第41話
今日は良い日だ。花は咲いて小鳥たちはさえずって…。後は目の前にいる女の子の機嫌さえ損ねなければ、きっと良い日で終わることだろう。
「でね、友達と駅まで行ったら」
「うんうん」
しかし、どう切り出そう。
「小田さんと仲良くしたいから距離を置こう」?
あまりに都合が良すぎないか?そんなこと言えるわけがない。
「オッチー大丈夫?」
「あ、うん、なにが?」
「顔色悪いよ、まだ風邪治ってない?」
ものすごく申し訳なさそうな顔で福宮さんが言う。
「大丈夫だよ、もうすっかり元気」
「よかった」
自分のせいで風邪をうつしたと思っているんだろう。あれは一方的に優しさを押し付けた自分が悪いんだ。だからそんな顔をしないでおくれ、君は悪くないんだよ。
「福宮さん」
「なに?」
「ちょっと真面目な話をしてもいい?」
「いいよ」
前置きはいらない。
「少し距離を置かない?」
「なんで?」
「なんで?」当たり前の疑問だろう。もし逆の立場だったらまったく同じことを言っていた自信がある。
「俺と福宮さんの仲をよく思わない人がいる」
「うん」
「俺たちはあまりに近すぎるらしい」
「そういう人間には言わせておけば?」
「そうもいかないんだよ」
「なんで?」
まあ、そうなるよな。誰がよく思っていないのか、そしてよく思われていないからってなんで距離を置こうとするのか、主題を言わないままじゃ出てくる言葉は「なんで?」だろう。
「俺はその人と仲良くしたい、もちろん福宮さんとも」
「ほー」
「でも接し方とかは今のままでいいと思うんだ。ただ、ちゃんと友達として、男女として、お互いが心の中で線引きしてればいいと思う」
「うん」
「どうかな?」
どうかな?って…もうちょっとマシな言い方はなかったのか。心臓がバクバクいって、頭がズキズキして、自分でも何を言っているのかイマイチわからなくなる。
「あー、いいよ」
意外な返事が返ってきた。それはもう、意外すぎる返事だった。てっきりその「よく思わない人」に対して敵意を向けるものだと、そう思っていた。
「いいの?」
「うん」
「え、いいの?」
「だからいいって言ってるじゃん」
それから福宮さんは「あんまり気持ち良くはないけど」と付け足した。予想通り、快諾ではなかったようだ。
「どうせ、あいつやろ」
「あ、うん、気づいてた?」
「仕方ないなあ」と少し呆れたように福宮さんが笑う。
綺麗だった。
この子がいつも隣に居てくれて良かったと改めて思った。
「オッチーが仲良くしたいと思う相手と仲良くすればいいと思う。私はそれに干渉しないよ、むしろ、私のせいでオッチーの交友関係が縛られてほしくない。オッチーのやりたいことは尊重するし、応援する。それが友達としての私の役目だと思う」
言葉を選ぶように、一言ひとことを丁寧に言ってのけた。まだ高校生で、こういう考え方ができるのは立派だなと思う。
「これで遊ぶ回数を極端に減らすとかだとまた違ったんだろうけどね。ただ心の中で線引きするだけでしょ?私とオッチーならできるよ」
ここまで信用されると応えてあげたくなる。いや、応えるもなにも自分から言い出したことだが。
「福宮さん」
「うん?」
「福宮さんが友達で良かったよ」
「そう?よかった」
本当に、心からそう思った。福宮さん以外の誰かにこのことを言って、誰が納得してくれるだろうか。
「私もオッチーと友達でよかったよ」
「本当に?」
「うん、これだけ人間関係に真摯に向き合える人が友達でよかった。まあ、そうだから仲良くなれたんだけどね、心の底から誇れる友達だもん」
本当にこの子は…高校生として見るのが難しいくらい“綺麗”な考え方をする。いや高校生だからこそ、なのかもしれない。
「俺も、心の底から誇れる友達だよ」
そう言って握手を交わした。改めてこういうことをするのは恥ずかしかったが、せっかくなのでこれからもよろしく、と心の中で念じた。
そして、とても暖かかった。




