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雪山にて、熊に遭遇す

  テュルク辺境領に虹はかからない。王国内の商人たちが使うこの言葉には、二つの意味がある。


  まず、ここでは雨が極端に少ないこと。


  海からかなり離れているため、夏に降雨が記録されることは滅多にない。耕作地帯の側には川が流れているものの、規模は大きくないので生産量には限界がある。


  加えて、冬には北の海から強烈な季節風が吹いてくるので、作物を育てられる環境ではない。だから、テュルク領では食料品が高く売れるというのが、行商人たちの常識なのだ。


  そして、二つめは、テュルク領が裕福でない場所だということ。


  特に名産品もなく、さらに農業にもあまり適さない土地なので、栄えているとはお世辞にも言い難い。


  行商人たちにとって、あまり旨味のない地域。それが、私の父が領主を務めるテュルク領なのである。



「あー、俺、冬に生きるの向いてないかもしれない」


「それ、夏も似たようなこと言ってたでしょ」


「じゃあ、やっぱ生きるの向いてないわ」


  ボヤきながらも、ギルは矢を素早くつがえて次々と獲物を射抜いている。


  12歳ながらもがっちりとした体躯で、分厚い防寒具を纏った彼は、遠くから見たら子熊にしか見えない。


  私はギルの仕事ぶりを隣で眺めつつ、彼が逃した獲物を魔法で仕留めていった。


「こんなもんでいいか」


  粗方獲物がいなくなったところで、ギルは矢を射るのをやめ、雪の上を歩いていく。彼が通った後を歩くと、雪をいちいち踏みしめなくて良いから楽だ。なんだか、日本にいた時の雪山登山を思い出す。


「うーん、野うさぎが15匹に猪が2頭。ちょっと少なくない?」


「皆に配る分は足りてるだろ」


「そうだったんだけど、カーターさんの家に子供が産まれたんだって。だから、お祝い用にお肉が必要なの。あと、ローザお婆ちゃんが雪かきで腰を痛めたから、大目におすそ分けしたい。たくさん食べて、早く良くなってもらわないと」


「だけど、かなりの吹雪だぜ? これ以上山奥に入るのはな・・・・・・」


  ギルは、獲物を丁寧かつ迅速に血抜きしていく。ナイフ捌きは素人目に見ても卓越しており、とても12歳の子供が出来るような芸当ではないように見える。


  私は彼の流れるような手さばきに関心しながら、おやつ用に持ってきた煎った大豆をポリポリと食べていた。


  それから一息ついて、ギルが処理し終わった獲物をカバンに詰めていく。これには私が特殊な魔法をかけており、狩りの負担を大幅に減らすことが出来る。


「お前がそれを作ってから、狩りが随分と楽になったよな。今までは獲物を持って帰るために山を何往復もしてたけど、その必要が無くなったし」


「カバンに重力減衰と圧縮の魔法をかけてある。だから、荷物の重さをほとんど感じずに済むし、大量に詰められるんだよ」


「ジュウリョク元帥? 意味は分からんが、なんか強そうだな」


「あなたの脳みそにまで圧縮の魔法をかけた覚えはないよ」


「じゃあ、自分の胸に圧縮の魔法でもかけてんのか? 俺の妹の方がまだ大き・・・・・・」


「それ以上言ったら切り落とすよ」


  ギルはとっさに股間を手で押さえた。別にどこを切り落とすとは言っていないのだが。


  そんな風に無駄話をしていると、あっという間に全ての獲物を回収しきってしまった。収穫は少し心許ないが、かなり吹雪いているので、今日のところは下山することにしよう。


  体力を消耗しないよう、お互いに無言で歩いていく。辺り一面に雪が降り積もり、木々が生い茂っていた。


  帰り道だというのに、ギルの足取りが軽いように見える。きっと、早く家に帰ってゴロゴロしたいのだろう。まだまだ子供のくせに、仕事終わりの中年男性みたいだ。


「ねえ、ちょっと止まって」


「何だ?」


「探知魔法に引っかかった魔物がいる。大きいな・・・・・・」


  行きは簡単狩れそうな小さめの魔物も探知魔法に引っかかるよう調整していたが、帰りは通行の妨げになるようなものに対象を絞ってある。反応があったということは、かなりのサイズだろう。


「カーターさんへのお土産にちょうどいいわ。ちょっと行ってくるね」


「分かった。俺は一旦カバンの中身を家に置いてくるから、戻ってくるまでに倒しておけよ」


「ありがとう、じゃあまた後で」


  ギルは私の背負うカバンを持つと、吹雪の中を駆け下りていった。


  彼は大変面倒くさがりだが、私が狩猟に出る時は必ずついてきてくれる。食べ物に困っている領民を助けるため、猟を始めたいとギルに相談したら、猟師である彼の父から道具を借りたり、獲物の狩り方を教わったりしていた。


  面倒な風を装っているが、仲間のためなら労力を惜しまない優しい子である。


「さて、この辺にいるはずなんだけど・・・・・・」


  探知魔法の反応がある場所まで行ってみたが、そこには木々と雪しかない。不思議に思って再び探知魔法を発動するが、ちゃんとこの場所を示している。


「大きいはずだから、すぐに見つかると思ったんだけど・・・・・・っ!」


  嫌な気配を感じ、慌てて真横に飛びのく。すると、私がいた場所に向かって、巨大な何かが上から降ってきた。


「グゥゥゥワッッ!」


「グリズリーが木に登るなんて聞いたことないよ。危ないなぁ」


  空から降って来たのは、全身を黒い毛皮に覆われた巨大な熊だった。動きは鈍いが、その鋭い爪で引っ掻かれたらひとたまりもない。


「でも、お祝いの品としてはちょうどいいね。お肉も美味しいし、毛皮で服なんかも作れるし」


  グリズリーは着地で標的を踏み潰せなかったことに気づくと、すぐさま体勢を立て直してこちらに向かって来る。外見に似合わず、俊敏な動きだ。


  このままでは突進をまともに食らってしまう。そこで、懐にしまっていた大量の大豆を眼前にぶちまける。


『弾けろ』


  大きく後方に跳躍しながら、魔法を発動する。そして、グリズリーが突っ込んできたところで、大豆が激しく破裂し、粉々に砕け散った。


「グゥゥゥゥゥ」


  グリズリーは咄嗟に腕で顔を覆い、防御態勢に入る。大豆が炸裂した程度ではグリズリーに傷一つつかない。


  だが、それでいい。


『雷撃よ、穿て』


  鋭い雷光が、私のもとから放たれる。


  グリズリーは慌てて回避しようとするが、雷撃は空気中に舞った大豆の粉を着火させ、一気に爆発した。


  グリズリーはまともに爆発の衝撃を受け、その場に崩れ落ちる。


「おい、大丈夫か」


  そこへ、荷物を置いてきたギルが戻ってきた。私のカバンを背負い、不安げにこちらを見ている。


「早かったね」


  ギルは私の無事を確認すると、安堵の表情を見せる。しかし、すぐにその顔が険しくなった。


「お前、火の魔法を使ったのか?」


「いや、雷系統の魔法しか使ってない」


「でも、すごい爆発だったじゃないか。山火事の危険があるから、火魔法は使うなって言われたじゃないか」


  大豆を弾けさせたのは無系統、雷撃は雷系統の魔法だ。だから、火系統など使ってはいないのだが、粉塵爆発だと言っても、脳筋のギルには分からないと思うのでやめておく。


「大丈夫。燃え移らないように加減したし、万が一のことがあっても水魔法で消火できるから」


「あのなあ、そういう問題じゃ・・・・・」


  しかし、他にも倒す方法があったのだから、わざわざ雷撃を出す必要がなかったのは事実だ。ちょっと新しい攻撃の組み合わせを思いついたから、つい試したくなってしまった。


「悪かったよ。でも、これでいいお土産が出来たでしょ」


  胸を張る私をよそに、ギルはグリズリーの死体を一瞥してため息をつく。


「脳に圧縮魔法がかかってるのはお前の方じゃないのか? 見てみろよ」


  ギルは呆れた顔で、地面に転がる死体を指差す。そこで、私は重大なことに気がついた。


「あ」


  そこには、毛皮が完全に焦げて無残な姿になった獲物の姿があった。


  私は、変わり果てたグリズリーを眺めながら、雪が降り積もる中、呆然と立ち尽くしていた。

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