第9話
この子もか、と思った。そりゃまあ、人間なんだから愚痴の一つや二つあるだろう。しかし正直、他人の悪口なんて気分が悪くなるだけで、言いたくないし聞きたくもない。それに自分から見て仲の良い人間同士ともなればなおさらだ。
「急にどうした?」
愚痴を聞くのもバイトリーダー(に近い立ち位置)の人間の仕事だと分かってはいるが、嫌なものは嫌だ。うんざりした気持ちが表情に出たかもしれない。
「やー、福宮私のこと嫌いやろ?」
「誰かからそう聞いたの?」
「いや、なんとなく、でも絶対嫌いだと思う」
「なんとなくで決めつけちゃダメだよ」
「だって分かるもん」
さっきの話を聞いていたのか、と疑うほど鋭いことを言う。しかし、さっき福宮さんが辺りを見回した時につられて彼も見回していたので確かに小田さんはあの話を聞いていない。聞いていないのだが疑ってしまうほどに察しがいい。
「落合、なんか聞いてない?」
「なにを?」
「私のこと」
「いやー、特にそういうことは聞いてないけど」
「落合と福宮って普段どんなこと話すの?」
「別に...学校のこととかかな」
板挟みとか本当勘弁してくれよ...。心底そう思った。
「別に俺は福宮さんと悪口言い合ってるわけじゃないよ」
「本当?でもよくさっきみたいに2人で何か話してるじゃん、聞かれたらまずいことなんじゃない?」
「それは俺にはわからないよ、彼氏のこととかはあんまり聞かれたくないんじゃないの?」
「じゃあそういうことを職場で話すのはおかしくない?」
「そうかもしれないけど...それを言うなら聞かれる心配があるのに職場で他の人の悪口なんて尚更言わないでしょ」
はぐらかすのも大変だ。どうにかこうにか悟られないように言葉を慎重に選ぶ。
「絶対あいつは私の悪口言ってる」
「まあまあ、とりあえず今日もどこか食べに行こうか?その時にゆっくり、ね?」
「いいけど...」
憮然とした顔つきで小田さんが応える。いいんかい、と心の中でツッコミを入れたがここはグッと堪えた。
「ほら、あんまり喋りすぎたら店長から怒られるよ」
「うっ...店長怒ったら怖い」
「だからほら、とりあえず今は仕事仕事」
「うん」
ふぅ...とりあえず溜飲は下がった。とは言えないがこの場を収めることには成功した。バイトリーダーも楽ではない。