第46話
「小田さんこれそっちの棚に置いといて」
「はい」
「これも容器入れ替えようか」
「はい」
なんとか作業が残ってるうちは仕事と割り切って話しかけれるのだが、これが終わってしまうと無言の、あの気まずい時間がまた来てしまう。なるべく遅く、ゆっくりと作業を行った。
「さ、キャベツを切って、レタスを千切って、と」
普段声に出さずに黙々と作業する(実際そっちが効率も良い)のだが、少しでも気が紛れるならという思いからついつい声に出してしまう。なんだか自分がひどく惨めに思えてくる。
「ソースが少ないからソースも作って、あ、エビも解凍しないと」
昔、まだお婆ちゃんが生きていた頃、こんな風に声に出しながら家事をしていたのを思い出した。あれは俺がちょうど反抗期の時期くらいだったと思う。お婆ちゃんも寂しかったんだろうか。
「トマトもレモンも切らないと」
1人で仕込みと締め作業はなかなかに大変だ。小田さんはさっきホールの方の締め作業に入ったし…普通なら、2人で仕込みまでしてから締め作業なんだけどな。最近は少し話しかけただけで小田さんがどこかに行ってしまうから俺の負担ばかり増えてどうしようもない。
小田さんは今どういう感情だろうか。なにを思って仕事をしているんだろうか。
「嫌いな落合といたくない」?
「早くバイトが終わればいい」?
多分、そんなところだろう。嫌われたものだ。
まあ自分が選択を誤ったからこんなことになったんだし、仕方ない。
仕方ないけど、流石にこの空気はまずいな…。もし俺と小田さんが敵対してるみたいになって派閥争いなんかに発展したらどちらかが辞めざるを得なくなりそうだ。もちろん、杞憂で終わってくれればいいが。
「ふぅ」
なんだかんだで締め作業まで全部終わってしまった。閉店まであと20分、ここらでちょっと一息つくか。
「小田さん、表は俺が見とくから10分くらい座ってきていいよ」
「あ、そう、じゃ」
必要最小限の言葉だけ口にして、さっさと裏の休憩室へと向かって行った。
…嫌われたものだなあ。ここまでハッキリと敵意を向けられると辞めてしまおうかとも思ってしまう。だけどせめてあと少し、後輩たちが高校を卒業するまでは見届けてあげたい。
この変な親心さえなければ今すぐにでも辞めたい。そう思わせるには十分なくらい今この場所が心地悪い。




