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プロローグ

「38万人、これが何の数字か分かるか?」


  私は黙って首を振った。目の前に立つ少年は、相手を試すような視線をこちらに向けている。


「あの国の紛争で、一年間に死ぬ者の数だよ。そう、君がさっきまで慈善事業をしていたあの国だ」


  少年は吐き捨てるように言うと、物々しい装飾が施された椅子からひょいっと立ち上がった。


  辺りを見回しても一面真っ白な空間で、少年の座っていた椅子がぽつんとあるだけ。不審に思いながらも、私は少年の声に耳を傾けていた。


「人が集まって輪を作れば、輪の内側と外側が必ず生じる。人類にとって、争うことは避けられないのだろう。だが、私にとってもっとも不可解なのは、君たちのように、他人のために全てを投げ出してしまう人間だ」


「神様でも、分からないことがあるんですね」


  この理解不能な状況に唯一、解があるとすれば、ここは死後の世界で、彼は神かそれに類する何かだということだ。根拠はないので女の勘みたいなものだが、何となく当たっている自信があった。


「いかにも、君の想像通りだ。私は神であり、君は既に死んでいる。君が野戦病院で治療を施していた時、不可侵協定に違反した勢力の攻撃によってな」


  衝撃的な事実だったが、不思議と心が乱れることはなかった。日本を出て、紛争地帯に医師として行くことを決めた時、既に覚悟は決まっていたのだろう。


  私は自分が死んだという事実を噛み締めながら、目の前で喋る不思議な少年をぼんやりと眺めていた。


「君は平和な国で、医師として裕福に暮らすことも出来たはずだ。それを棒に振って危険な場所に行くのは、私には偽善にしか思えないのだ」


「偽善でも、無いよりはマシでしょう。それで誰かが救われるなら、その結果自体に価値があると私は思います」


「だが、君がやる必要はあったのか? 君がやらなくても、他にも同じことをしている者がいただろう」


「確かに、私一人では焼け石に水だったかもしれません。しかし、多くの命が失われるような場所であっても、一つひとつの命が軽いというわけではないのです」


「・・・・・・分からないな」


「人間は完璧な存在ではないですから」


  私は聖人ではない。美味しいものを食べたいし、綺麗な洋服も欲しい。


  それなのになぜ戦地に赴いたのかと聞かれれば、自分自身でもよく分からないというのが正直なところだ。


  ただ、漠然と行かなければならないと思った。それだけの話。


「なるほど、少し話してみたいと思ってこちらに呼んだが、なかなか面白い人間だな、君は」


「それで、ここは一体・・・・・・」


  死んだということは、天国なのだろうか。それにしては、なんとも殺風景な場所だ。辺りには、椅子以外本当に何もない。


「ここは私の空間だ。死者は皆天界に送られるが、興味があったので君をこちらに呼び寄せた」


「では、私も今からそちらに?」


「いや、それは無理だ」


「は?」


「天界は死んだ人間の魂を浄化し、再び現世に送り出す場所だ。君は神の領域に踏み込んでしまったから、輪廻の輪から解脱している状態にある」


  踏み込んでしまったと言うが、それは完全に神様のせいである。ただ、そこに言及すると天罰を受けそうなのでやめた。


「では、私はどうしたら・・・・・・」


「今から君を地球とは別の世界に送ろうと思う。一度人間となって魂の次元を落とせば、次に死ぬ時には通常通りに天界へ行けるだろう」


「異世界、ですか?」


「そうだ。今回は私に不手際があったから、君に何か餞別をやろう。転生先には魔法の類も存在するが、欲しい能力などはあるか? 過度に強力なものは無理だがな」


  少年は、いたずらっぽい笑顔を浮かべている。


  うーん、能力か・・・・・・。異世界だとか魔法だとか言われても、いまいちピンとこない。


  瞬間移動とか時間停止とか出来たら便利だろうけど、さすがに無理だろうし・・・・・・。


「特殊な能力とかは要りません。ただ、良い人たちに囲まれて暮らしたいとは思います。人間の醜い争いとかは、もう見飽きたので」


  戦場では、綺麗事など何の役にも立たない。欲望が蠢きあい、日々命のやり取りが行われる場所。医師として現場に入っていても、そういった負の側面を目の当たりにすることは日常茶飯事だった。


  だから、次の人生があるなら、穏やかに過ごすのも悪くないだろう。信頼出来る人に囲まれて過ごせるなら、特に不満はない。


「ふむ、君らしいといえば君らしい答えだ。分かった。なるべく期待に添えるように取り計らっておこう」


「ありがとうございます」


「では、これでお別れだ、少女よ。達者でな」


  すると、視界が急に眩しくなって、とっさに顔を覆った。その場所で最後に目にしたのは、少年のいたずらっぽい笑顔だった。


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