1話 行き掛けの村を守ります!
「挨拶は無しの方向でお願いしますっ」
私は腰に差している直剣を抜き放ちながら、村の中心で暴れる龍に向かって突貫する。
森を抜けて、すぐのところにあった村。
その中心で暴れていれば、すぐ敵の場所はわかる。
龍ほど目立つ生き物はなかなかいるものではない。
私の名はユーフィル・メリアス。
私の職業は魔法剣士です。
ここ数年の間に人には向き不向きがあり、それを職業というようになった。
なお、こちらではまじめに挨拶をしておきます。
私は身軽に動けるように最低限の防具を装備し、直剣を手にしている。
『人間風情が我らに刃向うかっ』
村の中で堂々と暴れ回る龍の1体は、私が突っ込んでくる様子を視界に捉えるとそんな事を言う。
どうやら今回の龍たちは知能が高いらしい。
っというのも、龍の中には獣のように戦う事しか考えられない個体もいるのだ。
「あんたらがいると迷惑なのよっ。とっとと村から出て行きなさいよっ」
私の後ろを走っていたいつでも元気な少女が珍しく不機嫌気味にそう叫ぶ。
彼女は、私の相棒をしてくれている親友の天城星華である。
長い黒髪に幼さの残る顔立ち、膨らむところが膨らんでおり、張りのある体を持つ美人と呼ばれるソレだ。
……ただ、悪戯っ子のような表情ばかりするお転婆さんなのが、非常に勿体無い。
コレでも頑張って慎み深さを教育してみたのですがぁ~……。
成果は見られないので、黙認して頂きたい。
「その通りです。すぐに村を出てもらいますっ」
私はそう言うと左手に力を込める。
すると魔力と呼ばれる摩訶不思議な力が、私の左手に集まり出す。
色は黄色だ。
これは雷属性である事を表す。
魔力というのは、生き物なら何にでも宿っている不思議な力の事です。
魔法の源となる力で身体能力の底上げなどができ、肉体に纏っている魔力の量が魔法耐性に比例すると言われている。
任せますよ、星華っ。
私は星華の方に視線を向ける。
彼女は背にした大剣に手を掛けながら頷く。
私はそれを見ると、左手に集まった魔力で細かい式を組み立てる。
そして、それが成った時、左手をかざす。
「ライトニングバードッ」
瞬間、私の左手から雷で構成された鳥が、神々しい輝きを放ちながら龍の方へと向かった。
『雷かっ』
龍は回避しようと翼を広げる。
しかし間に合わない。
私は龍が魔法をかわそうとする事を想定して威力を抑える代わりに速度をあげておいたのだ。
バチバチバチッ!
雷の鳥が正面の龍を貫通し、他の龍たちをも巻き込む。
雷属性の魔法を選んだのは、これが理由である。
『グオオオッ』
『なんだっ。体が痺れたか?』
『ぬっ?』
この村で暴れていた合計4体の龍が、私たちに標的を変更した瞬間であった。
しかし、雷に気を取られたのが運の尽きである。
「せりゃあああっ!」
星華が最初の龍の懐に入ると背の大剣を抜き、思いっきり下から上へと切り上げる。
ガキンッ!
そんな音とともに龍が空に吹っ飛ばされた。
そう、彼女の持ち味は、力である。
星華の魔力は身体能力強化に向いているので、魔力の使用量によっては一時的とはいえ龍をも押し切るパワーを出せるのだ。
本番はここからですね。
私は心の中で言葉を作りながら、龍たちを睨み付ける。
『ほう。小蝿にしてはなかなかの怪力』
『人ごときが龍の戦いに介入するか』
『面白い』
そう、本番はコレからだ。
今、上に吹っ飛ばした龍と他の龍を、全て敵に回してしまったのだ。
しかし、そうでもしなければ、私たちがここに来た意味がない。
攻撃を受けた龍には驚くほどに小さな傷がある。
「……」
「……」
私と星華は視線を合わせて頷き合う。
そして2人とも真逆の方へと走った。
『逃げる気か』
『無駄な事。すぐに殺してやる』
『追うぞ!』
『おおっ』
龍たちは2体ずつ私たちを追う。
私は後ろを向くと2体の龍がこちらを追って来ていた。
全身がまっ白な龍と灰色の龍だ。
2体とも推定で8メートル近くはある巨体だ。
しかし、龍の中ではこれくらいが平均であり、あまり注目するべきところではない。
「…………」
す……、すごい迫力ですぅ~……。
注目するべきところはなくても、はっきりと言ってしまうのならば怖い。
なぜなら、あの龍が1体ずつであっても現状では勝てるかわからないからだ。
ある事情により、私と星華は呪いに犯されて、実力を思うように発揮できないのである。
星華の方は大丈夫でしょうか……。
厄介だな~……。
あたしは隙を見ては攻撃しては逃げ、攻撃しては逃げのヒット&アウェーを繰り返していた。
攻撃は順調に当たっている。
敵の攻撃も届くまでに逃げ切っている。
今のところは、こちらが優勢と見てもいいはずだ。
ただ、問題となるのが『龍の衣』と呼ばれるものだ。
『小娘がっ』
『そんなものを持ってちょろちょろとっ』
森の中であるため、巨体な龍は思うように追うことができないでいるのだ。
隙ができるのは、そのせいもある。
やっぱ、硬いな~……。
普通のモンスターならば、こんなにも手こずることはない。
ちゃんと斬ることができる。
しかし、『龍の衣』を纏った龍はそう易々とは斬ることができないのだ。
この『龍の衣』とは、魔力が一定以上濃くなる事によって成る粒子魔力を全身から放つ行為の事だ。
魔力の量や濃度は身体能力強化や魔法耐性に比例する。
つまり、魔力はより多く、濃いモノを持っているほど、強いと言っていい。
そしてモンスターの中でも、ずば抜けて魔力を多く有し、それ自体が濃いのは龍族なのだ。
龍は他のモンスターと比べると別次元に強いと言っていい。
この説明を聞いてわかると思うけど、長期戦は決まったようなものなのだ。
だけどっ!
あたしは短気な上に面倒事が嫌いなので無理にでも早く終わらせる。
「あたしもこういうのは好みじゃないんだけどねっ」
ザシュッ!
あたしは木にぶつかって怯んだ龍の首に思いっきり刃を立てる。
魔力を込めた1撃だ。
『なっ』
魔力を操れるのは龍族だけではないし、相手に致命傷を与える手段はいくつかある。
1体の龍が倒れていく中で、もう片方の龍が唖然としている。
「やっと1対1になれたわっ」
あたしは気分がすっきりとする。
今の攻撃は単純に油断を誘ったものだ。
龍が戦闘態勢を取っている時に『龍の衣』を発生させるのは知っている。
だが、自分たちが2体、敵は1人で自分たちよりも劣る種族+逃げているので、油断のし放題だ。
油断をしていれば戦いの意識は薄れて衣も薄れる。
隙があれば、いつでも倒せる状況の完成だ。
ここ1年、旅をしてきて何度も経験してきている。
『小娘が~っ』
龍は怒り狂う。
すると龍の身体から一際濃い粒子魔力が溢れだす。
本気だ。
怒っている龍ほど怖いものはない。
だけど、それは逆に最高の勝負を期待できるという事だ。
「レッドドラゴンよね?」
あたしは龍に問いかける。
世の中には、モンスターに1~15のレベルを付けている。
そして龍族もその例外ではない。
ただ、最弱の龍であってもレベルは8だ。
しかもレベルが同じだからと言って、他のモンスターと同じ強さだと思っていたら痛い目に会う。
確かに力や速さなどは同じでも耐久力に雲泥の差がある。
このレッドドラゴンはレベル10であるため、かなり厄介だ。
歴戦の戦士でも身を引くほどである。
『知ったところで何も変わらぬっ』
龍は早速、炎を吐こうと一息吸う。
しかし、そんな事をされてはこっちも困る。
ここは森で燃えるものばかりだからだ。
いきなり使う事になるなんてね……。
あたしは己が大剣の力を引き出し、なおかつ自分の魔力を注ぎ込む。
大剣からは水色の魔力が迸っている。
「はあっ」
あたしは大剣に溜めこんでいたモノを相手のブレスに合わせて解き放つ。
発生したのは魔力によって生み出された大質量の水だ。
この剣はガラティーンという魔剣である。
能力は水でできた斬撃を飛ばすという至ってシンプルな代物だ。
しかし、それでも危険物として取り扱われているため、常人ではまともに使いこなす事もできない。
シュウウゥゥゥッ!
龍の吐いた炎は一瞬で消え去り、水の刃が当たる。
『ぐるるるるっ』
耐え凌いだ。
しかし、今回は相性がいい。
強力な防壁である『龍の衣』も弱点となる属性に対しては無力なのだ。
つまり無いのも同じだ。
ただ、それは水を纏った攻撃に限る……。
攻撃をする度に魔剣に魔力を込めなければいけないので、こちらの消耗は著しい。
「次、行くわよっ」
あたしはまっすぐに跳び出す。
龍はそんなあたしを憎々しげに睨んできた。
速い……。
私は木々に跳び移りながら、龍2体を相手にしている。
都合がいいとすれば、龍の方だ。
見ているとお互いに敵らしく私が距離を取ると2体で暴れ始める。
つまりは三つ巴の戦いである。
『風龍ごときが邪魔をするなっ』
『白龍風情が調子に乗りおってっ』
私が距離を取ると2体の龍が再び争い始める。
爪と牙、尻尾を使って、巧みにお互いを削り合う。
龍と龍の肉弾戦は苛烈を極める。
慎重にやらなければ、あっさりと命を持っていかれるのは言うまでもない。
それにしても厄介です。
風龍、ウイングドラゴン。レベル8で風龍の中では雑兵である。
しかし、風龍には『龍の衣』だけではなく、『風の盾』と呼ばれるもう1つの防御壁を備えているのだ。
文字通り風である。
圧倒的な風量の風を纏い、相手の攻撃力を削ぐというものだ。
これのせいで本来は『龍の衣』を打ち破れるだけの力を持った攻撃も無力にする。
防御と速度を主体とする龍なのだ。
バキバキバキッ!
2体が争う中でウイングドラゴンの近くにあった草木がへし折れて、強風に飛ばされていく。
まるで小さな嵐が起きているような光景だ。
砂埃が舞い上がり、遠距離からの魔法狙撃を阻害する。
もっとも龍の衣を纏った龍を相手に魔法狙撃をしたところで結果は目に見えている。
龍に魔法を使うなら近距離だ。
行きますか……。
私は息を呑むと脚に力を入れる。
『見えているぞ、女』
私が隙を見つけて魔法を飛ばそうとすると、もう一方の龍がその紅い瞳で私を睨む。
私は威圧されて、その行動を止める。
龍眼ですか……。
龍の強みと言ってもいい代物だ。
あの紅い瞳は本来、肉眼で捉える事のできない魔力を見る事ができる。
その程度の事であれば、私たち人間も目に魔力を込めれば見る事ができるのだけど、問題は他にある。
それは龍が主とする属性ごとによって見えているモノが違うということだ。
「白龍種は苦手ですっ」
私は剣を握りしめて跳び出す。
2体の龍の間に割って入り、無数の斬撃を浴びせる。
しかし、当然の如く斬ったはずの場所には傷らしきものがない。
龍の衣のせいだ。
「簡単に倒せると思わない事です」
『ちょこまかと!』
私はこの旅の中で会得した対龍族の立ち回りを徹底して、紙一重で全ての攻撃を回避し続ける。
小回りが利く分、こちらの方が速さはある。
龍がどういう体勢でどんな行動を取るのか、大雑把にでもわかっていれば対処は十分にできるのだ。
ただ長続きしない。
想像を絶する運動量を身体に強要しているわけであり、適度な休息が必要だ。
『どんなに速かろうとも追えるぞ、小娘』
「くっ」
ウイングドラゴンは視線すら向けないまま、尻尾で攻撃してくる。
私はそれを回避し切れず、剣で防いで受け流す。
それから風龍の眼もっ!
難しい説明を省いて簡単に言ってしまうのなら、風龍種は1つの眼だけでも全方位を見渡している。
そして白龍種の眼は魔法や技を構成するための式が見えているという事だ。
つまり、風龍種には死角がなく、白龍種には使おうとしている魔法が筒抜けになるという事になる。
先ほども説明した通り、この『龍眼』は龍の強みなのだ。
『そこか、人間!』
白龍は笑いの帯びた声を出す。
そして、その強靭な爪を伸ばす。
一瞬でも動きを止めてしまえば、すぐにでもピンチは訪れる。
普段ならば星華が援護してくれるけれど、今はいない。
「ハズレです」
しかし、爪が切り裂いたのはただの木。
私は高速戦闘をする上で幻を生み出す特異な魔法を必ず使う。
もともと追い切れていない上に幻を掛ければ、こちらの生存率は格段に上がる。
それこそ龍が範囲攻撃を強行してこない限りは……。
『その小娘を殺すのは我だ』
ウイングドラゴンは風で構成された魔弾を私がいた白龍の右横に目掛けて飛ばしてくる。
やはりダメですかっ。
私が作った幻が初めから偽物である事に気付き、わざと乗っていたウイングドラゴンが私に魔法を速射する。
私の油断を誘うためのブラフだ。
初めの尻尾での攻撃から私が油断を作るまで計算していたのだ。
龍の中には、ただ戦いを楽しむだけではない龍もいる。
その手の龍は厄介だ。
「くっ」
私は苦い顔をしながら、白龍への攻撃を断念して回避する……のではなく、その魔弾を掴み取り、進路を白龍へと変える。
魔法を使う者にとって白龍は天敵だ。故に先に倒す必要がある。
痛っ! ……でもっ。
風の魔弾を掴んだ左手が軋む。
しかし、失敗すれば私に直撃して動けなくなった一瞬に殺されてしまう。
痛みになんて負けていられない。
「はあっ」
私は気合の掛け声と共に風の魔弾の軌道を変えた。
そして魔弾は白龍に当たる。
『ぐおおっ』
風の魔弾が直撃した場所の白い粒子魔力が極端に薄まる。
龍族と言えども同じ龍族からの攻撃はさぞかし堪えた事だろう。
軌道を逸らしただけの私でさえ手にはかなりのダメージをもらっている。
ここでっ!
私はこのチャンスを機に右手に握りしめる剣、ティルフリンガーを突き出した。
魔力を注ぎ、イメージしたのは猛り狂う炎だ。
この剣の能力は魔力を込めるとイメージした属性の魔剣へと一定の間、昇華する。
故に、今、この剣は炎の魔剣だ。
「弾けなさいっ」
私の叫び声と共に突き刺したティルフリンガーが炎を爆発させる。
傷口を無理やり開かせ焦がす事により、白龍の右足を封じた。
『ぐおおおああああっ』
これで地上での機動力は皆無ですっ。
しかもここは森の中だ。
空中戦は意味をなさない。
私は爆風を利用して跳び下がる。
「っ」
私の元には尻尾による追撃が来た。
白龍によるものだ。
ドンッ!
「うっ」
私は防御が間に合わず尻尾に叩かれて、さらに後ろへと飛ばされる。
まさか追撃してくるなんて……。
普通ならば、痛みのあまりに何もできずに、その場でのた打ち回ってしまう。
そうしなかったのは、あの白龍の精神力故だ。
『はぁっ』
ウイングドラゴンがまっ赤な口内を見せている。
すでにそれは放たれているのだ。
私は力を振り絞って、その場から横に跳ぶ。
すると私がいた場所が衝撃波によって吹っ飛ばされた。
跡形も残りませんねっ!
そんな死に方は遠慮させて頂きたい。
『やりおるわい、小娘がっ』
ウイングドラゴンが笑う。
戦いに酔いしれているのだ。
先ほどより黄緑色の粒子魔力が濃くなっている事からも、それはわかる。
『舐めおって~っ』
白龍が私に向けて何かを出そうとしている。
私は見る。
白龍が纏う粒子魔力が減衰していくのを……。
今、放とうとしている技に魔力を回しているのだ。
「いけませんっ」
私は今まで以上の焦りと共に白龍の方に駆け出そうとする。
しかし、間に合わない。
尻尾に吹っ飛ばされていなければ、間に合っていただろう。
アレを避けるのも一つの手である。
しかし私の後ろには先ほどの村がある。
あの技が放たれれば私を巻き込み、後ろの村も消し飛ばしてしまうだろう。
間に合わないっ!
縮地と呼ばれる歩法を用いても無理だ。
距離が開き過ぎている。
『くたばれ、人間っ』
瞬間、私の視界に白が広がった。