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日和見令嬢と学園のその後。


 翌日から、いろんな出来事が一気に変わり始めた。

 まず白薔薇会は解散。アグライア王女の件に加えて、王立騎士団への暴行も乗っけられちゃったからね。元白薔薇会の面々は、謹慎に加えてさらなる罰があるという。

 そしてさすがに聖女のことは、国王陛下にお知らせせねばとアグライア様が理事長とユーリ様と一緒に出て行った。ついでに副理事長もついていった。

 そうすると混乱するのは一般生徒たち。

 何せなんもわかってないからね。トップがこぞって居なくなったしね。ただ、自分が「第三王女」へのいじめに荷担していた事実が残るだけだからね。

 罪に問われるのでは。いやいやなぜ王女が偽名で。白薔薇会の所為だし。そういえばなんか人少なくない?

 そんな雑多な混乱の収拾に、新生赤薔薇会が役に立った。

 ナターシャ様が先頭に立ち、リスティア様が知恵を振り絞り、私が後ろで応援し。

 なんやかんやで混乱も収まり、理事長も帰ってきて――


 一週間も経つ頃には、リアトワール上級学園は、不思議なほどいつも通りの日常に戻っていたのだ。


「わたくし、ほんとうにここに居ていいのかしら……」

「いいのですよ~。

 噂話は、木々のざわめきだとでも思いましょう」

「違う……違いますの……」


 どよんとした暗雲を背負ったリスティア様に、ナターシャ様がぱちくりと瞬きする。

 ここは、赤薔薇会と白薔薇会だけに与えられた「サロン」だ。どこぞの上級貴族のサロンかなと思うほど、整えられた調度品のなかでせっせと書類を仕分けているのは私たち三人だけである。

 

「もうちょっと落ち着いたら、

 徐々に人も増やしていくのですよね」

「はい~。

 つきましては、お二人には引き続き、

 協力していただけたらなと」


 ごくっと喉が鳴る。

 下級貴族が赤薔薇会。これは一種の玉の輿ではなかろうか。

 欲にくらんだ私が返事をする前に、リスティア様がきゅっと目をつむった。


「だ、だめよ。

 だってわたくし、ずっとシスティナ様のこと悪く言ってた」

「……リスティア様」

「何もしなかったわ。

 ひどい言葉をたくさん言ったわ。

 周りに同調したわ。

 なのに最後にちょっと味方をしたくらいで、赤薔薇かい――」


 ぷつりとリスティア様の声が途切れる。私はすかさず彼女の机の前に、書類の束を置いた。


「リスティア様。

 次はこちらを見てくださいね」

「わ、分かったわ。

 でもアスタリア様。続きをきい――」

「それなのですが~。

 近々システィナ様あらためアグライア様が、

 学園にいらっしゃるそうで~」

「そ、……そうなの?」

「私も今、初めてお聞きしました」

「そうなの……」


 こくこくと頷き、書類を振り分けるだけだったリスティア様の瞳に生気が宿る。拳を握って立ち上がった彼女は、私たち二人を順繰りに見た。


「わたくし、謝ります!

 そしてこれからは、誠心誠意お仕えすることはもちろんのこと、お役に立てるよう……励みますわ!」


 微笑んだナターシャ様が拍手する。

 私も軽く手をたたきながら、小さな感動を味わっていた。

 リスティア様はよくも悪くもまっすぐな方だ。

 言葉の通りに心の底から反省し、謝罪し、許されようが許されまいがこれからはアグライア様の熱烈なシンパとなるだろう。

 ……そういえば、ナターシャ様はどうなのかしら。


「ずっと気になっていたのですけれど、

 ナターシャ様は最初から、アグライア様のことをご存じだったのですか?」

「え? そうだったんですの!?」

「そうなりますわ~。

 王族の方は十六歳になられるまで、仮の身分と仮の名前で過ごされるのがしきたりですから。

 でもそうすると、いろいろとご不便がおありでしょう?

 特に学園は、みんな寮生活ですから~」


 今回、アグライア様=システィナ様を知っているのは、理事長を含め三人だったという。理事長、アラン様、ナターシャ様だ。

 思えばちょっとヘンな話よね。

 国の代表である王族が、十六の成人の時まで「名前」しか分からないって。

 考え込む私の横で、リスティア様が熟したトマトゼリーになった。 


「わ、わたくし……

 なんて……ことを……よりによって……」

「今までは表立ってお味方できませんでしたけれど、

 わたくしもリスティア様をみならって~、がんばりますわ~」


 むんっとナターシャ様が胸を張る。対してリスティア様は、書類の脇に突っ伏した。


「リスティア様にもお聞きしたいことが」

「わたくしは何もご存じなかったわよ……」

「あのとき理事長が戻られたのは、

 リスティア様の策だったのですか?」

「違うとは言い切れないわ、わたくしの手紙を見たと言ってらしたし。

 でも、アグライア様も理事長を呼び戻していたと思うの」

 

 そう言うと、リスティア様は顔を上げた。

 眉間にググッと力を込め、三本の川のようなシワ。

 リスティア様の可憐さを三割方ダメにしてしまうシワではあるが、このシワモードのリスティア様は頼もしい。


「舞台も聴衆も、白薔薇会が用意したものだった。

 理事長で舞台をひっくり返して、王女である証明をナターシャ様に頼んで、ようやく勝てるとアグライア様は見込んだのではないのかしら。

 うん……そうよ。

 アグライア様は、前日の夜に白薔薇会に勝つことを決めたのだと思うわ。そうでなくては、間に合わないもの」

 

 なにか言わなくては。そう思って口を開けど、言葉は出てこない。

 そんな私に何を言うこともなく、ナターシャ様が白い封筒を差し出した。


「アグライア様から、お手紙を預かってきましたの」



 封筒を受け取り、お二人に見送られてサロンを出る。

 そんなに淑女としてありえない顔をしていたのかしら。

 自分の頬をつついてみる。さすがに手鏡は持ち合わせていない。

 なにはともあれ、手紙を読まなくちゃね。

 王女様からのお手紙だもの。たぶん返信も書かなくちゃいけないのだわ。

 胸に疑問が渦巻いて、誰かに聞きたい気がする。

 でも物が物なので人には聞けずにいると、使用人からもう一通手紙を渡された。

 こっちは我らが従姉殿からである。

 そうよ。そうだわ。

 天啓を受けた気分で、立ちどまる。

 すがれるものは従姉殿。カルティアラの赤薔薇だ。

 きっとこういった時の不敬や不躾ではないやり方を、しっかり心得ているにちがいない。


「でも、王女様からの手紙より先に読んでしまうのはどうなのかしら……」


 ……煮詰まったわ。

 私は止まった足を強引に動かした。こういう時は、散歩をするといいとミストが言っていた。そういえば、あいつはまだユーリ様の護衛騎士なのだっけ。

 ミストとはそれなりに主従関係を築いていたはずだが、思い出してみてもコトリとも感情は動かない。けれど、行動とは思考に引っ張られる物で、足はいつの間にか護衛騎士たちの待機室に向かっていた。

 リアトワール上級学園は、基本的に貴族の子息やご令嬢が通う学園だから、警備がすごいのよね。本当は護衛騎士なんてものは必要ないくらい。それでもナターシャ様のような身分の高い方は、騎士をつけることがある。

 でも、ほんっとうに仕事ないらしいのよ。

 なにせ教室には入れないし(騎士はたいてい鎧を身につけているので、たいへん邪魔なのだ)、警備兵だけで対応できないときは、王立騎士団にすぐさま鳩が飛ぶし(王都内なので十分以内には駆けつけてくれる)。

 だから、リアトワール上級学園での護衛騎士は、待機室や学園内をウロウロしていることが多い。……学園外に出ることはない。剣を振るう機会がないとは言え、そんなことをしたらクビだからね。

 もうちょっと。あと少しで待機室に着く。

 そんな時、待機室の木製の扉が蝶番ごと吹っ飛んだ。


「ほら開けてやりましたよ!

 とっとと出て行ってください!」

「言われなくてもそうする!

 けどまた来るからな!」

「二度と来なくていいですよ、このスカタン主!!」


 追い出された赤髪の青年が、キッと後ろを睨む。けれど彼は何も言わずに、部屋を出てきた。青年の影に隠れるようにしていた紫紺の髪をした少年が、あからさまにため息をついた。


「だから言ったでしょう。

 説得は無駄だよ。新しい護衛騎士を実家に頼んだほうがいいって」

「そんなことない。

 ……次、また話す」

「次は一人で来てよね。僕まで巻き込まないで」

「ユアンの護衛騎士だっているだろ!」

「選び直すよ」

「――っ」


 歯噛みするカイル様。疲れた様子のユアン様。

 私はそっと壁に寄った。近寄りたくない。空気になりたい。

 しかしそれは逆効果だったようで、カイル様がこっちを見た。

 やだー! こっち見るなー!


「君は、たしか赤薔薇会の」

「アッ、ハイ。

 扉の修繕は依頼をしておきますので」

「あっ。

 いや、こっちでするよ!

 俺の護衛騎士が壊した扉だから……」

「向こうは、もう「元」だと思ってるだろうよ」


 カイル様の顔が渋面になる。

 護衛騎士の雇用問題。

 ついこの間、自分も遭遇した気がするが、何かと面倒な問題なのよね。

 カイル様クラスの身分になると、下級貴族や王立騎士団が護衛騎士をしていることもあるし。

 まあ、深く突っ込むと面倒くさそうだ……

 と思うのだけれど、ちょっとだけ好奇心が疼いた。

 問題を起こしたアラン様や陰険メ……リカルド様の護衛騎士が辞めたがるのなら分かる。なのにどうして、巻き込まれた側であるカイル様やユアン様の護衛騎士が辞めたがっているのだろう。


「カイル様、ユアン様。

 ミスト・イラールは元気ですか?」

「ミスト?

 ごめん。ユーリに城に着いてってから、会ってないんだ」

「カイル。

 この人、ミストの前主だ」


 わき腹をつついたユアン様が、ジッと私を見る。

 警戒するような。……というよりは、意図を探るような視線だ。

 一方でカイル様は、全部わかったというように頷いた。


「そりゃ心配だよな。

 でもほんとうに知らないんだ。ユアンは知ってるか?」

「別に知りたくない」

「知ってるな」

「しつこい。

 ……何事もないとは聞いた」

「ありがと。元気だって!」

「……よかった。

 ありがとうございます。

 学園に居るときには姿を見かけることもあったのですが、

 王城となると――」

「そうだよな。

 辛いよな……」

「ミストを解任したことは後悔していません。

 でも、やはり少し気になってしまって」


 ありがとうございます、と重ねて礼を言う。

 まあぜんぜん心配はしていなかったが、ユアン様の口から聞けて、肩の力が抜けたような気がする。

 白薔薇会は解散したとはいえ、メンバーの爵位がなくなるわけではない。出世に影響はしそうだけどね。つまり、ミストは次期公爵や次期伯爵とうまくやれているのだ。これって、第二王女には劣るけれど十分いいコネではないかしら。聖女候補の護衛騎士っていうのも、どの程度の評価があるか分からないが、ハクはつきそうだ。

 カイル様が言いづらそうに、口をもごもごと動かした。


「君は、その……

 どうしてミストを手放したんだ?」

「彼がそれを強く望んでいたから、です」


 従姉殿の「手は貸さないけど応援はしているわ」笑顔を真似て、切ないけれど明るさを感じるよう微笑んでみせる。職務怠慢のことは黙っておいてやろう。

 話題が護衛騎士のことになったからか、ユアン様がとりあえず歩こうと提案してくれた。渡りに船と頷いた私に続いて、カイル様がぼうっと頷く。


「ごめんなさい。

 さきほど聞こえてしまったのですが、

 カイル様とユアン様の護衛騎士は、

 どうしてやめたがっているのですか?」

「ああ……うん。

 君はあの場にいたから察しているかもしれないけど、

 俺とユアンは、アランとリカルドが企てたこと全く知らなかったんだ」

「……立場上、罰は受けないといけないから。

 解散と謹慎は粛々と受けいれましたよ。授業にも出ていない」

「でも、なんだかソレが気に入らない……

 っていうとヘンだけど」


 カイル様がぐしゃぐしゃと髪をかき混ぜた。


「そんなマイルドな言い方では伝わらないよ。

 あいつらは、僕たちも計画に荷担していたけど、

 うまく逃れたと思ってるんだ」

「ユナン!」

「事実だろ。

 重要な計画に荷担させない。真実を話さない。

 自分が信頼されていないと感じたから、「辞めたい」って言ってるんだ」


 吐き捨てるような言葉に、カイル様が歯噛みする。

 うん。聞いておいてはなんだけど、私の時とまったく違うね。

 私の時は単なる主乗り換えだったけど、二人と護衛騎士は互いに思い合っていたからこそ、という感じがする。

 これは余計なことを言ったわ。好奇心で聞いていいものではなかった。


「大変なご状況でしたのね。

 くちばしを挟んでしまって申し訳ありません。

 ……みなさまのお悩みが晴れるよう、お祈りしています」


 カイル様は不格好にわらった。ユアン様は相変わらず、こっちを見極めるように慎重に見ている。


「ありがとう。

 こっちこそ重い話題になっちゃってごめんな。

 今度なんか詫びさせてくれ」

「い、いえ。そのような……」

「いーからいーから」


 明るい笑顔で、ぱたぱたと手を振るカイル様。

 なんという柔らかい押しの強さ。

 あまり断っても失礼になるので礼を言うと、ふっとユナン様の眉間のシワが寄せた。


「……リカルドが」

「え!?」

「ん?」

「違う。居るわけじゃない。

 あなたはアスタリア嬢、だろ?

 学園評議会の時に、ナターシャ様の近くに居た」

「はい。そうですけども」

「あなたのことを調べるように言われた。断ったけど。

 リカルドは蛇みたいにしつこい」


 ぞぞーっと悪寒が背中を這いのぼる。

 なんだってあの陰険メガネに調べ……ひっぱたいたものね! それは調べるわよね!

 顔を青くする私に、カイル様がご丁寧に「あの時の平手、すごい音したよな!」と手をたたいて言ってくれた。

 

「き、気をつけます。

 ご忠告、感謝いたしますわ」

「別にいい」

「どういたしましてだって」


 にやにや笑うカイル様の脛を、ユナン様がけっ飛ばす。さらに背中を押されて、カイル様はヒラヒラと手を振りながら歩いていった。ユナン様もすぐに歩いていくのかと思いきや、なぜかまたじっと私の顔を見上げている。

 透き通るような雪色の瞳に、思い悩むような影が映る。


「見当違いだったら、申し訳ない」

「なんでしょうか?」

「あなたは……どうしてそんなに迷って――

 いや。

 今のあなたは、まるで迷子みたいだ」


 ――こうなることはあなたの望みだったのだろう?

 続けられた言葉が、胸にまっすぐに突き刺さる。

 私の顔を見たユナン様の顔が、ゆがんだ。


「……ごめん」

「あ、いえ。

 その――」


 引き留める間もなく、ユナン様が去っていく。

 最後に見た彼の顔は、まるで恥じ入るかのように赤かった。

 私はというと、廊下の真ん中でぼうっと突っ立っているしかない。


 どうしてそんなに迷って――

 ――今のあなたは、まるで迷子みたいだ。

 ――ー今の、あなたは……

 

 ――迷子みたいだ。


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