自由都市アクバード
「ワフワフッ」
シロの声で目が覚めた。太陽は既に沈みかけており、向こうの方には城壁らしきものが見える。
「ごめんね、随分と長い間寝ていたみたい」
昼前には出発したから、5.6時間は寝ていただろうか。
「ありがとう。ここからは歩いて行くから、また明日、よろしくね」
「ワフッ」
主を乗せて長時間走っていたというのに、目の前の白狼には疲れている様子が全くない。
この世界にいる間は常に私からの魔力供給があるので、シロは「まだまだいけるぞ」という表情をしている。
シロの召喚を解き、歩いて城壁の方へと向かう。さすがに、狼に乗って近くまで行くと面倒なことになりそうなので、向こうに気づかれない場所で降りておくことにした。
「さて、行ってみますか」
本日泊まる場所は、アクバードという街。この世界には自由都市と呼ばれる自治区が点在しており、魔物や賊軍に襲われないよう、高い城壁で囲まれているというのが特徴である。
「すみません。街に入りたいのですが」
入城者の列に並び、守衛さんに身分証を渡す。子供が一人でいることに不審な表情をしていたが、特に何事もなく通過することができた。
「入城料とかは無いんですか?」
「うちは自由都市だからね。来るもの拒まず、去る者追わず。人が活発に出入り出来るよう、入城料は取らないんだよ」
私は守衛さんに一礼し、街の中へと入る。門をくぐると様々な店が立ち並び、色々な格好をした人々で賑わっていた。
「さあ、寄ってらっしゃい! 今朝狩られたばかりのジャイアントボアの串焼きだよ! 滋養強壮効果は間違いなし。そこのご両人、今夜のエキサイトのために1本どうだい?」
「ここら一番の老舗、森のパン屋! 今ならホーンラビットパンが焼きたてだよ!」
店員の呼び込みは凄まじく、客の争奪戦が激化している。夕飯時だけあって、食べ物を求めて歩き回る客が多く目に付いた。
「お、嬢ちゃんはおつかいに来たのか? 良かったら、うちの唐揚げを買っていってくれ」
道の両側に立ち並ぶ店を眺めながら歩いていると、ふいに声を掛けられた。見ると、小太りの中年男性で、営業スマイルを振りまいている。
「それは、何の唐揚げですか?」
「ジャイアントボアだよ。普通の蛇と違って冬眠なんてしないから、今の時期でも良く獲れるんだ」
「じゃあ、4個下さい」
「まいど!」
普通の日本人なら、蛇を食べるのを忌避したかもしれない。
しかし、紛争地帯では食べ物なんて選べなかったし、この世界でも色々なものを食べてきた。ジャイアントボアは食べたことがないが、売っているということは美味しいのだろう。
私は財布から代金を手渡し、店員から唐揚げの入った紙袋を受け取った。
「そういえば、宿を探しているんですけど、良い店を知りませんか?」
「お嬢ちゃん、お使いじゃなかったのか? 宿屋なら、この通りの突き当たりを、右に曲がったすぐのところにあるが・・・・・・」
「ありがとうございます」
いちいち説明するのも面倒なので、会話を切り上げて教えられた宿屋に向かう。
歩きながら唐揚げを食べてみると、意外にも柔らかくてジューシーだった。蛇、アリだな。
「すみません、まだお部屋空いてますか?」
少し古めの建物に入り、受付の人に声をかける。子供だからといって、門前払いされないだろうか。
「大丈夫だよ。ギリギリ一部屋だけ余って・・・・・・おや、随分と可愛らしいお客さんだね」
受付にいたのは、恰幅の良い女性だった。偏見かも知れないが、いかにも「おかみさん」といった感じである。
「大丈夫です。まだ子供ですが、お金は先に払いますので」
「別に、金の心配はしちゃいないよ。身なりを見れば、金に困っていないことくらいは分かるからね」
今着ている外套は、自分で狩ったグリズリーの毛皮を、テュルク領の職人さんに加工してもらった逸品だ。
グリズリーの毛皮は断熱性に優れた高級品だし、加工技術も一流。ただ、見た目は安物の外套とそんなに変わらない。この人は、なぜ外套の質を見破ることが出来たのだろう。
私が不思議そうな顔をしているのが可笑しかったのか、おかみさんは笑いながら部屋の鍵を差し出してきた。
「長いこと商売してたら、その位のことは分かるさ。部屋は2階の一番奥だよ。夕飯はその辺の店で食べてきな」
「ありがとうございます」
代金を払って鍵を受け取り、指定された部屋へ向かう。
「おお、値段の割に良い部屋」
ベッドとクローゼットしかない狭い部屋だが、清潔感があるのは嬉しい。とりあえずベッドで横になってみたが、寝心地も悪くなさそうだ。
「よし、ご飯食べに行こ」
宿屋で一旦落ち着くことが出来たので、次は夕食だ。日中は、ずっと寝ていただけなのだが、そういう時の方が、むしろお腹が空くものである。
外に出ると、空は真っ暗になっているというのに、立ち並ぶ店の灯りで、まるで昼のような明るさだ。
食事をする場所を探しながら、ぶらぶら歩き回る。
すると、大通りから少し外れた路地に、布で顔を隠した、占い師のような風貌の女性がふと目に入った。怪しげな水晶を机の上に置いているが、そこからは魔力が感じられない。
その代わり、本人からは、常人より多くの魔力を感じる。
「ちょっと、そこのお兄さん」
女性が近くにいた男を呼び止める。
「なんだ? 俺は占いなんてもんに金を払う気はねぇぞ」
こんな時間から酔っているのか、呂律の回っていない口調でこたえる。
少し気になったので、バレないように陰から様子を見ることにした。
「まあまあ、初回サービスってことで、無料で占ってあげるから。2回目からはお代をもらうけどね」
「次なんてねぇよ。まあ、タダなら一回くらい良いか」
酔っ払いが目の前に座ると、占い師は目を閉じて水晶に手をかざす。
その時、占い師から男へと、不自然に魔力が流れるのが見えた。おそらく、魔力により何かしらの干渉をしたのだろう。
「ふーん、あなたもうすぐ結婚するのね。お相手は、パン屋の娘か。結構美人じゃない」
「ふん、その程度、事前にちょっと調べていれば分かるだろ」
「『一生大事にする』だなんて、あなた案外ロマンチストね」
「おまっ! なんで俺のプロポーズを・・・・・・」
占い師は口の端を上げ、さらに畳み掛ける。
「そして、最近2つ、なくし物をしたでしょう。財布と、それから・・・・・・最近買った結婚指輪」
「・・・・・・っ⁉︎ なぜそれを!」
図星だったのか、男は目を見開く。
「財布は、あなたの家のベッドと壁の間に挟まっているわ。結婚指輪は・・・・・・」
「・・・・・・指輪は?」
「・・・・・・はーい、ここからは有料でーす。お代は、あなたが無くした財布の中身でいいですよ」
「んなっ⁉︎ 汚ねぇぞ! あの中にいくら入ってると思ってやがる!」
「そもそも、財布の方は落としたと思って諦めていたんでしょう。だったら、その財布を手放して指輪が見つかるなら、儲け物じゃない?」
大事な指輪が実質タダよ? と占い師は笑う。
ベッドと壁の間に落ちていたなら、いつか気づいたのでは? と思ったが、酔っ払いを助ける義理もないので、静観することにした。
「別に財布を持ってこなくてもいいけど、あの指輪、普通に探して出てくるような場所には無いわよ?」
男は占い師を睨みつける。財布の中身は指輪よりは安いはずだが、それでも相当な額が入っているのだろう。
しばらく睨み合いが続いていたが、先に折れたのは酔っ払いだった。
「チクショウ! 分かったよ! だが、もし嘘ついてやがったら、ただじゃおかないからな!」
「交渉成立ね。じゃあ、今からあなたが財布の中身を抜き取れないよう、魔法で契約するわ。代金を誤魔化されたら困るからね。もし途中で財布を開いたら、指輪が私のものになるという契約。それで良いかしら?」
「好きにしろ!」
魔法契約は割と簡単な魔法で、広く使われているが、その効果は絶対。人を直接、または間接的に客体とした契約——つまり、相手の命を奪ったり、奴隷にしたりする——以外は必ず遵守される。
魔法による契約を交わし、酔っ払いは走っていった。
目の覚めるような事態に酔いが抜けたのか、しっかりとした足取りだ。
私は、音を立てないように、占い師に背を向けた。
「お嬢ちゃん、盗み見はマナー違反だって教わらなかったかしら?」
その場を離れようとした時、ふいに、占い師から声をかけられた。
隠れていたつもりだったが、どうやら気付かれていたようだ。
仕方なく、私は占い師の前に姿をあらわす。
「そちらこそ、詐欺は法律違反だって習わなかったの?」
「詐欺じゃないわ。あの男が指輪の場所を聞いてきたから、対価をもらうだけよ」
「でも放っておけば、彼は自分で財布の場所に気づけたでしょう。そうしたら、指輪を探す必要もなくなる」
「・・・・・・へぇ」
占い師は目を細める。どうやら、私の推察は外れていないようだ。
「指輪は財布の中にあったんでしょう。酔っ払いを助ける義理はないから放って置こうと思ったのに、あなたから声をかけてくるなんてね」
「・・・・・・お嬢ちゃん、魔法が使えるのね」
「魔法なんて使わなくても予想が付いたよ。あなたがどんな魔法で、あの男の事情を言い当てたかは知らないけど、わざわざ財布を開けないように約束させたのは不自然だった。確証はないけど、財布の中にいくら入っているかも分かるんじゃない? それなら、わざわざ契約なんてしなくても、男が途中でお金を抜いていたら気付けるはずだもの」
「・・・・・・誤魔化されたのを指摘した時、あいつにしらを切られるのが面倒だったってだけかも知れないでしょ」
「だから、あなたの反応を見るまで確証は無かった。詐欺師なら、もうちょっと表情を出さないようにしたら?」
占い師は、じっとこちらを見ている。そして、彼女の顔を覆っていた布を取り払った。
「合格よ」
「え?」
「だから、合格。あなたを、国王直轄部隊、第17騎士団に招待するわ」
「は?」
意味不明な出来事に、私は言葉を失った。追い詰められて、頭がおかしくなったのだろうか。
落ち着け。どうせ、この人の悪事をつまびらかにしたい訳ではない。ならば、今の私に出来ることは一つ。
「あ、あっちに見回りが」
「え⁉︎ そんなはず・・・・・・あ、ちょっと!」
虚をついて、占い師の注意を逸らす。
その隙に、私は全速力でその場を駆け出した。