第43話
今日はなんだかやけに月が近く感じる。中秋の名月とは真反対な季節だし、冬みたいに空気が透き通ってるわけでもない。逆に空気が透き通ってないからボヤけて大き見えるのかもしれない。もしくは意識していないだけでいつもこれくらいの大きさなんだろうか。
「で、落合、謝ることって?」
もうすっかり夜でも寒くはなくなった。外で話すにはちょうどいいくらいの気温かな。
「この前のこと。いや、この前だけじゃない、出逢ってからずっと、今までのこと。俺の男女の仲に対するズレた意識のせいで小田さんに嫌な思いをさせてしまったこと。更には福宮さんとの異常な距離の近さ、これに関しては福宮さんと関係の整理をしてきた。だからと言って許してくれなんて都合の良いことは言わない。とにかく、申し訳ない」
そこまで言って、頭を下げる。最近頭を下げることばっかりだ。こんなにヒョヒョイ謝ってたら心からの謝罪とは思われないかもしれない。だがこれ以外に許してもらう方法が思い浮かばない。
「謝りたいことって、それだけ?」
目を細めて、正面にいる俺を極力視界に入れないようにしながら小田さんは言った。
嫌われたものだ。言葉を選んで絞り出したつもりだが、「それだけ?」ということは謝罪の言葉も足りなかったのだろう。
「ごめん、これだけ」
今更急いで言葉を付け加えたところでそれに心はこもらない。正直に言った。
「そう、じゃ」
短めに返事をして小田さんは車に乗り込み、発進させた。ただ遠ざかっていく白い軽自動車をボンヤリ眺めるしかできない自分が恨めしく思う。
あまりに一瞬だった。
しばらくそこに立ち尽くし、現実を静かに受け止め数瞬空を見上げる。今日は本当に月が大きい。
叶わなかった。
仲の修復は不可能だった。
福宮さんとは自分の勝手な都合で距離を置き、小田さんには気持ちは届かず。
受け止めたつもりの現実が、胸からこぼれ落ちそうだった。こんな負の現実なんていっそこぼれ落ちてしまった方がいいのかもしれない。でもそれをするには自分があまりに滑稽に思えた。
この感情は、静かに胸にしまっておこう。いつかきっとこの感情が自分を強くする。今はそんな根拠のない予感に縋るしかなかった。




