第1楽章4番 見知らぬ世界
「奏助、今から話すことは‥とても理解しがたい事かも知れない。けど、どうか私を信じて欲しい」
弦の瞳は真っ直ぐ、リビンクのソファに座る奏助に向けられている。
この人は絶対に嘘をつかない。
生前父が、生真面目と言う言葉は弦の為にある、良く言ってたからだ。
「俺は……弦先生を信じます!!」
弦の視線に応えるように、奏助も弦に視線を合わせると、深く静かに頷いた。
「ありがとう。ではまず、これから話さなければならないな……さっきの男が言っていた事……すべて本当の事だ。
私達は……この世界の住人ではない!」
奏助は息を飲み目を丸くした。
聞きたい事が山ほどある。だが、何から聞いて良いのかわからない。
わかっている事はさっきの男、普通の人間では無く、弦とは対立関係にあるという事だけだった。
「じゃあ……弦先生も人間じゃないって事ですか?」
「アイツと一緒にしないで!!!
私達はアイツらのせいで……」
奏助の隣に座っていた奈々歌が、立ちあがり声を張り上げた。その目にはうっすらと涙が滲んでいる。
「落ち着けって!一緒になんかしてねーよ」
奏助の言葉に奈々歌はゴメンと小さく呟き、ソファに座り直し、袖で涙を拭った。
余程憎んでいるのだろう、みやびもまた、唇を噛み締め涙を堪えている。
「奏助、この世界の住人では無いと言ったが私達は人間だよ」
弦が少し微笑んで奏助に言った。
「ただ、特殊な力があるだけだ。」
そう言うと、棚から1枚の紙を取りだし、みやびに渡した。
「奏助、その花を良く見てなさい。」
ローテーブルの真ん中に飾られている3本の花の内、1本だけ枯れてしまっている。
みやびは渡された紙を置き、持っていたフルートを吹き始めた。
3拍子の明るくて、どこか可愛らしさがある美しいメロディとフルートの音色が良く合う素晴らしい曲だ。
「えっ!?」
珍しく奏助が声をあげた。
流れるフルートの演奏に乗るように、枯れていた花がみるみる花弁を開かせたのだ。
そこだけ時間が逆戻りするかのように、花は完全に売り物と同じくらい綺麗な状態となった。
奏助は返り咲いた花を見つめていると、弦が言った。
「クレッシェンド・アイランド
私達の世界の名前だ」
◇◆◇
「最初はただの小さな島国だった。だけど音楽と魔力で栄え、段々と大きな国になっていった。
だから、クレッシェンド」
クレッシェンドは音楽用語で、段々大きくという意味をもつ。
奏助だってクレッシェンドは何度も楽譜で見ているが、クレッシェンド・アイランドは勿論初めて聞く名前だ。
「音楽と……魔力?」
「そう、音魔道士が作った曲を、音の欠片を持った演奏者が演奏すると、曲に込められた力が発動する」
爆音野郎も言っていた音魔道士やら、音の欠片という言葉が弦の口から出たとき、改めて弦がこの世界の住人では無いという事を思い知った。
「爆音野郎も言ってましたよね……弦先生の事音魔道士って……」
「魔力を込めた曲を作れる者を音魔道士と呼ぶ。今、みやびが吹いた曲は自己再生を促す曲だ」
「って事は弦先生は、アイツが言ってたとおりその……音魔道士ってやつなんですか?」
「そうだ。これは私が昔作った曲なんだ」
弦は、みやびに渡した紙を奏介に手渡した。
しかし、そこには音符1つも記載がない、ただの白紙。
首を傾げる奏助に後ろから、ちょっとゴメンねとみやびが言うと、奏助の首に何かをつけた。
「これって?」
奏助の首にはみやびが付けていたト音記号のネックレスがつけられた。
見れば、昨日奈々歌が落としたものと、爆音野郎も同じ物をつけていた事を思い出す。
「奏助くん、この紙見てて」
みやびにローテーブルに置かれた白紙を見るように促され、言われたとおり紙を見つめる奏助の目に、不思議な現象が飛び込んできた。
「これって!!」
奏助が持つ白紙に、うっすらと記号のような物が現れた。やがてそれは形を変えながら五線譜と音符に変化を遂げ、きちんとした譜面に整った。
奏助は現れた譜面を見つめ、気がついた。
「これ!今、みやびさんが吹いた曲……」
「正解!じゃあ、今度はこれを取ると……」
みやびは奏助の首からネックレスを外した。
すると奏助の視界から五線譜と音楽が段々と薄くなり、やがて完全に見えなくなった。
目の辺りにした出来事に呆然としていると、弦が話した。
「これが音の欠片。
音の欠片を持たないと譜面は見えない。いわばカギのような物だ。そして、音の欠片を音魔道士から与えられた演奏者を専属演奏者と呼ぶんだ。」
「じゃあみやびさんは弦先生の専属演奏者?」
奏助がみやびの方を見ると、みやびが答えた。
「今はね。極端な話、音の欠片を持って音魔道士の作った曲を弾けば、誰でも術は発動させれるのよ。首から下げなくても、音の欠片を所持していれば術は発動出来るし、ずっと持っていれば、譜面が見えてくる時間も短縮される。
渡されたとき、すぐ弾けるように」
昨日、奈々歌が落として奏助が持っていたネックレス。
あれは今言った音の欠片だった。
ポケットに入れたまま返しそびれ、そのまま書庫で拾った譜面の曲を弾き、爆音野郎が曲の残り香を辿ってきたと言った事を思い出した。
嫌な予感がした。
「……先生、昨日俺が弾いた曲……なんていうんですか?」
「…………永久封印……というピアノ協奏曲だ。
クレッシェンドで悪事を働いた者を押さえ込む為に昔私が書いた曲だ。さっきの男もその1人だった。当時の私の専属演奏者が弾いて、アイツを封印した」
「悪さってどんな事ですか?」
「大量殺人だ」
奏助は胸の鼓動が徐々に早くなるのを感じながら、口早に弦に問いただした。
「その曲……永久封印をまた弾いたらどうなるんですか!!教えて下さい!!!」
力一杯弦の腕を掴み、奏助は訴えた。
その様子に弦は戸惑ったが、自分を信じると言った奏助の気持ちを裏切りたくは無かった。
弦は一息つくと、奏助に告げた。
「…………封印は解ける」
奏助の嫌な予感は的中した。
知らなかったといえ、偶然にも昨日自分がしたこと……音の欠片をもち、音魔道士である弦が作ったピアノ専用の曲を弾いてしまい、そのせいで封印していた者を目覚めさせてしまった……
しかも、大量殺人鬼を…
「奏助のせいじゃない!元を言えば音の欠片を落とした私が悪いの!!」
「いや……勝手に書庫に入って譜面を持ち出したのは俺だ」
「私が!お父さん私が音の欠片を……」
「止めなさい二人共!!」
奏助と奈々歌の庇い合いを弦が止めた。
二人が自分自身を責めている事くらい、弦には分かっていた。
弦もまた、己を責めていた。
「本来、音の欠片は、演奏者以外にもたせてはいけないんだ。だが奈々歌に音の欠片を持たせたのも、楽譜を書庫に置いていたのも私だ……皆を危険に晒してしまった……申し訳ない!!」
「弦先生……」
「お父さん…………」
「昨日、奏助が弾いたのはたったの8章節ほどだ。だから大丈夫とたかを括っていた。
………17年もたてば、封印も弱まるか…………」
弦はタメ息をついた。
すべては自分の判断ミスだ…そう考えざるしかなかった。
昨日の自分を悔やんでも悔やみきれない。
「弦先生……」
項垂れる弦に、奏助は言った。
「あの爆音野郎は、なんで大量に殺人なんかしたんですか?
もしかして先生達も、誰か知り合いを‥」
「アイツらが急にクレッシェンドをめちゃくちゃにしてきたのよ!!!
アイツらにお父さんの奥さんは……」
「奈々歌!!」
叫ぶ奈々歌を弦が止めたが、奏助が今の言葉を聞き逃すハズが無かった。
「お父さんの奥さんって‥お前の母親だろ?…
……………え?」
うつむいたままの奈々歌をみやびが抱きしめたる。弦は奏助に言った。
「奏助、奈々歌は私の実の娘じゃないんだよ。
正確には、私の兄の娘なんだ。」
「‥‥‥兄?」
「神楽弾。私の双子の兄で、クレッシェンドの国王だった……みやび、悪いがお茶をお願いできるか?ゆっくり話をしよう。
奏助、突然多くの事を話してしまってすまないね」