9話 十字を背負った少女
「ガツガツッ、ムチャムシャ、ガツガツッ、ムシャムシャ…………。ズズズッ!」
崖の上の山道に戻ってきた私たちは謎の美少女から食料を分けてもらい、食事を開始していた。
星華ときたら他人からの頂き物だというのに容赦なく貪っている。
どこで躾を間違えてしまったのでしょう。
「星華」
「滅茶苦茶、うまい」
「…………すみません。……えっと」
私は星華の無礼な行為を謝罪しつつ、少女を見る。
彼女は近くの丸太に腰を下ろしてお茶を啜っている。
一見、物凄い美少女だけれど、行動パターンはお年寄りのそれに当てはまるアンバランスさ。
だというのに怪しさを感じさせない不思議さを持っている。
「クローゼです。クローゼ・T(時任)・ルージュ」
クローゼは黒髪を揺らし、笑みを浮かべる。
そんな彼女の視線は先ほどから私たちの武器に集中している。
ないとは思うけれど武器泥棒かもしれないので、私も気は抜かない。
「じゃあ、クロンだね?」
星華は満腹になったらしく、両手をお腹に当てて、満足したというポーズを取っていた。
なんてはしたない格好なのだろうか。
「そう呼びたいのであれば……」
「………クローゼと言ったかのぅ?」
するとリリスが疑いの目でクローゼを見ながら問う。
クローゼはそんなリリスに視線を向ける。
「はい」
「お主、何者じゃ? あれほどの魔力を持った使い魔を単身で傷1つ負わず倒すなど普通ではないのじゃ」
リリスが気になるのは最もだ。私も気になっていた。
もし、私が傷1つ追わないように使い魔の相手をしていたのなら 数時間はかかっていたと思う。
「狼系のモンスターは速度さえ圧倒できれば一瞬でカタがつくものだと思っていたのですが……、違うのですか?」
クローゼは自分が言った事がさも当たり前の事という顔をしている。
つまり、それだけ狼系のモンスターと戦い慣れているということだ。
もちろん、それだけには留まらない雰囲気が漂っているわけだけど。
「私、力任せだからわかんない♪」
星華はあはは~っとそんな事を言う。
「わらわは行き当たりばったりかのぅ」
「最後は力任せね「「あははははははっ♪」」」
お決まりの3人がお互いに見合って笑い合う。
「「ダメ過ぎです……」」
私とクローゼの言葉が重なる。
どうやらクローゼの周りにいる人達も私たちと同じように賑やかなのかもしれない。
全然気落ちしている様子はない。
呆れてはいるけれど……。
「それでクロンはどこに行くつもりでいたの? 崖ですれ違ったんだよね」
星華はクローゼの方に視線を戻す。
「人探しをしていました。ボサボサの黒髪にやる気を削ぐジト目をした青年を見ませんでしたか? 私と同じ、黒いコートを着ているはずなのですが」
「見た」
「うむ。それっぽい人物と出会った報告は聞いておるのぅ。……っていうか、むしろ会いたいのじゃ」
アイリスとリリスはその人に心当たりがあるらしい。
「どこに向かったかわかりますかっ?」
クローゼは物凄く嬉しそうな顔をする。
まるで愛しい人を見つけた乙女のような表情だ。
「白龍の墓場へ向かうって言ってた」
「霰山の中腹付近ですね」
私は地図を取り出すとその場所を指差す。
クローゼはすぐに地図に視線を落とす。
「わらわの時は天叢雲剣を探していると言っておったそうじゃ」
聞いた事がある。
『邪神龍』と呼ばれる神格化した龍、八岐大蛇が落としたとされる剣の名前だ。
彼の剣は素戔嗚尊によって回収されたが、魔王時代の最中、争いに乗じた白龍種に奪われたと聞いている。
宝剣ですからね。
龍はお宝に目がないのだ。
ただ、引っかかる事がある。
「なるほど。白龍の墓場に天叢雲剣があると考えたんですね……」
クローゼは何かを納得したようにそう呟く。
「どうして墓場なのでしょう?」
私は疑問符を浮かべながら思考を回す。
そんな私を見たアイリスやリリスも一緒になって考え出す。
星華は最初から考える気がないらしく欠伸をしている。
星華には教育が必要ですね……。
「確かにのぅ。白龍王は霰山に自分の宝物庫を持っておる。宝剣なればあるのはそこのはずじゃ」
「白龍の墓場は文字通りただの墓場なはず……」
「だから、そこにあると思ったのでしょう」
クローゼはアイシスの言葉にそんな返しをした。
彼女には何か心当たりでもあるのかもしれない。
「矛盾しておらぬかえ? 宝剣を墓場に置くなど」
「天叢雲剣はより強い龍に対してのみ絶大な龍殺しの特性を発現するんです。天叢雲剣は白龍王に対して龍殺しの魔力を発したのでしょう」
クローゼはリリスの言葉を遮って言葉を作ると腰をあげて、剣を背負い始める。
自分が目的とする場所がわかったから、すぐにでも発ちたいのだろう。
「どこへ行くのじゃ?」
「白龍の墓場へ……」
「やめておいた方がいいよ」
歩き出そうとするクローゼを制したのは、なんとアイシスであった。
「どうしてでしょう?」
「霰山は白龍種の本拠地。白龍王の宝物庫もある……」
それはつまり、白龍だけでなく白龍王と戦う場合もありえるという事だ。
「白龍王は移動を繰り返す龍だと聞いていますが? 隙はいくらでもあるかと」
「後、数日もすれば霰山に戻るはず。……私たちはその時を狙って、大戦を仕掛ける」
「っ……。もしかして白封大戦ですかっ!?」
クローゼの目は見開かれていた。
驚いている。
しかし、その驚きには何か違うものがある。
それがなんなのかはわかりませんが……。
「その略し方、流行ってるんですか?」
私は苦笑いだ。
まさか、星華やアイリスの面倒だからという理由で『白龍王封印大戦』を『白封大戦』へと省略したのに、同じ呼び方をする人と巡り合うなんて……。
なお、元は『白龍王を魔導の極みにて封印する大戦』だったはずだ。
……………やっぱり白封大戦でもいいかな?
「私がここにいる意味はそういう事ですか。……………本当に人が悪いです……」
クローゼは何かを考え込み、考えがまとまると肩を落とす。
何か、嬉しくない事を悟ってしまったような表情だ。
「すまぬがまた聞いておきたい事ができたのじゃがいいかのぅ」
「なんでしょう。答えられる事であれば、なんでもお答えします」
「聞いた話によるとお主が探している者は人間ではないのではないかぇ? 獣の耳を生やした男という情報がわらわのところに挙がってきておる」
「獣の感覚器官を自身に取り付ける魔法の研究をしていたようなので、それのせいかと」
「………ふむ。変わった魔法の研究をしておるのじゃな」
獣の耳を生やした……。
ふと引っかかる。
クローゼが探している人物の特徴は、全て妖狐さんに当てはまるのである。
もしかしたら……、ライバル出現!?
…………い、いえ、落ち着きましょう!
アレほど強い殿方があっちにもこっちにもいて、色んな人に縁があるはずが……。
ないとは言えないのが、イタイところである。
私たちが使う縮地という歩法をさらに術式で強化し、場合によっては神速まで行使する術を持つのだ。
どこに居たとしても不思議ではないし、事実その通りだと私も思っている。
もしかしたら少し離れたところで私たちの様子を見ている可能性もゼロではないのだ。
一先ず保留にしましょう……。
「全くです。………それで話は変わりますが、目的地が一緒のようなので同行してもよろしいでしょうか?」
「いいんですかっ!」
私はかつてないほどの喜びを隠せずにはいられなかった。
理由は簡単。
私以外にもこのパーティにまともな人が増えるという事実。
もう、それだけでどれほど救われることか……。
リリスは確かにまともではあるけど、星華とアイリスが絡むと騒ぎの火種になってしまっていけない。
その点、クローゼならばその心配はなさそうだ。
「あの……、それは私のセリフですよね?」
クローゼは額に汗を掻いている。
「はっ、私とした事が……。つい取り乱してしまって………。えと、ぜひお願いします、クローゼさん♪」
私は恥ずかしさに頬を染めながらもクローゼに手を差し出す。
クローゼは笑みを浮かべて、私の手を握り締める。
この子……。
とても綺麗な手だけど、その平の皮はとても厚い。
普段から剣を手にしている剣士の手だ。
わかってはいたけれど、この少女は相当腕に覚えがありそうだ。
「星華さんと同じようにクロンでいいですよ? 愛称で呼ばれるのは新鮮で素敵ですし」
「はい、クロン。これからしばらく、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
見つめ合う私とクロン。
どうして、こんなにも心安らぐのだろうか。
そんな私たちを見ていた星華は……。
「むき~っ、クロンにユフィーを寝取られた~っ」
なにか騒いでいたけれど、気にしないでおく。
のんびりですいません。
他の物語をノクターンの方でメインにやっているのでご容赦を……。
気が向いた大人な方は、そちらを見に行って頂けると幸いです。




