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本業は年2回

作者: 三冬月マヨ

吐く息が白い。

壁に掛かっているカレンダーは、この1枚で終わりだ。

クリスマス用商品と、年末年始に向けての品物があちらこちらで混在しているのも、この時期の風物詩と言えよう。


「ユキちゃ〜ん、こっち生ひとつ追加〜!」


「ユキちゃーん、おでんちょうだい、卵入れてね〜!」


「ユキちゃ〜ん、お茶漬け〜!」


「はあい、ただいまー!」


この時期の居酒屋と云えば、少し早めの忘年会等で賑わっていたりする。

ここ、呑み食い処の織部(おりべ)も、その賑わいを提供する中に加わっている。


ユキと呼ばれた小柄な女性は、背中まである真っ直ぐな黒髪を後ろで一つに束ねて、客の注文に返事をしながら忙しなく動き回っている。少し赤みを帯びた鼻と、元気がウリの21歳だ。

カウンターに七席。座敷にはテーブル六席。大きくはないけれど、小さ過ぎもしない、そんな店だ。


「生一つ、お待たせしました。あと、こちら、氷が減っていたので追加です」


ユキは右手にジョッキを持ち、左手には、氷入れを持って座席へと上がった。


「気がきくね〜、ありがとう」


客の一人が笑顔でそれを受け取ると、ユキはにっこりと笑って言った。


「ボトル追加します?」


ユキの言葉に客は右手の掌で、自分のそのおでこを叩いて嘆くフリをする。


「あちゃぁ〜、そう来る〜?」


「大将〜、ダメだよ、ユキちゃんに変な事教えたら〜」


客の連れがカウンターの向こうに居る男、織部の主を振り返る。

大将と呼ばれた男、伊織一平(いおりいっぺい)は苦笑しながら答えた。


「自分が教えたワケじゃないですよ。ユキが学習しただけ。葉山さん、残りがそれくらいになると、いつもボトル入れてくれてるでしょう?」


伊織は、つい先月にめでたくアラフィフの仲間入りを果たした男だ。

頭は五分刈り、肩幅は広く、身長は190近くある。

身長のせいか、初対面の相手からは怖がられたりするが、笑うと切れ長の瞳は垂れ下がり、エクボも出来ちゃったりする。

なんとも可愛いらしいおじ様である。


「あれ? そうだっけか?」


「店側としては嬉しいですけどね。この間、娘さんが来て呑み過ぎ注意、と言ってましたよ」


「げぇッ! あいつ来たの!? 俺の息抜きの場にぃ!?」


「お昼の部ですけどね」


「なんだよ、驚かすなよ〜」


葉山と呼ばれた前髪の淋しい男は、ほっと胸を撫で下ろしつつ、自分のグラスを見て呟いた。


「…まあ…怒られたくないからな…。ロックはやめるか…」


空のグラスに氷だけでなく、水を追加した葉山に連れの男は目を丸くする。


「あれ? 割るの?」


「うるせぇ、お前も娘持ってみろ。かみさんに怒られるより、娘に怒られる方が怖いし、嫌なんだよ」


「ふぅん。そう云うもんかね。なら、息子で良かったのかな、俺は」


そんなボヤきが聞こえながらの、いつもの店内。

賑やかながらも、騒がし過ぎず五月蝿すぎず、程よい空間だ。


「そう云えばユキちゃん、クリスマスは?」


一通り注文が片付き客足が幾らか引いた処で、灰皿を交換していたユキにカウンター席の常連客が問いかける。


「あはは〜。クリスマスはお休みを頂いています」


「あちゃぁ〜、今年もかあ」


「矢島さん、ナンパは他所でお願いします」


じろりと伊織に睨まれて、矢島は慌てて手を振る。


「ちげーよ。クリスマスに一人もん同士集まって、呑もうって話があるの。会場ここにしようと思ってたんだけどなあ。ユキちゃんが居ないんじゃなあ〜」


「すみません、毎年の事なので。私の代わりに、大将の甥っ子さんが来て下さいますから」


「華が無いじゃん!」


「…クリスマスなんて、来なければいいのに…」


それは、さして強くも大きくも無い声だったが、妙に店内に浸透した。

その証拠と云う訳でも無いだろうが、先の言葉を発した女性を嗜める声が響き渡る。


「こら! もう酔っちゃったの? ごめんなさい、楽しく呑んでる処、水さして」


カウンター席の端から、二人の女性が並んで座っている。

先の言葉は、その内の一人、ボブカットの女性の方から発せられたもの。


「いや、俺としてはクリスマスなんて無い方が嬉しいから、気にしなくて良いよ」


クリぼっちなんて言葉が出来たせいで、一人もんは肩身が狭いと、矢島は肩を竦めた。


「…まだ酔ってない。ごめん…クリスマスが来たら一年経っちゃう…去年になっちゃう…そう思ったら、つい」


「みどり…」


「ごめん、私、帰るね。空気悪くしちゃったし、茜は呑んでて」


言いながら、みどりは席を立ち、椅子に掛けていたコートを羽織る。


「それなら、私も…」


茜も後に続こうとするが、それをみどりが止める。


「まだ、ビール残ってるでしょ、からあげにおでんも。お残し厳禁」


「むう〜」


唇を尖らせる茜にみどりは苦笑してから、伊織とユキを見る。


「私は、ここ初めてだったけど料理は美味しいし、店員さんは元気で可愛いし、気に入ったわ。クリスマスが過ぎたらまた来ても良いかしら?」


「はい、よろこんで」


「ありがとうございます、是非!」


みどりの言葉に、伊織とユキは笑顔で応えた。


「ありがとう。ごちそうさまでした」


カラカララ、パシン、と引き戸が引かれ閉められた。


「…はあ〜…」


店を出て、溜息をひとつ。溢れた息は白い。

酔ってはいないが、顔にあたる風が冷たくて気持ちが良い。


「…1年か…早いな…」


歩き出そうとした足を止めて、みどりは夜空を見上げる。

憎らしいくらいの満天の星空。

去年のあの日もそうだった。

ケーキにシャンパン、後は出来合いだけどオードブルを用意して、暖かい部屋で恋人の帰りを待っていた。

帰って来たら、買ってきたピザの生地に好きな具材を乗せて、二人のオリジナルなピザを作ろうと思いながら。

そろそろ帰って来るかと云う頃、着信音が鳴り響いた。


「まさか、残業?」


スマホ画面に表示されているのは、恋人の名前。

こんな日に残業なんて勘弁してと思いながら、みどりは電話に出て固まる事になった。





「…くも膜下出血…?」


矢島は神妙な表情をして呟いた。

店内もしん…と静まり返っている。


「はい…。去年のクリスマスに…会社で倒れて。同僚の方がみどりの恋人のスマホから、連絡を…」


茜は、ビールのジョッキを両手で包むようにして話した。

みどりが店から出た後、葉山とその連れが『若いのにクリスマスが嫌いだなんて珍しい』と話し出した事がきっかけだ。


「…そんな…ぞんなごどが…」


ぼろぼろと大量の涙を流すついでに、鼻水も垂らしながらユキが唇を噛み締めた。


「ああ、ユキちゃんが泣く事はないのよ?」


茜はバッグからポケットティッシュを取り出し、カウンターの向こうに居るユキに渡す。


「ほら、鼻出てるし。泣いたせいかしら? 普段からちょっと赤い鼻が更に赤くなってるわよ? トナカイさんみたい」


「ドナガイさんじゃありまぜん」


渡されたティッシュで、ズビビと鼻をかみながらユキが力の無い抗議をする。

飲食店で客の目の前で鼻をかむなんて万死に値するが、この店にはそれを咎める者は居ない。


「そうか…まだ30代だろ? 若いのになあ…」


ポツリと呟く葉山に茜が答える。


「あ、みどりの彼は年上で…41歳でした」


「それでも、若すぎるよ…。そうか…次にあの子が来たら一杯奢ろうかな…」


「じゃあ、俺は何か一品…」


「俺も…」


しんみりとした店内に伊織の声が響く。


「じゃあ、自分からは皆さんにに何か一品か一杯サービスしますよ」


「え、いいの?」


葉山の問いに伊織は、にっこりと白い歯を輝かせる。


「常連さんが、一人増えるチャンスですから。皆さん、先の言葉忘れないで下さいよ。次に茜さんの御友人が来店されたらお願いします」


途端に湧き上がる店内。店の空気を変えるのも店主の努めだ。

わざわざお金を払って、数ある呑み屋の中からここに来てくれているのだ。

いい気分で呑んで欲しいし、帰って欲しい。


「じゃ、俺はこないだのじゃがいもピザがいいな!」


「俺は鳳凰を一杯!」


「俺は〜、うわ、悩むなあ〜」


「大将、ありがとう」


皆が思い思いに注文する中、茜は伊織に感謝して微笑んだのだった。





「それじゃ、大将お疲れ様でした〜」


「はい、お疲れ様。明日からの三日間、ゆっくり休んで」


「はい、ありがとうございます。甥っ子さんに宜しくと伝えて置いて下さい」


あれから一週間が経ち、今日は12月23日の深夜だ。

一日の仕事を終えて、ユキは店を後にする。

今日はまた一段と寒く、ユキの鼻もそのせいで更に赤みが深くなっている。


「…賄い食べたけど…寒いとお腹空くのよね〜。コンビニで肉まん買って食べながら帰ろ」


白い息を吐きながらも、肉まんの温かさを想像したら、少しだけ体が熱くなった気がするのか、ユキはにへらと笑いながら歩みを進めた。


自動ドアをくぐり、外との気温差に鼻水が垂れそうになるが、そこは気合で我慢する。


「あれ?」


真っ直ぐとレジへ向かうユキの視界の隅に、一人の女性が映った。


「あの人は…」


先週、店でクリスマスが来なければ良いと言った女性だ。


「こんばんは〜、みどりさん?」

 

「え? あ、こないだのお店の…」


ユキに声を掛けられて、みどりは一瞬怪訝そうな表情をしたが、すぐにユキの事を思いだしたようだ。


「はい。織部のユキです」


「よく覚えていたわね。流石、お店の店員だけあるわ」 

 

感心するみどりに、ユキは素直に頷く。


「ありがとうございます。こんな時間に買い物ですか?」


「ユキちゃんこそ…って、仕事帰りか。ちょっと眠れなくてね、アルコール追加」


そうみどりは苦笑して、手に取った350ml缶を見せる。

眠れないのは、恋人の命日が近いせいなのだが、わざわざそれを言う事もない。

まさか、それを友人の茜が話していて、ユキはおろかあの日店に居た人間が知っているとは夢にも思わない。


「…あの…もし…もしも、サンタさんにプレゼントお願いするとしたら、何をお願いしますか?」


「え?」


突拍子も無いユキの質問に、みどりは目を瞬かせる。

何か、占いの一種だったりするのだろうか?

ウケを狙うべきなのかとみどりは悩んだが、真っ直ぐと自分を見つめてくるユキに、茶化すべきじゃないなと思い直した。


「……そうね…。良い夢が見たいわね」


「良い夢…ですか?」


「そ。何も言わずに死んじゃったアイツと、口喧嘩したい…な…」


「喧嘩が良いんですか?」


「うん。あまり喧嘩した事なかったから…文句いっぱい言いたいし」 


「そうですか…。わかりました。良い夢が見られるように私もお願いします!」


「ありがとう」


「買い物の邪魔してすみません。あ、でも呑み過ぎはダメですよ」


「はいはい」


みどりは肩を竦めて、レジへと急ぐユキを見送った。

不思議な子だな、と思った。

自然と恋人が死んだ事を口にしていた。

ユキは誰が? と聞く事は無かった。

聞くのは野暮と思って、スルーしてくれたのだろうか?


「明後日…あ、日付け変わったから明日…か」


12月25日、何も言わずに消えた恋人。

本当に失踪とかなら、どれだけ良かった事か。

火葬場で『あっちぃ〜!』って、棺桶から飛び出して来ないかと思ったりもした。

けれど、そんな事は無くて。

90キロ近いでっぷりとした恋人が、あんな小さな壺に納まってしまった時に、彼はもう居ないのだと改めて実感して涙を流した。


「…本当に…夢でも逢えたなら…」


ぽつりと呟いて、近くの棚にあった缶詰めを一つ手に取り、みどりもレジへと向かった。





はらはらと白い物がちら付く夜空に、二つの影が浮かんでいる。


「おや、雪が降ってきましたね」


「あ、本当です。冷えると思いました」


「子供達は喜ぶでしょうねぇ、目覚めたらホワイトクリスマスです」


「でも、盛り上がるのはイブの今日ですよ、中島さん」


「そうでしたね、あの灯りの中、どれだけの恋人達がむつご…」


「下品です、中島さん」


「いや、だってですよ? 仕事とは云え…まあ、年に2回ですけどね、何度も何度も寝所にですね…ああ、ワタシも子供担当になりたかった…」


「純粋な子供達には、純粋な人が良いんです。中島さんは汚れまくってるから、大人担当で良いんです」


「…何か、今日のユキさんは冷たいですねぇ」


「気のせいです、中島さん」


「ああ、あそこですね。ユキさんがお願いした方のお住まいは」


「あ。コンビニの近くかと思ったら、その上のマンションだったんですね」


「では、本日のラスト行きますかね」


二人は眼下に見える建物を目指して降りて行った。

二人…中島と呼ばれた男は、赤を基調に襟や袖口は白いファーをあしらっただぼっとした服を着ている。

頭には、同じく赤を基調とした帽子を被り、口元は白い髭で覆われていた。

ユキは、赤い鼻を更に赤くして、中島の乗ったソリを引いていた。

ただ、今のユキを見ても誰もそうだとは気付かないだろうが。

ユキは、その細く小柄な体でソリを引いている訳では、無い。

今のユキは…頭には立派な角を持ち、その四肢には立派な筋肉がついていて、正にカモシカの脚と言える代物だ。

だがその姿はカモシカではなく、真っ赤なお鼻のトナカイなのだが。


「ワタシの可愛いパートナー(トナカイ)のお願いですからね。今回は特別サービスですよ?」


「分かってます、中島さん。26日は“森の小径”で、ごちそうします」


「あらら、嬉しいですねぇ。ワタシは“マスター(おとこ)の闇鍋”が食べたいですねぇ」


「えっ、あれ予約で、しかも時価ですよ!?」


「1日前でも大丈夫ですよ。楽しみですねぇ」


「うぬぬ〜。仕方ないです。私は“真白の天使”に癒して貰う事にします」


そんな会話をしながら、二人はみどりの部屋のベランダへと降り立つ。

分厚いカーテンで中の様子は分からないが、隙間から灯りが漏れてたりはしないので、就寝中なのだろう。

中島はガラス戸に右手をあてると、それをすり抜け、そのまま室内へと入っていった。ユキもそれに続く。

煙突なんて代物は日本の一般家庭には、そうそうない。

世のサンタやそのパートナー達は、壁などをすり抜ける術を身に着けているのだ。

寝室に入り、ベッドで眠っているみどりへと近付く。


「あ…やっぱり隈がある…。この間会った時、気になってたんですよ…。眠れないって言ってましたし…」


「そうですか…。これでは、亡くなられた恋人さんも心配でしょうねぇ。まだ若いのですから、先に進んで貰いたいものですね。では…恋人さんと、心ゆくまで喧嘩して貰いましょう」


言って中島は、みどりの額に右手をあてて瞳を閉じて呟く。


「ワタシの仕事は、その人の望むモノをプレゼントする事。年に2回ですけどね。ほとんどが、子種なんですが…」


「中島さん」


「おっと失礼、間違えました」


じろりとユキに見つめられて、コホンと、中島は咳払いを一つ。


「どうか、良い夢を見て下さい。…心配性のユキさんの為にも」


ぽう…と、中島の手に光が灯る。

淡い緑色の光。

それは、すうっとみどりの中へと吸い込まれていった。


「完了です。さあ、帰りましょうか。明日も仕事です、ゆっくり休んで体調を整えて下さいね」


「中島さんこそ」





「はあぁ〜、美味しいですねぇ」


「それは良かったです。お財布は痛いですけど」


2500円の漢の闇鍋をつつく中島をジト目で見ながら、ユキはホットコーヒーを口へと運ぶ。

今日は26日。二人は、もちろんサンタとトナカイでは無く、中島はダークグレーのスーツを身に着け、白髪混じりの髪をオールバックにして、銀縁眼鏡を掛けている。ちなみに髭は無い。あれはサンタの時だけの衣装のような物だから。

サンタの時には分からなかったが、すらりと細く均整の取れた体をしていた。

ユキは淡いピンクのセーターに、下はジーンズだ。


「お待たせしました、お嬢様。ちずパンベリ重ねです」


「わあ、ありがとう、真白の天使様」


真白の天使と呼ばれた、執事服に身を包んだ小柄な少年は、にっこりと微笑むと、ごゆっくりどうぞと言ってその場を離れた。


「今年も、この日はメイド&執事喫茶なのですね」


「クリスマスイベの予約抽選に破れた方の為らしいですよ」


ここ“森の小径”は、何事かがある度に色々なイベントを行っている。

クリスマス然り、バレンタイン然り。


「ほら、2月はバレンタインイベントですって。お気に入りの店員を指名して、チョコレートケーキを運んで貰うそうですよ」


「ふむふむ。素晴らしい発想力ですねぇ。で、ユキさんは真白の天使様をご指名ですか?」


「えっ、いや、三日間あるから、初日は天使様で、二日目は白銀様で、最終日は残酷な鮮血様だなんて、そんな事思ってませんよ!?」


「だだ漏れですねぇ」


「はうっ」


真白の天使とか、白銀とか、残酷なとか、何の冗談かと思うが、それぞれの名札にそう書かれているのだから、仕方がない。

客達は、ただその名札の通りに呼ぶだけだ。

オープン当初は普通の喫茶店だった筈なのだが、それを覚えている客は一割にも満たないだろう。

変わらないのは、料理についた個性的な名前だけだろうか。

ユキが注文した、ちずパンベリ。何の呪文かと思うが、何の事はない、ただのパンケーキに溶けたチーズが乗っており、その間にラズベリーが挟まっているだけだ。


「今年も、無事に終わりましたねぇ」


ナイフで切り分けたパンケーキを頬張るユキを、目を細めて見ていた中島が感慨深く呟く。


「そうですね。明日から、また一年バイトです」


ングっと、パンケーキを飲み込んでからユキが答える。


「また、来年もお願いしますよ?」


「もちろんです。こちらこそ、来年も宜しくお願いしますね」


それから他愛もない会話をしながら、料理を堪能し店を出ようと云う時。


「あっ!」


席を立つと同時に、伝票を中島が手に取った。


「どうしました?」


「え、だって今日は私が…」


ごちそうすると言った時に、嬉しいと言ったのではないか、と、そう言うユキに中島は軽く首を傾げて。


「おや? 私は気持ちが嬉しいと言っただけで、ごちそうになるとは言ってませんよ?」


「えぇ〜、だって去年も、その前も、更にはっ!」


「はいはい。あのですね、50過ぎた男が20代の子にごちそうになるなんて、無いですよ。支払いは男の仕事です。見栄をはらせて下さいよ〜」


「ううぅ〜、ずるいです〜」


そう言われては、ユキとしては引き下がるしか無くて、来年こそは先に伝票を取ろうと心に誓ったのだった。





「おはようございまーす」


虫干しされていた座布団を抱えながら店に入ったユキを、伊織が笑顔で迎える。


「おはよう。休日は楽しめたかい?」


「はい、お陰様で。お店はどうでしたか?」


ユキの問いに伊織は、休みの日まで店の事を気にしないで良いのに、と思いながらも答える。


「うん。何だかんだで、イブに矢島さんが仲間を連れて来たよ」


「あら」


ぷっと吹き出すユキに目を細めて、伊織は続ける。


「あと、25日には茜さんと、その御友人も」


「え? みどりさんが?」


「そう。何だか吹っ切れた様な顔をしていたね。ユキが休みなのを残念がってたけど…何かあったのかな?」


「ああ。じゃあ、本当に良い夢を見られたんですね」  


「夢?」


「はい、夢です」


「…なるほど。それを俺がユキから聞くのは野暮と云うものかな? 年越しのカウントダウンに来ると言ってたし、その時に、ユキとの会話に聞き耳を立てるとするか」


「あはは〜」


今日も寒さが厳しいが、心はほわっと温かい。

そんな、僅かな温もりで良い、それを皆と分かち合えたら良いなと思いながら、ユキは事務所兼更衣室兼休憩所へと足を向けるのだった。


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