第16話 ゴブリンが謎の少年に追いかけ回される物語
すると草木を剣で切り払いながら、一人の少年が姿を見せました。
ゴブと目が会います。癖のある黒髪ショートな少年でした。アーモンド型のキツそうな瞳でゴブを見てきます。
『……ゴブリン、こんなところにもいたんだ――なら』
「ご、ゴブ……」
それはゴブの見たことのない少年でした。同時に桃子たちが喋っていた言葉とはことなる言語を口にする少年でもありました。
更に言えば格好もゴブが出会ったこちらの人間とことなり、ですが、それがどういうものか判っているかのように恐れの感情が顕になりました。
なぜならその少年はこの日本には似つかない、どこかファンタジーな世界からやってきたような姿だからです。
急所を守るための胸当て、裾の広がった厚手の上着にズボン。そして腰には剣。
まるでゲームやアニメの中から飛び出してき勇者のような姿なのです。
『どちらにしても、ゴブリンなら駆除しないといけないね』
「ご、ゴブゴブゴフ~~!」
そしてその勇者のような少年は鞘から剣を抜き、構えを取りました。
ひどく慌てるゴブです。しかもそれは黄切が使っていたような竹光ではなく、あきらかに本物です。
『覚悟しろゴブリン!』
「ゴッブ~~!」
そして剣を振りかぶり切りかかってくる少年。ゴブは慌てて飛び退きます。鼻先を剣が掠め真横に走っていきました。
鋭い剣です。明らかに本気の攻撃でした。本気でゴブの命を取ろうとしている一閃でした。
「ゴッブ~~~~!」
『あ、待てこら! 逃げるな!』
踵を返しスタコラサッサと逃げるゴブですが、どうやら見逃してくれるほど甘くはないようです。
『くそ! ゴブリンなんて百害あって一利なし! 逃しはしないよ! エアリアルスラッシュ!』
少年の剣に風がまとわりつき、横薙ぎすると同時に風の刃が音を奏でながら逃げるゴブに迫ります。
「ご、ゴブ!」
するとゴブは頭を抱えながら前に飛び、そのまま前転しました。風の刃はゴブの頭上を通り過ぎ、正面の大木に当たり幹に一文字を刻みます。
『あ! くそゴブリンのくせに生意気な! でも、おかしいな。なんでこの程度?』
少年が立ち止まり首を傾げます。どうやら今使用した奇妙な技に不満があるようです。
とはいえ、この少年がただものではないのは確かなようです。そもそも普通の人間がこんなとんでもない技を使えるわけがないのですから。
『それにこの感じ……まさか、ね――て、しまった!』
立ち止まったまま何やら一人ぶつくさつぶやく少年ですが、ゴブはこれ幸いと猛ダッシュでその場から逃げ出します。
ですが相手もそれに気がつくなり再び追いかけてきました。
『随分と逃げ足の速いゴブリンめ! ますます見過ごせないぞ! ブレイブストライク!』
力の塊が逃げるゴブのすぐ後ろに着弾し、地面が爆ぜます。サッカーボール大の大きさな窪みが出来ました。
『これも弱い! もうなんなんだよ! だったら肉体強化!』
少年の体が青白い光に包まれました。そして地面を蹴ると一気に加速しました。
どうやら文字通り肉体が強化されたようです。これではゴブの足でもすぐに追いつかれてしまうことでしょう。
『はは追いついた、グべっ!』
「ゴブぅ……」
少年の加速は凄まじく、瞬時にゴブの横に並んだのですが、そのまま進行方向にある木にぶつかってしまいました。
ゴブは何か可愛そうなものを見るような目で一瞥しつつも、これ幸いと全力でその場から離れます。
どうも見ていると少年はとんでもない技を持ってますが、それを活かしきれていないようです。
ゴブは逃げます必死で逃げます。ですが――
『ゴブリンなんかになめられるなんて――もう許さないぞ! サウザンドサンダーブレイク!』
「ゴブーーーーーー!」
なんとそこら中にどっかんどっかんと雷が落ち、森を蹂躙していきました。とんでもない威力ですが、すごくはた迷惑な魔法でもあります。
『あれれ~? なんでこれしか出ないんだよ!』
しかし少年にとってはこれでも不満なようです。十発以上雷が落ちてると思いますが、これでも足りないとはどれだけの威力を期待したのでしょう?
わかりませんが、とりあえずゴブを庇うようにはえていた木々はすべて雷によってなぎ倒されました。
ゴブの背中が確認できたのか、再び待て~! と少年が追いかけてきます。
ゴブは必死で逃げます。逃げまくります。そして疾駆し続けたその時でした。
「ゴブ? ゴブゥウウウゥウ!」
なんとゴブは斜面に気づかず足を踏み外し、そのまま滑落してしまいました。とは言え、そこまで急な斜面ではありません。
「ゴブ!」
すると、ゴブは何かを思いついたように声を上げ、かと思えば滑り落ちながら見を丸め、勢いよく転がり落ちていきました。
そのままただ黙って滑り落ちるより、転がった方がきっと速いと思ったようです。
そしてその考えは間違っていませんでした。どうやら少年もゴブに気がついて滑り落ちてきたようですが、ゴブの方が先に下につき、そのまま逃走を再開させたのです。
「ゴブ、ゴブ、ゴブゥ……」
そしてゴブは、逃げてる途中たまたま見つけた洞穴に飛び込むことに成功しました。
後はこのまま息を潜め、あの少年に見つからないことを祈るばかりです。
「ゴブ~……」
ゴブは空洞内のできるだけ目立たない位置にある壁にもたれかかりへなへなと腰を落とします。
よほど疲れたのかも知れません。あれだけ逃げ回れば当然と言えるでしょう。
とは言え暫くは目も冴えていたようですが――しかしそれから30分経ち、1時間経ち。
それでも少年に見つからなかったことから徐々に安心してきたのでしょう。疲れもあってか段々とそのまぶたも下がり気味になっていき。
「ゴブゥ……ゴブゥ……」
そしてそのままゴブは寝入ってしまいました――




