第1楽章3番 音魔道士
突如目の前に現れた不気味な男はエレキギターを掻き鳴らし、お世辞にも上手いとは言えない演奏に完全に酔いしれている。
「さぁ~今から楽しいライブが始まりますよ」
その音はまさに今朝、看板が落下する直前に聞いたのと同じ音だ。
あのときは微かに聞こえる程度だったが、それでも骨まで響き鳥肌が止まらず、不快に感じた。
そんな音が目の前で奏でられている……
2人は耐え切れず両耳を塞いだ。
「あなた達に最高の曲を供えます!
地獄……」
「うるっせーな!!!!!」
奏助が不気味な男の言葉を遮り叫んだ。
その声に男もギターを弾く手をとめ、奏助を睨みつける。
「うるさい?」
「あぁ、スッゲーうるせえ!お前、自分が天才で、いつかプロになるとか思い込んでるクチだろ?勘弁してくれよ……プロはな、聴き手が不快になる音なんか出さねーよ!!」
なにかが外れたかのように、奏助の口は止まらない。
うるさいのが嫌いなうえ、プロを舐めてる根性が気に入らない奏助の口撃は過激になっていく。
「俺が今まで聴いたエレキで1番クソみてーな音だしやがる!どうやったらそんな音出るんだよ!!」
「ちょっと奏助!!」
奈々歌が焦り止めに入るが、奏助の口の悪さはさらにヒートアップし、不気味な男に向けられた。
「お前、音楽ってどんな字書くか知ってるか?
音を楽しむって書くんだよ!
お前の演奏、まったく楽しめねぇ!弾かれてるエレキがマジ気の毒。
わかったらさっさと消えろ!……爆音野郎!!」
「…………今、なんと?」
不気味な男は顔をひきつらせた。
奏助は舌打ちすると、男の顔を再度睨み付けて叫んだ。
「だからさっさと消えろ爆音野郎!!警察呼ぶぞ!!」
そう言うと、後ろから奈々歌に頭を叩かれた。
「あんたね、こんな時に口の悪さ発揮しないでよ!!」
「本当の事だろ!」
「変に刺激したら変な事するに決まってるでしょ!」
「充分変だろコイツ」
二人の口喧嘩をみていた不気味な男は苛立ち、さらに爆音を奏で始め、耳を塞ぐ奏助と奈々歌。
発狂し、頭を上下に降るその様子は誰が見てもゾッとする姿だ。
頭を降り終え、2人を見た不気味な男の目は赤く血走っていた。
「爆音野郎……前にも言われた事ありましてね~……嫌いなんですよその言葉……」
「へぇーその人天才だな!きっとお前より
音楽の才能あるよ!」
「………うるさい!うるさいうるさいうるさい!
私だって……私だって専属演奏者だぞ!」
「なんなんだよ?そのセンゾクプレーヤーって」
不気味な男は奏助の胸元をじっと見つめた。
「あなた……音の欠片はどうしました?」
「オトノ……カケラ?」
「……フッ、まぁいいでしょう!むしろ好都合!!奏助くんと言いましたね…貴方は今、専属演奏者としての力が無いのだから!!」
不気味な男は胸元のポケットに入れていたギターピックを取り出し、再び演奏を始めた。
相変わらずの爆音に奏助と奈々歌は再び両手で耳を塞ぎ、目を閉じずにはいられない。
奏でられる不気味な音は、室内の空気を揺らし、飾ってある数々のメダルやトロフィーを倒していく。
「2人共死ね!!地獄……グアッッッ!!!」
またしても地獄……で何かに遮られた不気味な男の言葉。
奏助と奈々歌が目を開けると、目の前にいる不気味な男の体に、金色に輝く輪がかけられ、身動きが取れない状態となっていた。
「なんですかコレは?私の邪魔をするのは誰です!!!」
男は力一杯もがくが、輪は外れる事なく男の体を締め上げている。
突然の出来事に訳がわからず、奏助と奈々歌が呆然としていると、廊下から音楽が聞こえてきた。
優しい音色に柔らかなメロディがとても心地よく、聞いている者を安心感を与える曲だ。
(……フルート?……)
奏助が部屋の入口を見た。
だんだんと部屋に近づくフルートの音色。
「ここはお前のいる場所ではない!!
早急に立ち去れ!!」
そう言いながら部屋に来たのは、奏助の師、
神楽弦と、その後ろでフルートを奏でる奈々歌の姉、みやびだった。
◇◆◇
「先生!!」
「二人とも大丈夫かい?」
弦の姿に安堵の表情を見せた奏助と奈々歌。
しかし、どこか近寄りがたい神々しい雰囲気が漂う。
不気味な男は懲りずに、もがきながら口を開いた。
「お久しぶりですね~」
「私は2度と会いたくなかった」
「あの時から長い時間がたちましたが、音魔道士の力は昔と変わらず……さすがですね~国王代理」
(オトマドウシ?国王代理?)
理解出来ない言葉が次々と現れ、奏助の頭は混乱しているが、ただ1つ理解できた事は、弦とあの男は対立関係にある……ということだ。
弦の後ろにいるみやびもまた、男を睨みながらフルートを吹いている。
その姿に男の目が、弦からみやびに移った。
「そちらの女性は……」
男の脳裏には、弦にしがみつき泣きじゃくる幼い女の子の姿が映し出される。
「……ご立派になられましたね~フルート奏者になったんですね~ん……?」
男は、みやびがつけているネックレスを見つめると再び弦に視線を向けた。
「残酷な父親ですね~娘を専属演奏者にするとは……」
「‥私だって悩んださ…お前のような者に大事な子供達を晒したく無かった」
「そうですね〜専属演奏者は危険と隣り合わせですからね〜」
そう言うと男は手に持っていたギターピックをみやびに向かって投げつけた。
ピックがフルートを演奏するみやびの指をかすめ、指から血が滲み出る。
「みやびさん!!」
「お姉ちゃん!!」
しかし、痛みで顔を少し歪めながらもみやびは演奏を止めない。
奈々歌は男に向かい烈火の如く怒鳴りちらした!
「ちょっとアンタ!お姉ちゃんになにするのよ!!」
「お姉ちゃん?」
奈々歌の顔を見た男の脳裏に、若き日の弦に抱かれる幼いみやびと、生まれたばかりの赤ン坊の姿が浮かんだ。
「ほぉ……あなたがあの赤ン坊ですか……女の子だったんですね~私はてっきり奏助くんだと思ってましたが…それでは昨日ピアノを弾いたのは…………」
「私よ!私が弾いたの!!」
「あっ?お前なに……」
奏助を庇うかのように奈々歌は男の前に立ちふさがった。
「さすが王家の娘さん達ですね~
美しい音色のフルートに天才的なピアノ……
まだまだクレッシェンドは安泰ですね~
フフフ……今日は一先ず退散しますね……」
男は自身の体を締め上げていた金の輪から一瞬で消え、同時に演奏していたみやびが膝から崩れ落ちる。
「みやび!大丈夫か?」
隣にいた弦がみやびを支えた。
息切れはしているが、指の怪我以外は目立った外傷も無く、みやび本人も無事だ。
「お父さんごめんなさい、アイツを抑えきれなかった……」
「いや、もともとフルートの曲じゃないんだ。完璧な魔力が発動しなくて当然だ。
それより…………だ」
弦は和装の袖を破り、みやびの指を手当てしながら奏助と奈々歌の方を見ると、案の定、2人共不安と混乱が入り交じる複雑な表情をしている。
色々なことが起こりすぎて、特に奏助は思考回路がオーバーヒート気味、みやびもなんと声を掛けたらいいのか、何から話せば良いのか正直戸惑っていた。
しかし、微妙な雰囲気を一掃したのはやはり弦だった。
「奏助すまない…君をこんな事態に巻き込んでしまった」
「あの……一体……何が……どうなってんすか?」
奏助は今自分の周りで起きてる事態を知りたかった。
昨日の事や今朝の落下事件、それに奈々歌の様子が変だったのも、さっき目の前に現れた爆音野郎も……
「奏助、君には全てを知る権利がある。今から家に来なさい」
「父さん!?」
奈々歌が声を挙げて弦の腕を掴んだ。
弦は奈々歌の手を優しく握り返しながら奈々歌を見つめると、部屋を出ていった。
奈々歌とみやびが不安そうに奏助を見つめるなか、奏助は高鳴る胸の鼓動を感じながら、弦にの後を追った。