つめる。


「は、はい?」

 上目遣いの濡れた瞳。この距離だと淡いシャンプーの香りがはっきりと鼻腔にこびりつく。今日はあの甘すぎる香水はつけていないようだった。

 はらりと解けた黒髪のいくつかの束が俺の肩にかかる、そんな距離で彼女は囁く。


「もっと教えてよ。子供の頃の翔ってどんな感じだったの?」

 そして、その後に付け足された言葉。


「――幼馴染なんでしょ?」

 どこか遠い存在を揶揄するような、優しくてうらやむようなそんな声音だった。


「私は違うからさ」

 そして、白瀬さんはどことなく寂しげに笑った。

 俺も白瀬さんも翔と接した時間は大して変わらない筈だ。

 俺は小学校の何年か、白瀬さんは小五から高校の今まで。トータルするとお互い同じくらいの時間を翔と関わっている。


「小さな頃から知り合ってたら私ももっと違ってたのかなあ……ってさ」

 幼少期に共有した時間や思い出は今を上回る。多分白瀬さんはそう言いたいのだ。

 それが彼女をどこか諦観に満ちた微笑にしているのだろうか。


「ああ。確かにちっちゃい頃からの縁ってちょっと違うかも」

「羨ましいよ。水梨君と翔は」

 白瀬さんはそう言って、風で舞う黒髪を抑えつけた。


「でも違う。俺とあいつはただの腐れ縁だよ」 

 ふっと息を吐いて気を取り直すと、自嘲が零れた。

 視線を変えた先では翔達が騒いでいる。

 珍しいアクセサリーがそんなに面白いのだろうか。あれこれ手にとっては見比べながら談笑している翔と天沼。それに付き合ってやってる涼介はとても優しい笑顔をしていた。

 翔はそんな笑顔にいつも囲まれている。

 俺なんかよりずっと多くの、貴重な経験を蓄積してきたのは間違いない。そうやって密度の濃い人生を歩んできた。そう感じさせる一幕。

 片や俺は色んな事から逃げて、眼を瞑ってやり過ごして、十七年という時間だけが進んでしまった状態だ。敗北感と劣等感で胸が押しつぶされそうになる。


「水梨君?」

 そんな俺の内心を感じ取ったのか、どこか心配げな顔の白瀬さんは首を傾げていた。


「栗橋さんってさ! 昔っからだよ。あんな風に小うるさくて……」

 話題を変えようと、強がるように語気を荒げてみせた。


「本当にずっと変わんない――髪の色以外は」

 そうして答えてから、わざとらしく笑ってみせた。


「何それ、ウケるんだけど」

 ギャルの片鱗を見せた口調で、白瀬さんも笑う。

 緊張の糸が解れた瞬間だった。


 でも――ウケるって言って本当にウケてる女子を俺は見た事無いんだよな。

 あはは、と俺も愛想笑いで返すのだった。



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