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1 ギャルと化した幼馴染がやたら構ってくる件

学園ものはあまり書いた事ないですが、よろしくお願いします。

水梨みずなしってさ、いつもぼうっとしてない?」

 ミルクティーブロンドを揺らして彼女は言った。


「く、栗橋?」 

 長い睫毛を瞬かせ、栗橋翔(くりはししょう)は俺を見下ろしていた。

 制服を着崩しているせいか、傾げた小首から鎖骨が覗いている。俺はその胸元が気になってしょうがない。必死に視線を逸らそうとする。

 すると、栗橋はそんな俺を見て更に顔を近づけてくる。


「眠いん?」

「べ、別に……」

 彼女の追及から逃げるように顔を上げ、教室を見渡す。


 ――昼休み明けの五時限目。

 そこは喧騒で色づいた教室内だった。

 窓に目をやれば、彼方に見えるのは並び立つ灰色のビル群。その上には今にも泣き出しそうな曇り空。

 薄暗いせいか、まだ昼なのに教室は蛍光灯で照らされていて、俺はその不自然な明るさに目を細めた。


 多分、夕方からは雨が降る。

 じめじめしているせいで、学ランの襟元に汗が張り付いて鬱陶しいったらない。

 そんな湿った空気の下、生徒達はグループで集まり、乾いた歓声を上げている。

 窓際最後方の俺の席からは、教室と外の景色を一度に見る事が出来るのだ。

 そこまで巡らせた所で、じっとこちらを見続けている栗橋翔と目が合った。


「ああ、そっか。ロングホームルームの途中だったんだ」

「……は? そうじゃなくて!」

 栗橋翔は長い脚をぶらつかせ、俺の前の席に腰かけていた。

 カールした毛先をいじりながら長い脚を組みかえる。その動作は妙に慣れていて、自分と同じ高二とは思えない。ていうか威圧たっぷりの『は?』が怖すぎる。

 知らず俺は萎縮して押し黙る。


「本当にアンタってマイペースだね」

 栗橋は行儀悪く浮かせていた足先をぱたぱたさせながら、にやりと口角を緩めた。

 背中まで伸びたブロンドがぶわっと浮いて、甘い匂いが風に乗ってこっちにまでくる。


「そうかな?」

「そうだし。せっかく一緒の班になったのに」

 彼女の性格は良くも悪くも裏表が無い。

 思った事を直球で言ってのけて喜怒哀楽の表現が新生児並みにはっきりしている。

 その分かりやす過ぎる性格のせいか、かなりモテる。

 しかし、特定の彼氏がいるという話は聞いた事が無い。

 やる気になればどんな男子だって落とせる筈なのに『彼氏いないんだよね~』とグループの中心で自虐風自慢をしているのだ。


 ――俺はこう考えている。

 彼女にとってはむしろ『彼氏がいない自分の方が都合がいい』と。

 何故なら……


「せっかく()()()と同じ班になって、テンション低いとかさぁ。普通もっと喜ぶっしょ」

 そう。彼女は可愛い自分が大好きな典型的な構ってちゃん系女子なのだ。ついでに女王様気質まである。

 男にチヤホヤされて当然と思っているタイプ。

 多分、話しかけても俺が興味を示さないから業を煮やしたんだろう。

 他の男子なら彼女に話しかけられたら飛び跳ねて喜ぶのに、俺は無反応なのだ。

 『構ってちゃん』にとって、それは耐えがたい屈辱だろう。

 他人と深く関わらないようにしている俺とは対照的だった。

 無視や無反応が最大の敵……そんな人種が栗橋翔なのだ。


「もう少し構ってよ……なんて」

 思わせぶりに視線を逸らし、もう一度流し見で俺を見てくる。

 心なしか目が泳いでいる。そんな一つ一つの仕草がいちいち可愛くて、俺まで釣られて顔が火照る。


「なんだよそれ」

 悟られぬよう、わざとらしく机の上で大きく背筋を伸ばす。


 実際、栗橋は可愛い。

 ミルクティーカラーの金髪は毛先につれて丁寧なカールがかかっているし、多分いい美容院に行ってやってるんだろう。キューティクルが艶光りしていて控えめにいって滅茶苦茶可愛い。


 そんなお洒落でも女子力的な方面でも力を入れまくったような女子生徒がモテない訳がない。

 彼女に話しかけられた。興味を持たれた。

 それは男ならば光栄に思わなくてはならないんだろう。

 でも、俺は女子が苦手だ。寧ろ怖い。

 中でも栗橋はスクールカースト最上級のリア充のエリートみたいな奴だ。俺にとって、一番避けたいタイプ。

 空気キャラの俺が彼女と関わっているのを他の連中に見られたくなかった。


「俺別にテンション低くないけど……朝弱いだけだっての」

「は? もうめっちゃ午後じゃん」

 視線を合わせず窓辺を眺める俺。最後らへんはぼそぼそ言っていて我ながら根暗に過ぎる。

 しかし、栗橋は逆に声のトーンを上げていく。


「あーしも朝弱いけど、王子の気だるげっぷりは異常なんだけど。もしかして低血圧とか?」

「そういう訳でもないけど……」

「てか()()ってさ。おとなしくて可愛くね?」

 そう言って白い歯を見せて笑う。

 ……てか、何その呼び名。さっきから当たり前のように呼んでるけど。


「王子って何。誰?」

「だって水梨って王子っぽいもん。肌白いし女子みたいに綺麗」

 再び飛び出た『可愛い』という言葉に俺は背筋が総毛立つのを覚えた。


「Kawaii……かわいい……?」

「うん。何か身体の線も細いじゃん。いつも大人しいし他の男子みたいにガツガツしてないし。見てて可愛いなって」

 栗橋は可愛らしく八重歯を覗かせて笑いかける。


「――ついでに睫毛も長いし?」

「え」

 思わず自分の睫毛に指をやると栗橋はうんうんと頷いた。

 褒めてるつもりなんだろうか。

 彼女の理論だと色が白くて、線が細くて、おとなしくて、ついでに睫毛も長い男は皆可愛いらしい。

 何だそれ。


「てか王子って呼ばないで欲しいんだけど」

「は? じゃあ、水梨のがいい?」

 しばらく逡巡の後、彼女の口から出たのは懐かしい俺の名字だった。


「当たり前だっての」

 俺はふうと小さくため息を吐く。

 吐ききったところで彼女を怒らせてしまったのでは、と不安になって横目で様子を窺う。


「……」

 しかし、黙したままの栗橋はどことなく嬉しそうだ。口調は怖いのに笑顔が隠しきれてない。


「てか俺って睫毛長いの? 初めて知った」

「超長くない? 女子からしたら羨ましいんだよねえ」

 栗橋の身体が机の上を滑り、スカートから伸びた太ももがずりっと見える。

 というか、そういう仕草でいちいち可愛さアピールされると本当に困るからやめてほしい。

 俺は高まる鼓動を誤魔化そうと適当な話題を探す。


「でも、絶対栗橋さんだって十分睫毛長いし。そもそも理由になってない――」

()()()()()()()()()()()()()()()!」

 反射的に上げた彼女の大声に周囲が一斉に振り返った。


「あっ」

 これには流石に栗橋も気まずくなったのか、肩を縮ませて黙りこくってしまう。

 班会議の途中だった面々は怪訝な顔を引かせながら、再びそれぞれの会話に戻っていく。

 そう。今の時限は班ごとに集まっての打ち合わせ、その真っ最中だったのだ。


「……水梨さ。班決めのくじで寝てたっしょ?」

 栗橋が俺を上目で睨みつける。顔は少しだけ気まずそうだ。


「ああ、寝てたかも」

 狸寝入りだけどね。

 でも、彼女にはそれが分かってないらしい。


「一緒になる女子くらい気にしろっての」

 つとめて不愛想に答える俺を栗橋はたしなめるように呟いた。

 その口調には割と本気で落胆してる素振りが見えたけど……多分、それも彼女の可愛く見せる為の演技なんだろうと俺は思った。




 ――何故なら、俺は彼女の性格をよく理解しているから。

 俺は決して、栗橋のあざといキャラにデレデレしてる訳じゃない。

 寧ろ、話しかけんなオーラを全開で張ったつもりだった。

 普通の女子ならば放置安定のしがない陰キャラ男子が俺である。

 しかし……


「本当に、水梨って昔から素直じゃない」

 不意に、栗橋が眉根を寄せて笑う。

 どこか困ったような、苦々しい表情だった。

 クラスの女王キャラが見せるには珍しい。

 場に沈黙が流れ、それが気まずくて適当に言葉を選ぶ。


「栗橋()()の方こそ、()()()から性格変わってないのな」

 そして、喉元からついて出た一言。


「えっ……あ、ああ。まあね。当たり前じゃん」

 多分、言い返した俺も彼女と同じ顔をしていたと思う。


「てか、覚えてくれてたんだ……意外」

 小さく呟いたその一言を、俺は聞き逃さない。

 安堵したような顔でこっちを向く栗橋。その顔に先ほどまでの悲しそうな様子はなかった。

 ミルクティーブロンドのカールを揺らし、屈託のない青空みたいに突き抜けた笑顔。

 俺とはまるで違う。何故同じ時を過ごしても、こうも違う人種に成長するのだろうか。


 そう。栗橋翔は俺の幼馴染だ。

 ――しかし、高校で再会した翔は数年の年月を経てギャルに変貌していた。

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