プロローグ
今日もまた朝がやってくる。
ほんのりと冷たく、澄んだ空気が周囲に漂い、体中を撫でるようにくすぐる。
「…………ふぁ~…」
私は小鳥の囀りを聞いて、抜け切らない旅の疲れで重く閉ざされた瞼を開く。
夏場であっても大陸の北側の朝が寒い。
夏の終わりは近く、秋を飛び越えて、すぐに冬になるからだ。
ん~~……。
私はゆっくりと寝袋から出ると、立ち上がって伸びをする。
服の隙間から吹き込む冷たい空気が心地良い。
「……いい空気です」
私は周囲を見渡す。
ここは大陸の北側に位置する中で、最も広大な山脈の周りを囲う森の中だ。
草木が生い茂り、生き物の息遣いが伝わってくる。
ただ危険を感じさせるモノ………モンスターの気配は伝わってこない。
森の側面に位置するからだ。
大丈夫なようですね。
私はここが安全であると確信したからこそ、この場にテントを張って泊まったのである。
ただ、女である私が野宿をしていいものかを考えると、朝から心の温度が冷めてしまうのでやめておく事にする。
こんないい朝なのに……。
私は鼻をピクリと動かす。
臭いだ。
なにかが焦げたような臭い。
私は顔を顰める。
今日も今日で何も変わりません……。
絶望の果てにあるのは、明るい未来である……。
きっと世界中の人々は誰もが思っていただろう。
「煙ですね。……起きてください、星華」
私は空を見上げながら言葉を漏らす。
そこには確かに黒い煙が見えた。
火の粉を交じらせた黒い煙が、森の向こうの方で上がっている。
尋常な量の煙だ。
これほどの規模となると、村1つが燃えているものと思っていいだろう。
まだ朝だというのに……。
明るい未来……。
私が、過去に出会った彼と彼女は笑みを浮かべながらそう言っていた。
彼と彼女………『双刃の導き手』と『氷結の勇者』は、手を取り合い約束を果たしたのだ。
「ふぇ? ………ホントだっ、早く行こっ」
私の相棒は、寝袋に包まってヨダレを垂らしながら空を見上げて、はっと跳び起きる。
彼女も、私とここで野宿していたのだ。
せめて、装備は整えてくださいね。
寝間着のまま、走り出そうとする相棒ははっとした顔をすると、荷物の中から簡単な装備を取り出し始める。
旅をしていた頃は、全身鎧だったけれど、今ではレザー防具を部分的に装備しているだけだ。
龍が相手では、硬さに意味がないので、今では動きやすさを重視している。
暗黒の時代……。
そう、魔王に支配されていた時代の事だ。
ほんの8年前、彼と彼女一行が魔王を討ち倒し、新しい時代の幕開けを見た。
……それから1年もしなかった。
「どうですか? 行きますよっ」
私は一足先に装備を整えると相棒に呼びかける。
「おっしゃ! 行けるよ~」
最低限の装備だけした相棒はその場を駆け出して、私の後に着いてくる。
ガシャンッ!
結構な距離があるはずなのに何かが壊れる音がここまで響いてきた。
きっと家が崩壊したのだ。
風に交じって村人たちの悲鳴が聞こえてくる。
なんてこと……っ。
暗黒の時代が終わってすぐの事であった。
各地に散らばる龍の王たちが暴れ出したのは……。
龍族の王は9……、故に私たちは九大龍王と呼ぶ。
龍王たちは誰が最も強いのかを決めるために喧嘩をしだした。
これが『龍王大戦』の始まりだ。
そして、今やその戦いの真っただ中……。
「間に合いそっ?」
「わかりません……っ。でも、全速力ですっ」
私たちは足に力を振り絞って森を突き抜けていく。
草木を掃い、木々を跳び移り、ひたすら進む。途中に出てきた獣は眼中にすらしない。
こんな事なら、夜の内に森を抜けていればよかったです……っ。
それぞれの龍王に従う龍たちは他の龍たちと挙って争う。
龍ほどの生き物が争い始めれば、広範囲で甚大な被害が出て、巻き添えをくらう事もある。
なにせ、龍たちは私たち人の事など眼中にない。
だから、そこがどこであろうとも敵の龍を見つければ戦いだしてしまう。
村や町、大都市であっても結果は変わらない。
「抜けるよっ」
相棒が私を追い越して、指差す。
「はいっ」
私は彼女に返事を返しながら前を見る。森の終わりから朝日が差し込んできている。
助けますっ。
そう、だから私たちは旅をしている。
苦しめられている弱き人々を、1人でも多く救うために……。