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太陽の奏  作者: 夏川 望
1/5

プロローグ

「もう……終わりだ…………」


紅蓮の炎が山や街、家を飲み込み、響き渡る人々の断末魔。

掛けているメガネがずれている事も気付かず、男は右腕に幼女、左腕に赤ん坊を抱き、避難した崖の上から、地獄化した我が国に目を奪われていた。


「父さま……」


右腕に抱いてる幼女が、今にも泣き出しそうな表情で首もとに顔を埋めてきた。

可哀相に‥その小さな身体は小犬のように震えている。


「大丈夫……父さんがついてるからな!」


この地獄の風景をこれ以上見せてはいけない。男は着用している和装の長羽織で、震える娘とスヤスヤ眠る赤ん坊を包み込むと、少しでも速く走れるよう履いていた草履を脱ぎ捨て、崖に背を向け走り出した。


(この辺で生きてるのは……俺達だけか……)


辺りを見渡せば、仰向け、うつ伏せで倒れている人々、空気と交じる血の匂い。

男は自然と娘と赤ん坊を抱く腕に力が入った。


「父さま……痛い」


娘が言うのと同時に、スヤスヤと眠っていた左腕に抱く赤ん坊が、泣き出してしまった。


「あ……す……すまない!!よしよし……」


泣き声に焦りながら赤ん坊をあやす。そして娘も赤ん坊の頭を撫でながら、「父さまがいるから大丈夫よ」と赤ん坊に話しかけているその時

だった。


「大変ですね~父親は」


その声に背筋が凍り付いた。

恐る恐る振り向くとそこには、黒い革ジャンに革パン、口元に黒いマスクをつけ、エレキギターを持った長身の男が不気味な笑みを浮かべ、目と鼻の先に立っていた。


「こんな事態(とき)でもガキの世話………

いや~ご立派ご立派」


パンパンと拍手をしながら近づいてくる不気味な男。

先程まで一緒に赤ん坊をあやしていた娘も再び

震えだす。


「ま~だこんな場所(とこ)にいたんですね~弟さん……あっ失礼今は……国王代理でしたね」


「兄はどうした!!数日前、お前達の国に話し合いに行ったきり、一向に連絡がない!!」


「さぁ~私はなにも……」


不気味な男は首をかしげ、(とぼ)けた声で答えるとニヤニヤしながら、さらに距離を詰めて来た。

近づくたび見えてくる顔や手、エレキギターにはこびり付いた赤黒い血渋き。

恐らく、この辺りで殺された人々はコイツに……


「オギャアーッッッッ」


静寂を切り裂くように、赤ん坊がまた、火がついたように泣き出してしまった。

胸に抱きよせ、背中をトントンと叩いてみたが、張り詰めた空気を感じているのか、赤ん坊は一向に泣き止まず、むしろ泣き声は大きくなる一方。


「うるさいですね~……どれどれ私が眠らせて差し上げましょう……永遠に!!!」


不気味な男は、エレキギターを乱暴に掻き鳴らした。

ハチャメチャなメロディと連動して現れたのは、無数の紫色の火の玉。

それらはゆっくりと、不気味な男の周りに集まり始めた。


「さぁ!今から最高でスペシャルなライブが始まりますよ~あなた達3人にこの曲を捧げます……」



「交響魔術曲(まじゅつきょく)第4番!

地獄へのディスタンス!!!」



耳を塞ぎたくなる爆音が、エレキギターから奏でられ、火の玉が一斉に腕に抱く子供達目掛け飛んできた。

咄嗟に後ろ向きになった父親は、背中で火の玉を受け止める形となり、灼熱の熱さと、刃物で突かれるような痛みに苦悶の表情が充ちる。

庇っていても熱さは子供達に伝わり、泣き声が響き渡った。


「父さまー熱い熱いよー!!!」

「子供達を……巻き込むな!!!」


しかし、不気味な男は攻撃の手を緩めない。

狂ったように頭を振り、尚も爆音を奏で続ける男の胸元から、時折ネックレスがちらりと見えた。そのネックレスの形がはっきり見えたとき、父親は動揺を隠すことは出来なかった。


(やはりコイツもか……そしてこの曲……これは)


一見、只の爆音だが、良く聴くときちんとメロディーになっている。聞いたことがあった。

この曲は……


「兄さん……やはりお前!!!」

「おや?気づきましたか?」


不気味な男はそう言うと、付けているネックレスと、1枚の白い紙を見せつけた。


「これらは私の仲間があなたのお兄様から譲り受けた物を、私が頂いただけです

決して!ワーターシーが!!お兄様に何かした訳ではありませんよ」


この言葉に、怒りと悲しみが混じった感情が、体の奥から涌き出るのを感じた。

歯を食い縛り背中で火の玉を受けながら、消息不明だった兄の結末に、悔しさで涙が止まらない。


「さぁ~そろそろこの曲最大の大サビにいきましょうか!!!」


無数の火の玉が次々と融合し、1つの巨大な火の玉に変貌を遂げた。

こんなのを受けたら一溜りもない。

父親は上の娘に、お前だけでも逃げろと諭すが、娘は泣きじゃくるだけで何も答えない。

父親は覚悟を決めて子供達を強く抱きしめた。


「親子仲良く死…………ぐあっっっ!!!」


突然、不気味な男の身体が大きく左に吹っ飛んだ。

砂埃が大きく舞い、火の玉も消えていく。

その隙に父親は急いで体制を変え、子供達を抱え直しながら、何が起きたのかと様子を伺っていると、大量の砂ぼこりの中にうっすらと、不気味な男とは違う人影が見えてきた。


(誰だ‥‥)


「おい!あの方は俺の師匠だ!お前ごときがタメ口聞いて良い方じゃねえんだよ!よく覚えとけ!この爆音野郎!!」

真琴(まこと)!!」


砂埃が治まり姿を現したのは、三味線を手にした藍色と黄金色の紋付き袴が似合う茶髪の青年。

調 真琴(しらべ まこと)

真琴は自身の師匠の元に駆け寄った。


「大丈夫ですか?」

「真琴……無事だったのか!!」

「なんとか……それより師匠の背中!!」


そう言うと真琴は持っている三味線を弾き始めた。

爆音とは違う、とてもゆったりとした優しい音色が流れると、背中に広がる火傷が少しずつ小さくなっていく。

子供達に出来た小さな火傷も、跡形もなく消えていった。


「助かったよありがとう」

「まだ少し傷が……」

「大丈夫だ!それより……」


視線の先に、またもエレキギターを弾き始める不気味な男と、その周りを囲む、再度現れた紫色の火の玉。


「私はねぇ~サビの直前で曲を止められるのが、1番嫌い何ですよ~!!!」

「早く!こっちへ!!」


真琴は父親の変わりに子供達を抱えると、男を岩場の影の方へ促した。


◇◆◇


「ここは?」


岩場の影になる地面に、ひっそりと隠れていた扉。

開けると地下に続く階段があり、真琴は慣れた足取りで降りていく。


「こんな所があったなんて‥真琴、ここは一体?」


真琴がその先の重い鉄の扉を開けた。


「シェルターみたいなもんです!数ヶ月前から準備してたんですよ」

「………シェルター?準備って……」


しかし周りを見渡すと、何故か1台だけ置いてあるキーボード。それ以外に何もない。

師匠と呼ばれる男は、この部屋に疑問を感じていた。


「こういう日が来るんじゃないかと思って姉貴が……」


姉貴という言葉に、師匠と呼ばれる男の体が硬直した。


「真琴……」

「いいっス!何となく分かってました!

幸せでしたよ姉貴は……師匠と結婚して!」


真琴の目にうっすら涙が浮かぶと、小さな手に頭をポンと叩かれた。


「こらっ!泣くな真琴!!男だろ!!」

「………プッ」


その仕草と口調は亡き姉その物で、真琴は思わず吹き出してしまった。

頬をプクッと膨らまし怒る姪に、真琴は愛しさを感じ、温かく優しい時間が流れる。

しかし、その時間は長くは続かなかった。


「お~い!ここにいるんでしょう?」


鉄の扉をガンガン蹴る音と共に、先程の爆音が聞こえてきた。


「チッ……もう来やがったか!

師匠!そこの壁の方に立って下さい!」


子供達を抱え、指定された壁の前に立つと、真琴は姪の頭を撫でた。


「いいか?これから先、どこへ行っても‥どんなツラい事があっても‥姉貴の……母さんの分までしっかり生きるんだぞ!」

「お……おい真琴……」


真琴はキーボードの前に座り、1枚の譜面を置くと、師匠と呼ばれる男の鼓動は高鳴り、動揺を隠せなくなった。


「それは!!真琴!!なぜキミがその譜面を!」

「姉貴がごめんって言ってました。

この曲、師匠が昔作った曲でしょ。タイトルは‥旅立ち」


疑問が確信に変わった。

やはりシェルターなんかではない!

この部屋は‥俺達をどこかに逃すためだけに存在している!!!


「真琴止めなさい!私が残るから君が子供達を連れて‥‥」

「めちゃくちゃ練習したんですよ!師匠の作る曲、全部難しいから」

「真琴!!!」

「王族が全滅なんかしたら、この国は本当に終わる!姉貴言ってたんです

いざとなったら……私達で守ろうって!」


それは始めて知った、亡き妻の思い。

生前、妻が良く言っていた言葉が脳裏に甦る。


“あなたの代わりは誰にも出来ない

だからあなたは死んではいけない゛


「姉貴は死んじゃったけど……

絶対この曲弾けるようになれって言われて。

だから姉貴と絶対誰にもバレない練習部屋作って猛練習したんすよ!」


ボコッ!!

鉄の扉が少しへこんだ。

アイツが入ってくるのは、時間の問題だった。


「急ぎますよ師匠!!」


真琴は深呼吸すると、楽譜を見つめ、祈りを込めながら最初の音を鳴らした。

丁寧に、そしてミスのないように演奏するその表情は、今まで見たことの無いものだった。


「止めなさい!!キミ1人残ってどうする気だ!!」


キーボードから目映い光が放たれ、ゆっくり男を包みこむと、光と共に床から足が浮き上がった。


「師匠!どうか、どうかお元気で!

またどこかで会いましょう!」


真琴の弾くメロディーに合わせるように、目映い光は次第に大きくなり、やがて部屋全体に広がった。


「真琴ーーー!!」


叫び声と同時に光は消え、部屋には真琴一人となった。

ホッとしたのも束の間、爆音と共に鉄の扉が動きはじめている。

真琴は再び三味線を手に取り、力強く握った。


「師匠……今までありがとうございました!!」



























































































































































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