表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
太陽の奏  作者: 夏川 望
2/5

第1楽章1番 禁断の旋律

「あっ!来たぞ!!」


その声に大勢のマスコミが一斉に走り出し、一人の少年をとり囲むと、沢山のマイクやテレビカメラを向け少年に話しかけた。


音村奏助(おとむらそうすけ)くん!

ナショナルピアノコンクール1位おめでとう!」


「史上最年少17才の優勝だけど、何か一言!」


「審査員が絶賛してたけど、どう?」


「この前のコンクールとどっちが大変だった?」


怒濤の質問とフラッシュを浴びながらもキャリーバッグを引きずりながら、無表情でスタスタ歩いていく奏助の前に立ちはだかり、1人のレポーターが質問した。


「今1番なにがしたいかな?」


「……寝たいッス……」


「それから?」


「……あーあと…」


レポーターが期待に満ちた顔を近づけてくると、化粧品の匂いが鼻につく。

奏助は自分を囲むマスコミを見て、小さく溜め息をついた。


「俺、騒がしい人とケバい人、嫌いなんすよ……だから……早くこの場から去りたいでーす」


その言葉に呆然とするマスコミ達に目もくれず、あくびをしながら頭をポリポリかき、奏助はまたスタスタと歩き始めた。


◇◆◇


「…………ありえない……」


とある高校の教室。

1人の女子高生が、ワンセグでニュースを見ているが、その顔はみるみる般若の形相に変化した。

すると教室のドアが開き、そこにいたのは、さっき起きたばかり……と安易に予想がつくほどの寝ぐせがついた奏助だった。

あくびをしながら席についた奏助に女子高生は近づき、持っていたワンセグをつきつけた。


「ちょっと奏助!!なによコレ!!!」


ワンセグには昨日、奏助が受けたインタビューの様子が放送されている。

ケバいレポーターを罵ったときの場面だ。


「あんたねぇ…いい加減口の悪さ治しなさいよ!こんなんじゃせっかくの演奏が台無しじゃない!!」


「…………朝からうっせぇな……バ神楽 奈々歌(かぐら ななか)


「それ止めてくれる?幼稚園の頃から言われ続けてずっっっとムカついてんですけど!!」


ワンセグの中で昨日のレポーターが、最近の若者は……と怒り心頭の様子。

それにシンクロするかのように、奈々歌もまた怒りが収まらない。


「あんたにピアノ教えてるお父さんの身にもなってよ!!」


奏助は小さな舌打ちをすると、無言で教室を出て行ってしまった。

このやり取りを見ていた奈々歌の親友2人が、後ろからこっそり近づき、ガバッと抱き付いてきた。


「朝から夫婦喧嘩ですかー?」


「旦那さんイケメンですねー!!」


奏助と奈々歌は家が隣同士の幼馴染だ。

普段、コンクールや演奏会であまり学校に来れない奏助はクラス中、いや学校中からレアキャラ扱いされている。

奏助もまた、校内では殆ど無口、そしてメディアを通して発覚した口の悪さもあり、周りに話かけること、話しかけられる事は滅多に無かった。


「ちがっ……そんなんじゃないって!!ただアイツがなんか言うたび、お父さんまで悪く言われそうだから……」


「音村くん、毎日奈々歌の家に来るんでしょ?いいなぁ……」


「全然良くない!!アイツから顔とピアノとったらただの性悪男!!!」


そう言うと奈々歌も教室を飛び出し、奏助の後を追った。

やっぱり夫婦じゃん……と親友2人の目が語っていたのは言うまでも無い。


◇◆◇


アイツの居場所は想像つく。

奈々歌は駆け足で階段を登り、屋上に出る扉を開けた。


「やっぱり」


授業をさぼるとき、なにか考え事をするとき、

奏助はいつも屋上で噴けっている。

奈々歌に気付いた奏助は、面倒くさそうにタメ息をついた。


「朝から元気だな……お前」


「奏助は元気じゃないの?」


「軽い時差ボケ」


奏助は思い切り背伸びして続けた。


「感謝してるよ」


「えっ?」


(げん)先生には」


奈々歌の父、神楽 弦(かぐら げん)

人気アイドル等の曲を手掛ける作曲家だ。

ただでさえ忙しいのに、奏助のピアノ指導も毎日してくれる、頭の上がらない存在。


「5年前、両親が事故で死んだときから、いつも親身になってくれて、お袋の代わりにレッスンも引き受けてくれて……」


「お父さんも言ってるよ。今の仕事が出来るのは、奏助のご両親のおかげだって。

だから、奏助には出来る限りの事をしてやりたいって」


奏助の両親は共に音楽家だった。

音楽プロデューサーの父と、ピアニストの母。

ピアノの才能は専ら母親譲りだろう。

一方で奈々歌の方も、奈々歌が赤ん坊の頃に母親が亡くなり、弦は奈々歌と5つ上の姉を男手1つで育ててきた。

隣に引っ越してきた弦は当初、楽器店で勤務していたが、ある時仕事と育児の疲れが溜まり、倒れてしまった。

その時奏助の父が、弦が作曲が出来る事を知り、家で出きる仕事が良いだろうと、作曲家としてのレールをひいてくれた……という過去がある。


「ねぇ奏助」


「あぁ?」


「あんたにはさ、言おうと思ってたんだけど……私…………」


奈々歌と奏助が見つめあった瞬間、朝礼のチャイムが鳴り響いた。

その音にハッとする奈々歌。


「ヤバっ!!私当番だった!先戻るね!」


奈々歌はそう言うと、奏助を残し早々と教室に戻ってしまった。

慌ただしい奴……と思いながら自分も戻ろうとしたとき、足下に光る何かを見つけた。


「何だコレ?」


奏助が拾ったのは、ト音記号の形をしたシルバーの小さなネックレスだった。

太陽の光が反射し、キラキラと輝いている。


(アイツのかな?)


奏助はズボンのポケットにネックレスをしまうと、教室に戻って行った。


◇◆◇


「奏助はホントに表現が多彩だな」


「自分ではあまり意識してないっすよ」


夕方、奏助は奈々歌の家で自身のピアノ講師である弦からレッスンを受けていた。

長身で銀縁の眼鏡、いつも笑顔で温厚。

演奏以外にも、奏助が見習うべき所をたくさん持つ人物だ。


「今度、オーケストラのツアーに参加するんだって?」


「ドイツの有名な指揮者にスカウトされて……悪くない話しだし……でも暫く日本に帰れねえし、高校卒業したらそこを拠点にするつもりです」


「そっか……寂しくなるな……」


静寂な空気が流れる中、レッスン室のドアをノックする音がし、ドアを開くと綺麗なロングヘアの美しい女性が立っている。

奈々歌の5つ上の姉、「みやび」だ。


「こんばんは奏助くん」


「あっ……こんばんは」


みやびもまた、プロの音楽家だ。

今年、音楽大学を卒業後、プロのフルート奏者として、ソロコンサートやアーティストのバック伴奏、最近はCDデビューを果たすなど、美人フルート奏者として注目されている。


「ごめんね遅くなって、今日カレーでいい?」


「あっ……何でも……大丈夫です」


レッスン後は神楽家で夕飯をごちそうになるのも奏助の日課になっていた。

プロの作曲家のピアノ指導に、美人の手料理……自分でも恵まれすぎてると感じている。

だからこそお世話になってる人達に、プロのピアニストとして活躍する自分を見て欲しいのだ。


「あっ、お父さんさっき奈々歌を見かけたんだけど……ヤバイヤバイ言いながら必死な顔して学校の方に走って行ったけど、どうしたんだろ?」


「忘れ物かな?ハハッ奈々歌らしい」


「……………チッ」


約1名を除いては。


◇◆◇


「弦先生、少しだけ練習してっても

いいっすか?」


「あぁ、構わないよ」


夕食を食べ終わり、奏助は再びレッスン室に向かった。

普段ならすぐ家に帰るのだが、奏助は未だ帰らぬ奈々歌に渡したい物があったからだ。


(やべっ…)


ズボンのポケットから出されたのは、ト音記号がついたシルバーのネックレス。

今朝、屋上で奈々歌が落とした物だ。

何度か渡すタイミングはあったが、常に友達といる奈々歌に声を掛けにくく、ついには忘れてしまっていた。

弦先生やみやびに渡しても良かったが、詫びも込めて直接渡そうと考えていた。


(にしても……遅ぇなアイツ)


そんな事を考えながらレッスン室に向かっていたとき、ある部屋に奏助は目を奪われた。


(あれ?)


それはレッスン室の隣の部屋。

いつも閉まっている部屋の扉が、少しだけ開いている。

もう5年も神楽家に通っているが、こんな事は初めてだった。

奏助はほんの出来心で開いてる扉を少しだけ押してみる。

すると、ギギーッと鈍い音と共に扉はさらに開き、部屋の中が少し見えた。


「すげー…………」


思わず声に出てしまうほどだった。

壁一面に備え付けの本棚には、恐らく数千、いや数万という楽譜が並んでいた。

奏助は躊躇うことなく部屋に入り、楽譜を手にした。

音楽家の性だ。


(弦先生、ドラム譜やギター譜も書けるんだ)


さすがは人気作曲家……と思ったとき、1枚の白い紙がハラハラと舞い落ちてきた。


(なんだコレ?)


奏助が拾い上げたその紙は、恐らく弦が書いたであろうピアノ譜だった。

曲始めから、階段を早足でかけ上がるような音符、常に2オクターブをいったりきたりする左手の伴奏。


(何だ?この超絶ムズそうな曲……)


奏助はその楽譜を持ってレッスン室に戻ると、ピアノを開け、拾ったばかりのこの曲の演奏にかかった。

彼にとって、「難しい曲イコール楽しい」なのだ。

階段をかけ上がるような音符配列、世話しなく動く伴奏、そしてなぜか弾く度に鳥肌がたつメロディー。


(今までこんな曲弾いた事がない!!!)


無我夢中で弾いていると、レッスン室のドアが勢い良く開けられた。



「その曲を弾くな!!!!!」


弦は大声で叫びながら、楽譜を手で払い除けた。

突然の出来事に驚きを隠せない奏助。

無理もない、普段優しく温厚な弦先生が初めて見せた鬼の形相。

奏助が演奏の手を止める理由には十分だった。


「あ、あの…勝手に隣の部屋に入って

すみません……」


「奏助………なぜ………キミがこの曲を……」


「あ………この譜面が落ちてきて…」


「キミは、キミはなぜこの譜面の音符が見えるんだ?」


「え?」


弦に肩をガッツリと掴まれ、どうして良いかわからない。


「お父さん!奏助!」


この騒ぎに、いつの間にか帰宅した奈々歌が入ってきた。


「なに?お父さん珍しく大声だして……

お姉ちゃんも!廊下で立ち尽くしてさ……」


「私は……大丈夫だから……」


みやびもレッスン室前の廊下に駆けつけていたが、明らかに顔色が悪く様子がおかしい。

さっきまで普通だったのに。

奏助はこの、ただならぬ雰囲気をどうにか断ち切りたく、奈々歌に言った。


「これ‥お前のだろ?」


奏助がズボンのポケットからト音記号のネックレスをだした途端、弦とみやびの目が大きく見開いた。

それは奈々歌も同じだ。

すると、先程まで奏助に詰め寄っていた弦が、今度は奈々歌に詰め寄る。


「奈々歌!これは大事な物だと散々言っただろう!!」


「お父さん落ち着いて!!」


声を張り上げる弦をなだめるみやび。

ごめんなさい……と呟き下を向く奈々歌を見て

奏助が気付いた。


「もしかしてお前、さっきまでこれを探して…」


奈々歌が小さく頷くと、奏助は奈々歌の手を取りネックレスを渡した。


「もう落とすなよ……弦先生、俺帰ります。

いろいろ勝手な事してすみませんでした。」


「いや………私の方こそ急に取り乱して……

済まない……」


弦は強く掴んでしまった奏助の肩を2回程撫でると、隣の部屋に行ってしまった。

ごめんね奏助くん……と言い、みやびも弦の後を追う。


「奏助……ありがとう!また明日ね」


「あ、あぁ」


奏助は後髪を引かれる思いで、隣の自分の家に帰って行った。

奈々歌は、父と姉がいる部屋に入り、頭を下げて再び謝った。


「本当にごめんなさい」


「急に大声だして悪かったね」 


「奏助、何したの?」


弦は奈々歌を見つめながら、目線を奈々歌と同じ位になるようしゃがみ込んだ。


「奏助が…曲を弾いた」


「曲?なんの?」


弦はその曲のタイトルを、奈々歌の両肩に手を添えながら答えた。


「永久封印」


その答えに、奈々歌の大きな目が、さらに見開き大きくなった。

よほど衝撃的だったのだろう。


「えっ!」


「8小節ぐらいだけだが……一応頭に入れといてくれ」


「………お父さん」


段々と顔が青ざめていく奈々歌を、みやびが抱きしめた。


「いざというときは、私たちが守るから!」


「お姉ちゃん……」


奈々歌は、奏助が返してくれたネックレスをポケットに手を入れ、ギュッと握った。

一方、弦は窓から見える奏助の家を見つめていた。


(しかし…あの曲を初見で弾くとは……

さすが世界が注目する演奏者(プレーヤー)


何もなければ……それでいいんだ。


何も………なければ……

































































































































































評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ