3話 旅する少女の向かう先
「そんなに怒らなくてもいいじゃん、女の子同士なんだし~」
星華は手の平の痕がついた頬を撫でながら私の後ろを着いてくる。
私たちはアレから半裸のまま、荷物を取りに戻り、着替えをして、今、村へと向かっている。
「よくありませんっ。危うく見られるところでした……」
戦いの音が止んだため、村人たちが様子を見に来たのだ。
私たちは咄嗟に草むらに隠れる事でやり過ごす事ができた。
「確かに危なかったね~」
「他人事みたいに言わないでくださいっ。それに荷物を取りに戻るまでにも……」
ウルフ(レベル2の獣系モンスター)の群れに3回ほど襲われた。
もちろん魔法で撃退したけれど、あんな姿で立ち回ったなんて淑女にあるまじき失態だ。
恥ずかしくて思い出したくもない。
黒歴史の上位に食い込んでしまった。
「まあ、何事もなかったし、よかったという事で」
星華は悪戯っ子がしそうな爽やかな笑顔でそう言う。
「まったく」
私は彼女の笑顔に負けて口元を緩める。
本当に迷惑ばかりかけてくれるけど憎めない娘なのである。
昔からそうであった。
「それにしてもユーフィルは本当に服をいっぱい着るよね」
すると星華がそんな話題を出してきた。
彼女は呆れた顔をしている。
しかし、そんな顔をされる筋合いはない。
「何を言ってるんですか」
私はそんな彼女に言葉を返す。
若干、ため息混じりになってしまった。
「ふぇ?」
彼女はきょとんとする。
この人は……。
絶対に忘れている。
そんな顔をしてくれた。
「いっぱい着ていてほしいと頼んできたのは星華ではありませんか」
私は3年くらい前の事を思い出す。
彼女が私の服を脱がし始めるようになったのは体が成長し始めたあの頃であった。
毎回、無駄に有り余る腕力に負けて服を剥ぎ取られていたのは今でも忘れない。
……嫌な思い出です。
私はあの頃の事を思い出して頭を抱える。
「そうだっけ?」
もう~……。
やっぱり忘れていた。
こういう期待だけは一度も裏切った事がないのは彼女だからだろう。
忘れっぽいところも昔のままだ。
「簡単に剥げると面白くないからって、いつも厚着をしてくれって頭まで下げて頼んできましたよ?」
あの時の事はよく覚えている。
そんなことを真顔で言われたため、迂闊にも私はそれを実施した。
ただ私は寒がりであったため、厚着が気に入り、今でも変わることなく実施している。
昔は星華のためにやっていたけれど、今は間違いなく自分のためだ。
あの時の私はどうかしていました……。
深く反省してもまだ足りない。
「あ~……、そんなこともあったっけ?」
星華は曖昧に頷く。
これは間違いなく思い出せていない。
「もういいです」
よって私は諦める。
「私が覚えてるのはユフィーの下着の色くらしだし~」
「なんでそんな覚えていなくてもいい事ばかり覚えているんですかっ」
私は足を止めると彼女の方に向き直り、慌てながら言う。
しかし、彼女は口を閉じない。
「初めて服剥いだ時にはもうブラしてたよね?」
「~~~っ」
体の中で血潮が滾る。
なんて恥ずかしい事を言ってくれるのだろうか。
記憶の中には確かにそんな光景が映し出されている。
彼女は羨ましそうに私の胸元を見ていた。
「確か色は桃色」
「~~~~~~っ」
いや~~っ、やめてくださ~~いっ!
体の震えが止まらない。
きっと顔どころか体中までまっ赤になっている事だろう。
「その後は白、黄、オレンジ、白、赤、桃、青、黄、紫、黒、白、黒、赤、黒、紫、黒」
「それ以上は言わないでくださいっ」
私が彼女を止めに掛かるとさらりとかわされる。
彼女の記憶力はどうかしている。
今のまま、言わせていたらたぶん、今日までに穿いてきた下着の全ての色を当てられかねない。
私でも覚えていないことを……っ。
「後半になって黒が多くなってるけど、胸が大きくなり始めた時期と重なるよね?」
「~~~~~~~~~っ」
私の中で血が沸騰し始めた。
そして、本日2度目の平手が空を切った。
私たちは村に着くと早速、人々に取り囲まれた。
皆、笑顔で感謝の言葉を伝えてくる。
私と星華はそれに答えながら村長さんに挨拶をする。
「この度は不運に見舞われて、さぞ大変だったでしょう」
私がそう切り出すと村長さんは首を振った。
「いえいえ…。あなた方のおかげで大した被害もなく、怪我人も数えるほどしかおりません。本当に感謝しております」
村長さんは深々と頭を下げてきた。
それに合わせて村人たちも頭を下げてくる。
村人たちの顔色を見る限り、どうやら死者は出ていないらしい。
よかったです……。
「そんな……。そこまで感謝される事は」
していない。
そもそも私たちが夜の内に森を抜けて、村に到着していれば、龍が村の中で暴れ出す前に対処する事もできていたはずなのだ。
「そんなことはありませんぞ。お二方は若いのに本当に強い……」
褒められるのはやはり照れくさい。
自分でも口元が緩んでいるのがわかる。
「いえ、そんなことはありません…」
確かにこの歳にしては強いのかもしれない。
でも、それでは意味がないのだ。
歳に合った強さでは生き抜く事ができない。
「お二方も参加されるのですかな?」
村長さんはそんな事を聞いてきた。
実は近々、龍王同士が直接戦うかもしれないという情報が出回っている。
龍王同士の戦いともなれば、被害は甚大なものとなるはずである。
私たちはそれを止めるために片方の龍王を倒しにかかろうとしている。
『参加』とは、その戦いに参加するかという事だ。
「はい。ここからリコリスまではどのくらい掛かるのでしょう」
リコリスとは戦に参加する人々が集合する町の事だ。
この大陸の北の方に位置している、お酒で有名な町だ。
私たちはそこに向かっている途中なのだ。
「徒歩でなら10日ほどで着けるはずです」
村長さんはリコリスがあると思われる方角を指しながら言う。
それくらいなら間に合いそうですね。
戦いの準備が始まるのは、今日から2週間後である。
よって、すこしだけ余裕がある。
「そうですか。それではこの村に宿などはありますか?」
私たちは村長さんにそう問いかける。
今日1日が終わるまでにはまだ半日ほどある。
しかし、私も星華も魔力を使い切りへとへとだ。
そんな状態で発って、もしもモンスターに襲われれば、それまで………。
「泊まっていかれるのですか? それでしたら私の家にお泊りなされ。あなた方にはぜひともお礼がしたい」
「おいしいご馳走あるっ?」
星華は口元によだれを垂らしながら言う。
「こらっ、星華!」
私は彼女の口元をハンカチで拭いながら後ろへと下げる。
そんな私たちの様子を見ていた村人が笑い出す。
「ははは、そんなに食べたければ任せてくれよ。腕によりをかけるぜ?」
「お嬢ちゃんたちは強いけど、見た目通りなんだなっ」
「こっちの子は大変だな~っ」
おじさんたちは満面の笑みでそう言う。
星華は頭を掻きながら笑い、私は頬を染めながら俯く。
いつもこうなってしまう。
また星華は……。
恥ずかしい。
でも、こういう賑やかなのは嫌いではない。
「……ふふ」
私は賑やかな輪の中で静かに微笑んだ。
私とユフィーは村長の家に行くと部屋に案内された。
どうやらユフィーとあたしは同じ部屋のようだ。
こんな幸運なことはなかなかないだろう。
「やった~、ユフィーと同じ部屋だ~」
「なんてこと……。こんな現実は認めたくないです……」
ユフィーは荷物を下ろしながら愕然とする。
なぜ、そんなにも辛そうな顔をするのだろうか。
彼女は何かを思い出しているような表情となる。
「ユフィー、枕投げしよ?」
あたしはベッドの上に跳び乗りながら言う。
するとユフィーは顔を引きつらせる。
「この前の村でいったいいくつの枕をダメにしたと思ってるんですか……?」
いくつだっけかな?
10個はダメにしているはずである。
枕の弁償は旅のために用意した路銀で払ったので、少しの間、商人の護衛などをしてお金を稼いだ記憶がある。
「10個くらい?」
「23個ですっ」
ユフィーは真剣な面持ちで言う。
「よかったね! その前の時より少ないよっ☆」
前の前の村では28個もの枕をダメにした。
宿主さんにこってりと絞られたのを覚えている。
正座で3時間も説教されたっけ?
「宿に泊まる度に無駄な出費をしてるんですよっ」
言われてみればそうだ。
「貧乏なのに大変だよね……」
「あなたのせいでねっ」
ユフィーは怒りっぽくていけない。
「可愛い顔が台無しだよ?」
「もう嫌です…」
あなたの言葉を聞いたユフィーは脱力しながら部屋を出て行く。
「どこ行くの?」
「少しお散歩してきます」
そっか。
あなたはユフィーが戻ってくるまで一眠りする事にした。
お風呂が楽しみだな~……。
もちろん、一緒に入るつもりだ。
村にはまだ焦げた匂いが漂っている。
その辺には龍たちが戦った跡が残っていた。
瓦礫がそこら中に散らばり、地面が抉れている。
村の二割がこんな感じだ。
しかし、この程度ならば、まだ優しいものだと言える。
レベル14以上の龍が暴れれば、村はあっという間に壊滅まで追い込まれる。
場合によっては小山が消し飛ぶなんて事もある始末だ。
「……北に来てから白龍種を見る回数が多くなってる気がします」
私は大陸の真ん中周辺の土地に故郷がある。
その地方では地龍種が主流であった。
ただ、その地方は魔王を倒した張本人と勇者たちの故郷ということもあり、被害はほとんどない。
「当然さ。この地方を統べる龍は『白龍王』ファーヴニルだからな」
私の独り言を聞いていたらしいおじさんがそんな事を言う。
「ファーヴニル?」
実を言うと、私は全ての龍王の名前を知っているわけではない。
知っているのは『鋼鉄龍城』ティアマット、『蒼天龍』ヨルムンガント、『灼炎龍君』ヴィラールくらいだ。
「全長50メートルもある大龍だ。全身を純白の鱗で覆う、オーソドックスなドラゴン形だが手足が発達して四つん這いになると獣みたいに見えるのが特徴だな。ありゃ、見ただけで腰を抜かしちまうぜ?」
おじさんは思い出すようにして言う。
「おじさんは見た事があるんですか?」
「おうよ。やつは他の龍王と違って、その辺、ほっつき回ってるからな」
「なんですか、それっ」
「なんですかと聞かれても困るが……、見てみればいいさ。周期的に、そろそろ、この周辺を通るはずだからな」
彼は森とは反対側を指す。
村の反対側だ。
私はそっちの方へと歩いて行く。
いったいどういう事ですか?
意味がわからなかった。
しかし、すぐに知る事となった。
これはっ!
するとそこには壮大な景色があった。
「っ」
崖だ。
村の反対側は高さにして2000メートルの崖になっている。
視界に映るのは一面に広がる新緑の森、遠くに見える山々は雪化粧をして白銀に輝いていた。
見るもの全てに衝撃を与えるものだと言っても差し支えないだろう。
「お、いたいた」
っと、そこで私の隣に立ったおじさんが下の方を指差す。
私はしゃがみ込むと下を覗き込む。
「あれが……」
いた……。
崖の真下を巨大な白い塊が飛んでいる。
まさしく龍だ。更にその周りには数体の白龍が飛んでいた。
私は龍たちの中心を飛ぶアレが龍王であることを疑ったりなどしなかった。
なんて魔力……。
龍が戦闘態勢を取ると『龍の衣』が発生するのは知っている。
しかし、あの龍王は常時『龍の衣』を発生させているのだ。
龍たちが通った後に白くキラキラしたものが舞っている。
「あの龍王はこの地域一帯をああして一ヶ月で一周するペースで飛んでんだ。俺が生まれるよりずっと前からだぜ? すげぇよな~」
おじさんは龍たちに憧れの眼差しを向けている。
その眼差しを向ける気持ちはよくわかる。
龍は力の象徴とでもいうべき存在なのだ。
人は誰しも力を求める。
そして限界を知り、羨むのだ。
あの龍のように強くなれたらと……。
私にもそういうところがなくもない。
「挑戦しようとは思わなかったのですか?」
「挑んださ。だが、周りの龍にすら勝てなかったよ」
おじさんは悔しそうな顔をしながら空を仰ぎ見る。
そして、続ける。
「戦うんだろ? あれと」
「はい」
私は答えた。
怖気づいてはいない。
むしろ、やる気すら出ている。
あんな龍が何体もいて、争い始めたなら甚大な被害を被る事になるはずだ。
そんな事をさせるわけにはいかない。
「いい眼だ。……俺も後20くらい若ければな~」
おじさんはそんな事を言いながら村の方へと歩いて行く。
私は軽く笑い声を出しながら反応する。
………。
私は再び龍王を見る。
あれが『白龍王』……。
絶対に倒してみせますっ!
私は過ぎ去っていく白い風を送りながら強く誓った。
広い空間を白い湯気が覆っている。
空間を覆う壁はヒノキ、壁や天井もヒノキという非常にレアな作りだ。
「総檜ですか~」
私は喜びと驚きの声を漏らしながら浴場へと入っていく。
そんな私の左手には縄が握られており、その先には星華が縛り付けてある。
「おかしくないっ!? これはおかしくないっ!?」
星華は目隠しをされた状態であり、浴場を見る事ができない。
「だって星華は私の胸揉もうとするじゃないですか」
「今日は太股を、ぶふっ」
私は近くにあった風呂桶を星華の顔面に叩き付ける。
これは悪意があるわけではなく、純粋に悪の道に染まろうとしている親友を助けているのだ。
決して楽しんでなんかいない。
「冗談にしては笑えませんよ、星華?」
私は気を失った星華を浴槽につける。
鼻血を出していた(物理的な手段のせいで)星華は息苦しくなったのか、顔を上げる。
「ぶはっ………。ねぇ、ユフィー」
「なんでしょう?」
私は湯に浸かると体をゆっくりと伸ばしながら応答する。
「最近私の扱い酷くない?」
「星華の食欲に比べれば微々たるものだと思うのですが……」
そもそも旅をする前から扱いに関してはあまり変わっていない気がする。
まあ、初めは普通にお風呂に入っていたし、星華を拘束する事もなかった。
そうするようになったのは星華が私の身体を触り出すようになってからだ。
よって、星華の自業自得である。
「私、そんなに食べてるかな?」
体を拘束され、目隠しをされた星華がようやく身体を伸ばし始めた。
今のところは諦めてくれたのだろう。
「自覚がないんですね……。1週間分の食料が2日でなくなるペースなのですが……」
もちろん、足りない分はその辺のモンスターを狩ってきて料理している。
なぜ、私が食料調達を……。
とは思っても仕方のない事だ。
燃費の悪い星華が狩りに出ても、働いた分に見合っただけの食料を調達できないのだから……。
そのせいで私が食料調達兼、料理を担当している。
まあ、力のある星華が荷物持ちをしてくれるので楽ではあるんですけど……。
「なははっ、そうなんだ~」
彼女は目隠しをされたまま、子供の様な笑顔を浮かべる。
もう少し慎み深く笑えればいいのに……。
勿体ない。
「………先ほど白龍王を見ました」
「村の人たちから聞いた。倒すのは無理だっていうから封印するらしいよ? 白龍王封印大戦……、白封大戦でいいよね?」
「すでにまとまっていたと思うのですが……、それでいいです」
星華はおバカさんであるため、できる限り少ない字数でないと記憶できないのだ。
なんと嘆かわしいっ!
「あの………、冷ややかな目で見られている気がするのは気のせいでしょうか?」
星華はらしくもない言葉遣いで問いかけてくる。
獣並だと勘も冴えるのかもしれない。
「気のせいです。それよりここを通った方の事は聞いていますか?」
私は星華の問いかけを流すと先ほどから気になっていた事を問いかける。
この村はリコリスへ行くのに最も安全な道なのだ(龍に遭遇してしまったけど…)。
もしかしたら、先客がいたかもしれない。
「少し前に女帝の軍団が通ったらしいよ?」
「噂は聞いていましたが、本当に参戦するつもりでいるようですね……」
この場所を南へ下っていくとリトル山脈と呼ばれる場所がある。
その周辺一帯を収めている女性だけの国の女帝とその軍団を知らないものは、この世にはいないだろう。
なにせ、暗黒の時代の中、その国だけは落ちる事がなかったほどなのだから……。
噂でしか聞いた事がないけれど、初代然り、二代目然り、女帝となった者は桁違いの強さだと聞く。
そして、今回の戦いに参加するであろう三代目も発展途上でこそあるけど、相当な使い手だという。
「驚きだよね~」
星華は意外そうな声を出している。
それも当然と言える。
彼女たちは自分の国が迫られない限り、動く事がなかったのだから……。
それが遠征をしてまで白龍王と戦おうとしている。
誰もが驚くはずだ。
「あのきまぐれ勇者のアイリスも来るそうですし、変わった人が本当に多いです」
「ホント、大丈夫かな?」
「心強いですよ。そういう強い人たちが集まってくれるのは」
この戦いは1人2人では、絶対に勝つ事ができない。
龍王ともなれば軍を動かしても勝つのは無理だと言われるほどだ。
今ある情報で出揃った強者たちでも、心強くはあるけど不安は拭いきれない。
きっと、たくさんの犠牲者が出ます……。
それでも人は立ち上がる。
己が守りたい世界があるのだから……。
どんなに倒れても立ち上がってしまうのだ……。
「自分もその強い人の中に入ってるのを忘れちゃだめだよ、『重奏魔剣使い』ユーフィル・メリアス」
「そちらこそ、『水閃』天城星華」
私達はお互いに二つ名で呼び合ったのであった。
エピローグ
聖水龍ベーネスを討伐した私たちは戦闘で消耗した魔力を回復次第、回復魔法を使って傷を癒した。その後、村に戻って討伐の報告を終えると報酬だけもらって、すぐに村を出た。少しでも急ぎたかったからだ。
「さすがにこれ以上もらってしまうわけにはいきません」
私は布袋に入った金貨を見ながら言葉を漏らす。
「でも、宴くらい」
「あの村にはそこまでの蓄えがあるとは思えません。にも関わらず星華とアイリスに羽目を外させてしまったら、可哀想です」
私は2人の暴飲暴食をする様を思い出して体を震わす。このお金だって、すぐに無くなる事は否定できない。
「あはは~、言われてみればそだね」
「お腹減った」
星華とアイリスが個々に反応を見せる。どちらもマイペースであり、例え村の食糧事情を知っていても容赦はしなさそうだ。
人格破綻者が集まりすぎです……。
私は2人の様子を見ながら大きなため息をついてしまう。
「食料調達は自分で行ってください。そうすれば私とクロンで作りますから」
「お任せ下さい♪」
クロンは可愛らしく微笑む。この子を見ているととても和まされる。
「助かるのじゃ……。それにしてもいい加減だるくなってきたのじゃ。山道は辛いのぅ」
それはリリスが重たい鎧を着ているせいであり、私たちにはそこまで苦ではない。しかし、それを言うとリリスは鎧を脱ぎ捨ててしまいそうなので黙っておく。
いざという時には路銀にしてもらわないといけませんからね。
黄金なら高く売れること間違いなし。もちろん、そんな本音も言葉に出さない。
「あと少ししたら下り坂です。その後は平地ですよ」
クロンはリコリスの方からこちらに来ているため、おおよその地理は把握しているらしい。実際、彼女のおかげで安全な道を進んできているので助かっている。
「クロン、グラビテーションをかけてくれんかのぅ?」
「では、こちらを」
クロンはにこりと微笑み、どこから取り出したのか縄のついた首輪をリリスに装着した。似たような背丈の2人が奇怪なプレイをしだしているようにしか見えない。
「なんのつもりじゃ、クロン!」
「いえ、この間の星華さんのように飛んでいってしまうと困りますので風船感覚で」
そういいながら、グラビテーションの魔法を使うクロン。リリスの体は地面を離れ、クロンの風船状態となる。
「重力制御で引っ張られる力まで無くしてくれておるから苦しくはないのじゃが……」
リリスはなんとも言い難そうな顔をしている。
「完全にクロンの玩具」
「女帝の末路だね♪ あははははは!」
アイリスと星華は個々の反応を見せる。この奇怪な光景は街に入っても続かないことを願う。変な目で見られてしまう。
「こんなのあんまりじゃ! これでは飼い殺しではないかぇ!?」
リリスは涙目である。しかし、クロンの一切悪意の篭っていない笑顔に気圧されて、強く切り込むことができないでいる。
クロンは女の子の扱いがうまいですよね……。
別に疚しい意味合いは含まれていない……はず。
「可愛がってあげますよ?」
「そうですね」
私とクロンはリリスを手繰り寄せて、ハグしてみる。クロンはどういう意図でやっているのか不明だけど、私はほんの悪戯程度の気持ちだ。
さすがにそういう趣味は持ち合わせていませんからね。
しかし、リリスは満更でもなさそうな……っというよりもとろけ切った顔をしている。まあ、クロンの胸は凄く柔らかいので仕方がない。私でも微笑みを隠せなくなってしまうほどだ。
「ここに女帝以上の地位が!? わらわはこのままで良いぞ!」
この状況を女帝以上の地位であると断言するリリス。
この子、本当に国のトップでいいんでしょうか?
私の額では冷や汗が止まらない。彼女の国の先行きがとても不安だ。
「「!?」」
アイリスと星華が絶句した。まるで世界の真理にでも到達したような顔である(ご想像にお任せします)。
この2人は何に対して絶句しているのでしょうか?
それを考えると嫌な汗が止まらないので考えるのはやめておく。
「見えました。あそこにある街がリコリスです。そしてその先にある三つ子の山が霰山………。今回の大戦が起こるであろう場所です」
私は遥か先、行く末にある景色の中から彼の白き龍王が本拠地とする山を指差しながら、1つの覚悟を決めて言うのである。