第10話 ゴブリンがお金で買われそうになる物語
「ところで葵ちゃん、いい手って何だったの?」
「あ! そうだ! だからほら、このプールの中で暮せばきっと見つからないと思ったんだよ!」
『…………』
葵の答えに一様に沈黙で訴えました。しかし再び葵はご機嫌で泳ぎだします。
「あははは~ほら水の中はこんなに気持ちいいんだぜ~これだけ快適な場所なら暮らすにも不便はないよね!」
「ゴブ~……」
遠い目をしながらゴブが鳴くようにいいました。
「う~ん、でもゴブちゃんは泳げないしなぁ」
「そこ!?」
「いや、そういう問題じゃないと思うぞ桜木」
「キャハハ、葵って面白いし~し~」
「むぅ、まさかプールの中で匿おうとはこの黄切でも思いつかなかったであります」
「普通は思いつかないわね」
「そんな褒めるなよ~照れるぜ!」
「いや、誰も褒めてないだろ」
桃子の結論としては、折角の好意ではありましたが難しいということでした。ゴブは泳げないのだから当然ですね。
「お前およげそうなのにな~」
「ゴブッ、ゴブ~……」
「いや、だから河童じゃないんだぞ? 大体、ゴブを連れてきて見つかったらどうすんだよ……」
「今日は水泳部が休みだから大丈夫だよ」
「休みなのにプールは使えるの?」
「うん、僕が使うから自分で水を張ったんだよ」
「自分で水を張ったって……」
「なんとも自由でありますな」
「自由すぎるだろ。大体それが許されるって、学校としてどうなんだ?」
赤也は呆れたようにいいました。それにしても葵はどうやらまだゴブリンと河童を混同したままなようですね。
「葵ちゃんごめんね。どこか他の場所を探してみるよ」
「おう! だけど泳げないのは不便だろうからこんど僕が鍛えてやるからな!」
「ゴブンゴブン!」
ゴブがブンブンっと頭を振って見せます。
「そうか、ゴブっちも嬉しいか~」
「全力で否定しているようにしか見えないわね」
吟子がゴブの様子を見ながら思ったままを口にしました。確かに喜んでいるようには見えませんね。
「どっちにしろここでってのは無しだと思うんだがな。そうだよな桜木?」
「うん、目立っちゃうもんね」
「そもそも学校でなんとかするのが間違いだと思うわね」
「う~ん、難しいものでありますな」
学校内には教師もいて生徒もいる。夜だけにしても見回りの警備員がいるので中々難しいのです。
「それなら私にいい考えがございますですわ~!」
プールに高飛車な声が響き渡りました。片手を顎に添え、胸を張った堂々とした姿勢を見せる彼女は黄金院 アンジェリーナ。
日本人と英国人とのハーフであり黄金院財閥のご令嬢でもあります。
まきまきの黄金のロング髪と宝石のような碧眼が印象的な彼女。
そんなアンジェリーナがツカツカとプールサイドまでやってきました。
豊かな胸元から取り出した黄金の扇子を開きます。彼女はこの扇子がお気に入りのようでいつも持ち歩いているのです。
「そのゴブリン、この黄金院アンジェリーナがキャッシュでお買い上げいたしますですわ!」
なんとアンジェリーナ。今度は胸元から札束を取り出して扇子の上に乗せて突き出しました。100万はありそうな厚みです。とても高校生が持てる金額ではありませんが、財閥のお嬢様ともなればやはり金銭感覚が一般人と大きくことなるようです。
「黄金院さん」
「何かしら?」
「ゴブちゃんはね、売り物じゃないの。だからお断り致します」
「え! 断るのですの!」
アンジェリーナが仰け反りました。信じられないといった表情です。まさか断られるとは思っていなかったようですね。
「そ、それなら幾らならいいというのですの!」
「いくらでも売らないよ。そもそもお金でなんとなかる話じゃないし」
「なんですって! し、信じられませんの……この世でお金で買えないものがあるなんて私、信じられませんの!」
「いや、それは流石に一杯あるだろう」
「例えば?」
吟子に問われ、むぅ、と赤也がうなりました。お金で買えないものはあると言いましたがいざ考えると難しいようですね。
「黄金院殿、そもそもゴブっちは誰の物でもないのです」
「は! そうなのですわ! それなら、この黄金院アンジェリーナに買う資格もあるということなのですわ!」
「あははは、黄金院って結構馬鹿だな~」
「な、なんですって!」
葵がケラケラと笑いました。アンジェリーナは眉を怒らせて抗議の声を上げますが。
「とにかく、払う相手がいないならゴブリンに直接支払いますわ! さぁ、私のものになりなさいですわ!」
「なんてストレートな物言いだ……」
アンジェリーナはずずずいっと札束の乗った扇子をゴブの前に差し出しました。
するとゴブは、なんとその札束を受け取ったのです。
「ゴブちゃん……」
「マジかよ」
「お~ほっほっほ! 当然ですわ! お金で買えないもんなんてないのですわ!」
桃子が寂しそうな目を向けます。ですが、ゴブは何を思ったのかその札束を口に運び、なんとモグモグし始めました。
「え? な、何をしてるのですの?」
「あ~多分、あれ食べ物だと思ってるのね」
「なるほど! お昼時みたいに食べ物をわけてくれたと思ったのでありますね!」
そして肝心のゴブは暫く札束を咀嚼した後、顔を顰め――札束を扇子の上に乗せ直し、タタタっと桃子に駆け寄って膝の後ろに隠れました。
「ゴブゥ……」
「そうか、美味しくなかったんだねぇ」
微妙な顔で声を上げるゴブの頭を桃子が撫でました。ゴブが目を細めます。桃子に撫でられるのがゴブは好きなようですね。
「そ、そんな私のお金を、受け取らないなんて!」
「黄金院さん、お金で買えないものもあるんだよ~」
「う、うぅ、そんな、そんなですわ」
「でも……」
涙ぐむアンジェリーナ。ですが、そんな彼女に優しく桃子が微笑みかけます。
「お金なんてなくてもゴブちゃんとは仲良くできるんだよ」
「ゴブ~」
ひょいっとゴブを持ち上げ桃子が教えてあげます。誰かと仲良くなることにお金は必要ないのです。
「え?」
「撫でてあげたら、ゴブちゃん喜ぶと思うよ」
「……いいんですの?」
「勿論」
アンジェリーナはそっと手を伸ばし、そしてゴブの頭をなでました。
「ふわぁ、すべすてしていて、それに何か肌触りがぷにぷにしてますですわ~」
相好を崩し、幸せそうな表情になるアンジェリーナです。
「ゴブ~」
そしてゴブも両目を線にし、気持ちよさそうな声を上げました。
「ゴブちゃんも黄金院さんのことを好きになったみたいだよ」
「本当ですの!?」
「うん。だから仲良くしてあげてくれたら嬉しいな」




