第1楽章2番 始まる不協和音
全身黒革のスーツを身に纏い、銀色の長髪の男はおもいっきり背伸びした。
薄暗い部屋には、1本のエレキギター。
「結構長い時が経ちましたね~それにしても……あの曲!!」
男は今さっき聴こえたピアノの音色を思い出し耳を塞いで、全身を震わせた。
「ぁぁぁぁぁあああ!!!
なんという不協和音!!!憎い!憎い!
この私をこんな長い間封印するとは!!
アイツは今どこにいるんですか!!!」
その言葉応えるかように、男がつけている銀色のネックレスから、淡く優しい光が放たれその中に、ある男の姿がボンヤリと映し出される。
「ほぉ……このネックレスこんな力もあるんですか……やはり生きていたんですね~」
男を食い入るように見つめながら、壁に爪を立て引っ掻いた。
不快な音が部屋に響く中、ふと、何かに気付いた。
(そうだ!アイツが生きているなら…その子供達も生きているハズ……もしやさっきの演奏…)
「良いでしょう!今度こそ親子まとめて
この私が殺して差し上げましょう…………
神楽弦!!そして子供ども!!!」
光に映し出された弦を見て、男は不気味に微笑んだ。
◇◆◇
翌朝、奏助はいつものように頭に寝癖をつけながら登校していた。
欠伸が多く、自分でも寝不足だと自覚はあったが、どうしても気になってしまい眠れなかったのだ。
昨日、神楽家で起きた出来事。
始めて見た弦先生の鬼のような表情と怒鳴り声。
それだけじゃない、みやびまでも顔を真っ青にし、いつもお気楽そうな奈々歌まで険しい表情になってしまい………
「なんだったんだ?あの曲……」
今でもハッキリ覚えている。
階段をかけ上るようなメロディーに、複雑に動く左手、そして曲が進むたびに鳥肌が止まらなくなった感覚。
演奏中は、わりと無心で落ち着いている奏助だが、昨日の曲は譜面を見ただけで心踊った。
(あんな事始めてだったな)
今日はレッスンに行って良いのか?
そう考えていたところ、前を歩く奈々歌を見つけた。
が、様子がおかしい。
「なにしてんだアイツ」
電柱等の影に隠れては、辺りをキョロキョロ見渡し、進んだかと思えばまた影に隠れて……という奇妙な行動を取っている。
奏助は小走りでそんな奈々歌に近づいた。
「おい!不審者!!」
声をかけた途端、奈々歌は電流が走ったかのように体をビクッとさせながら勢い良く後ろを振り返った。
「あっ……奏助……………おはよ」
「…………ビビりすぎじゃね?てか、なにしてんだお前」
「あっ、えっ…と探偵?」
昔から嘘をつくのが下手だったのは知っていたがこれは酷すぎる。
奈々歌の困った顔を見て、奏助はそれ以上追求しなかった。
「大丈夫かお前?いろいろ」
「うん……あの……さ……昨日はごめんね、お父さん
疲れてたみたいで」
「いや…別に」
「今日も普通通りレッスン来なさいって」
その言葉に少しホッとした。
でも、あの弦先生が疲れが理由であんなに乱れたりするだろうか……
奏助の心はまだモヤモヤとしたものが渦巻きながらも、いろいろ考えながら歩いていたときだった。
「ん?」
「えっ?なに?」
「何だこの音」
「音?」
それは、よく耳を澄まさないと聴こえないくらいの本当に小さい音だ。
車や歩く人々の声にかき消されるときもあるが、確かに聴こえる、キィィィィンという空気を揺さぶるような不快な音。
さっきの奈々歌のように辺りを見渡したが、特に音の出る物は見当たらない。
「何も聞こえないけど?」
奈々歌の言う通り、その音は段々と小さくなり、消えた。
ただの耳鳴りか……と思ったその時だった。
「危ない逃げろ!!!!!」
突如、上から聴こえた叫び声に、奏助と奈々歌が見上げると、巨大ななにかが二人の頭上目掛けて落下してきた。
「危ねぇ!!!!!」
奏助は奈々歌の腕を掴み、そのまま道路の端に倒れこんだ。
ほぼ同時にその巨大ななにかは、ほんの数秒前2人が歩いていた場所に勢い良く落下した。
凄まじい衝撃音と埃が辺りに舞う。
(なんなんだよマジで)
奏介は起きあがり落下物を確認した。
それは、目の前にあるビルの屋上に設置されているはずの看板だった。
「すみません!!大丈夫ですか?!!」
ビルの屋上で工事をしていた工事員が慌てて走ってきた。
「すみませんじゃねーよ!死ぬとこだったんだぞ!!」
「申し訳ありません!!!」
怒鳴るのも当然だ。
あと少し逃げるのが遅かったら、2人は確実に看板の下敷きになっていた。
奏介が奈々歌を見ると、奈々歌はまだその場にうずくまったまま動かない。
「ケガしてんのか?」
しかし、奏助の問いかけに奈々歌はなにも答えない。
わずかだが、体が震えているのがわかる。
「立てるか?」
奏助が手を差し伸べると、奈々歌はその手を取り、ゆっくり立ち上がった。
膝を少し擦りむいたようで血が出ていたが、それ以外ケガは無い様子に奏助は安心した。
奏助は鞄からハンカチを出すと、奈々歌に手渡した。
「膝、血出てるから押さえとけ」
「……………私帰る」
「え?」
「ごめん………」
奈々歌は覇気の無い表情でフラフラ歩いて行く。
体だけではなく、声も震えていた。
今さっきあんな目にあったのだから仕方無い……と他人なら納得するだろう。
だが、付き合いの長い奏助は、今朝から不自然な様子がどうも気になってしょうがない。
(やっぱり……なにかあったな)
小さくなる奈々歌の後ろ姿を見つめていると、奏助は警察官に、事故の状況説明を求められた。
◇◆◇
結局、状況説明や工事員からの謝罪、そして一応病院で診て貰えと、救急車に乗せられ、いろいろと検査を受けたが特に異常は無かった。
全て終わったときには、もう昼を過ぎていたため、奏助も学校には行かず自宅に直帰した。
「なんなんだ今日は…」
自室のベットに寝転がり、ボーッと考え事をしていると、スマホが鳴った。
奈々歌だ。
「帰って来るの見えたから……今そっちに行ってもいい?ウチ今誰もいないから、ちょっと不安で」
「…………別にかまわねぇけど」
「じゃあ今行く」
そして数秒後には、奈々歌は奏助の部屋にいた。
「昨日も今日もなんかごめんね!
昨日はお父さん疲れてたみたいだし、
今日はあんな事に巻き込まれて私も疲れちゃって!奏助どこもケガしてない?手は大丈夫?」
「無理矢理病院に連れられたけど、どこも異常ナシ。演奏に支障無いって」
「よかった……もし奏助になんかあったら私のせい……」
そこまで言いかけると、ハッとした顔で奏助を見た奈々歌。
奏助は奈々歌に問いただした。
「お前さ、何か隠してるだろ」
「えっ?」
「言えよ」
じっと奏助に見つめられ、奈々歌は動揺を隠せない。
時計の針の音が部屋中に響き渡る。
思わず奏助から視線を逸らしたときだった。
「いくら借りたんだよ」
「…………………………はっ?」
「悪い所は何してくるかわかんねーからな。
少しは貸せるぞ。あー、ちゃんと利子つけて返せよ」
思いがけない言葉に、揺れていた奈々歌の心は平常運転に戻り、響き渡る時計の針の音も、
ただの生活音に戻っていった。
ハァ……とタメ息をついた奈々歌。
「奏助も疲れてるんでしょ?ずっと警察に話し聞かれて」
「あぁ……警察が不思議がってた。
ボルトも緩んでない、強風も吹いてない、屋上で工事はしてたけど、看板には誰も触れてない、なのに急に倒れて下に落ちた」
「……うん……あ、ねぇ看板落ちてくる前に、なんか音がするとか言ってなかった?
それはどうなったの?」
奏助も1番気になっていた事。
一応、警察に話しはしたが、看板周辺の貴金属に異常は無かった為、どうやら事件と無関係と断定され流されてしまったようだ。
看板が落下する直前に聴こえた、キィィィィンという音。
「どんな音だったの?」
「多分電子音だと思う。けどなんつーか……骨まで響くっつうか、マジですげぇ嫌な音……」
とにかく不快でしょうがなかった謎の音。
しかしその正体は、意外な形で姿を現した。
「ホォ~あの音を拾えるとは……ご立派な聴力をお持ちですね~」
突然の出来事だった。
奏助と奈々歌しかいないこの部屋で、突如聴こえた第3者の声。
「あの僅かなギターの音を聴き取るとは…あなただったんですね〜
専属演奏者は」
「誰だ!!」
奏助が叫んだ。
すると、フフフ……と不気味な笑い声と共に、天井から人がすり抜けて入ってきた。
言葉がでてこず呆然とする奏助と奈々歌。
銀色の長髪に、全身黒の革スーツを着て肩にエレキギターをかけた男は、奏助を見つめると
にやりと笑った。
(な…なんだコイツ)
「昨日のあの忌まわしき曲の残り香を探って探って探って!!
やっと演奏したピアノを探し当てたところ、
貴方と、そちらのお嬢さんが部屋から出てきましてね……」
奏助が奈々歌を見ると、奈々歌は怯えきった顔していた。
「どちらが弾いたかその時は
分からなかったものですから………
2人共、始末してしまおうと思いまして……
今朝、地獄へと誘ったのですが」
男はそう言うと、肩にかけてるエレキギターの弦を1本だけ爪で弾いた。
キィィィィンと空気を揺さぶり、切り裂くような音色が部屋中に響き渡る。
(この音!!!)
それはまさしく今朝、看板が落ちてくる直前に奏助が聞いた謎の音とまったく同じ音だった。
「私もまだ本調子ではなくて、今朝は仕留め損ねましたが…今度こそ!」
(一体なにがどうなってんだよ!!!)
奏助は自分の背に奈々歌を隠した。
「地獄へ堕ちなさい!!!」