日和見令嬢と友人と作戦と。
ところで話は戻るのだが。
女子寮の一階は、おもに下位にあたる貴族令嬢の部屋だ。
男爵令嬢である私はもちろん一階で、右端の角部屋だった。
なんとなくそんなに偉くない貴族位置な部屋へ、私は眠気眼をこするリスティア様を引っ張っていった。
「なんなんですのぉ。まだ夜中で……三時じゃ……」
「リスティア様の力が必要なんです。ほら入って入って」
「まったく……しかたがないですわぁ……アスタリア様ったら」
ぶつぶつ言いながら私の部屋に入ったリスティア様が、ぱちくりと瞬きした。
「ちょっと、なんでナターシャ様も居らっしゃるんですの!?」
「おはようございます、リスティア様~」
「お、おはようございます。ナターシャ様」
優雅に挨拶するナターシャ様と、ぎこちなく頭を下げるリスティア様。私はリスティア様にベッドに座るようにお願いしてから、ナターシャ様とリスティア様の間に座る。すっかりと目が覚めてしまったらしいリスティア様が、ふぅと軽く息をついた。
「それで? 私たちに何の用なの?
……まさか、真夜中のお茶会をしたいとかじゃないでしょうね」
「まあ、素敵ですわ~。
それならわたくしは、ネズミのお友達はいないので馬のお友達を……」
「ぜんぜん違うので、ご安心ください。
リスティア様。リアトワール上級学園で行われることがある「評議会」って、いったい何なのですか?」
「あらためて聞かれると難しいですわね。
うーん、そうねぇ……」
リスティア様の視線が上を向く。考え事をしている時の彼女のクセである。
リアトワール上級学園一の才女。
そう呼ばれるのは、理事長の娘であるシスティナ様や、子爵家以上の子女ではない。目の前で唇をとがらせながら考え事をしている、リスティア様なのである。去年入学してから、学年一位を一度も譲ってないんだよね。男女混合の成績だから、「あの」白薔薇会の参謀が一年以上、二位に甘んじつづけているのであった。
「簡単にお願いします」
「分かりましたわ。
まずカルティアラが王制でありながら、議会制を採用しているのは知っていますね?」
「ええ。
貴族から議員を選び、その議員があらゆる議題について、議会で話し合う。その話し合いの結論を元に、王が最終的な決定をくだす……のですよね」
「その通り、ですわ。
リアトワール上級学園の「評議会」は、その学生版です。学園評議会とも言うべきかしら。
……といっても、学生たちのお遊びと侮ることなかれ。
学園評議会で話し合われたことは、実際に国王陛下へと奏上することができるのです。実際に、学生の提案した施策が受け入れられたこともあるの」
陛下に、奏上。
ごくっと喉をならした私に、リスティア様がぱんっと軽く手を合わせた。
「でも、例外はあるけれど、基本的に理事長が居なくては開催できないの。それで、なんでこんなこと……」
「明日、評議会が行われるから、ですよね~?」
小首をかしげたナターシャ様に、リスティア様がぎょっとする。
もしかしてナターシャ様は知っているのかもしれない。そういう疑惑がちらりと頭を過ぎったが、頷いた。
「ちょ――いえ、できるわ。できます。
全教師の三分の二が賛成すれば、開催は可能だけれど……
前代未聞ですわよ!?」
「事実です。
白薔薇会の方が話しているのを聞きましたから。
議題は、システィナ様とユーリ様に関することです」
二人の反応は、困惑だった。システィナ様にあれだけ反発していたリスティア様だって、そこまでする?という感じである。
うん、分かる。これだけ聞けば、誰だってそう思う。
システィナ様は貴族。ユーリ様は平民。
ふたりが同列に語られ、ましてや罪の是非をあらそう立場につけるワケがない。
私は冷静に、感情を排して、これまでの経緯を話した。
白薔薇会のメンバーの会話。ユーリ様の聖女疑惑。私とシスティナ様の奇妙な関係。システィナ様から、逃亡については断られたこと。
それなりに長い話が終わると、リスティア様がめまいを堪えるようにこめかみを押さえた。
「とんでもない話ですわ……」
「猫って、猫じゃなかったのですね~」
「嘘をついてごめんなさい。
私も我が身が可愛かったので、つい。
そしてこちらが本題なのですが、お二人に一つ、お願いしたいことがあるのです」
「もうこれ以上、なにを言われても驚きませんわよ」
「はい。わたくしも最後まで、お聞きしますわ~」
「明日の評議会で、白薔薇会に勝ちたいのです。
そのために、お二人の力を貸していただけませんか?」
リスティア様が顎をおとし、ナターシャ様は頬に手を添え「あらあら」とおっとりとつぶやいた。
翌日の放課後。
リアトワール上級学園の生徒たちは、学園でいちばん大きな講堂に集められた。講堂の固いいすでナターシャ様の隣に座り、やってくる貴族たちの顔をひとりひとり確認する。
「アスタリア様~。
もっとわらって、ほがらかに~」
「え、ええ。
……こう?ですか?」
「それでは、獅子とにらめっこしているみたいですわよ~。
リスティア様が立てた策ですもの。落ち着いて、ね?」
耳元で囁かれてちいさく頷く。
私だって栄えある(家族との仲は冷え切っているが)イライザ男爵家の一人娘。おまけに従姉殿のおかげで、人混み、修羅場、家格の上下、信奉者などの耐性はある程度ついている。
が。
壇上をみあげる。
めっちゃ近い。近すぎて、壇上の手前がちょっと見えないですね。
なにせーここー最前列、ですからー!
ちらちらと後ろを見ずにはいられない私に、ナターシャ様は穏やかな微笑みを浮かべて聞いてくれた。
「どれくらい来ていますか~?」
「まだ三十二人――」
「なぜユアンは来ていないんだ!?」
「アラン、もうすぐ開場だ。静かに」
興奮したアラン様の声に、冷や水を浴びせるかのような冷静なリカルド様の声が聞こえた。チラッと横目でそっちを見てみた。
私たちと同じく、最前列に座っている三人はむろん白薔薇会の面々だ。
イライラと髪をかきあげるアラン様。
そんな幼なじみにスッと表情を消すリカルド様。
で、対照的な二人をおろおろしながらなだめているのが、白薔薇会のムードメーカー・カイル様というワケである。
三人から目を逸らして、壇上をみあげる。
うーん、一人だけかぁ。カイル様も削れるかと思ったんだけど。
後ろをちらっと振り返る。
評議会が始まるまであと五分足らず。
講堂の座席は順調に埋まっているが、生徒の数が「やや」足りない。
「六十七……六十八……」
「扉が閉まりましたね~」
最後に七十一人目が滑り込む。リアトワール上級学園の現在の生徒数は、ユーリ様をふくめて百二名。約三割の生徒が、この講堂に居ないことになるね。
観音開きの扉が閉められ、扉の近くに居た教師が壁にかかった時計を見上げた。
「……時間か」
ちっ。
苛立たしげなアラン様の舌打ちに、私は扇で口元を隠した。リカルド様の表情は無だが、カイル様のほうは色濃い不安がにじんでいる。
「なぁ、二人とも。
評議会って全生徒参加だよな?
ユーリだって……それにシスティナ様が――」
「ユーリは、ミストと一緒に俺の屋敷に行かせた」
「はぁ!? もしかしてユアンもか!?」
「カイル。
ここからは、僕の指示に従ってください。
……いいですね?」
カイル様がなにかを反論する前に、副理事長が壇上にあがった。
立派なあごひげと、たゆんと揺れるお腹がチャーミングな、理事長にとって代わりたい野心モリモリのアラカンである。
「やあ、お集まりの生徒諸君!
副理事長のサイモンだ。理事長が不在のため、私が評議会の開催を宣言しよう。
リアトワール上級学園名物「学園評議会」を、今! この時から開催する!」
大仰に手を挙げた副理事長に、ぱちぱちと拍手が飛ぶ。
ここまでは、ちょっと残念だが予定通りではある。
最初の策は半分破れた。だから、次の策だ。
「さて――。
まずは議題だが、提案者は……」
副理事長が、最前列の私たちと白薔薇会の面々を見る。
ナターシャ様がすかさず手をあげた。
「では、そこのご令嬢」
「二年生のナターシャ・リデル・トラッドですわ。
わたくしの提案は、赤薔薇会の活動の再開についてです」
白薔薇会のほうから手があがる。
もちろん、白薔薇会の参謀メガネことリカルド様だ。
「失礼。
同じく二年のリカルド・トーン・オキダナです。
ナターシャ嬢は、赤薔薇会のメンバーではなかったと存じますが」
「ええ。
その通りですわ」
「現在の赤薔薇会は、会長が不在です。
まずは会長をそちらで決めていただいてから……」
「ですから、わたくしがなろうかと~」
「副理事長。
赤薔薇会の会長選は、評議会の議題にふさわしいものではないと思いますが」
「う、うむ……」
リカルド様にギロリと睨まれた副理事長が、たぷっとお腹を撫でた。
うーん。余計なことを言うな、するなって感じだね。
そんなリカルド様の怒気を、副理事長よりずっと身近で浴びても、ナターシャ様は平然と微笑んで見せた。
「いいえ、提案ではありません。
カラッド前国王の血筋として、わたくしは赤薔薇会の会長となる権利を、ここに宣言します」
凛と言い放ったナターシャ様に、一瞬、講堂の空気が呑まれたのを感じた。
赤薔薇会も白薔薇会も、下級貴族が入れないのはワケがある。
どちらも参加するには、王家の血を引いていなければいけないのだ。
ナターシャ様は父の爵位こそ子爵だが、彼の母は現国王の妹。
望むなら女子寮の三階にも住める、王家直系の血筋なのよね。
「……あなたならば、道理ですね。
ですがお気をつけください? 立場や血筋を笠に着たものがいったいどうなるか、赤薔薇会に入るのならば……」
「システィナ様のことですか~?」
「……」
あ、リカルド様が言葉につまった。
氷のような無表情に、亀裂のようなぴしりとした笑顔が浮かぶ。
「あれはとても心苦しい件、でした。
ですから、わたくしは、この提案をします~」
副理事長ににっこりと微笑みかけてから、ナターシャ様はくるりと後ろを振り返った。講堂にいる七十名あまりの生徒たちの視線が、彼女に向く。
「わたくしは赤薔薇会を、全女子学生が参加できるものにしたいと考えています。
血筋や階級による壁を撤廃し、ゆくゆくは皆が対等に親交を育む……そのような会にしていきたいのです。
それについて、みなさまとお話したいな~と思っています~」
ナターシャ様の言葉にまっさきに反応したのは、アラン様だった。
おざなりに手をあげてから、にやっと口の端をあげる。
「へぇ、いいんじゃないか?
白薔薇会としてはそういうの、歓迎するぜ」
「……アラン会長」
「なんだよ、リカルド副会長。
あのカタブツより、よっぽど話が分かるじゃん」
「――いいから、座って。
ナターシャ様。提案は以上ですか?」
「はい~」
副理事長と生徒たちに礼をして、ナターシャ様が席に着く。
私たちはこそっと目を合わせた。
一つ目の策は、単純な人数削り作戦。
学園評議会は本物の評議会と同じで、議員である生徒の四割が何らかの事情で出席できない場合、開催されないのだ。
理事長が帰ってくるのは明日。日程的に二回目の開催は難しい。
始まる前に、つぶしちゃおう、学園評議会。
というワケだ。
でもこれ、ほんとは無理な策なのよね。
なにせ相手は学園のトップ組織である白薔薇会と、教師陣。おまけに評議会の開催自体は、違法性どころか合法性の塊だ。
だから、まあ無理だろうなぁとは思っていたけども。
従姉殿が「やってみるわぁ」の一言で、三十人余りの生徒たちを実家に呼び戻してくれた。
さすが従姉殿。ここ全寮制の学校だって知ってますか、従姉殿。相手と同じくギリギリありなところが怖いです従姉殿。
しかし、紙一重で評議会は開催された。イヤな運命感じちゃうね。
だから、次の策だ。
赤薔薇会を新たな会長によって再開させ、その会長が「システィナ様への名誉毀損」で、生徒を訴える。
何とも無茶苦茶な案だが、これを提案した時のリスティア様の目、据わってたのよね。スッと親指でクビを切る仕草をして、言ったのだ。
『ヤられる前にヤれ、ですわ』
自分の手元を見る。
そこには、私が知る限りのシスティナ様が受けた被害の内容と、加害者の名前が書かれている。
もちろん、紙面のトップを飾るのは、横で機嫌良さそうにしているアラン様である。
「立て続けに案を出すとよくないそうなので、
すこし相手の出方を見ましょうね」
「……はい」
「いいこ、いいこです~」
「同い年ですよ、私たち」
思わずジトッとした目になってしまう。
けれどナターシャ様は、柳に風。暖簾に腕押し。やわらかに微笑んで、私の頬をツンとつついた。
副理事長が、咳払いする。
「で、では、次の提案といこうかね?
白薔薇会の――」
すっと手を挙げ、リカルド様が立ち上がる。
「白薔薇会で副会長を務めている、
二年のリカルド・トーン・オキダナです。
僕はみなさまに、一つの真実と罪について話し合っていただきたい。
ここに居るアラン会長が連れてきた、異国から来たご令嬢。
ユーリ・ナカタニ嬢。
彼女の素性について、みな一度は噂したことがあると思う。
ニホンという国はどこなのか? なぜアラン様が連れてきたのか? 彼女は、善なのか悪なのか?」
流れる水のように、とうとうと語っていた声がとまった。
まるで講堂の生徒たちに、自分の言葉が染み込むのを待つように、一拍間をおき、リカルド様は続ける。
「僕たち白薔薇会は独自の調査により、ユーリ嬢が「呪い」を解く「聖女」であることを確認した」
私の手の甲に、ナターシャ様が自分の手を重ねる。
そんな筈がない。だって昨日の今日だ。エドワードさんが見つけた遺跡は、行って帰ってくるのに二日はかかる。
私は誰にも聞こえないよう、ナターシャ様だけに囁いた。
「ナターシャ様、手を離して」
「いいえ。
まだ座っていらして」
「でも」
「お願いします。
どうか、わたくしを信じて」
縋るようなナターシャ様の顔に、頭が混乱してくる。
どういうこと? これもリスティア様の策のうち?
壇上とリカルド様を交互に見る。
リスティア様の策は頭に入っている。読み上げ用の原稿だって私の膝の上だ。
だから、誰にも見向きされなくたって、私だって……。
「~~っ」
「……ありがとう」
ぐっと唇を噛んで、言葉を飲み込む。
まだだよ、アスタリア。
「その上で僕ら白薔薇会は、前赤薔薇会の会長システィナ嬢を罪に問います。
聖女ユーリ様への名誉毀損、傷害。
そして、第一王子フレデリック様への殺人未遂の罪に」
歌でも歌うように、高らかに言ったリカルド様に誰もが息を飲んだ。
直後にその沈黙は、潮騒のようなざわめきになる。
まだだよ、ううん。
いよいよ、ここからなんだ。
じっと息を潜めて、機会を窺って……。
そう思いながらも、私はリカルド様を睨みつけていた。
「聖女を害することは、すなわち、呪いに苛まれ獣に堕ちた王子の人としての生を殺すこと。
これから、みなさまには多数の判断材料をお渡しします。
システィナ様がどの罪に該当するか、共に考え、話し合いましょう」
冷たい氷のような美貌の主が、うっそりと笑う。
よし。
これからはこいつのこと、陰険メガネって呼んでやる。