真夏の夜のBBQ
ヒューーーーーパンッ!ヒューーーーパンッ!
背後で止めどなく鳴り響く風切り音と破裂音、その後に微かに鼻腔を擽る火薬の臭い。修羅と化した川原で俺はただ脇目を振らずに走り続けていた。
何でこんな目に…確か会社の親睦会で近くの川原でBBQをしていた筈なのに何故、こうなった?
一時間前の事を思い出しながら苦虫を噛み潰したような表情で現在進行形の現実を後悔していた。
始まりは…そう、社長の一言からだった。
「よしっ、新人も仕事に慣れてきたことだし恒例のあれをいつもの場所でやるぞ!」
その言葉に--。
「「「……っ!?」」」
新人以外、驚愕の表情を浮かべた。
「おいっ、ゴーグルと厚手の服の用意は?」
「あぁ、抜かりない…ロッカーに常備している」
一年先輩の人達は徐に立ち上がりロッカールームへと早足で駆けていく姿が俺の視界の隅に映る。
「もう、そんな季節か…やっと…うっ、ぐすんっ」
「泣くなよ。今回は楽しもうぜ。なっ」
「おぅ」
涙ぐむ同僚の肩を叩きながら慰める二年先輩達の姿。一体…えっ、親睦会ですよね?
不安が過る中で始まる親睦会は俺のよく知る普通のアットホームなBBQで俺を含めた三人の新人も上司に囲まれながら肉や酒を楽しんでいたのだけれど……なんなの、この花火の山は?
片隅に置かれた大量の花火セットが妙に気になる。
「おい、社長はどこ行った?」
部長の言葉に周囲が一瞬で静まり返る。
「あぁ…そろそろか。新人あつまれ!」
「「「はいっ!」」」
ため息混じりに呟く次長の声に俺達は急いで集まると何故かゴーグルとライフジャケットを手渡された。
「これは?」
意味も分からず差し出されたゴーグルとライフジャケットを身に付けながら首をかしげる俺たち新人組とは裏腹に他の面々は素早く火の後始末をしながら片隅に置かれた花火セットへと足早で向かっている。
「これより我ら修羅に入る!!」
部長の一声にそれまで談笑をしていた役職組が勢いよく立ち上がり不適な笑みを俺たちへと向けてきた。
「はい?」
訳も分からず呆然とする俺達。
それ以上に驚いたのが彼らのベルトの隙間には尋常でないロケット花火と連射花火が巻き付けられており右手のジッポをカチカチと鳴らしながらニヤリと俺達を見つめてきたことだ。
「皆、屍は拾ってやるからな?では、散開っ!!」
「おぅよ!」
五十に手が届きそうな役職組が風のようにその場から離れていく。その姿を呆然と見つめる俺達にニ年先輩達がポンッと俺達の肩を叩いて振り返らせる。
「始まったんだよ…本当の親睦会が。いいか、これは我が社の通過儀礼だ。何としても生き延びろ。生き残れば必ず良いことが待っているからな。あと武器は早く確保した方がいいぞ」
クイッと親指を花火セットのある片隅を指差し釣られるように振り替えると一年先輩の方々が必死の形相で周囲を警戒しつつ花火を身体に巻き付けながら闇夜へと消えていく姿があった。
事の重大さを感じた俺達も花火セットへと走るが、残されているのは幾つかの単発銃と手榴弾…そして近距離武器…その中でゲットできたのは。
そして俺は闇の中を全力で走る。
周囲で鳴り響く阿鼻叫喚、ここは戦場か?もしくは罷り間違って異世界転移した魔法の世界か?
いやいや、違う。
ピシュー-----パンッ!!
突如、俺の耳元で響く襲う風切り音と破裂音に冷や汗をかきながら全力で駆け抜ける。
ここは剣や魔法の世界じゃなく現実だ。
逃げなければ、じゃないと……殺られる。
ザッザッザッ。
川原の石を踏みしめながら追いかけてくる足音、それはまるで俺の命を刈るかのように近づいてくる……敵の足音。
一瞬だけ振り返った俺は確かに見た。
タオルをバンダナのように頭に巻き付け「エイドリ○~ン!」と奇声を発しながら腰に巻き付けたロケット花火を俺に狙い定め飛ばしてくる姿を……。
しかも左手にはワンカップ。
ただの酔っぱらいのようだ。
「社長!エイドリ○ンだとボクサーです!その格好は明らかにベトナム帰りの乱暴なラ○ボーですよぉ~」
「はははっ、細かいことは気にするな無礼講だ(笑)」
無礼講の意味がまるで分からない。
俺は逃げる寸前に持ち出した武器に視線を向けて大きなため息と共に後悔する。
俺の手元には線香花火とネズミ花火、辛うじて持ち出せた16連射の花火が一つだけ…詰んだ。
なんで俺は、よりにもよって多くある装備のなかで最弱装備を選択したんだ。
そりゃあ確かに不純な動機はあったよ?
あわよくば事務の響子ちゃんと仲良くなろうとか思ったりしたよ?でもね響子ちゃんってばさ。
「えっ、本当にそれにするんですか…」
なんて、ひきつった表情で俺のか顔を見たのさ。知ってたなら教えてくれてもよかったんじゃない?
お陰で全力で逃げる羽目になったじゃないか!?
「ぶ、部長!止めてください!うわぁ~~!?」
ボッチャン!
遠くで同僚の悲鳴が聞こえたと同時に盛大な水飛沫と落下音が聞こえた。間違いなく沈められたな…。
冷静に判断しながらも次は我が身と体を震わせる。
なにせ、俺を追いかけてくるのは社内最強を誇る社長だから…筋骨隆々、どこのプロレスラーですか?みたいな人間が追いかけてくるのだ。しかも、酔っぱらいだから質が悪い。
今年入社した俺は知らなかったが、どうやらこのドンチャン騒ぎは毎年恒例らしい。なぜなら一年先輩の人達は自前のゴーグルと夏場なのに厚手の服でBBQに参加してきていたから。
二年先輩になると慣れたもので離れた場所で笑いながら高みの見物&救護兵をしている。俺もそっちに回りたい(泣)
しかも、どうやら残った新人は俺だけのようだし…徐々に集まってくる精鋭部隊。
完全に包囲される俺。
そして俺は…マク○スの攻撃ばりの全方位からの花火攻撃に撃沈。極めつけは倒れた俺の両足を社長が脇に挟み満面の笑顔でスイングを始めやがった。
「はははっ、ジャイアントスイングぅ~~♪♪」
ヒューーーーーボチャンッ!!
川に投げ落とされた俺はプカプカと浮かびながら満点の星空を見つめて酔いを冷ましていると陳腐な打ち上げ花火が打ち上げられ無事に?親睦会は終了した…ライフジャケットって大事だね。
その後---
「ボーナスを支給する!」
あの親睦会から二週間後、ボーナスが支給されたのだが何故か俺のボーナスは同僚の二割増しでした。
~~お・し・ま・い~~
※花火は人に向けて遊ぶものではありません。
作中の登場人物はプロの指導と安全に留意して行っております。
なお、この職場は実在しま…せん。
真夏でも酔った状態で川に投げられると軽く死ねます。私はかなり流されました(実体験(笑))