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日和見令嬢と猫な君・1


 昔、敬愛していないけど愛する従姉殿に言われたことがある。

『あなたは自分だけが守れればいいのよ』と。

 その後、従姉殿は蠱惑的な笑みを浮かべて言った。

『わたくし、そういう可愛い人だーい好きだから、あなたのことも大好きよ』

 ばいんばいんな胸を寄せて寄せて迫ってきたので、私はあわてて逃げた。従姉殿は高笑いしながら、逃げる私を追いかけてきた。あのときは怖かった。今思い出しても夢に出そうなくらい怖い。

 どうやって逃げきったのは覚えてないが、なんとなく自分の護衛騎士を盾にした気がする。そして、数日間、桃色吐息をつく騎士に、盾にされるなんて思いませんでしたよ、とぶちぶち言われた気がする。そんな懐かしくも恐怖な思い出を振り返りながら、私はさすが従姉殿だなって思うのだ。

 従姉殿の言うことは、たいてい当たっているので。


「見て、アスタリア様。アラン様がとても怖い顔をなさっているわ」

「はあ……」

「またあの方がユーリ様に、何かしでかしたのかしら」

「やあねえ」

「本当に。ここのところ、白薔薇の会の皆様もぴりぴりとなされて……お気の毒です」

「あの方、まだ御実家に帰られないのかしら」

「はあ」

「まあ、理事長の娘ですものね。ほんと、いやな話ですわ」


 ですわねー、と周りの淑女たちが頷くのを聞いて、私もため息で返した。

 淑女たちはやる気のない私の相づちに構わず、ゆったりとした動きで食堂に行きましょうかなんて話している。

 幾人かの子は、アラン様の後を追ったみたいだ。

 私は鞄を持って席から立ち上がる。隣のおっとり美女のナターシャ様があら、と首を傾げた。


「アスタリア様、一緒に食べませんの?」

「ごめんなさい。私、ちょっとお外でご飯を食べてきますわ」


 声を潜めて言うと、ナターシャ様の横のリスティア様がてきぱきと頷いた。


「ああ、ほらナターシャ様。アスタリア様は今、猫を飼ってるんですよ」

「まあ、猫を! あ、でも動物を飼うのは……」


 あわてて両手で口を塞ぐナターシャ様に、「だから内緒にしてくださいませ」とお願いして私は教室を出た。



 この二、三か月で、私の愛するリアトワール上級学校は様変わりしてしまっている。みんなして理事長の娘である「システィナ・リアトワール令嬢」をいじめているのだ。

 無視したり、令嬢の私物を捨てたり、令嬢にだけ配布物が回ってこなかったりと、些細なことから……食事を抜かれ、暴力を振るわれているという噂まである。

 事の発端はこうだ。

 ある日、大貴族のぼんぼんちがった、白薔薇の会のメンバーであるアラン様が謎の少女ユーリを連れてきた。

 というか、「男子寮」に住まわせていた。

 もちろん、寮則違反であり、校則違反である。システィナ令嬢が抗議をすると、彼はユーリ様を学校の生徒にしてしまった。

 これで問題ないだろうと。アホか。システィナ令嬢が問題にしてるのは、あなたが部外者を連れ込んだことである。

 もちろん、この時非難を浴びたのはアラン様のほうだった。もともと大貴族のぼんぼんとして悪い意味で目立っていた彼だったので、まあ余計にね。

 だが、風向きが変わったのは、そう……ユーリ様だった。

 彼女は、アラン様に向かってくる批判の矢面に立った。

 アランは行くところがない自分のためにそうしてくれたのだと涙ながらに訴え、罰を受けるなら自分が受けると毅然と言い放ったという。

 その真摯で勇気ある彼女に、周りの生徒は心打たれ――アラン様は寄る辺ない一人の淑女を救った紳士。

 ユーリ様は、勇気ある淑女としてこの学園の生徒に受け入れられた。

それで終われば、一種の美談。紳士淑女を養成するリアトワール上級学校のちょっといい話で終わっただろう。

 だが、まあいろいろあってそれで終わらなかったという話。

そして、ぴりぴりそわそわいらいらする学校で、癒しを求めて私は猫を飼い始めたのであった。

 ……当然の成り行きだ、仕方ない。


 外壁の近く。

 北側。

 校舎の裏。

 そんな人気のない三拍子みたいな裏庭にたどりいた私は、あたりを確認してから、草むらに話しかけた。


「猫ー。いる?

 ご飯もってきましたよ、ご飯」

「猫じゃないと何度言えばわかるの……」

「今日のご飯はチキンサンドですよ。

 甘辛なたれに一晩つけ込んだチキンのサンド」

「チキンは嫌いと言いましたよね?

 食べるけど……」


 もそもそと猫が草むらから出てくる。猫は青い瞳を瞬かせて私を見ると、ほっとしたように息をついた。

 緩やかに波打つ金の髪。そして青い瞳。着ているドレスは上等だけど、あちこちに葉っぱがついている。

 私は、「彼女」に向かって鞄から出したチキンサンドの包みと、氷室で冷やしておいたお茶の入った魔法瓶を差し出した。


「はい、チキンサンドとお茶。

 と、その前に手拭かないといけませんね。

 あーえと、猫。怪我はしてません?」

「……階段で押されたとき足を軽くひねりましたけど、痛みもありませんわ」

「えっ。あー……猫。足とか手を見せてくださいな。怪我してるかもしれないし」


 チキンサンドをしまって言うと、彼女は息をついた。


「結構です。

 それよりチキンサンドとお茶をくださいな」

「はいはい。自分で舐めて治すってすごいね」


 再び取り出したチキンサンドとお茶、それからおしぼりを彼女の手に渡すと、彼女はおしぼりで手を拭き、白い紙の包みを優雅な仕草でほどいた。白パンに挟まれた甘辛チキンとキャベツ。それをちょっとだけ見た後、彼女はぱくりと一口食べる。

 私は辺りを見回した後、彼女の横に座った。

 一見すると彼女に怪我はないが、たぶん、足を怪我してるなあ。今、ちょっと顔をしかめたし。

 じろじろ見ていると気づいたのだろう、彼女がサンドイッチから口を離してこっちを見た。


「あなたは食べないんですか?」

「私もそろそろご飯食べようかなー。ね、猫」

「相変わらず、わたくしと会話する気はないんですね」


 小さな寂しそうな声を聞こえない振りして、私は自分のサンドイッチの包みを取り出した。具は、彼女と同じチキンとキャベツだ。

 ぱくりとかぶりつく。甘辛なチキンはやっぱりおいしい。キャベツもシャキシャキしてる。

 おなかが減っていたのだろう、彼女はちょっとずつゆっくり食べながらも、すぐに食べ終わった。

 そしてまた、おしぼりで手を……


「猫、もう一個いる?」

「……いただきます」

「今日の猫はよく食べるね。チキン美味しいしね」 


 うんうんと頷くと、彼女は私から視線を逸らした。

 彼女は私の猫。

 そして、私は頑なに認めないけど、彼女の名前はシスティナという。


「ねえ、あなたの名前はなんていうの?」

「なあに、猫。なにか言った?」


 彼女が深くため息をつく。それを聞きながら、私は「足、ちょっと怪我してるよね」と聞いた。



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