第15話 ゴブリンが夜の森を行く物語
ゴブは空を眺めてました。山の中では町の明かりも少なく、夜の帳に散りばめられた星屑がよく映えます。
ぽっかり浮かんだ十六夜の月は、昨晩の月とは変わらないまんまるに見えました。
正確に言えば若干の違いはあるのですが、肉眼で判断するのは困難です。
ゴブは思い出してました。自分が突然違う世界に飛ばされた昨日の夜もこんな月だったなと。
「ゴブ~……」
月を眺めながらどこか淋しげに、呟きました。皆が用意してくれた簡易なテーブルの上には開けられた缶詰。中身はすでに食べられていました。サバ缶でした。
秘密基地の中にはページの開かれた絵本もあります。ゴブは賢いのでもしかしたらこれで言葉がわかるようになるかも知れない、と置いていってくれたものです。
幼児向けではありますが、絵と簡単な文字で表された絵本はゴブには興味深いものだったのでしょう。すでに何冊かは読まれた形跡もあります。
「ゴブ」
ゴブは月を眺めるのを辞め、ハンモックへ向かい寝そべりました。
中々心地よさげで気に入ってもいそうですが、何度か寝返りを打っても眠る様子がありません。
「ゴブ~」
妙に目が冴えてしまっているようです。ゴブは再びハンモックから降り、少し部屋をウロウロした後、今度は梯子を降り始めました。
「ゴブ――」
森をきょろきょろと見回した後、とことこと歩き始めました。秘密基地にはランタンが用意されたのでまだ明るさがありましたが、外は月明かりだけが頼り。本来なら心もとない光ですが、ゴブはあまり気にすること無く歩いています。
どうやら暗い場所になれてるようですね。夜目がきくようで飛び出した枝も軽く躱しながらあるき続けます。
「ゴブ♪ ゴブ♪」
鼻歌交じりに進みます。特に目的は無いようでした。本人は眠れない夜の散歩のつもりなのでしょう。
「キキッ……」
「ゴブっ?」
ふと、正面に頬を膨らました小動物の姿。それは野生のシマリスでした。
「――ゴブ~♪」
「キキッ!?」
すると、ゴブはどこか楽しそうにシマリスに近付こうとします。しかし、シマリスは一目散に逃げ出しました。
別にとって食おうなどと思ったわけではないのでしょう。少し地球の動物に興味があっただけなのかもしれません。
しかし、シマリスのような動物は警戒心が高いのです。ゴブの姿を見れば恐れをなして逃げ出すのも仕方ないと言えるでしょう。
「ゴブ~……」
とはいえ、逃げられたことにショックを隠しきれないゴブです。とぼとぼと歩みを再開させます。
――ペキパキ。
「ゴブ?」
ふと、軽快で心地よい音が耳に響きました。足元をみると小枝が落ちているのがわかります。それを踏むと枝が折れていい音がなるのです。
「ゴッブ、ゴブ、ゴッブ~♪」
散見される枝を次々と踏んでいくゴブです。どうやら楽しくなってきたようでリズムを取るようにしながら地面に落ちた枝を踏み折っていきます。
パキパキペキ、と耳に心地の良い音が続きました。夜の森でも気分良さげに小枝を折りながら歩きまわります。
「ゴブ、ゴブ、ゴブゴブブ~♪」
――パキ、ペキ、パキ、グニュ。
「ギャン!」
「ゴブ?」
ふと、枝を折る音の中に異音が混じりました。感触もどこか違いますし、そもそも何かの鳴き声のようでもあります。
「ガルルルルルゥ」
「ご、ゴブゥ……」
ゴブが足元に目を向けるとそこには枝ではなく尻尾がありました。唸り声が聞こえ視線をずらすと、黒い毛並みの野犬の姿。
見るにどうやらご立腹のようであり――
「グルルゥ、ワン! ワンワンワンワンワンワンワンッ!」
「ゴブ! ゴブゴブゴブゴブゴブゥゥウッゥウウウ!」
偉い剣幕で怒り出し吠え声をあげる野犬に驚き一目散に逃げ出すゴブ。ですが、野犬はダッシュしてゴブを追いかけてきます。
「ゴブゴブゴブ!」
「ワン! ワンワンワンワンワン!」
野犬は中々しつこいです。ですが、ゴブも意外と足が速いようです。木の間をすり抜け、ジグザク移動するように方向を変えながらとにかく逃げ続けます。
「グルルルゥウウ……」
途中でゴブは藪の中に飛び込み、息を潜めて様子を覗いました。
野犬はキョロキョロとあたりを見回し続けます。鼻もひくひくさせてます。
ですが、ゴブのいる方向に風の流れはありません。なので野犬もゴブに気がつくこと無くその場を去っていきました。
ゴブぅ、とゴブは胸をなでおろします。
「ご、ゴブ……」
藪から出て、周囲を見回し、ゴブは不安の声を上げました。
それから右往左往し肩を落とします。どうやら、ここがどこかわからなくなってしまったようです。
仕方がないのでトボトボと森の中を一人歩き始めます。
「ゴブ~……」
立ち止まり淋しげに呟き空を見上げました。やはり昨晩とは変わらないまんまるのお月さんが浮かんでました。
――ガサガサ。
すると、木の葉の擦れ合う音が耳に届きます。何かが来たかも知れないとゴブが身構えます。もしかしたらさっきの野犬が戻ってきたのかも知れないと思ったのかも知れません。
『全く、一体ここはどこの森なんだよ。なんでこんな見覚えのない、ん?』
「ご、ゴブ?」




