第35話
冬が終わり春が訪れる。季節の変わり目は体調を崩しやすい、彼女もその1人だ。
「クシュン!」
「おいおい、死ぬなよ」
「それはオッチーにかかってる…ゲホッゲホッ」
「無理すんなー」
福宮さん、すっかり風邪をひいてしまったみたいだ。今日は親がいないと言っていたので看病しに来た。
本人は看病しなくても大丈夫だと言っていたが、なんでもかんでも「はいそうですか」と応じるほど素直ではないので、一方的に優しさを押し付けに来てあげた。
「ほら、なにか作ってやるから。寝てなさい。なにが食べたい?うどんかお粥あたりにしようか」
「そこまでしなくて大丈夫だから…」
福宮さんは普段からハスキーな声だが、今日はより磨きがかかっている。これじゃまるでハスキーを通り越してがなり声だ。
「大丈夫じゃない、病人は寝てなさいな」
「うー、じゃあうどん」
「うどんね、わかった。台所使うよ」
「ゲホッ…いいよ」
「そういえばオッチー、バイトは?」
「ん?休んだ」
「マジか、ゲホッゲホッ…ごめん」
「いいんだよ、今日入ってる人たちには後で謝るから。代わりに小田さんが入ってくれたしね」
「あいつに恩は売りたくない」としんどそうな顔がより一層辛そうになる。
「そんなこと言ってられないでしょ、じゃあちょっくら作ってくるから」
「うん、ごめんね…ゲホゴホゲハ!」
福宮さんは見るからに相当辛そうだ。こりゃ、来て正解だったな。
他人の家の台所ほど緊張するところはそうない。流石に食材を勝手に使うわけにはいかなかったので近くのスーパーで買ってきた。冷凍うどんと、白だし、醤油、味の素
、卵。これだけあれば、まあ不味くはないものが作れるだろう。
なにか文句を言われても「病人は大人しくしてなさい」と言って誤魔化そう。
一旦茹でたうどんを、すする必要がないよう短く切る。人は食べるのにだって体力を使う。なるべく負担をかけずに食べれるように工夫したつもりだ。
「はい、できたよ」
「ありがと…オッチー、自分のは?」
「どうせ1玉も食べれないでしょ、俺は残りをもらうよ」
福宮さんはうどんをゆっくりと食べ始める。どうやら味は普通みたい、もしくは風邪で味がわからないのか、文句を言われることはなかった。
「ん、もういい」
「どれどれ、お、3分の2は食べてるね、えらいえらい」
「もう寝る…ゲホッゲホッ」
「あ、ちょっと待って、それなら熱冷まし交換しとこう」
熱冷ましを外してあげるともうほぼ機能していないくらいには温かった。
「ほらもう、こんなのつけてる意味ないよ」
めちゃくちゃ過保護なお母さんみたいだな、なんて自分でも思いつつ新しい熱冷ましを貼ってあげた。
そして残りのうどんをかきこんだ。味は普通だ。
「じゃあ食器片付けてくるから、ちゃんと寝ててよ」
「うん」
福宮さんがしっかり布団に入るのを確認してから台所に戻った。




